機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ 作:那珂之川
―――CE71年3月。
ナイルがアカデミーへ入学する1年前、アカデミーの卒業式があってナイルの友人たちがザフトの軍人となった。当時首席のアスラン・ザラを筆頭に、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィ、ラスティ・マッケンジーの五人は揃ってザフトレッドとなった。
ナイルは友人として五人を祝い、更にはクルーゼ隊からミゲル・アイマンがお祝いに来ていた。既に五人は揃ってクルーゼ隊へ配属が決まっており、ミゲルはその挨拶も兼ねてのものだそうだ。加えて、ナイルとミゲルは歳の差を越えた友人となっている。
「おめでとう五人とも。友人としてどう表現すべきか複雑だが、無事に生きて帰ってくれることを祈っておくよ」
「ありがとうございます、ナイル」
「サンキューな。お前もラクス嬢の付き人を頑張れよ! でも、アスランの婚約者なんだから略奪するなよ?」
「冗談でも止めろ、ディアッカ。俺がアスランのご両親に殺されかねんわ」
ニコルはナイルの言葉を深く受け止め、ディアッカの冗談めいた言葉に対して苦言を呈した。その流れに対してイザークが反応した。
「お前がラクス嬢の使用人とは驚きもしたが、そこにいる仏頂面より遥かにマシだな」
「イザーク、流石にそれはどうかと思うぞ……」
イザークからすれば、首席を取ったアスランのことを快く思わないのは当たり前だろう。別に自慢しているわけではないが、プライドの高い彼にとってライバルとも言えるアスランの存在は見て見ぬふりなど出来ない。ましてや、同期かつ同じ隊へ配属なのだから否応にも比較されてしまう。それでへこたれないのがイザークの持ち味でもあるのだが。
そんな彼の物言いには流石のラスティも苦笑を浮かべ、ニコルも引き攣った笑みを見せていた。すると、ミゲルがナイルの肩に手を置いた。
「何というか……ナイル、俺はお前を尊敬するよ。というか、コミュニケーションの観点でお前を今すぐにでも軍にスカウトしたい。マジで」
「何かあったんですか?」
「いやさぁ……まあ、察してくれや」
ミゲルが言いづらそうにしていることと、アスランにチラリと向けられる視線。そして彼の物言いで何が言いたいのかを悟り、ナイルは深い溜息を吐いた。
初対面の時からそうだったが、アスランは人見知りがかなり強い。というか、かなり酷いというニュアンスが適切なのかもしれない。これには彼の婚約者もかなり手を焼いているようで、対応をどうするか悩んだ結果として天然ぽわぽわ系女子に帰結してしまったほどだ。
正直、ラスティとニコルがいるからこの五人は成り立っているわけだが、誰か一人でも欠けるとチームワークが崩壊するのは目に見えていた。ミゲルもそれを危惧したからこそ、ナイルに冗談交じりの勧誘をしたのだろう。
「いやいや、イザーク。ナイルに限ってそんなことをするとは到底思えないんだが」
「……」
なまじ能力はあるくせに、表現能力と対人関係が壊滅的に終わっているこのイケメンを真正面から本気で殴りたいと思ったのは……きっと自分だけではない、とナイルはカメラのシャッターを切りながらそう思っていた。
◇ ◇ ◇
時は戻って、CE73年9月3日。
[アーモリーワン]でのデモンストレーション戦闘は工廠の大方の予想を覆してジュール隊が勝った。しかも、当初は使用できないとされていた[セイバー]の可変機構を自在に使いこなしてのもの。
当然、工廠の担当者たちは想定していない事態の連続で荒れに荒れていたが、その中でデュランダルは冷静にモニターを見ていた。先程のデモンストレーション戦闘の映像が繰り返し流されており、ポツリと呟く。
「……やはり、[セイバー]でも彼にはついていけないか」
本来使用できなかった筈の可変機構を使用可能にしたこともそうだが、瞬く間に同じセカンドステージシリーズの機体を戦闘不能に追い込んだ。運の要素も多少はあっただろうが、きわめて合理的かつ効率的な方法でフォーメーション戦闘を行ったことはデュランダルの中で高く評価できる点だった。
