機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ 作:那珂之川
アカデミーの卒業式から数日後。アカデミーの男子寮から自分の荷物を引き払うためにナイルが足を運ぶと、Tシャツ姿のシンが段ボールに荷物を詰め込んでいた。シンはナイルの姿を見ると、手を止めて声を掛けてきた。
「ナイル! ルナから聞いたけど、大丈夫か?」
「ああ、お陰様で快復したよ。お前とレイだと必要以上に心配するだろうから、ルナに連絡を任せたんだ」
仲が良いからこそ、変に心配し過ぎても困るということでナイルはルナマリアに連絡した上でシンとレイへの言伝を頼んだ。その代わりに今度買い物に付き合えと言われてしまった。なお、それを聞いたメイリンまでもが『ついて来る』と言わんばかりだ。
シンとの挨拶もそこそこにして、作業に取り掛かる。とは言っても、既に段ボールへ詰めていたので後は運び出すだけだった。
「でも、俺は納得できないんだよな。お前がギリギリザフトレッドだなんて」
「総合成績で示されている以上は仕方がないだろう?」
「それはそうなんだけれどさあ……」
何せ、生身の体術で1位の成績、それ以外の科目も高水準の成績を有している人間が総合10位というのも本来おかしな話なのだ。尤も、その原因の大半を占めるのがシミュレーターによる模擬戦闘訓練の免除の部分だから猶更、といった感じになってしまっている。
「ミネルバへの配属が決まった時、ルナやレイが揃って『ナイルを選ばない時点で間違ってる』なんて言っちゃったんだぞ? レイなんて人事局に行こうとしたから止めたぐらいだし。しかも、心なしかメイリンの表情も悲しそうだったし」
「えらく持ち上げられている気がするんだが。でも、人事権については俺でも関与できんからな」
シンのみならず、レイやルナマリアまでもがそう挙げた理由は、ナイルがシミュレーターでやっていた動きに原因があった。何と、ザク同士の戦いでナイルはビームライフルを一切使わずに切迫し、ビームトマホーク一本で戦っていたのだ。
高機動型のブレイズウィザードには誘導ミサイルが内蔵されているが、それすらも使わずに軌道による回避だけで相手の攻撃を掻い潜って接近していた。彼がシミュレーターを壊してしまった時の戦闘データを教官が再現して対CPU専用のシミュレーターで実装したところ、これを突破できた人間が誰もいなかった。
レイやルナマリアは無論のこと、個人戦トップだったアグネスであっても無理だったという事実は成績にこそ反映されなかったが、同期の記憶に深く刻まれることとなった。
あのOSは高機動による機体稼働を前提としたもので、最高出力時はあの[フリーダム]と同等のレベルになる。無論、ワンオフ機前提のプログラムを量産機に落とし込んだら、間違いなく機体が御釈迦になることも確かだが。
無論、そんな事実は誰にも言えない秘密に該当してしまうため、シンにも秘密だった。
「同期が多く固まってるのは[ミネルバ]ぐらいだな。俺はジュール隊に配属だが、意外だったのはアグネスだな。まさかの月軌道艦隊とは」
「俺もそれは意外だなって思ったよ。てっきり[ミネルバ]配属になるんじゃないかって」
「……いや、流石に無理があると思う」
ナイルはルナマリア関連のことを知っているせいか、フレグのことで諍いを持ってしまったルナマリアとアグネスを同じ部隊へ組み込む方が宜しくないと思ったし、なにより政府高官のアグネスの両親が彼女を前線へ出すことに忌避感を持つだろう。
[ミネルバ]の構成メンバー自体は年齢的に若い。そんな中へ劇薬以上の毒と成り得るアグネスを置くのは好ましくないだろう。余談だが、フレグとは数か月前にアグネスから振ったらしい。そのせいでフレグは精神を病んでしまい、卒業前にアカデミーを辞めてしまった。
