零崎儀識(ぜろざき・ぎしき)―――――――――殺戮犯。
シエル―――――――――代行者。
ノエル―――――――――代行者。
アルクェイド・ブリュンスタッド―――――――――真祖。
遠野志貴(とおの・しき)―――――――――殺人貴。
■ ■
《
《
だが、そんな異名を持っているにも関わらず、彼は零崎にして珍しく殺人というものを滅多に犯す事がない。
短くて月に一度、長くて二年に一度のペースでしか人を殺す事がないという、言うなれば絶食の様な状態を続けて平然としていられる、ある意味では零崎曲識と似た様な存在と言える。
にも関わらず、彼が《殺戮犯》等と言う物騒極まりない異名を持つのは、ひとえに―――彼がその一度に行う殺人における死者の数が尋常ではないからに他ならない。
その最高記録は2011人。たった一度の
勿体ぶる事なく事実を明かしてしまうならば、彼は《直死の魔眼》の持ち主だ。
とは言え、別に彼が退魔の家系の者であるという訳でもなければ、元から《見えない何かを見る目》を持っていたという訳でもなく、本当に偶々それに目覚めてしまったというだけの、実にありふれた経緯でしかないのだけれど。
けれど。
けれども。
だけれども。
ありふれた経緯であるとは言え、あまりにもありふれて隠れてしまいそうな経緯とは言え、それは《零崎》である彼が持っていい能力では決してなかったのは確かだった。
《直死の魔眼》。死を直視する魔眼。それは世界にありふれた死、そのものに宿った
それをなぞるか、或いは突けば、それだけで死は訪れる。
人に。
動物に。
地面に。
建物に。
花に。
雑草に。
果ては、神様に。
一切の例外なく―――とまではいかないかもしれないけれど―――死は訪れる。
世界のあらゆる全てに『死』というものは宿っていて、《直死の魔眼》はそれを視覚として捉える事が出来るものである。つまりは生物にも無機物にも絶対的な殺害権を有する事が出来る強力無比極まった能力な訳だが、しかし、と言うべきか。或いは、だからと言うべきか。
それ故に。
あらゆるモノの死を直視する事が出来るからこそ。
それは、常人では決して扱い切れない代物でもあった。扱い切れていい代物ではなかった。
つまる所、結局は。
死とは、生者に視えるべきものではないという事である。
人は生きている。いつか死にはするものの、しかし今を確かに生きている。そんな生物が日常的に死を直視し続ける事など、言ってしまえば不可能だ。
生者が死者に触れられない様に。死人が生者に挟む口がない様に。生者というものは決定的に死というものから隔離されていて、それを直視する事はまず脳が耐えられないのだ。
だが、しかし。
これが零崎儀識であるならば―――否、《零崎一賊》であるならば、話は別だ。文字通り、全くの別物なのだ。
《零崎》にとって殺しとはつまり
殺しを殺しとは認識せず、死を死として呆気なく認識する。そも《暴力の世界》が隣の人間を殺してどんな人間か知ろうとする魔境の如き世界であり、その住人の悉くがイカれている訳なのだが、零崎はそれらを容易く凌駕する。
仕事でもなく、運命でもなく、ただ殺す。
理由など必要とせず、いや、そもそも持たず、彼らは息を吸って吐く様に軽々しく命を奪い取る。そんな人間である彼等にとって、
故に。
それ故に。
そうであるが故に。
零崎儀識は、あらゆるプレイヤーから恐れられている。
「よく生き残れましたね、ノエル」
「
場所は総耶のとある喫茶店。路地裏で開かれている、カレーが美味いと噂の喫茶店に生徒が一人と教師が一人。
青髪に碧眼、眼鏡を掛けた学生と教師姿の代行者。つまりは、
「嫌ですよ面倒くさい。匂宮の分家ならいざ知らず、あの《零崎一賊》で、尚且つ零崎儀識じゃないですか。《
零崎儀識が殺人、もとい殺戮を犯す時期―――殺人期。実に安直でその場で適当に考えた様なネーミングだが、しかし、この場合はネーミングがどうのこうのなんて問題ではない。そんな事を言うのであれば、零崎一賊の長兄である零崎双識の《
まぁ、それはさておくとして。問題、或いは注目すべき点なのは、もしもノエルと出会ったあの日から零崎儀識が、その殺人期だった場合―――ノエルは今頃、肉片の一つすら残されずに血の海と化していたという事だった。
