零崎儀識の人間殺戮   作:全智一皆

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第四章「疑念とは刃、信頼とは盾」

 

■  ■

 ―――冷たい夜風が、血で濡れたシスターの服を煽り、その肌を撫でる。

 へたり込む様にして血の海の上に立つ彼女の目の前には、一人の殺人鬼。

 極彩色が映る瞳―――あらゆるモノの死を視る眼を持った、鞘も柄も鍔も無い刀身だけの日本刀を握る殺人鬼の少年を前にして、シスターはその眼に呑み込まれそうになっていた。

 自分が苦戦を強いられ、殺される寸前にまで追い詰められた相手を呆気なく()()し、たった一人であるというにも関わらず形容し難い()()を行って()()()

 

 零崎一賊(ぜろざきいちぞく)。その名前は、彼女でも知っている。曲りなりにも裏に通ずる世界に身を置く者だ、聞かない方がおかしいとも言える。

 裏の裏の裏の裏の裏の世界―――隣に立つ人間を殺してどんな人間なのかを知ろうとする様な、理不尽と暴力だけで成り立つ様な世界に、『(ころ)()』と呼ばれる殺人者ギルドが存在する。

 それには第一位から第七位までの序列が存在し、各々(おのおの)の陣営が各々(おのおの)の殺人動機を有している。

 その中でも特に異質なのが、序列三位『殺人鬼』―――「零崎一賊(ぜろざきいちぞく)」。

 殺人動機は、()()()()()()。人を殺すという行為そのものに理由がなく、『行動』が『行動』ではなく『状態』の存在。殺人を呼吸と喩える生粋の殺人鬼集団(さつじんきしゅうだん)にして殺人鬼家賊(さつじんきかぞく)

 その一人――――――『覚醒(かくせい)』という異名を持った、零崎。

 

「改めて自己紹介をしよう。俺は零崎(ぜろざき)儀識(ぎしき)。零崎一賊の一人であり、今はこの総耶の街で人探しをしている者だ。成り行きで君を助けたが、君は一体何処の誰なんだ? 良ければ教えてくれ」

「……えぇ、良いわよ。教えるのは全然構わないわ、殺人鬼とは言っても命の恩人には変わりないもの。でもね、失礼を承知した上で一つ言っていい?」

「…? 構わないが。なんだ?」

「さっきからずっとその奇妙な刀ふらふらさせるの止めてくれる!? 正直怖いのよ! 名乗った瞬間に『そうか、ありがとう。ではさようなら』とか言って私を殺して来そうですっごく怖い!」

「随分と具体的だな。まさか読心能力でもお持ちで?」

「そんなの持ってなくてもって待って今読心って言った!? 言ったわよね!? つまり()る気満々って事よね!?」

「いや、聞き間違いだ。俺は読心(どくしん)と言ったのではなく、独身(どくしん)と言ったんだ」

「てめぇ()めてんのかゴラっ!!! シエル!? シエルから聞いたの!?」

「なんだ、図星か。可哀想に」

「殺人鬼に憐れまれた…? やだ、なにこの虚無感……助けられたのに精神的に殺された感じ……」

 

 ノエルは非常にショックを受けていた。

 既婚者だとかリア充だとかではなく、色恋沙汰とは無縁であろう殺人鬼から独身なんですか? うわぁ……可哀想、なんて憐れまれるなんて誰が思うだろうか。

 血の海の上でへこたれた彼女を、誰も責める事など出来ない筈だ。殺人鬼から独身である事を憐れまれるなんて、シスターとしても人間としても到底有り得ない事なのだ。

 その精神的ダメージは、想像するのも痛々しい。そっとしておいてあげるのが優しさというものだ。

 

 が、しかし。

 

「もういいか? 早く自己紹介をしてくれ、こんな時間帯だ。早く帰りたい」

 

 この零崎儀識―――残念ながら、名も知らぬ傷心的な女性に対する優しさは持ち合わせていなかったのである。

 コイツふざけてんのか?

 仮にもシスター、神に祈りを捧げる乙女にあるまじき荒れた心中の彼女だが、その原因たる殺人鬼はまだかとうんざりした様な感じだった。

 

(待て待て、落ち着くのだ、落ち着くのよ、シスター・ノエル! 心頭滅却、火もまた涼しと言うらしいし! ここで落ち着かずして何時落ち着くというの? 仮に私がここで激情に駆られて、動いたとして……目の前の殺人鬼に勝てるビジョンなんて、まったく思い浮かばないじゃない!)

