零崎儀識の人間殺戮   作:全智一皆

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第二章「問、作者の心情に沿って答えよ」 「解答、無し」

 

■  ■

 零崎儀識は『殺人鬼』である。殺人貴でなく、殺人姫でもなく、殺人機ですらなく、本当にただの殺人鬼である。

 

 生物に限らず、この世界に存在するあらゆる生命が息をする様に自然と殺戮し、生物の体全体を血が流れる様に平然と惨殺する。正真正銘の殺人鬼であり、零崎一賊という殺人鬼集団に恥じる事のないスキルを持った一人のプロである。

 だが、彼の腕前はもはや比較する必要すらもない程に隔絶している。その太刀筋も、技術も。

 彼が犯すのは殺人である。そこに例外はない。だが、殺人は殺人でも大量殺人、要するに無差別かつ無関係の純粋な殺戮であり、そして行われた殺戮のそれら全てが惨殺だ。見るも憚られてしまう様な醜く酷い惨殺である。

 いや、少しばかり訂正しよう。見るも憚られるというのは、あまり正しい表現ではない。見る事すら出来ない惨殺という、簡易的な表現の方が正しいと思う。

 何故ならば―――そもそもとして、人が見て憚られてしまう様な醜悪的で残酷的で無残的な死体なんて残っていないのだから。

 殺戮が行われた場所には死体なんて残りはしない。ただ其処には血の海と、まるで人が突然消えたかの様に浮かぶだけの衣服のみだ。

 

「うっわぁ……なにこれ。どうすればこんな綺麗に殺し尽くせるのよ」

 

 カトリックの裏組織、全ての異端を消し去り、人の手に余る神秘を正しく管理する事を職務とする者達の集まり―――聖堂教会。

 その聖堂教会に所属する代行者の一人である、その体では満足に振るい切れない1tもの重さがある斧槍を持った女性、ノエルは任務を受けて殺戮が行われた現場へと駆け付けていた。

 現場に駆け付けてみれば―――そこは、やはり血の海だった。

 吐き気を催す様な腐臭すらも存在しない、ただ冷たい鉄の味だけが鼻を埋め尽くす。

 あまりにも不可解で、奇怪極まるその惨状にノエルは顔を顰めずにはいられなかった。まだ死体が腐乱していた方がマシだったかもしれないと思ってしまう程に。

 

「辺り一面余す事なく血の海。死体はおろか肉片すらもなく、ただ人体を維持するに足る血液と衣服だけが残っている……まだ干乾びた死体があった方が現実味があるわよ、こんなの」

 

 祖に血の一滴までも残さずに搾り取られてしまった木乃伊(みいら)が有った方が、まだ現実的だったのに。

 だが、現実はあまりにも非現実的だった。神隠しすらもが、この惨状を見れば現実だと信じられるだろう。

 死体はおろか肉片の一片すらも存在しない殺人現場など、これまでのあらゆる死徒の被害を遡っても、そんな前例などありはしない。

 この現状は、死徒に殺されるよりも残酷で、祖に殺されるよりも惨憺だ。

 

「魔術を使われた痕跡も無し。凶器も無し、魔力も無し。どんな力を使えば肉片一つ残さず服だけ残して肉体を殺せるのよ…」

 

 肉片一つ残さず肉体だけを殺す。それは人の業ではなく怪異の技であり、それでいて奇怪だ。

 だが、人の技でそれを可能とする者が居る。存在してしまっている。

 熟練したナイフ使い。或いは卓越した剣術。それら二つのどちらかであれば、不可能ではない。一応という枕詞が付属してしまうけれど。

 零崎一賊の鬼子、零崎と零崎の近親相姦によって誕生した血統書付きの純粋な零崎―――零崎人識がまさしくそうだ。

 彼のナイフ遣いとしての腕は一流だ。筋肉のどこを動かせば最速なのかを理解した動きをしてみせる。

 あの人類最強にすら認められている程の腕前だ。

 

「殺人鬼とか物騒よねぇ。吸血鬼だけでも大変なのに、別のベクトルでやばい奴がこう何人も居るんじゃ骨が折れるわ…」

 

 厄介事を押し付けられた事への不満を漏らし、肩を竦めた。

 

「――――――」

 

 その直後、風が斬り裂かれる。

 

「っ!?」

 

 ちりっ、ともみあげの先が掠って散る。

 あまりにも突然の奇襲。足音はおろか呼吸の音すらもしなかった完璧かつ最適な一手を、ノエルの脳は僅かな瞬間に生まれた殺意を汲んで体を動かした。

 鼓動が加速する。呼吸が荒くなる。冷や汗が止まらない。

 

「今の奇襲を避けるか。否、拙の不出来故か。殺意を消すというのは、中々如何して難い」

 

 籠もった低い声が海を渡る。

 整ったスーツの上に裾がボロボロの着物の様なコートを通し頭に笠を被っている、男と思わしき剣士が背後には立っていた。

 右手に持った剣を見れば、自分の首を斬り落とそうとしたのが誰かなど一目瞭然だ。

 

(な、なによこいつ……なんなのよコイツ……!?)