「さらっととんでもない事言った! 知ってんなら事前に教えときなさいよ! つーかアンタ私が死に掛けてる時にその殺戮犯とカレーの話で盛り上がってただろうが!」
「なっ、ななな何の事ですか! 言いがかりはよしてください! 私が殺戮犯と一緒に店でばったり出くわして市販のカレーと店で提供されるカレーの良さを語り合っていたという証拠がいったい何処にあるんですか!?」
「自分から白状してんじゃねぇよ!」
店内だというのに、二人はお構いなしに騒ぎ立てる。
幸いなのは、この店内には今の所はシエルとノエルの二人しか居ない事。そして、店長も全く二人の言い争いを気に留めてないという事だろうか。
レトロチックな雰囲気を漂わせる店内で、学生と教師がタメ口で言い争っている様は何とも違和感が尋常ではないが、それを咎める者はこの場には居ない。
とは言え、ノエルとしては気が気でなかったのは確かで、彼女の言い分も決して間違いであるとは言えない。
なんせ殺人鬼、なんせ殺戮犯だ。
《人類最強の請負人》
死を視る殺人鬼。万物の綻びを切る殺人鬼。それを相手にしたとして、生き残れる保証などありはしない。《暴力の世界》出身でもない凡人であるなら、尚更だ。
そもそも死徒を狩りに来た筈なのに、死徒とは戦わず匂宮の分家を相手する事になり、さらにはそれを殺人鬼に助けられるなど、想像のしようもない。
「はぁ……というか、結局の所、アイツ何だったのかしら」
「ですから、殺戮犯ですよ。殺人鬼でありながら滅多に人を殺さず、しかし一度でも殺人鬼としての顔を見せれば最低でも50人もの人間を惨たらしく殺戮する殺人鬼。零崎一賊史上に於いて、最も荒々しく、最も酷い手口で、最も多くの人間を殺した殺人鬼《
「いや、それはもう分かってんのよ。私が聞きたいのは、目的の方。アイツは何を目的として、何がしたくて、この総耶までやって来たのかって事」
代行者としても、個人としても、気掛かりなのはそれだった。
あの殺戮犯が、いったい如何なる理由を以てこの総耶に、比喩的な意味ではなく現実的な意味で魑魅魍魎が跋扈するこの魔都に、わざわざ足を踏み入れたのか。
人探し。殺戮犯はそう言っていたけれど、それが文字通りの意味なのか、はたまた何か別の意味があるのかなんて、ノエルには皆目見当もつかなかった。
ただでさえ死徒が蔓延り、さらには真祖の姫君すらも居るという大事に大事が重なりまくっているという現状に、遂には殺戮犯すらが乱入してしまっている。それだけで、頭がいっぱいいっぱいだ。
「人探し。そう言っていたんですよね?」
「えぇ。どう思う?」
「……そう、ですね。おそらく、意味としては文字通りだと思います。零崎一賊は同族ならぬ同賊を探すのが殆どらしいので、この総耶に零崎となる人間が居るのでしょう」
「流血で繋がる家族……だっけ? おっかないわよねぇ、いつ殺人鬼になるのか分からないなんて」
血統ではなく、流血で繋がる家族。零崎としての血が目覚める事で、零崎という存在が生まれる。
それには何の一定性もなく、ある時に、ふとした拍子に、突然に、そして唐突に、産み落とされる。例えそれが子供であろうが、老人であろうが、例外なく。零崎としての血が流れているならば、必ずや目を醒ます。
零崎一賊はその家賊の存在を、血の繋がりを、本能とすら言える程の直感で把握する事が出来る。決して正確ではなく、何となく此処に居るんじゃないかという曖昧な感覚でしかないそれを頼りにして、零崎は新たな家賊を迎える為にやってくる。
今回の零崎儀識も、そうなのだろう。シエルはそう憶測を建てて、そして顔を僅かに歪めていた。
(まさか……彼が、そうだと…?)
シエルの脳内に過ぎったのは、一人の少年だ。
―――遠野志貴。総耶の高校に学生として潜入している彼女の後輩であり、そして、真祖の姫君たるアルクェイド・ブリュンスタッドに目を付けられた哀れな少年。
もしもあの殺戮犯が探している人が、彼であったならば―――彼が、《零崎》としての血を流しているならば、それはつまる所、第二の殺戮犯の誕生を意味するのではないか。
そんな考えが過ぎり、シエルは一転して表情を青くした。
(可能性があるなら、今すぐにでも行動を…! あの殺戮犯に遠野くんが接触される前に、遠野くんを遠ざけなければ!)
