暗黒期の残骸   作:花のお皿

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カジノ襲撃事件⑥

「い、急ぐっす! 団長の話だと、もう既に闇派閥は金庫に到着してる筈っすぅ!」

「分かってるわよ! 急かさないでっ!」

 

 俊敏な動きで廊下を掛ける猫人と何処か頼りない雰囲気を漂わせ、彼女を追いかける青年。その両者を先頭に、先程までセルシャ・ストリクスが佇んでいた戦場を傍観していた【ロキ・ファミリア】の“二軍”が金庫へとその足を進めていた。

 

 両者の名は、今更言う必要もないだろう――アナキティ・オータムとラウル・ノールド。オラリオの第二級冒険者の中でも上位に位置する実力の持ち主である――アナキティの方は。

 

 ラウル・ノールド。彼の二つ名は【超凡夫(ハイ・ノービス)】、その名の通りその才能も資質も凡人の域を出ない人物であり、Lv4にまで至りながらスキルの類を一つも有しない、かえって特殊とも言える青年だ。

 だが、彼もまた【ロキ・ファミリア】を支える中核の一員であり、組織にとっては居なくてはならない存在である。下位団員をまとめ、幹部陣を支え、紛れもなくトップであるフィンにとって必要不可欠な人材となったのが、彼だった。

 

 

 そして、セルシャ・ストリクスという人間を気にかけていた人物としても、名の上がる人間だ。

 

 

 セルシャ・ストリクスは、ラウルよりも一つ年上の人間だった。定義付けるなら、同期とも呼べる関係性の筈である。けれど、ラウルがセルシャと交わした言葉はそれほど多くは無かった。

 その頭一つ抜けた実力と才能、街を駆けまわり日夜人を救い続ける善性。そして何より、『鉄』で出来ているのかと感じさせる程に、その感情を感じさせない彼の鉄仮面が、ラウルに彼に声をかける事を躊躇わせた。

 

 同期でありながら、セルシャ・ストリクスは自分よりも余程有望で、才能に溢れ、未来を確約されていた。正直に言って、嫉妬しなかった、と言えば嘘になる。

 彼は確かにファミリア内では孤立していたし、恐らく街の人々からだって遠ざけられていただろう。だが、それでも彼の姿に憧れる人々だって居たのだ。

 

 返り血を浴び、『悪』を粛清する彼を、英雄と呼ぶ者も居た。随分物騒な英雄が居るものだと思うかもしれないけれど、あの時代にはセルシャは民間人にとっての光で、『悪』にとっての悪魔だった。それぐらいに、セルシャは多くの人々を救っていた。

 

 感謝をされることの方が少なかったはずだ。むしろ、場違いな怒りを向けられて、陰鬱とした気分になることも多かっただろう。

 それでも諦めない彼の姿に、その背中に、きっと憧れる人も居た――他ならないラウルと同じように。

 

 

 セルシャ・ストリクスは才能に溢れている。だが、それは彼の実力のほんの一部。僅かな一因でしかない。

 ラウルは知っている。セルシャ・ストリクスの実力は、彼自身の絶え間ない努力と積み重ねられた実戦経験によって成り立っている。

 

 彼がまだ【ロキ・ファミリア】に居た頃から、セルシャは日々の訓練を絶やさなかった。

 手を抜くことも、怠けることも無かった。堅実に、確実に、彼は努力と研鑽を重ねて実力を掴んでいったのだ。同期の中で最も剣と魔法に力を入れていたのが、他ならないセルシャだった。

 

 彼はきっと知らないだろう。彼の真似をして、同じように日々の訓練を日常に取り入れた者達が居たことを。彼に憧れ、彼に近づく為に、ダンジョンに潜っていた者達が居たことを。

 

 

 セルシャ・ストリクスと同期であることを、ラウルが恥に思ったことは無い。

 彼が闇に堕ち、敵になっていたとしても、ラウルは彼と共に『悪』に立ち向かった日々があった事を誇りに思い続けるだろう。

 

 

 ラウルにとって、セルシャ・ストリクスは自身の道を照らしてくれる『光』なのだから。 

 

 

「団長達、セルシャ相手に大丈夫っすかね!? 彼奴、前よりももっと凄くなってたっすけど!」

「……大丈夫な訳無いでしょ。あんな化物を相手にして、無事で居られる奴なんて居ないわよ」

 

