暗黒期の残骸   作:花のお皿

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悔いは残る

 セルシャ及びディックスの手によって【ガネーシャ・ファミリア】が狂乱の最中に陥り、結果として既に逃走していた闇派閥の人員の確保に失敗するどころか、目と鼻の先に居た筈の件の二人すらも【ガネーシャ・ファミリア】は捕らえられなかった。

 まるで眼中にもないと告げられるが如く、彼等彼女等は闇派閥に軽く弄ばれた。

 

 そこに屈辱を感じない彼等ではないが、感情で動く程に愚かな集団でもない。ましてや、彼等は都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】である。己が感情を捨て、義と秩序に徹する事には慣れている。

 ある意味では、他のどの派閥よりも正義に従事している彼等である。即座に状況を立て直し、【ロキ・ファミリア】の救助に当たっていた。

 

 恐ろしく円滑で、素早い動きだったと言える。人を救う事に慣れているのだと、素直にそう思う。セルシャですら、同じくそのように感じ入っていただろう。

 

 これが一般市民でも、彼等は同じことをしていた筈だ。現在の闇派閥が一般市民を襲う事などあり得ないが、仮に被害者が市民だった場合でも【ガネーシャ・ファミリア】は一切の差別も区別も無く救助に懸命に励むだろう。

 だが、これがその場限りでは意味が無い。

 

 被害にあった市民の中には、きっと死者だって現れる。その場合、遺品整理などの後処理はギルドの管轄だが、市民の恨み辛みは【ガネーシャ・ファミリア】にもまた向けられるだろう。「何故もっと早く助けてくれなかったのか」と、暴走が始まってしまう。その暴走を抑える為に、ギルドは最善の誠意を行動で以て遺族に示さなければならない。

 しかし、そんな事は不可能だ。5年前の暗黒期ですら不可能だった。

 

 故に、そのような事態が二度と起こらないようにする為に、現在の闇派閥は始動している。他ならない反英雄の名の下で。

 

「……あの方の原初。あの方が『悪』と呼ばれる道を選んだ最初の理由は、他ならない貴方方なのですよ」

 

 男は言った。

 

 静かに、だが確かな重みのある声で言い切った。

 

「結局、今日もあの方は誰も殺さなかった。であれば、私とて貴方を殺す訳にはいきません。それが道理というものでしょう」

 

 そういえば、あの方は道理という言葉も嫌っていましたね。

 

 なんて言って男は笑う。悠々とした態度は先程まで交戦していたという事実を信じさせてくれず、その余裕は男が類稀な強者である事を金色の少女に知らせていた。

 

「あの方が貴方方への未練を断ち切り、真の意味で我らに向き合ってくれたその時が、新たな時代への幕開け――その第一歩が始まる時です」

 

 男は去る。少女に無防備な背中を向けて去っていく。

 

 その背中に、たった一度でも剣を突き立ててしまえば少女は敗者から勝者へと昇格できる。だが、それを彼女の肉体が許さない。

 血が流れている。腕が折れている。足が震えている。

 何もかもが少女の意志を削ぎ落とし、彼女から徹底抗戦の意志を奪い去っていた。

 

「その時まで、貴方の首を狩る機会は取っておくとしましょう」

 

 こうして、ヴィトー対アイズ・ヴァレンシュタインの闘いは、ヴィトーの勝利に幕を閉じた。

 

 ◇

 

 陽の光が迷路のように入り組んだ『ダイダロス通り』にまで差し込んでいる。照らされる廃墟のような建物群は、何故か隣の住宅街よりも荘厳な空気を纏っていた。

 そんな道を、真っ直ぐに歩く。悠然とした足取りに迷いは無く、そこに不安は感じられなかった。三つの人影は誰に憚ることも無く、当然のように帰路に着いている。

 

 そのうちの一人、赤く染まった黒コートを纏い、桜色の短髪がよく映える女が苛立ちを吐き出すように口を開いた。 

 

「やっと着いたぜ。ったく、出来損ないの憲兵共がご立派に見回りしやがって。邪魔臭いったらありゃしねえ」

 