心身的なトラブルを引き起こすであろう人間を引き込むよりも、親の意向で距離を取ってもらえる方がありがたい。ただ、仮に戦争となった場合は月軌道艦隊が先鋒部隊として赴く回数も増えてしまうのは言うに及ばずだが。
「軍医の有資格者として言わせてもらうが、ルナマリアがまずダメだろうし、レイだって間違いなく難色を示す。極めつけにシン、お前のことを絶対扱き下ろす未来しか見えない。そんな劣悪な環境で戦えだなんて福利厚生が劣悪な企業よりも性質が悪い有様だし、パイロットのメンタルが軒並みボロボロになる」
「そ、そこまで……」
「それに、進水式のことを考えると万全な体制が整っている必要が出てくる」
ナイルは部隊配属のことを同期に送った。その中には一応アグネスも含まれていた。正直に言って連絡を取るのは嫌だったものの、あくまでも“事務的な連絡”という理由を付けて送信しておいた。
返信メールは届いているものの、見たくも無いので放置することとした。別に見たところで深く影響を及ぼすものではない、という判断からくるものだ。
そして、ナイルは軍医としての見解を口にしたが、パイロットは特に命の危機と隣り合わせの役職。そうなれば心身の充実は最優先課題となる。そんな状況下でメンタルを壊す様な人事など願い下げになる。
「モビルスーツのパイロットに求められるのは心身の安定性だし、所属先が最新鋭艦ともなれば、人間関係の構築は最も重要になる。無論、アグネスがそれを理解してないとは言わないがな」
「つまり、ミネルバの選定は妥当だと言いたいのか?」
「そういうことだ」
他人の幸福を壊す様な人間を置いて作戦行動に支障が出る人選は最早“論外”。対外的にもそれが露見するような事態は御法度なのだ。
「その上で友人として一つ言っておく。シンがどう思おうが、今のお前はザフトの軍人だ。罷り間違っても他国の要人に喧嘩を売る様な真似はするなよ?」
「それは……解ってるさ」
「ならいい。変に正直なところはお前の長所でもあり短所だからな」
ナイルの言葉の念頭にあったのは無論オーブのこと。住んでいた国で家族を失ったことで、その国を恨んでも仕方がないのは理解している。それでも、これからシンは一人の成人―――軍人として己の立場を踏まえて行動しなければならない。
オーブにいた時のようなわがままは許されず、己を押し殺して向き合う時が必ず来るだろう。それに耐えきれるかどうかはシン次第なのだ。彼はナイルの忠告に対して渋々納得するように呟いた。
「それじゃ、荷物を片付け次第何処か食べに行くか。同期も何人か声を掛けておくかな」
「なら、同行させてもらおう」
「レイ!? いつの間にいたんだ!?」
「気にするな。偶々通りがかっただけだ」
そうして、アカデミーでの生活を終え、それぞれの道へ飛び立っていく。
この時、ナイルは自分の道が他の人と重なってしまうとは思いもしなかったのだった。
◇ ◇ ◇
その更に数日後。ナイルは支給されたばかりの“ザフトレッド”を象徴する深紅の制服を身に纏い、ナスカ級戦艦[ボルテール]へ赴いていた。戦艦への入り口には見覚えのある一般兵士がおり、ナイルは敬礼をして挨拶した。
「認識番号:420126、ナイル・ドーキンスであります」
「ようこそ[ボルテール]へ、ディアッカ・エルスマンだ。ハハッ、久しぶりだなナイル」
「久しぶりだな、ディアッカ。ここでは先輩呼びしたほうがいいですかね?」
「それは止めてくれ。俺ならともかく、イザークがあまりいい顔をしないからな」
普通ならアカデミーの先輩と後輩の間柄だが、互いに砕けた会話をする二人。挨拶もそこそこにして、ディアッカの案内で[ボルテール]の艦内へと入る。
「しっかし、流石に驚いちまったよ。あれだけ戦いを嫌う奴がこうして軍人になるとはな。ラクス嬢とは連絡を取ってたりするのか?」
「アカデミーのこともあったから、手紙程度のやり取りしかしてないけどな」
