暗黒期の残骸   作:花のお皿

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神の威

 中堅ファミリアとは、有態に言えばオラリオの探索系ファミリアの大枠を占めている中間層である。実力と練度を加味するなら【ロキ・ファミリア】の“二軍”であるアナキティやその他第二級冒険者には及ばない。武器の質もまた、同様である。

 

 だが、数という一点においては彼等彼女等は【ロキ・ファミリア】を圧倒する。

 

 オラリオは迷宮都市。迷宮であるダンジョンを攻略すべく集まった冒険者達は、それこそ人員の規模で言えば他国の国軍すら凌ぐだろう。オラリオが世界的に優位な立場にあるのも、この武力の充実性が原因の一つ。

 しかし、その中でも中堅というのは格が違う。

 

 彼等彼女等は地獄を知っている。ダンジョンの中で取り残される地獄、食料困難で飢える地獄、醜い怪物共に周囲を囲まれる地獄。それは、人間との戦いでは得られない精神的窮地であり、肉体的危機。

 故に、彼等彼女等は軍人よりも成熟した精神を持つ。全ては死なぬために、生きる為に、危機の最中であっても不動の精神力を鍛え、磨き上げるのだ。

 

 それが、オラリオにおける中堅派閥と呼べる集団である。

 

(……全く、手強いと賞賛する事すら億劫になる)

 

 精神的な強さ。それは、実質的な、所謂武力的な強弱とはまた違った厄介性を誇る。

 そこにあるのは折れない心であり、絶望を前にしても足を動かせる勇気である。戦いを知らない市民であれば、格上の怪物を前にした途端に恐怖で顔が引き攣り、足が動かなくなるだろう際に、彼等彼女等は迷わず『逃亡』を選ぶことが出来る。『戦闘』を開始する場面もあるだろうが、それはやはり回数としては少ないだろう。生存確率を上げるのならば、どう考えても『逃亡』が最も堅実な選択だ。

 

 その堅実を篤実に積み上げてきたからこそ、中堅は中堅と呼ばれている。言うなれば中堅という呼称は、彼等の安定性と長期に渡り積み上げられた実績を示す用語なのだ。これを手強いと言わずして何と呼ぶのか。

 

「やはり、今の俺が挑むには、少し無理があったようだな。こうまで手こずってしまうとは」

 

 その言葉には蔑みの意は微塵も込められていない。あるのは、ただ誠実な敬意だけである。

 

 中堅と呼ばれる連中は、やはり強かった。【ロキ・ファミリア】程ではないとはいえ、彼等彼女等と同じように中堅は連携し、攻撃し、防御する。

 そこには淀みが無く、慣れたように戦闘を開始する彼等に感嘆しなかったというのは嘘だろう。少なくとも、その戦闘の中では中堅ならではの勝率を優先する動きが、そして何より少しでもセルシャの戦力を削ぎ落とす為の策があった。

 

 万全の状態で喧嘩を売るのではなかった。そう自嘲するセルシャの心に嘘は無い。

 

「……う゛あ」

 

 そう、だからこそ、

 

「――やはり、まだ生きていたか」

 

 だからこそ、驚異的で恐ろしいのだ。万全の状態ではないのにも関わらず、一個中堅派閥を破壊し、それどころか一派閥を前に戦闘において圧倒し続けたセルシャの心に微塵も油断が無い事が、こんなにも恐ろしいと男は思った。

 

「済まない。苦しませたな」

 

 一撃で終わらせてやる、と意気込むセルシャの顔に悪意はない。

 

 ただ、彼は彼の為すべきを為しただけだ。それ以外の何でもない。故に、その行動に迷いは見られないのだ。

 戦いの中で、男は確かにセルシャの気迫に呑まれていた。気圧され、委縮していた。それでも何とか戦えていたのは、先にも述べたようにダンジョンでの経験があったから。セルシャと同じ、圧倒的存在感を放つ階層主を知っているからだ。

 それはつまるところ、彼が冒険者であったからセルシャと戦えたのだと、そういう事だった。

 

 もしも、冒険者ではない何らかの戦士がセルシャの前に今後立ち塞がったとしても、恐らくは戦う事すらなく、ただ殺気に呑まれて終わりだろう。誇張でも何でもなく、セルシャ・ストリクスは異常だ。彼と相対する者は、異常を知る者でなくてはならない。未知の事態に慣れていなくてはならない。

