暗黒期の残骸   作:花のお皿

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重く想い約束

 ズゴゴ、と壁を削っているかのような音を立てて、人工迷宮の扉が上がる。外の光が僅かに差し込み、来客の顔を密かに照らす。

 

 赤い髪色に、精悍な顔立ち。

 その鋭い眼は、その女の荒々しさを表しているようだった。

 

 つまるところ、

 

「フン、お前がセルシャ・ストリクスか」

 

(うわ、面倒臭そう)

 

 セルシャは即座に、女を苦手なタイプに分類した。

 

「俺の事は、既に知っている訳か」

 

 エインから聞いたのだろう。どうやら、情報を日々共有し合う程度の協調性はあるらしい。組織として、不可欠な要素はちゃんと持っているようだ。

 

 心配していたのは、エニュオ陣営からの介入者が闇派閥の空気を乱さないかどうか。しかし、少なくとも眼前の女は荒々しさは感じるものの、言葉の通じない相手ではないらしい。そうでなければ、エインと共にセルシャの前に現れたりはしないだろう。

 

「聞いている通り、俺がセルシャ・ストリクスだ。良ければ、お前の名も教えてほしい」

「――レヴィスだ」

 

 赤髪の女――レヴィスの表情は至って真顔のまま。だが、その鋭利な目付きが向けられていると、まるで睨まれているかのように感じる。

 

「これから、よろしく頼む」

 

 内心で億劫に思いつつ、手を差し伸べる。

 

 例えどれだけ愛想が無かろうと、これから協定を結ぶ関係上雑な対応はできない。それに、愛想の悪さならセルシャだって負けていないのだ。どっちもどっち、といったところだろう。

 

――だが、差し出した手はバシッ、と乾いた音を立てて即座に弾かれた。

 

 遅れてくるじんわりとした痛みに、目を細める。

 

「貴様が、反英雄だと? 期待外れも甚だしいな」

 

 失望交じりのレヴィスの声に、片眉を上げた。

 

 どうにも、セルシャはレヴィスの“期待”とやらに応えられなかったようだ。

 尤も、期待されていた事すら知らなかったので、レヴィスの言葉は少々筋違いでもあるが、

 

「もう少し、怪物のような男だと思っていたのにな」

 

 その様子が、本当に残念そうで。

 それは、本来身に覚えのない期待を寄せられていたセルシャが、罪悪感を抱いてしまう程だった。

 

「私はもう戻る。いいな、エイン?」

「……アア。今日ハ顔合ワセダケデ十分ダ」

 

 有無を言わさず、立ち去っていくレヴィスを留める気にはなれなかった。僅か数十秒の会話で、ここまで嫌われるとは思わなんだが、エインの言う通り顔合わせだけならば十分な成果だ。レヴィスの人となりも、何となくだが把握できた。

 

 把握できただけで、見極められたかと言えば否と言わざるを得ないが。

 

「中々強烈だな。闇派閥(うち)といい勝負だ」

「…………」

 

――黙られても困るんだが。

 

 チラリと横目でエインの顔色を除くも、そもそも顔が仮面で隠れているのだと気づき、かぶりを振る。

 お手上げだ。どうも、エインとレヴィスの間には多少の義務的会話が成り立つだけで、そこに信頼関係やある種の好意がある訳でもないらしい。そこに、無関係なセルシャが挟み込まれれば、こうなるのも必然と言える。

 

 それとは関係なしに、何らかの期待をレヴィスがセルシャに寄せていたのも確かなのだろうが。

 

「……レヴィスの前では聞かなかったが、お前何処に行ってた? 随分と待たされたんだが」

 

 多少の不満を露にして、セルシャは訊いた。

 

 あの送別から、こうしてレヴィスと共にエインが帰ってくるまで、およそ2時間が経過していた。まだ見ぬ介入者とされていたレヴィスへの警戒心に殺意を漲らせていたセルシャも、2時間も経過すれば気が緩んでしまう。殺意はとっくに萎んでしまっていた。

 

「『ダンジョン』ダ」

 

 エインの告げた答えに、眉を上げる。

 

「何故、そんなところまで行く必要がある」

「ソコガ、奴ノ住処ダカラダ」

「……ほぅ、それは遠いところだな」

 

 怪物の住まう地下世界。それがダンジョンだ。そんな危険区域に住むような人間が居る筈がない。

 故に、これはただの冗談。戯言で、2時間も時間をかけた理由を誤魔化されただけに過ぎない。

 