思い立ったが即行動。シエルは即座に行動に移し、ノエルの分も纏めて会計を済ませて店を出て行った。
だが―――だが、しかし。
「随分と混ざっているな。ハイブリッドも良い所だ」
「うわっ」
「だ、―――だれ、だ?」
時既に遅し。
零崎儀識は―――遠野志貴と、既に邂逅している。
□ □
「随分と混ざっているな。ハイブリッドも良い所だ」
突如として現れたその男に。
もさっとしながら、整えられた黒髪。まるでこの世の全てを俯瞰しているかの様な、蒼色の目。パーカーの上にジャケットを羽織った、如何にも現代風なスタイルの男に。
遠野志貴はえも言えない感覚を抱き、そしてそれに呆気なく呑み込まれていた。
えも言えぬ親近感を抱いて、飲まれていた。えも言えぬ共感を抱いて、呑まれていた。
えも言えぬ嫌悪感を抱いて、呑まれていた。えも言えぬ忌避感を抱いて、飲まれていた。
探し求めていた何かを見付けたかの様で、見付かりたくないものに見付かったかの様な嫌悪感に。会いたかった人にやっと出会えた様で、会いたくなかった人と出くわしたかの様な忌避感に。
絶対的に何かが似ていて、決定的に何かが違う。絶対的に何かが違うのに、決定的に何かが似ている。
似て非なり、異なれど似た存在が―――目の前に、居た。
「だ、―――だれ、だ?」
「誰、か。まぁ、それはそうだな。そう言われるのも仕方がない。実際、今はまだ俺とお前にこれといった深い関係が、それこそ血で繋がった様な縁があるとは、どうに言い難い。俺とお前は、まさしく赤の他人だ」
悩む様に頭を捻らせて、男は答える。
赤の他人。そうだ、そうだとも。だが、それには―――今はまだ、という枕詞がつく。
「というか、そこの女から―――お転婆娘な真祖の姫君から、俺の事を聞いてないのか?」
「誰がお転婆よ。死徒なんかよりもよっぽど物騒極まりない貴方には言われたくないんですけど。というか、貴方が探してるのが志貴だったなんて知らないし」
「ふむ。それもそうか。俺もまさか家
「か、かぞく? 俺と、貴方が? いや、候補って、いったい……」
思考が巡らない。自分でもよく分からない感覚が、志貴を翻弄している。
言っている事がよく分からなかった。家族に、血の繋がりに、候補もクソもない筈だ。
だが、目の前の男はそう言った。はっきりとそう言った。自然と、そして平然と、自分を家族候補だと。
「文字通りだ。ほら、よくあるだろ。お前はうちの子になるんだよって。簡単に言えばあれだよ。この場合、中々に物騒な家族に、家族ならぬ家賊になる訳だが」
「いや、だからっ。それが、それこそが、よく分からないんだよっ! なんだよ家賊って! お前は何を言ってるんだ!? いや、そもそも! お前は何なんだ!?」
「一応―――お前の
「――――――な、」
言葉を失くした。あんぐりと口を開け、遠野志貴は分かり易く絶句した。
大量殺人犯。大雑把に言って、殺人鬼。最近のテレビで、吸血鬼と並んで話題となっている―――話題になってしまっている、犯罪者。
それが、この男で。
そんな犯罪者が、凶悪極まりない殺人鬼が、今。
こうして、目の前に居て。
自分を、家族候補だと、宣っている?