それ以上に、まるでナイル・ドーキンスの人の本質を見抜くかのように呟きつつ、デュランダルは傍にいた側近に声を掛けた。周りには聞こえないよう小声で呟く。
「本国で開発している“リバティ”のロールアウトを急がせてくれ。完成次第カーペンタリア基地へ送るように指示を」
「畏まりました」
そう呟いた後、デュランダルは工廠の担当を労いつつもその場を去り、プラント本国行きのシャトルに乗って[アーモリーワン]を後にした。シャトルの中でデュランダルは誰にも聞こえない程度の声で呟く。
「駒は目覚めた―――彼が自由を掲げる運命の福音になってくれれば、尚のこと良いのだがね」
デュランダルが呟いたその意味を知るのは彼だけであり、それが叶うか否かということを誰も知らない。それでも、時は刻々と過ぎていくのであった。
◇ ◇ ◇
工廠が荒れに荒れていたのと同じ頃、[ミネルバ]に戻って来たシン・アスカはシャワーで汗を流した後、レクリエーションルームに足を運んでいた。
胴体以外切断されて達磨状態とされてしまった[インパルス]だが、この機体はコア部分の[コアスプレンダー]、上半身部分の[チェストフライヤー]、下半身部分の[レッグフライヤー]と三分割されており、それらが合体して[インパルス]となる。
こんなややこしいシステムを採用しているのは、ユニウス条約におけるモビルスーツの保有数上限を潜り抜けるためのもので、表向き“戦闘機”という扱いにすればモビルスーツの頭数とはならないという発想から設計・開発された。
だが、そのお陰で[コアスプレンダー]さえ無事ならば他のパーツの予備で対応できる利点もあり、直ぐに戦線復帰できるのも強みと言える。
(アイツ、完璧に強かったな……)
本来なら悔しい感情が沸き上がるのに、シンの胸中はあの真紅の機体に対する憧れが占めていた。[ザク]とチームを組んでいたあの機体がZGMF-X23S[セイバー]だと機体の識別コードで知ることになったわけだが、まるで空を飛ぶかの如く航行する姿に思わず見惚れてしまっていたほど。
シンがレクリエーションルームに入ったところで、同期のヴィーノ・デュプレが走り寄って来た。
「シン、大丈夫か!? 怪我とかしてないか!?」
「だ、大丈夫だって! 戦闘不能で撃墜判定は食らったけれど、船医も問題なしと判断してくれたから」
「ならいいけど……けど、ジュール隊ってあんなに強いんだな」
「……ああ」
シンでもジュール隊のことは耳に挟んでいる。
隊長のイザーク・ジュールは前大戦でモビルスーツを駆り、数々の戦場を生き抜いた英雄として知られている。隊の中には同じく前大戦を生き抜いたベテランが多く在籍しており、そこにナイルが配属されたことも。
最新鋭機四機相手でも歯が立たなかった……努力してザフトレッドとなったシンでも、あっさり撃墜された時点でモビルスーツ戦闘の経験差は歴然と言える。
すると、二人の会話にヨウラン・ケントが割り込んで来た。
「しっかし、シンの駆る[インパルス]があっさりと墜とされるとはなあ……この分だと、ナイルが一気に経験値を積んでシンが追い越されるかもしれんぞ?」
「いや、それは……」
シンは流石に答えを見失ってしまった。
何せ、アカデミー時代の時点で次席卒業したアグネスをシミュレーター訓練個人戦で圧倒していただけでなく、シミュレーターを壊した際の戦闘データで再現したCPU戦闘は、同期の人間であっても破られていない。昔の時点でこうなのだから、歴戦揃いのパイロットたちに囲まれて戦うことになるナイルがどれぐらい強くなるかも分からない。
すると、そんなシンに対して助け船を出した人物が姿を見せる。
「そこまでにしておけ。シン、話があるんだがいいか?」
「レイ。あ、うん。二人とも、悪いな」
レイの助けに感謝しつつ、ヴィーノとヨウランに断りを入れた上でレイの後を追った。暫く黙っていたが、静かな空気が耐えられずにシンが口を開いた。
「レイ、さっきはありがとう」
「気にするな。それに、お前に用事があるというのは本当なのだからな」
そう言ってレイが向かった先はパイロットアラート。そこにはルナマリアが既に座っていて、レイがテーブルに置いていたコンピュータを開いて起動させる。
レイが準備をしている間、ルナマリアがシンに話しかけた。