 

 オラリオこそが、冒険者こそが、セルシャを止められる唯一の人種なのだと、男はこの時直感していた。

 

「……またな」

 

 剣が降りてくる。暗転する視界、その奥で、僅かに見えたのは鉄仮面を被る反英雄の姿である。その心を、男が知ることは終ぞなかった。

 

 ◇

 

 今回、セルシャが襲撃した中堅派閥は下っ端の構成員はともかくとして、その上層部がどうしようもなく腐敗していた探索系ファミリアだった。表立って悪事をするような大物ではなく、ギルドによる調査を上手く逃れ、闇取引や非公式の依頼すら受けていたグレーゾーンを行き来していた組織である。

 

 正直に言って、この程度であれば目くじらを立てるようなことは無い。無論の事、このファミリアが行っていたことが規則に反している事は疑いようもないが、それでも都市に被害が出ていないのであれば問題は無い。少なくとも、セルシャであればそう判断する。そして、ギルドもそうだったのだろう。だから、調査によって得た情報に違和感があっても見過ごしていた。

 

 しかし、闇の世界の事はやはり、その世界の住人にしか分からない。

 

 闇取引によって都市に蔓延する麻薬や呪具。騙された側の責任を追及する風潮によって、被害届など満足に確認すらされやしない。そうなれば、彼等のようなファミリアが増長するのも容易かろう。

 ギルドは認知しているのだろうか。今のオラリオの現状が如何に深刻なのか。どれほどの神がかり的な均衡で成り立っているのか、その綱渡り状態を明確に察知できているのか。

 

 否、出来てなどいないだろう。もしも出来ていたならば、闇派閥に挑む者達が【ロキ・ファミリア】だけであった理由が無い。彼等彼女等だけで闇派閥を討伐できるのなら、暗黒期から現在になってまでセルシャ達が生き延びている訳が無い。

 結果論にはなるが、【ロキ・ファミリア】では闇派閥を相手取るには力不足だった。となれば、後に残る闇派閥の敵は【フレイヤ・ファミリア】のみ。だが、連中は主神であるフレイヤにのみ従う従者であり、ギルドの命令を意にも介さない事は眼に見えている。仮にフレイヤが眷族達に闇派閥の殲滅を命じたとしても、組織として個の力が強すぎる彼等では索敵に相応の時間がかかる。

 

 【フレイヤ・ファミリア】を前に正面から挑むのは、如何に闇派閥とて難しいだろう。だが、連携の色を見せない【フレイヤ・ファミリア】であるのなら、各個撃破していけば容易に瓦解するだろう。

 

 尤も、それを成功させるならば【フレイヤ・ファミリア】のみに戦力を集中させる必要があるのだが。

 

(まぁ、考えたのは全てヴァレッタとリリルカな訳だが)

 

 指導者としての手腕を鍛えなければならない。そう奮起したのは良いものの、未だにセルシャは碌な策の一つも思い浮かびやしない。

 

 策士としての自身の才覚の無さにほとほと呆れるが、

 

「……仲間というのは、心強いものだ」

 

 ずっと孤独だと思っていた。戦闘の、殺しの天才として生まれた自分が周囲に怪物と同じように扱われる事に疑問を抱く事は無かった。危険がそこにあると分かっていて、態々足を踏み入れる馬鹿は居ない。

 皆にとって、自分は危険分子なのだと、率直に理解できてしまった。だから、出来るだけ他人と関わらないように生きようとしたかったけれど、それでも誰かの涙を見ていることが耐えられなくて、無様にも人の笑顔を求めて走り回った。

 

 そんな偽善が受け入れられる筈も無いのに、セルシャは人助けを始めたのだ。

 何だって良かった。誰かが泣いているのなら、それを助けるのが英雄なのだと本に教えてもらってからは、尚更その悪癖は酷くなっていった。

 

 悲劇を疎い、だが救うのは命だけ。心に残った傷を癒す事は叶わず、何時だってセルシャは罪悪感と責任感に苛まれていた。

 力があり、才があり、技がある。なのに、セルシャは何も救えない。それは、セルシャが無知だからだ。

 