 

 だが、アナキティにとっては違う。アナキティにとって、セルシャ・ストリクスは理解不能の怪物だ。

 アイズの事は、アナキティは妹のように想っている。そう想えるほどには、長い時を共に過ごし、戦地を駆け、互いに背中を任せてきた。それに、彼女が憎悪を向けるのは怪物に対してだ。その丈が常軌を逸しているだけであって、怪物に憎しみをぶつけることは何ら不思議な事ではないし、むしろそうしない方が異常だ。

 

 そういう意味では、アイズ・ヴァレンシュタインは言ってしまえば“ちょっと不思議な女の子”でしかない。

 

――それが、セルシャ・ストリクスには当てはまらない。

 

 彼は、世界に憎悪を向けている。

 弱者が虐げられる世を恨み、弱者を殺す強者を殺し、弱者救済を“善”として、信念を曲げずに英雄に至った。

 

 言葉を並べてみれば、成程。正しく英雄の所業と言える、清廉潔白な成り立ちだ。それが、世間で言う『悪』の立場に居る者の生き様でなければ、の話ではあるが。

 

「アレは、根本的に狂ってるのよ」

 

 何者が相手だろうと立ち向かう。

 世界中を敵に回しても、尚諦めず前に進み続ける。

 

 嗚呼、確かに英雄だ――けれど、狂人のようにも見えてしまう。

 

 英雄とは、ああも傷だらけにならなければ成れないものなのか。あれ程までに芯を強く持たなければ、人々は誰かを英雄として称えないのか。

 だとするなら、英雄とは――なんて悲惨な称号だろうか。

 

――ホント、英雄になる才能なんて無くてよかった。

 

 

「いっそアンタも、戦う才能なんて無い方が良かったのにね……セルシャ」

 

 

 そうすれば、ただの信念の強い少年であれば。

 そうであってくれたなら、アナキティにとってセルシャもまた、家族として受け止められたはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不愉快ですね」

 

 明るい光に照らされていた廊下が、一斉に闇に染まった。だが、その停電よりも一瞬早く、ラウル達の足は固定されたようにビタリと止まる。

 

 それは、廊下を照らす灯りの消滅よりも一瞬早く、彼等の身体を鋭利な殺気が貫いたが故の現象だった。

 

「あの方に才能が無ければ、何だというのですか? 例え才能など無くても、あの方は必ず今日と同じことをしていた筈です。そんな事も分からぬままに彼の元家族(ファミリア)を名乗るだなんて――不敬にも程がありますよ」

 

 幼い少女の声だった。年の頃は、本当に10歳に到達したかどうか、という程。あくまでも耳で聞いた印象のみの判断にはなるが、その声色からは壮年の類の渋みを然程も感じ取れなかった。

 

――そもそも、声の主の背丈はラウル達の遥か下にあった。

 

 低い身長、幼さすら感じる声音。

 最早、考えるまでもなく彼女の正体の一部に気づく。

 

――小人族(パルゥム)

 

「……誰だか知らないけど、団長が知ったら喜びそうね。どう? 紹介してあげても良いけど」

「お断りします。セルシャ様を捨ててあんな小物に靡く理由など、欠片も存在しないので」

 

 【ロキ・ファミリア】の団長を小物呼ばわりとは、と苦笑を溢しつつ、静かにアナキティは槍を構える。

 

 彼女の身体から放たれる殺気。話し合いの余地は無いとこちらに知らせるかの如く、少女は臨戦態勢を崩さない。

 であれば、こちらも容赦をする必要はないだろう。そもそも、感じ取れる雰囲気からして少女とアナキティの実力差は僅差だ。油断できる理由はアナキティとて無い。

 

 だが、それ以上に油断ならないのは目の前の少女と同等の実力を持つ集団が、未だ少女の背後の闇の中に姿を隠している事だ。

 

「どういうことっすか……っ! こんなの団長からの情報には無かったっ」

「元々、今の闇派閥は秘密主義の集団でしょ。予想できたことよ、これくらい」

 

 なんて言っておきながら、アナキティの内心もフィンへの文句で荒れ狂っていた。

 

 否、正確には理解している。フィンの情報収集能力に問題がある訳ではない。単に闇派閥の情報統制が異常に厳しいだけだ。存在自体は周知の事実の筈なのに、その内容は驚くほどに不明瞭だ。