「シン。めっためたにやられたけど、大丈夫なの?」
「ああ。正直、あそこまで完璧にやられるとは思ってなかったよ」
「普通はそうよね……見るからに相手はフォーメーションを組んでいたし、あの赤の機体の動きは尋常じゃなかったわ。余程凄腕のベテランパイロットでも乗ってたんでしょうね。案外、あのイザーク・ジュール隊長が乗っていたのかもしれないし」
[セイバー]の形式番号を見る限りでは、X56S[インパルス]、X24S[カオス]、X31S[アビス]、X88S[ガイア]と同じセカンドステージシリーズの機体だろうと思われる。だが、実際に見るのは[インパルス]のパイロットであるシンですら初めてだった。
そうして話しているところに、レイが割り込む形で話し始める。
「―――どうやら、そういう訳でもないようだ」
「えっ?」
「レイ、どういうこと?」
「あの赤の機体の戦闘データを解析した結果だが、恐らく乗っていたのはナイルの可能性が高いと俺は見ている」
そう言いながらレイがコンピュータの画面を二人に見せる。
画面に表示されているのは、アカデミーに残されていた[ザク]のCPU戦闘データと[セイバー]の戦闘における機動データの比較。機体性能こそ違えど、操縦の癖に関しては共通部分が多く、レイは[セイバー]の機動を見て訝しんだ。
客観的な比較方法を取った結果、レイの疑念は確信へと変わった。これにはシンだけでなくルナマリアも驚いていた。
「機体の動き方の癖や挙動の仕方はほぼ一致していた。なので、あの機体を操っていたのはナイルに間違いないだろう」
「……なあ、何でそんな奴がアカデミーでザフトレッドギリギリの成績なのか、ものすごく疑問なんだが」
「うん、それは私も凄く気になってる疑問よ」
何せ、アカデミー時代にシミュレーター訓練を免除されてしまった人物がここまでの実力を有しているというだけでも凄いことだ。これが明るみになれば、間違いなく最新鋭機のパイロットに選ばれてもおかしくはない。下手をすれば、シンの乗っている[インパルス]を十全に扱えるのではないかと思えてしまうほどに。
「それは俺も抱いたが、こればかりは本人に聞かないと分からない疑問だな。ただ、一つ言えるのは……アカデミー時代、アグネス・ギーベンラートを圧倒していたという事実にまた一つ裏付けが増えた、ということだな」
「……それは確かに」
「それはそうね」
パイロット部門総合成績第10位が同期で次席卒業の人間を圧倒する―――この時点で何かがおかしいとしか言いようがない。だが、これまでの状況証拠からすれば、ナイルの実力は最早疑うべくもないと言えよう。
それが現場に上手く反映されなかったのは残念なことだが、ベテランパイロットが多いジュール隊に配属したという時点でエリートコースにも近いと言える。
「それでも、正式パイロットが簡単に変わるとは思えん。シン、あの機体のことは何か分かったか?」
「あ、うん。[インパルス]の識別コードだと、あの機体はZGMF-X23S[セイバー]と言うらしい。恐らく[インパルス]らと同じセカンドステージシリーズのものだと思う」
「[セイバー]……まさかとは思うけど、それも[ミネルバ]に配属とかなっちゃうのかしら」
正直、疑問は尽きない事ばかりだ。シンやルナマリアは動揺を隠せないでいる。しかし、それでもレイは淡々と事実を口にする。
「さてな。ともあれ、俺たちももっと強くならなければならないのは確かだ」
「それは同感ね。流石にあんなものを見せられちゃ、ザフトレッドとして黙ってられないもの。てなわけでシン、シミュレーター訓練に付き合いなさい」
「って、今からかよ!?」
あくまでも『その可能性が極めて高い』というだけで確定事項ではない。だが、『ナイルならばやりかねない』という認識が同期パイロットの中で根付いた以上、更に経験を積むしかないのだ。シンを引っ張っていくように出ていくルナマリアを見て、フッと笑みを漏らしたレイであった。
◇ ◇ ◇
任務を終えた[ボルテール]はプラント本国に到着。[セイバー]は統合設計局と工廠の責任者が来て引き取っていった。なお、OS設定についてはデモンストレーション戦闘でのデータ取りもある為、元に戻さない状態で引き渡すこととなった。