 感情を知らない。どうして母親を失った子供が泣いているのか、子供を殺された親が怒り狂うのか。それを、セルシャが理解できていないからだ。

 

 知らないから心を救えない。分からないから、手段が無い。故に、それを知ろうとして、また悪癖に走った。

 走って走って、走り続けたその先で。得られたものが、反英雄としての立場と劣等感すら感じてしまう程、心強い仲間達。

 

――割に合わないくらいだな。

 

「……お前がこのファミリアの主神か」

 

 移動を停止する。

 

 血の匂いと、死体の腐臭が充満する館のような本拠地(ホーム)の中心部で玉座に座っていた男神に向けて口を開いた。

 

「――さぁね。君がそう思うなら、そうなんじゃない?」

 

 男神は神らしい軽薄な笑みを浮かべずに、真顔のまま告げる。その様は、あのセルシャをして怒っているようにさえ見える姿だった。

 

 全ての眷族を刻まれ、焼かれ、殺された。神々は自らが愛した者を眷族に選び、恩恵を与える。その過程には、きっと数々の想いがあり、道則があったのだ。それをこうも簡単に壊されてしまえば、幾ら神とて怒りを覚えて当然だ。

 しかし、だからこそセルシャはそんな神の姿を忌々しく思ってしまう。

 

「随分とお冠のようだが、俺はお前達が受けるべき『粛清』を下しただけだ。お前たち自身の自業自得でもある事は留意してもらおうか」

「ハッ、反英雄ってのも傲慢だね。大義があれば、ほんの少し悪さをした連中はさよならって訳かい。はー、勤労乙」

 

 何を言っているのか分からず、セルシャは瞠目する。だが、それも一瞬だ。

 神の戯言など聞く耳を持つ価値無し。そう割り切って、反英雄は反逆の拳を握った。

 

「……俺を殺すかい?」

「ああ、死んでもらう。罪無き人々を自らの利益の為に利用したお前達にはな」

 

 神殺しは重罪だ。いや、重罪なんて言葉では表せない、謂わば禁忌である。犯した者は輪廻転生の輪から外れ、絶望の運命へと導かれる来世が待っている。

 

――だから何だ。

 

 運命に逆らうと決めた。世界を変えると誓った。ならば、神を殺せずして何とする。

 

「天界で見ていろ。俺が世界を変える瞬間を」

 

 そうして、セルシャが拳を振り上げる直前だった。

 

「【そう急くな、下界の子よ】」

「――っ」

 

 怒りに身を任せていたセルシャの身体が、突然凍ったかのように動かなくなった。

 なんてことは無い。相手の気迫にただ気圧されただけ。それだけの話だ。

 

(成程、これが――)

 

 確信と驚愕を以て、セルシャは呟いた。

 

「――これが『神威』か」

「【如何にも】」

 

 動かない肉体。本能レベルで敵わないと知覚してしまう、生物としての次元の違い。神威とは、それを威圧化した神の気配だ。

 

 正直言って、予想以上という他ない。神威とはいえ、所詮は威圧。恐怖で身を竦めるのと同様、心の弱さが人類が神に逆らえぬ原因だと思っていた。

 だが、これはそんな水準ではない。精神力で如何にかなる問題ではないのだ。洗脳や催眠の類とは異なり、人体を操るのではなく、生物本能において絶対に逆らわないという自覚を生み出させる桁違いの、謂わば叛逆の意志、その封印に近い。

 

――抵抗心を相手から奪う力。それが神威の本質。

 

「【言っておくが、神々(俺達)の威圧を受けて尚正気を保っていること自体、凄い事なんだぜ? 君、もっと誇っていいよ】」

「……悪いが、神の誉め言葉は受け取らない事にしている」

 

 指先一つ、ピクリとも動かせない状況での賞賛など侮辱と同意。それを分かって言っているのだろう。相も変わらず、神というのは皮肉好きばかりだと、内心で辟易とする。

 

 しかしながら、皮肉交じりの称賛でセルシャを許してくれるほど、神というのも甘くは無い。

 神に甘さを求めた事など微塵もないが、些か感受性に疎いセルシャでも分かる程度には、今目の前にいる神は憤怒に打ち震えていた。

 

「【散々好き勝手やってくれたな。こう見えて俺は恨みを忘れない質でね。少々、痛い目を見てもらう】」

「……奇遇だな。俺と同じ性質(たち)だ」

 