 

 まさしくその通りで、彼女の判断は実に正しいものと言える。

 もし仮に、彼女が自らが気にしている事を憐れまれて激情に駆られ、その斧槍に手を伸ばしたと仮定して。

 そうなった場合、しかし彼女は斧槍を振るう事はおろか、その場から立ち上がる事すらも出来ず、呆気ないままに死を迎える事になる。

 せっかく生き残った―――正確には助けてもらった―――というのに、そんな無残で無様な死に様を残すなど御免なのだ。

 すーはー、すーはー……と、深呼吸で心を落ち着かせ、彼女は良い笑顔を浮かべて自己紹介をし始めた。

 

「まずは助けて頂いた事、深く感謝します。私はノエル。聖堂教会所属の代行者で、今はこの総耶の街で教師として世を忍びながら活動している者です」

「そうか。相違無いようで何よりだ。それでは、またなシスター。湯船に浸かって疲れを癒してから眠る事をお勧めするよ」

「ご親切にありがとうございま……あぁ、ちょっと本当に帰るの!? 待って待って、ちょっと待って!」

 

 ご親切ご丁寧に気遣いの言葉を残して、さっさと去ろうとする儀識を、ノエルは焦りながら呼び止める。

 なんだ、まだあるのか…? と、そんな感情が彼の顔から滲み出ていた。

 だが、だから何だと言うのだ。今この瞬間、ノエルにとっては一大事の状態が此処に在るのだ。

 今のノエルは―――

 

「あの……腰が抜けて動けないの。だから、おぶってくれない?」

「…………」

 

 絶句、と言うか。

 呆然、と言うか。

 何を言ってんだ、このポンコツシスターは。零崎儀識はそう思わずにはいられなかった。

 殺人鬼に自分をおんぶしてくださいなんて、正気の沙汰ではない。さっきの戦闘でおかしくなってしまったのではないか? と、逆に心配してしまう所だ。

 

「お願い! こんな血の海で座り込んだまま夜を明かしたくないのー! 服だって血が染み込んじゃうし!」

「それをおぶる俺への配慮はないのか」

「え……殺人鬼だから血なんて浴びてなんぼじゃないの? 違うの?」

「さて、ホテルに帰って寝るとしよう。明日も家賊探しだ」

「あー! 待って待って本当に待って! お願いお願い!!! あ、メール! アドレス交換してあげるから! メル友になってあげるからー!」

「よくそれで成立すると思ったな、お前。自己評価高過ぎんだろ。少なくとも人類最強の方が美人だぞ」

「あんな破天荒が服を着て歩いてる癖みたいな人に負けた……!?」

「ルックスは良いからな、あの最強」

 

 あの人類最強に比べれば、世の美人も霞んで見える。

 まぁ、その外見が霞んで見えてしまうくらいに、彼女の性格が強烈かつ苛烈なのだが。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

 零崎儀識は大きな溜め息を吐きながら、後ろのベルトに得物を納めてシスターの方に歩み、少し屈んで背中を晒した。

 

「生憎、俺は君の家を知らない。だから近くの公園まで運ぶ。そこで休んで、後は自分の足で帰ってくれ」

「えー、どうせならそのまま運んでもらえるとありがたいんですけど……」

「置いていくぞ」

「嘘ウソ、うっそでーす! いやー、優しい人に出会えて私嬉しいなー!」

「はぁ……殺人鬼がシスターを背負って歩くか。人識が見たなら傑作だと笑われるな」

 

 月がよく見える夜の下、殺人鬼が血濡れたシスターを背負って公園まで歩いていく姿は、実にシュールな光景だった。




アルクだよ!
ルージュよ。

ねぇねぇ、ルージュ
なにかしら、アルク

対義語って難しいわよね
そうかしら? 私は楽しいけれど

じゃあ今から言う言葉を対義語で答えてみて!
良いわよ、どんと来なさい

好き!
無関心

希望!
無気力

めっちゃ冷めてる!
尖っているとも言うわね

次回、第五章「(略)」
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