ナイルがクライン邸の使用人をしていた事実は一部に止められている。それこそ旧クルーゼ隊の主要メンバーと旧最高評議会メンバーぐらいしか把握していない事実だ。他愛もない話をしているうちに指揮官室の前にきて、ディアッカがモニターで呼び出しをしようとしたところで、扉が開いた。
そこには憮然とした表情を浮かべるジュール隊の指揮官―――イザーク・ジュールの姿があった。
「予定の時間通りだな。さっさと入ってくれ」
「ハッ!……ディアッカ、何かイザークの機嫌が悪くないか?」
「ああ、
ディアッカが呟いた“あの件”というのは、イザークの婚姻絡みの話だ。これまでもそういった動きは前大戦時も少なからずあったが、終戦後は更に加速していた。
彼女が一番目を掛けているのはシホ・ハーネンフースで、前大戦終盤ではジュール隊に所属していた。現在はかなりのダメージを受けた軍の再編で別の部隊に異動しているが、モビルスーツの技術顧問として赴くこともあるという。
そうして話しているところで、イザークがわざとらしく咳払いをする。
「コホンッ……そのことは一先ず置いておく。ようこそジュール隊へ。俺が指揮官のイザーク・ジュールだ。いくら友人とはいえ、隊の序列は弁えてもらう。いいな?」
「異存はありません。よろしくお願い致します、ジュール隊長」
「……やはり慣れん。ディアッカの思惑通りになるのは癪だが、必要なとき以外は敬語を崩せ。これは命令だ」
「わかったよ、イザーク。でも、年齢で言えばお前の方が年上なんだが」
アカデミーの卒業順で言ってもイザークとディアッカは先輩。そのイザークが自ら対等であることを望むというのは不思議な感じがした。その理由をイザーク自らが口にする。
「ラクス嬢が傍にいることを認める同年代の異性など数えた方が早い。しかも、互いに恋愛関係抜きの友人関係など簡単にできることではない。俺はその意味でもお前を尊敬している」
「それと、お前が敬語で喋ると“アイツ”を思い出すそうだぜ」
「余計な事を言うな、ディアッカ」
「別に俺はアスランの友人であっても近親者じゃないんだがなあ。親御さんが多忙なせいで、うちで居候みたいなことにはなってたが」
アスランと出会ったのは約5年前のこと。コペルニクスから移住してきたアスランとは家が隣同士となり、しかも彼の母親であるレノアとナイルの母のレイチェルが互いに面識を有していたことも判明。
多忙で家を空けがちなレノアの代わりにレイチェルが母代わりになっていた。その際、コペルニクスにいた幼馴染のことを教えてもらったのだが、そこで聞いた『キラ・ヤマト』の名を数年後に再び聞くことになろうとは思いもしなかった。
「しかも、友人同士が婚約するのはまだいいとしても、恋愛関係の経験もない俺が二人から贈り物の相談をされるんだぞ? 控えめに言っても地獄だったよ」
「……イザーク、今度相談に乗ってもらったらどうだ?」
「……検討はしておこう」
「おい」
命の危険と隣り合わせの部隊配属のはずなのに、これでは恋愛相談のアドバイザーとして派遣されただけではないのか? とナイルが訝しんだのは言うまでもなかった。
◇ ◇ ◇
―――私は、世界を憎んだ。
幼いながらに私は、自分の生まれた意味を知ってしまった。
傲慢な遺伝上の父親を持った、あの男―――“アル・ダ・フラガ”のクローンとして。
その事実を悟った時、私は家に火を放った。燃えていく光景に対して、何の感傷も抱かなかった。自らの命が常人よりも遥かに短いのだということも……そうして、私はあのような男を生み出してしまった世界の全てを憎んだ。
無論、簡単な道のりではなかった。皮肉にもあの男が持っていた能力を受け継いだお陰で、私はここまでの状況を生み出すことに成功した。
勿論、私が手を下したわけではない。ただ、破滅に向かおうとした彼らの背中を少しばかり押してやっただけに過ぎない。そうして、私は私を生み出した男の血を引く少年に討たれた……そのはずなのだが、どうにも様子がおかしかった。