「なに、いってるんだ……」
「まぁ、そうなるか。だが、まだそうじゃない。言っただろ、あくまでも候補だ。お前はまだ
「ぜろざき…?」
「そう、零崎。正式名称は《零崎一賊》。血の繋がりではなく流血で繋がる、一族ならぬ一賊。理由なく人を殺す殺人鬼の家族だ」
《暴力の世界》における誰も彼もが恐れ忌み嫌い避ける、最悪の軍隊にして最低の群体。
呼吸をする様に人を殺し、歩く様に命を奪う。理由も要因も原因もなく、ただ殺人という結果だけを残る正真正銘の殺人鬼の集団。
彼らが恐れられ、嫌われ、忌まれるその最たる理由が、彼等の強い―――もはや異常とすら言える―――仲間意識。
家族の一人が傷付けられたならば、一賊総出で家族の敵を根絶やしにする。父母兄姉弟妹伯父伯母祖父祖母、つまりは一族郎党を皆殺しし尽くすまで決して止まる事のないその凄まじい仲間意識、家族想いを持つ集団―――それが、零崎一賊であり。
そして、その零崎一賊になる可能性を持っているのが―――自分である、と。
「お前の場合だと、退魔の血の方に引っ張られつつあるみたいだがな。しかも俺と同じ眼だ。そのお陰で、そこの姫君を見事に解体した。殺して
「同じ…?」
「《
ぱちり、と瞬きをした直後、志貴は心臓を鷲掴みされたかの様な感覚に背筋を凍らせた。
極彩色に輝く瞳が、志貴のソレを―――見詰めている。
視ているだけでしかなかったソレを、安全圏から眺めているだけだったソレを、今この瞬間から他人によって、殺人鬼によって、視られている。
《直死の魔眼》。あらゆるモノの死を直視する眼。自分しか持っていないと思っていた力を、自分だけが知っていると思っていた脆さを、知っている者が―――居た。
「正直、俺も詳しくは知らないがな。とは言え、これはこれで便利だ。主に殺しの時にだけ、だがな。それ以外では全く役に立たん」
「そりゃそうでしょ。寧ろなんで役立つと思ったのよ、日常生活で」
「野菜を切ったら全然美味くなかった。というかそもそも味がしなかった。あんな人参は人生で初めて食った」
「本当になんで試したのよ!? 止めてよそんな事に能力使うの! 間接的に私が弱っちくなるでしょ!?」
「恋愛的な意味でガキのままだから大して変わらないんじゃないか?」
「オッケイ今ここでぶっ殺すッ!」
「やっぱお転婆じゃねぇか。おい、コイツに付き合うならもっと距離感を考えた方が良いぞ。距離感誤ったら面倒臭いタイプだ。何を仕出かすか分かったもんじゃない」
威嚇する猫の如くに髪を逆立たせて爪を立てるアルクェイドを、殺人鬼は平然と流す。
何故そこまで平然としていられるんだ。相手はアルクェイドだぞ? 真祖の姫で、殺しても死なない様な化け物なんだぞ?
志貴にしてみれば、目の前の殺人鬼はやはり異常でしかなかった。異常であり、異質であり、特異的だった。
零崎だの何だのは今でもよく分からないし、寧ろ分かりたくもない事だと思ってはいるけれど、それはそれとしてこの殺人鬼が異常であると思わずにはいられなかった。
「とは言え、本当に混ざりまくってるな。まるでかつての俺を見ている様な気分になる」
「何それ。…いや、でも、確かに何処となく似ている様な……いやいや、そんな訳ないじゃない! 志貴と貴方が似てるとかほんっとに有り得ない!」
「自問自答で勝手に人を否定するな。混ざり具合で言えば昔の俺の方が派手だったぞ。自由自在にして自由奔放だった頃の弟風に言うならば、変幻自在にして千変万化だった俺だ。今思えば、《
今から、随分と昔の事だ。《策士》ならぬ《策師》によって引き起こされた、《殺し名》も《呪い名》も巻き込んだ大きな戦争―――通称《小さな戦争》での出来事だった。
零崎人識が匂宮出夢によってクラスメイトを皆殺しにされ、汀目俊希を殺されてから暫く。零崎人識の全盛期だった頃。零崎儀識もまた、全盛期を迎えていた。
全盛期にして最盛期。反抗期ならぬ―――《犯攻期》。
殺し名の序列1位である殺戮奇術集団匂宮雑技団の団員の一人にして《断片集》の失敗作、匂宮音色を失ってから約1ヶ月―――零崎儀識は、零崎儀識ではなかった。
零崎儀識の様で零崎人識の様であり。
零崎儀識の様で零崎双識の様であり。
零崎儀識の様で零崎軋識の様であり。
零崎儀識の様で零崎曲識の様であり。
零崎儀識の様で零崎常識の様であり。
零崎儀識の様で零崎儀識の様でない。
自分を見失い、見損ない、見果て、見殺し、見捨てた、そんな1ヶ月。それを、《犯攻期》と。
「まぁ、そんな事はどうでもいいとして。今日は顔合わせのつもりで来ただけだ。他にも何人か居る様だから、そっちに向かうとする」
「とっとと行きなさい、しっしっ!」
「そうさせてもらおう。あぁ、その前に。遠野志貴、一つ伝言を頼みたい」
「伝言…? 誰に?」
「ノエルとか言う女だ。明日の午後14時に喫茶店の前で集合だ、とな」
アルクだよー
ルージュよ。
突然だけどクイズ!
本当に突然ね、何?
お金でしか動かない人がお金以外で動きました。それは何?
お金よ
お金以外って言ったよね!?
値千金の友情ってやつよ
次回、第六章「(略)」