 

 目的不明、詳細不明。

 唯一分かるのは、彼等彼女等が成し遂げてきたことがオラリオに多大な影響を及ぼすものである事と、セルシャ・ストリクスという反英雄が闇派閥の頭領であるという事。

 

 あの【ロキ・ファミリア】のフィン・ディムナがこれまで必死に闇派閥の軌跡を、そこに関係する者を手当たり次第に洗った結果がこれだ。

 逆に言えば、たったこれだけの情報しかないのに、闇派閥はオラリオの裏社会で大きな権威を持っているのだ。

 

 その事実がどれだけ恐ろしい事か。

 何をされたのか、何が行われているのかを一切察知できず、気づけば事件を起こされている。

 

 それが、どれほど不気味な事か。

 

「もうやるしかないわよ、腹決めなさい」

「は、腹はもう決まってるっすけど……胃が痛いっす」

「……それは私も」

 

 顔を青ざめさせて、腹部を抑えつつラウルは抜剣する。その他の団員も、皆各々の武器を取り出し、構えた。

 だが、そんな風に態勢を整える【ロキ・ファミリア】とは対照的に、アナキティと向かい合うあの少女以外の闇派閥は一向に姿を現さないまま止まっている。

 

「貴方一人で私達を止められるって考えてる? それ、悪いけど悪手でしかないわよ」

「……向上心を失った廃人が幾ら眼前に立ち塞がろうとも、負ける未来は見えませんね」

 

 本当に、痛い所を突いてくれる。

 

 素直にアナキティは少女の言葉に対する反論は無いと、己の非を認めていた。

 【ロキ・ファミリア】は本来オラリオの二大派閥の片翼として、三大冒険依頼の完遂の為に全団員が“上”を目指さなければならない英雄候補の一団なのだ。

 道化の神に見初められ、最善の一手を打ち続ける団長の下で、力を手に入れる為の環境が整えられている。その好条件を手に入れたのならば、彼等彼女等は進まなければならない。前に向かって、一切の停滞を無くして。

 

 だが、現実はそんな理想を許さなかった。

 

 オラリオのトップに君臨するファミリアに入団できた。ただその事実だけで満足し、慢心し、愚かにも自分は周囲の人間よりも上の立場の人間なのだと誤認して、冒険者として腐敗した人間が【ロキ・ファミリア】の内部にどれだけ居る事か。

 かく言うアナキティでさえ、アイズやフィン達との実力差に打ちのめされ、英雄に成ることを諦めた。

 

 それ以外にもう一つ、血に汚れ、傷をその身に刻みながら進み続ける少年の背中に、どうしようもない痛々しさを覚えたという理由もあるのだが。

 

 けれど、どちらにしろアナキティはきっと諦めた。

 ならば、彼女が眼前の少女の言葉に対してできるのは、ただそれを受け止める事だけ。それはアナキティ以外のこの場に居る【ロキ・ファミリア】の全員に対しても言える事だ。

 

「そんなだから駄目なのです、冒険者は」

 

 だが、闇派閥の少女はそんなアナキティ達の様子に益々腹を立て、苛立っていた。

 

「自分達が特別な存在だと誤認し、民間人に横暴な態度を取る。自分達よりも能力のない者を奴隷のように扱って、挙句の果てにはその者を怪物の囮にしてまで金を稼ぐ。そんな方々が、英雄になんて成れる訳が無いんです」

 

 まるで、自分がそんな経験をしたかのように――否、きっとしたのだろう。

 アナキティの目の前に居る少女は、オラリオの表社会で生きていた時に余程酷い環境に居たようだ。

 

 そんな環境に居た彼女を一体誰が救ったのか。そんな事は考えるまでもなかった。

 

「許さない、許されない――『粛清』が必要なんです、この世には」

 

 憎悪が空間を満たしていた。

 少女の言葉を皮切りに、彼女の背後に居た闇派閥の集団が姿を現す。白装束に身を包み、正体を隠し、だが自分達の存在を隠そうともしない秘密結社の殺し屋達。

 

――これ、負けるかもしれないわね。

 

 アナキティはそんな直感を最後に、槍と共に疾走した。

 

「さぁ、この世界に『粛清』を」

 

 闇派閥は、嗤っていた。

 