 

 咄嗟に斧槍を構えながらも、しかしノエルは後退っている。目の前の相手に竦んでいる。

 これまで相対した事のない未知、死徒とも祖とも全く異なる異質。人として―――否、人殺しとして遥か上の領域に立っている存在。

 敵意も無く、殺意も無く、しかし虚無ではなく。景色に溶け込んでいるかの様な、透明になっているかの様な―――とにかく曖昧な。

 ノエルは代行者だ。聖堂教会に属する代行者としては決して特筆すべき点などないが、しかし彼女が弱い訳ではない。

 だが、この剣士は。この敵は――比較する事すら烏滸がましい程の差がある。

 

「拙の狙いは殺戮犯だったのだが…致し方無し。貴殿、教会の者だろう? 隠秘を振るう化生の類だ」

「…あんたは何者よ。見た感じ、人間っぽいけど」

「否。拙は人ではない。頼まれれば誰もを斬る一介の人斬りに過ぎんが、それ以前に妖だ」

「じゃあ、なに? 私を殺す様に誰かに依頼されたって事? 化け物のくせに?」

「然り」

「なにそれ…巫山戯んじゃないわよ!」

「拙はただ仕事をするのみ。殺戮奇術師団、匂宮雑技団の分家が一家、桐壺(きりつぼ)輪斬(わぎり)―――参る」

 

 再び風が裂ける。暗闇の中を白銀が駆け抜ける。

 斧槍と刀が直撃する。もはや比較するまでもなく、ノエルは完全に押し負けて吹き飛ばされる。

 暗闇による視界の不自由、黒い服装に身を包んだカモフラージュ、光に当たらぬ剣身の抜刀。全てが計算され尽くした此処は独壇場、この剣士の縄張りにして蜘蛛の巣も同然である。

 

 剣が闇を裂いて突撃する。顔面を刺し穿つべく解き放たれた一撃は、確実にノエルの綺麗な顔を貫くだろう。

 それ程までに正確で、精確で、無駄も無理もない最速かつ最適な刺突であった。人を殺す事にのみ収束される斬撃だった。

 けれども。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 慟哭にも似た雄叫びが、暗闇に轟く。

 死への逃亡。生存本能による制限の開放。確定的な死を躱せた理由はどちらか分からない、もしかすればその両方か、それ以外だったのかもしれない。

 顔面の鼻腔へと放たれた突き。音をも置き去りにしたであろうそれをノエルは首を動かすだけの僅かな動作で回避し、あろう事か男へと肉薄したのだ。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 我武者羅に振るう斧槍。ただ生きる事だけに必死な彼女には、急所を狙うだとか、そんな冷静な判断を出来る様な余裕など残っていなかった。

 ただ目の前の恐怖を振り払うという、それだけの為に。とにかく、我武者羅に。とにかく、無茶苦茶に。

 早い話、自棄になっているのだ。自暴する様になってしまっていたのだ。

 

「蝉の如き意地だ。醜い」

 

 言い切って、亡霊がゆらりと刀身を振り上げる。

 深淵の如き暗闇で、銀翼が瞬く。

 振り下ろされるは断頭。もはや躱す事も出来ず、防ぐ事も出来はしない必死の一撃。

 

 人は、死の間際に走馬灯を見ると言う。

 走馬灯。正確に言うならば、臨死体験。

 或いは、ライフレビュー。

 或いは、人生回顧。

 自分に死が迫る時、人は過去の記憶を振り返るらしい。

 かつての自分の人生、その全ての瞬間が強い感情を伴って再体験される。日常では忘れていた過去の全体験がパノラマとなり、瞬時に目の前に再現されるのだそうだ。

 振り返るは―――故郷。

 其処には、家族が居た。友人が居た。

 今や吸血鬼の後遺。埋葬機関の序列3位。自分の親友にして上司。

 幼い彼女の笑った姿が、鮮明に。

 

「なによ―――アンタが出てくるんだ」

 

 うんざりとした様に。少し不満げに。

 けれども、どこか嬉しそうだった。

 

 

 それが、惨殺されるまでは。

 

 

 

「さぁ殺戮(零崎)を始めよう」

 

 零崎一賊の特記戦力、《殺戮惨殺(キラーモバイル)》零崎儀識が乱入する。

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