 だからこそ解せない。その痛みが、失う痛みが分かっていて尚、下界を荒らす神という存在が。

 

 神々が下界に来た理由。それは『退屈』だという。長く長く、永遠に近い年月を生きる神にとって『退屈』という猛毒は何よりも苦しい痛みだった。それは、血を流す事よりも、あるいは死よりも辛い毒だったのかもしれない。

 だが、それが何だ。少なくとも今、下界に居る神々の中で死ぬほどの『退屈』に毒されている者がどれだけ居るというのか。

 

 あくまでもセルシャの主観ではあったが、彼から見ても下界に暮らす神々は何時だって愉快気だった。アレが演技だと言われてしまえばそれまでだが、しかし下界には『退屈』を殺す未知があるのだと知っているからこそ、今日まで多くの神が天界から下界へと降りてきたのだろう。そうでなくては、次々と神が下界へとやってくる理由が無い。

 であれば、蘇る筈だ。『退屈』という苦痛で紛らわされていた『喪失』という悲哀が。

 

 まともな感性を持ち得ながら、人々を愛していると言いながら、下界に悲劇を齎すのは何故なのか。気紛れか、あるいは意図的か。

 

 人間であるセルシャでは永遠に理解し得ない神意がそこにあるのかもしれない。だが、理解できないものを信じる事はできない。納得だって出来やしない。

 故に、破壊する。それが人界にて良い影響を与える可能性があるものだとしても、そこに犠牲となる者が多すぎる。

 

「【そうかい――残念だよ。こうして話してみても、君とは少し話が合いそうだったのにな】」

「……そこは、俺とは違うらしいな」

 

 お前と話していても、不快感しか湧いてこなかった。

 

 暗にそう告げられても尚、神は口元を歪めて見せた。不快感すら微塵も見せず、嫌悪感すら滲ませなかった。

 

「【そうか、君は神々(俺達)と少し似てるのか】」

「――あ゛?」

「【キレんなよ、冗談さ】」

 

 癪に障る、の程度を軽く超えて逆鱗に触れられた。同時に、セルシャの威圧が正に昨夜のカジノ襲撃時と大差ない程度にまで高まっているのだが、生憎と神にはそこまで効果が無いらしい。

 

 というのは、あくまでセルシャの視点。男神からしてみれば、神威を放っているにも関わらず平静のまま、会話すらしてみせるセルシャの不気味さといえば言葉にできるものではない。彼の()()に興味が惹かれるところではあるが、聴いたところで応えてくれるわけも無し。神威が効いていない訳ではない故、命じるのは簡単だが、それではつまらない。『退屈』を嫌って下界にまで来たのだから、つまらない事はしたくない。

 それに何より、目の前にこんなにも面白そうな()()が居るのだから、揶揄わない方が可笑しいというものだ。

 

「【では――君達の隠れ家(アジト)について、詳しく聞かせてもらおうか】」

「……何?」

 

 闇派閥がオラリオに対し優勢を保てているのは、情報隠蔽能力の高さと、隠された情報の強大さにある。セルシャの訓練により育て上げられた精鋭部隊の存在など、【ロキ・ファミリア】との交戦が無ければ第二次抗争までギルド側に露見する事は無かっただろう。

 闇派閥の情報は未知だ。故にそそられる。神であれば尚更だろう。下界の子とチェスを打つかのような知略戦、愉快に思わぬ筈がない。

 

 今、男神はチェスを打つ為の駒を探している。その駒に、情報を選んだ。

 

「【闇派閥。今や都市を超え、世界に名を轟かすビッグネーム。そんな君達が今も尚生きているのは、不可解な程に不明を貫く隠れ家(アジト)があるからだ。本拠地さえ分かれば、すぐにでも討伐隊を送り出せるだろうからね】」

「お、前……!」

「【おっと、態々俺がそんな事をしたがってる、て訳じゃないぜ? 勘違いするなよ。ただ単に、俺は君達の命綱を握ってやりたいだけさ。本拠地が割れれば、すぐさま崩壊するであろう君達の首を支えている、命綱をね】」

 

 だから安心しろよ、この情報はギルドに伝えたりなんてしないさ。

 