 ◇

 

「……リヴェリアは、行ったか」

 

――結果から言うのであれば。

 

 フィンとガレスの決死の時間稼ぎは、既に限界を迎えていた。

 

 多少の負傷を負いつつも、セルシャは息を切らすことなく体力を温存した状態で両足を地面につけ、目の前の二人の冒険者に目を向けている。

 

 先程まで戦っていたドワーフの戦士――ガレス・ランドロックは、セルシャとは対照的に酸素を必死に取り込んで、重傷を負った肉体に鞭を打って立ち上がっていた。

 だが、それだけだ。直前と同じ動きを今のガレスは再現できず、これからのパフォーマンスの質は落ちていく一方だろう。

 

 そのガレスのサポートに回り始めたフィンとて、無事ではない。否、それどころか、フィンに至ってはガレス以上に体力を消耗させ、立ち上がる事すらままならないでいた。

 ガレスが盾、フィンが矛となって攻撃パターンを定めたはいいものの、結局のところ戦闘面ではセルシャに敵うことなく、多少攻撃が通るようになったこと以外は状況は何も変化していなかった。

 

 稼げた時間は、僅か数分。

 たったそれだけの時間でラウル達が闇派閥を打ち破り、金庫まで辿り着く――そんな都合の良い展開が起きる訳がない。

 

 依然劣勢。

 その事実が、両者を打ちのめしていた。

 

(結局、フィンの狙いは良く分からなかったな……)

 

 実のところ、その目的には辿り着けなくとも、セルシャもフィンの動きが途中から変化していた事には気が付いていた。

 

 ガレスが盾、フィンが矛。防御と攻撃の変換が両者の交代(スイッチ)によって絶え間なく行われ、セルシャは確かに追い詰められていたのだ。

 

 だが、盾の性能ではガレスに敵わなくとも、矛の性能においてセルシャはフィンを遥かに上回るステイタスを持つ。それは、種族としての特徴を鑑みた場合も同じこと。小人族(パルゥム)のフィンと人族(ヒューマン)のセルシャでは膂力の違いに大きな差があるのは明白だった。

 

 故に、セルシャはまず徹底的にフィンを削った。

 ガレスへと交代される前に、ひたすら斬撃を浴びせ続けた。カウンターを喰らい、攻撃を真正面から受けても尚連撃の手を緩めなかった。

 その結果が現状である。

 

――良く分からない。良く分からないが、『面倒』になる前に終わってよかった。

 

 素直に、セルシャはそう思い、しかしこの状況をどこか拍子抜けにも思って、落胆した。

 

「弱くなったな、二人とも」

 

 ふと、僅かな憐憫を滲ませてセルシャが呟いた。

 

 本当に独り言のつもりだったのだろう。それが聞き手からも察せるくらい、その声は小さかった。

 だが、第一級にまで至った優れた肉体機能が、感覚が、自然とその言葉を拾い上げてしまった。

 

「……弱くなったか――お主には、そう見えるか」

 

 悔しさを微塵も出すことは無く、ただ彼の見解に興味が湧き、ガレスは訊いた。戦士として、単純に己よりも上に居る者の意見が気になったのだろう。

 その横で歯を食いしばるフィンには気づかず、純粋な興味で訊いてしまった。

 

 そして、当人であるセルシャは独り言に質問を返されたことに戸惑いつつ――だが、実際に今の【ロキ・ファミリア】に対して感じていた“不満”を並びたてた。

 

「追うべき理想も、貫くべき信念もなく停滞を選んだお前達が強くなる訳もない。それは俺とて分かっていた事だが――それ以上に、お前達の精神が衰えている」

 

 夢を追うなんて青臭い。

 理想を追うのは若いが故の愚かな行為だ。

 

――あの頃、英雄を目指していた俺達は若かった。

 

 そんな風に、酒場で酒を呑みかわす冒険者をよく目にする。

 

 彼等は夢に破れた敗北者であり、理想を諦めた諦観者でもある。

 冒険者でない、オラリオの民間人からすれば彼等は半グレと然程変わらない集団だ。

 

 恩恵という常人を遥かに超える力を持つ冒険者。

 だが、彼等が全員温厚かと言えばそうではない。むしろ、気性の荒い人間の方が多いだろう。

 