 女の言葉に、一人の男は同意するように頷き、もう片方の男は何も反応を示さぬまま我先にと三者の目指していた到着点へと足を踏み入れた。

 

 以上の三者が誰であるか、などという問いは必要ないだろう。つい先ほどまで【ガネーシャ・ファミリア】との交戦に発展しかけていたセルシャ、その援護に回り見事に追っ手を撹乱したディックス、そして二人と途中で合流したヴァレッタだった。

 セルシャはともかくとして、ディックスとヴァレッタには凡そ15人規模の小隊が付いており、二人はその隊長として動いていた筈だったのだが、どうやらここまでの道中で別れたらしい。先に人工迷宮(クノッソス)に帰らせた、との事だったが、果たして何があったのやら。

 

「……お前達の部隊に損害は出たか?」

 

 余り聞きたくはない内容だが、組織を率いる者として確認しない訳にはいかない事柄だった。

 

 今回の襲撃、事前に取り決めておいた策が使い物にならないどころか、そもそも各自での連絡、連携すらままならなかったのだ。損害が無い方が可笑しい。

 だが、そんなセルシャの不安を払拭させるかの如く、二人は意気揚々と答えた。

 

「第一部隊、損害はまるで無かったぜぇ? 死者ゼロ、重傷者ゼロだ」

「第二部隊、損害無し。ま、俺らんとこは単なる陽動だったからなぁ」

 

 ま、それを言ったら旦那も同じか。と、ディックスは笑う。その余裕そうな笑みが気に食わなかったのか、ヴァレッタがディックスの尻を蹴り上げている様を横目で眺める。

 

 損害ゼロ。数字で見るのであれば最良の結果といえるだろう。無論、損害と戦果を天秤にかけ、その差を考慮しなければ最善の結果とは言えないが、それでも被害状況だけを見るならば素晴らしいと絶賛されていもいい成果である。もしも勲章を与えられるのであれば、全員に勲章を与えたいものだった。

 

 しかし、今回参加した四部隊の内、最も危険な状況に陥っていたのはセルシャの部隊だ。金庫奪還と【ロキ・ファミリア】三首領の殿、その両方を務めねばならなかった事にはかなり苦労した。特に、フィンとガレスを相手するにはどうしたって手間取ってしまう。本来であれば、セルシャも二人を片付けた後に奪還組と合流するつもりだったのだが、見事に当てが外れてしまった。

 否、単にセルシャが宿敵とも呼べる相手を前に舞い上がってしまっただけ、とも言える。

 

(……やってしまった。どう考えてもあの場で殺せる場面が3回はあったのに、事もあろうにその全てを取り逃すとは。我ながら情けない)

 

 【ガネーシャ・ファミリア】が来なければ、とも思うが、そもそもそれ以前にフィンの首元に剣が辿り着く度に手が震えてしまうのが問題だった。

 

 闇派閥の誰にも告げていないが、この震えはセルシャが未だ【ロキ・ファミリア】を、かつての恩人達に恩を仇で返す無礼を受け入れられていない証である。もしこれが味方内に露見すれば、間違いなく闇派閥の士気を鈍らせる。頭領が乗り気でない抗争に部下がやる気を出すはずがない。

 故に、一刻も早くセルシャは迷いから脱しなければならない。

 

 が、それができれば苦労はしない、という話だ。

 

「もしかして【勇者(ブレイバー)】を殺せなかった事を悔やんでんのか?」

 

 黙ったまま人工迷宮の廊下を歩き続けるセルシャの背中を追いつつ、ディックスが訊く。

 

 フィンを殺せなかったことを悔いている、というよりは殺せる場面が多々あったにも関わらず成果を出せなかった己自身に憤っている、という方が正しいのだが、それを言う気力も無し。ただ頷きを返す事でしか、セルシャはディックスの言葉に返事ができなかった。

 

 こりゃ重症だな、とディックスは内心でため息を吐く。

 

(確かにあの場面で【勇者(ブレイバー)】を殺せりゃ大したもんだったが、元々の目的は果たせてんだ。多少戦果を逃がしたところでここまで意気消沈する必要は無いんだが)