 なんて言葉を軽薄な笑みと共に告げ、神はセルシャの次の言葉を待った。彼の口から自動的に発される、闇派閥の所在、その情報を。

 全ては、自らの眷族を殺された事に対するほんのちょっぴりな嫌がらせと、これから先の闇派閥の戦いを最前線で楽しむ為の、駒を得るために。

 

――だがその駒は、セルシャにとっての「キング」に等しかったのだ。

 

 仲間達が、情けも容赦もなく守り続けてきた宝。それが闇派閥の“情報”だ。その宝を護る為に、死んでいった者も居る。殺されていった仲間がいる。そして、殺してきた死体の山がある。

 そこには、途方もない犠牲があった。嫌って、疎んで、自らが立ち上がる理由だった“犠牲”がそこにはあった。これ以上の犠牲を許さないと誓って、それなのに犠牲にしてきた者が居る。死んでいった仲間と共に、彼等はセルシャの背を今もまたジッと見つめている。

 

 切り開いてきた道。その先頭にセルシャは立っている。後ろを振り返れば、そこには自身の背中に続いてきた仲間と、死体が居る。

 

――報いなければならない。

 

 彼等に報いる事こそが、今もセルシャがこの場から逃げていない唯一の理由である。その理由を、神に奪われるわけにはいかない。

 もう、何も――。

 

(何も、奪わせてなんてやらない)

 

 口が想いとは別に動き出す。

 

「俺達の、本拠地は――」

 

 僅か一行で言い終わる告白。それを無駄と知りながら必死に押し留める。

 

(お前等なんかに、これ以上――)

 

 憎悪を募らせる。それでも、肉体の制御が効かない。勝手に喉が音を鳴らし、自然と口が音を言葉へと変換する。

 

――止められない。

 

 脳に沸いた絶望を振り払い、刹那の間に幾多もの回数肉体の制御を取り戻す事にのみ全力を注ぎ、その全てが無駄と消えた。

 舌をかみ切って死ぬことすら許されない、この地獄。正に、この世は地獄だ。

 

 人類では決して逆らえない上位者が、平気な顔をして人類の横に並んでる。こんなに薄ら寒い事があるか。

 

(この、クソッタレがっっ!!)

 

 何の抵抗も許されないなど、在ってたまるか。叛逆の意志は断じて『悪』ではない。

 

 神に逆らう者が『悪』なら、神がする事は全て正義か? 否――断じて否である。

 正義とは、理想だ。セルシャは、暗黒期の最中でさえ輝きを放つ“正義の使者”から、そう教わった。では、現実をこそ『悪』と定義するのか。

 

 そんな事、認めない。現実は残酷で、冷酷で、時に受け入れ難いけれど、それでも強かに生きる人々が居る。彼等彼女等が居る限り、この現実は『悪』ではない。

 少なくとも、セルシャが守りたいと願った皆の笑顔は、決して――、

 

(理不尽を振りかざす、クソ野郎共が――)

 

――俺が必ず、ぶっ殺してやる。

 

 想いは遂に、最後まで形になる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、

 

「邪魔ダ」

 

 その、人間のものとは思えぬ声が響いたと同時に、セルシャの背中に強い衝撃が走った。

 

「グッ――!?」

「【――!? 誰だ!】」

 

 自らの横を通り過ぎ、土煙を上げて壁へと突っ込んでいったセルシャ。そして、そんなセルシャに――あのセルシャ・ストリクスが吹き飛ばされたという事実に驚愕を隠せぬままに、男神は声の主へと視線を向けた。

 

――その主は、仮面を被っていた。

 

 頭から足にかけて、身体全体を覆い隠すような外套を身に纏い、その身体から凶悪なまでの殺気を漲らせている。

 

 殺される。柄にもなく、男神はそう確信した。

 今この場で、自身は天界へと召される。突如として眼前に現れた、この仮面の使者によって。

 

「【一応、言ってみるんだけどさ――動かないでくれる?】」

「……生憎ダガ」

 

 『神威』と共に放たれた神の言葉を、いとも容易く跳ね除けて。仮面の使者は右腕を高く掲げた。

 

「コノ身体ハ、モウ“人”デハナイ」

 

 そして、腕が降ろされる。瞬間、神の身体は斜めに別たれた。

 

――光柱が、視界を埋める。

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