運ばれていく[セイバー]をナイルとディアッカ、シホが見つめていた。ここにいないイザークは隊長として[セイバー]の引き渡しに立ち会っている。
「しっかし、命令とはいえ勿体ない気もするな。最新鋭機ならナイルが使いこなしていたというのに」
「止めてくれ、ディアッカ。あの機体のOSなんて急造品みたいなものだし」
ナイルが[セイバー]の調整を始めようとしたところ、OSの変形機構に関する部分が未完成の状態で引き渡されていた。少なくとも変形機構を有するGAT-X303[イージス]よりも簡素化しているのだが、コンセプトがシンプルであるが故に却ってOSが複雑化した形跡が見られた。
なので、ナイルは[フリーダム]の調整データを念頭に入れて[セイバー]のOSを全面的に書き換えた。再現性など考えずに組み込んだため、解析担当は確実に頭を抱えることだろう。
「それに、あの機体のスラスターを全開で踏み込んだら、軋む感覚がしたんだ。機体強度的にも見直しが必要になる」
「あの、そこまで全開にしてあれだけ機体を制御していたことの方が驚きですよ」
シホは冷や汗を流しつつもナイルを窘めていた。完全初見と言える[セイバー]をそのレベルにまで操縦していたという事実は、ジュール隊のみならず[アーモリーワン]の工廠、そしてギルバート・デュランダルに知られることとなった。
だが、1か月後に[ミネルバ]の進水式が控えている上、最新鋭機の正式なパイロットも任命済み。ここで大きな変更を伴えば、確実に大きな歪みとなるのは間違いない。変に恨まれる理由を作りたくないと思ったナイルは[セイバー]の操縦に関するレポートを作成して、イザークを通して工廠へ渡すことでお茶を濁す方法を取った。
「頑張って動かしたにすぎませんよ。それならヴァリアブルフェイズシフト装甲ではないけれど、あの[ザク]のほうがマシですよ」
機体の色は何故かクリーム色になっていた(多分レイチェルの仕業)が、それでも機体性能としては申し分ない。機体の重量的に[ザクファントム]の皮を被った何かとしか言いようがないのはアレだが。
何せ、普通の[ザクファントム]ならウィザードユニットまで装着すれば90トン近くになる筈なのに、この[ザク]は機体とウィザードの総重量が約78トン―――[インパルス]の高機動戦闘タイプ[フォースインパルス]とほぼ同等の重量となっている為だ。
なので、中身は恐らくセカンドステージシリーズと同等の機体性能とみていい。
(……俺やイザークでも先の大戦の時はGATシリーズで四苦八苦してたのに、機体が持たない技量なんて“アイツら”を思い出しちまうな)
ディアッカが思い浮かべたのは、核動力機である[フリーダム]のパイロットだったキラ・ヤマトと[ジャスティス]のパイロットだったアスラン・ザラ。この二人と同等以上の技量を彼は有している、というのはほぼ初見の可変機構付きモビルスーツを扱いこなした時点で明白。
いくら元ザフトレッドと言えども、あの二人に追随するのは厳しい。仮に同じ機体同士の条件であったとしても、キラやアスランを相手にするのは流石のディアッカでも厳しいと思ってしまうほどだ。しかも、彼らが[ストライク]と[イージス]で死闘を演じたのだから猶更だ。
結局、レポートが功を奏したのか[セイバー]の正式パイロットにナイルがなってしまうという事態は避けられた。だが、その代わりとして提示されたのは……[ミネルバ]の進水式と[セイバー]を除いたザフトセカンドステージシリーズ四機のお披露目にジュール隊が護衛に就くこと。
そして、ナイルはその当日、お忍びと言う形で来訪されるカガリ・ユラ・アスハ代表首長の護衛および案内役を任ぜられるということになったのだった。
[セイバー]の正式パイロットを回避しようとしたら、本編にがっつり関わってしまうルート突入の巻。
[ミネルバ]組には[セイバー]の存在を認知されてしまう形となりましたが、謎の新型というイメージから同期が乗っていたと思しきセカンドステージシリーズの機体という認識に切り替わるので、然程の変化にはならないと思います。
まあ、誰かさん辺りは「ナイルみたく上手く扱ってくださいよ!」と言いそうな気はしないでもないですが。