 

 頭を掻きつつ、あー、と言葉を選んで声に出す。

 

「まぁ、旦那が【勇者】を殺してくれりゃあ助かったのは事実だけどよ。元々俺らは劣勢、というより詰みの状態から始まってたんだぜ? あそこから此処まで盛り返しただけでも上々だろ」

 

 そうだ。【ロキ・ファミリア】に現場を確保され、あろうことかその場には闇派閥が来る事を予め予測していたかの如く彼等彼女等の主力陣が勢揃いしていた。その様子を遠目から確認した時、闇派閥のディックス等を含めた構成員は軽く絶望していたと言っていい。間違いなく、あの時に闇派閥の殆どは今回の作戦の失敗を予期していた。

 

 だが、結果はどうだ? 【ロキ・ファミリア】を翻弄し、各幹部陣同士の戦いが各地で発生し、その実力差を露にした。【ロキ・ファミリア】自身に分からせたのだ、闇派閥の力は考えられているよりも遥かに上回っているという事を。

 この情報がギルドより公開される、という事はおそらくない。厳重な箝口令が敷かれるだろうが、耳の良い者達には届くだろう。今後、闇派閥に擦り寄ってくる輩も増えてくる。

 

 悪い事ばかりではない。現状の闇派閥の力を世間に見せつけたのだ。そして、その結果を引き出したのはセルシャによる無謀にも見えた単身突撃である。

 アレが無ければ、今の成果にまで辿り着けなかった。故に、サッサと立ち直って欲しいというのがディックスの本音。

 

 だが、

 

「……俺の過失で、今後難敵となるであろう者共を取り逃した。許される事ではない」

 

 断固として、セルシャはそれを否定する。

 

 無論の事、それは自己を卑下するものではない。否、セルシャにとっては自己否定に近いものではある。だが、完全なる否定でも無ければ、卑下でもないのだ。

 セルシャの中に“相手が悪かった”“敵が【ロキ・ファミリア】であるならば仕方ない”等といった言い訳は存在しない。故に、此度の得るべき戦果を得られなかったのは自身の過失であり、実力の無さ、覚悟の無さが招いた大いなる損益であると彼は認識している。

 

 故に、彼は恐れているのだ。闇派閥を支えている士気、そして自身が闇派閥頭領の座、つまりは反英雄という座から降ろされてしまうのではないかと。

 

(もしそうなった場合、俺はもうオラリオには居られない。他国への亡命か、素性を隠しての移住が必要になるな……)

 

 アレ? 正直悪くなくない……?

 

 などと一瞬思ったセルシャではあったが、しかしその行為の意味するところは闇派閥の皆を見捨てての逃亡になってしまう。

 ここまで共に人生という時を過ごし、愛着と絆が芽生えてしまった今となってはそのような『逃亡』は不可能となってしまった。

 

 可能性があるのだとすれば、皆が大義も救済も捨てて共にセルシャに着いてきてくれるというのなら、彼は何ら迷うことなく敵前逃亡するのだが。

 

(する訳がない。俺が育てた優秀な人材達だ、『逃亡』は最終手段であると心得ている筈。それに、此処まで彼等を引き連れてきておいて、俺一人で敵に背を向けて逃げるとなると――)

 

――その逃げる背に刃を突き立てるのは、他ならない闇派閥の面々になるだろう。

 

 これまで散々裏切られてきた彼等を、自分が裏切る訳にはいかない。セルシャが今もオラリオから去っていない理由はそれだった。

 

 正直に言うのであれば、オラリオを崩壊させ、新たな“英雄の都”を創り上げるという構想もセルシャの中にはあったのだ。その方がより確実性が高く、何より順序と考えることが明確化する。

 何度も言うように、現状の闇派閥の目的はオラリオの()()であるが、元々は、というよりセルシャが基盤としていた考え方は正にオラリオの()()にあった。

 

 崩壊とは言っても、オラリオ事態に破壊行為を施す訳ではない。現在のオラリオの制度、法、そして非合理的な体制を悉く粉砕することこそがセルシャの考える『オラリオ崩壊』だった。