意識があれば、手足の感覚もある。あの状況では[ジェネシス]の放ったガンマ線ビームで私の命も絶たれていた筈だろう。瞼を開けると、そこに広がるのは病院の個室と思しき天井。意識して右手を持ってくると、腕には点滴が繋がれていた。
すると、扉が開く音がして一人の白衣を纏った女性が近付いてきた。そして、私はこの女性を良く知っている。
「……ここは地獄かね、レイチェル・ドーキンス」
「いいえ、現実よ。ラウ・ル・クルーゼ」
「成程、私は死に損なったか……」
男性―――ラウ・ル・クルーゼは白衣の女性ことレイチェル・ドーキンスの姿と言葉に、自嘲しつつも問いかけを続ける。
「あれからどうなったのかね? 地球やプラントは」
「第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後に終戦したわ。貴方を止めたフリーダムのパイロットは、戦争で受けた心の傷が原因でどこかに行方を晦ました。それと、貴方に大事なことがあるんだけど。貴方の寿命の問題は全て解決したわよ……貴方を生み出したユーレン・ヒビキが遺していたクローンに対する後天的な寿命解決プログラムで」
「……ククク、アハハハハッ! まさに業腹だな! 私が憎んだ相手によって命を救われるとはなっ!!」
レイチェルから告げられた事実を聞き、クルーゼは高らかに笑った。最早笑うしかなかった、と言うべきなのかもしれない。人の業を憎んだ男が人の業によって救われる……これ以上ない程の皮肉でしかなかった。
だが、確かに今までにない高揚感のみならず、体調もこれ以上ない程の万全さを実感できる。そして、ふとクルーゼが部屋にあった鏡を見た時、老けていた筈の顔が青年相応の容姿となっていた。
「アル・ダ・フラガのクローン製造で技術は確立したけれど、それを使うかどうかで躊躇ったところにブルーコスモスのテロが襲撃してきたって、遺っていたメモで判明したのよ。それで、貴方はどうするの? 今の議長は貴方の友人のギルバート・デュランダルよ」
「……そうだな。いや、ギルバートとは距離を置かせてもらおう」
ここでクルーゼは距離を置くことを選択した。訝しむ表情を見せたレイチェルに対して、クルーゼは淡々と自分の考えを述べる。
「いいの? その気になればコンタクトは取れるけれど」
「残してきたレイのことは気掛かりだが、ギルはあれでも子煩悩なところがあるからな。レイに対してどのような扱いをしたかで私の道を決めようと思う。それに」
「それに?」
「ムウ・ラ・フラガ―――あの男が簡単にくたばったとは思えん。私の勘がそう告げている」
クルーゼは思い返せる記憶の中で[ストライク]の頭部の残骸を見ていたことは確かだった。だが、肝心のムウ本人の死体を確認していない。自身がこうして奇跡的に生きているのならば、彼が本当に亡くなったのかもすら分からない。何せ、フラガ家は良くも悪くも“悪運が強い”一族なのだから。
「頼めるのならば、地球の地上基地勤務に出来るよう取り計らってほしい」
「……それぐらいはやってあげるわよ。あのバカが遺した小僧の頼みなんだし」
ラウ・ル・クルーゼ―――アル・ダ・フラガのクローンとして生まれた彼は、何の因果か生き残った。そして、“アルフォンス・ハイバル”という偽名でカーペンタリア基地の一般兵士として働くこととなった。
彼が何を思ってその道を選んだかは……彼以外に知り得るものなど居なかった。
原作キャラ生存追加。はい、無印の面白仮面ことラウ・ル・クルーゼです。尤も、コイツの出番は無印のように暗躍しないため、一定の期間は時折出てくるレベルに止まります。
[ジェネシス]のビーム食らって何ともなかったのかと聞かれそうですが、まあ陽電子砲を防ぎ切って爆散した機体に乗っていたあの人と同じ理論だと思ってください。寧ろそう思わないと細かく説明するのが大変になりますので。