 だからこそ、民間人にとって大半の冒険者は『害』だ。

 殴られたって逆らえないし、ギルドに苦情を入れたところで大した対処をしてもらえない。賠償金ぐらいは貰えても、その後の報復が酷くなるだけだ。

 

――だが、そんなオラリオの実態はセルシャ・ストリクスの台頭で無くなった。

 

 ある日、野蛮な冒険者からカツアゲにあった少女が居た。

 そのまま犯されても可笑しくなかったが、流石に都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】を敵に回す勇気など無かったのだろう。その場はただ少女から金を巻き上げるだけに留まった。

 

 その結果、少女の母親は死んだ。

 

 少女はその日、重病にかかった母の為にポーションを買いに行く予定だったらしい。必死で貯めた予算を失った少女はそのまま家に帰り、母を看取った。

 冒険者のせいで、一人の少女が母を失い、喪失を味わったのだ。

 

――これがオラリオにありふれた一般人が闇派閥に入る過程であり、悲劇。そして、現在多くの冒険者が数を減らしている理由でもある。

 

 少女を悲劇に追いやった冒険者は翌日には死亡していた。

 まるで、何者かの手によって『粛清』を受けたかのように。

 

 そんな事が複数回も起きれば、皆いずれと気づく。執行者の存在に。

 民衆がそんな残虐な執行者を、けれど敬虔な執行者を果たして『悪』と捉えるかどうか。

 

 その議論は最早必要無かった。少なくとも、このオラリオにおいては。

 

「精神の衰えは邪悪を招く。邪悪が招くのは悲劇であり、そのまま非道だ。故に『粛清』が必要なのだ、この世には」

 

 セルシャは、何も躊躇うことなく断言した。

 今のオラリオは邪悪に満ちている。故に、俺こそが『粛清』してみせるのだと、そう言い切った。

 

 その先に、果たしてどのような理想を思い浮かべているのかはフィン達には分からない。

 だが、きっと彼の動機は、悲劇の被害者となった者共の絶望と怨嗟なのだろう。それを晴らしてやる為に、彼はこうして此処に立っている。

 

――なら、彼は僕の敵だ。

 

 槍を地面に突き立て、それを支えとしてフィンは立ち上がる。

 無理をしたせいか、肉体の所々に痛みが走ったが、最早気にならなかった。

 

 フィンはただ、純粋に目の前に立つ“敵”を倒す手段を頭の中で構築させている。

 

 きっと彼は、堕落した冒険者全てに大なり小なり『粛清』を行うのだろう。

 その結果、オラリオにどんな変化が訪れるかは分からないが、厳格な執行者の存在は今ですらオラリオの治安を以前とは比べ物にならないほど良好なものとさせている大きな要因となっている。であれば、きっと彼の行いの先には民衆が泣かない未来があるのだろう。

 

 では、冒険者は果たしてどうなるのか。

 全体数は確かに減少するだろうが――真に冒険を志す者は、きっと残る。

 堕落した冒険者は数知れず、だが今も尚セルシャと同じように先へと進もうとする強い意志を持った冒険者は中堅派閥や弱小派閥にも多くいるのだ。

 

 その中に【ロキ・ファミリア】が残っているかどうかは定かではない。

 だが少なくとも、“今”の【ロキ・ファミリア】の姿は、セルシャの望む未来の中には存在しないだろう。

 

 それを、フィン・ディムナは看過できない。

 

 息を整え、肉体の状態を確認する。関節を動かすたびに身体の何処かが痛むが、問題ない。これならば、多少の無茶も耐えられる筈だ。

 その確信を抱いて、フィンは正面を向き、彼の瞳は真っ直ぐにセルシャの双眸とかち合った。

 

「僕らの精神が衰えているように見えるなら、今君の精神は全盛期ってことなのかな。けど、生憎――」

「儂らは依然現役! まだまだ若造に負けてやる気はさらさらないわ!」

 

 絶対的窮地の中で、笑みを浮かべられるのは果たして狂人か英雄か。

 

 どちらにしろ、今この場でフィンとガレスは確かに笑った。

 圧倒的強者を前に、極限状態の最中で無理矢理に頬を吊り上げた。

 

 そして、両者と相対するセルシャは気怠げに息を吐き、

 

「……やる気を出すのが遅い。やはり衰えたな」

 

 腰に備えてあった剣を引き抜いた。

 

 

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