 今、オラリオにおいて最も唾棄すべきは神々の代理戦争などという非合理性の塊のような風潮が、あろうことか黒龍打破を目指している武闘集団――探索系派閥(ファミリア)の足枷となっている事だった。

 

 探索系派閥――つまりは冒険者達の事だ。ダンジョンにおいて、異なるファミリアに属する冒険者同士の間では助け合いという行為は微塵も行われない。それどころか、『怪物進呈(パス・パレード)』のような敵対行動とも取れる非道な行為すら見られている。ただファミリアが違う、属する派閥が違うというだけで同じ苦難と絶望に挑む筈の冒険者同士で潰し合いが発生しているのだ。

 その理由が、先にも告げた神々の代理戦争、という概念だ。

 

 主神である神と神の仲が悪い。すると、その眷族同士の関係も悪化する。当然の事といえば当然の事だ。だが、もしも神々が居なければ、もしくは神々がただの人類強化装置として機能しているだけであったなら、ここまで悪辣な関係の変化は起こり得なかった可能性が高い。

 暗黒期が始まった原因も、元を辿れば【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】という最強の両翼がオラリオから追放されたことが原因だ。その引き金を引いたのは、現在オラリオを仕切っているロキとフレイヤである。

 

 では、何故彼女等二人はかの両翼をオラリオから追い出したのか。

 

 セルシャは考えて考えて、考え尽くした。最早世間では常識となっている女神二柱のこの暴走の原因が、事実なのだと信じたくなくて必死に考えたのだ。かつての少年は、自身を拾ってくれた道化の神に少なからず恩を感じていたから。

 故に、自らの主神が暗黒期を引き起こした根源であると考えたくは無かった。

 

 まさか、その動機が単にゼウスとヘラを嫌っていたから、などという下らないものであると信じたくなかったのだ。

 

 たった二柱の神々が己の感情を抑えなかったせいで、多くの下界の民が犠牲となったのだ。にも関わらず、当の神々は今も尚ふんぞり返ってプレイヤー目線で盤上である下界を見下ろしている。

 

 だからこそ、ぶっ壊してやろうと思ったのだ。オラリオの現状を――神々が多く滞在している今の現状を。

 

 つまるところ、セルシャの目的は神の選別。下界の不条理となる神を天界へ()()()()し、オラリオの神を信頼できる数柱に絞ることで、冒険者全体の結束を強める事が目的だった。

 

 依然として、その目的は変わっていない。だが、その為の障害が大きすぎるが故に、崩壊ではなく改革を目指す方針にシフトしたのだ。

 オラリオの過剰戦力を恐れ、この迷宮都市を危険視している国々は多くいる。無謀にも戦争を仕掛ける国家も存在する為、彼等に助攻する形でオラリオ崩壊を狙う事も手ではあったが、生憎と無能な味方が敵よりも恐ろしい事はセルシャとて理解できた。故に、現在も闇派閥は数か国を除いて他国との取引は行わない方針である。

 

 話が逸れたが、つまりオラリオの改革が当面の目標である以上、オラリオから離れる訳にはいかないという訳だ。『逃亡』という手段はあり得ない。故に、今後もセルシャがオラリオで暮らしていきたいというのであれば、まずは今一度闇派閥である皆に覚悟と強い意志を見せつけねばならない。

 

(名のある実力者を俺が討ち取って見せれば、また皆は俺を信用してくれるだろうか。そうでなくても、神殺しでも成して見せればワンチャン……?)

 

 思考に沈み、無言のまま進むセルシャの後ろを歩きながら、両幹部は静かに感嘆した。

 

(アレだけ敵味方に関わらず気概を見せつけといてまだやる気かよ、怖えな)

(単身突撃しやがっただけで阿保みてぇに士気は上がるし。もう死んでくれさえしなけりゃ良いんだがなぁ)

 

 この後、文字通り金庫を()()()帰ってきたリリルカの小隊を迎え、闇派閥は訪れた一夜の勝利を祝杯を以って讃えた。

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