 時間がかかった件について、特に言及するつもりは、セルシャにはない。誤魔化されてやるのも、闇派閥の皆にまた文句を言われるだろう事が面倒だが、構わない。

 だが、

 

(もしも、これが冗談じゃなかったら――)

 

 浮かび上がる疑問がある。何故あの時、エインは神を殺せたのか。神威に屈さず、あまつさえ躊躇なく、エインは神を切り裂いた。それを可能にした理由が、そこにあるとしたら。

 怪物の暮らす地下を、住みかとする女。そして、そんな女と同組織に所属しているエイン。

 

 迷宮により生み出される怪物(モンスター)は心臓を持たず、魔石を有する。それは、彼等が神によって生み出された生物ではない事への証左であり、彼等が下界の『絶対悪』である証明。

 即ち、怪物とはこの世で唯一神の想定を始原から外れた存在だ。その存在に、セルシャがどれだけ憧憬を覚えたのか、定かではない。ましてや、もしもこの世に意志を持ち、理性を有した怪物が居たのなら、彼が喜んでその者達に手を貸したのは言うまでもない事だろう。

 

「それで? 結局、まだお前の用件を聞けていないが、どうする?」

「――心配スルナ。レヴィスハスグニ戻ッテクル」

 

 その声は、しかし確信に満ちていた。

 レヴィスは、セルシャに対して未練がある訳でも無かった。ならば、もう戻ってくることは無いだろうと予測がつく。だが、少なくともセルシャよりは長い付き合いのエインがこう言っている。という事は、レヴィスも約束は守る質だという事か。

 

 正直、セルシャとしては信じられない話だが、エインはこれまでのセルシャとの交渉で嘘を吐いたことは無かった。その今日までの言動を今更信用しないというのは、筋が通らない。

 

「良いだろう。お前が言うなら、信じる」

「大丈夫ダ。奴ガ戻ッテクルノハ、必然ダカラナ」

 

 そう言って、エインは懐から特殊な球を取り出して、胸の前に掲げた。

 

(レヴィス)ハ『鍵』ヲ持ッテイナイカラナ。帰ルニハ、私ニ連レ添ワナケレバナラナイ」

「――フッ、成程」

 

 なんて事もない理由だった。手段を奪っているのだから、行動に移せないのは当たり前だ。

 吹き出す笑みと同時、エインの掲げる『鍵』に視線を向けて、目を細めた。

 

 

「…………手段、か」

 

 

 その後、レヴィスがさらに不機嫌になって戻ってきたのは、言うまでもない。

 

 ◇

 

「――へぇ。そんで、そっちの仮面野郎が噂の“エイン”か」

「チッ、勝手にセルシャに近づきやがって。殺すぞ、テメエ」

 

 宴会が行われていた大集会室――大広間にて、ディックスとヴァレッタがエイン達レヴィス陣営と対峙する。両者とも、互いに不満と不信を相手に抱いているようだが、協力関係を結ぶこと自体にはさして異論は無いようだった。

 闇派閥として、次の標的である【フレイヤ・ファミリア】を相手取るには、少なくとも今の自分達では敵わないと二人とも自覚している。故に、如何に信用ならないからと言って、目の前にいる支援者を突っ撥ねる程、彼等も愚かではない。

 

 それはそれとして、何も言わずに同盟を組むと決断したセルシャには、それなりに文句はあるだろうが。

 

「ディックス、他の皆は?」

「見りゃ分かんだろ、まだ寝てる。全員Lv1って訳じゃねえだろうに、情けねぇもんだ」

 

 ディックスの言葉通り、闇派閥の構成員ほぼ全てが、その大広間の地面に寝転がっていた。全員気の抜けた様子で、余程羽目を外していたのだと分かる。この状態では、確かにセルシャが帰ってきたとしても気付きようがないだろう。

 セルシャとしては、漸く心置きなく休めたかとホッとするのが心情だが、横に立つレヴィスが少々目を吊り上げているのが不安だった。元々目付きの悪い面持ちでやられると、その眼光も凄い事になる。

 

「――おい、女。何睨んでんだ? あぁ?」

「……私に話しかけるな」

「話しかけるなっつぅのは可笑しな話じゃねえか。テメエ等は話し合いに来たんだろ? うちの頭とよぉ」

 

 寝起きだからか、気の立っているヴァレッタがレヴィスに凄み、同時にディックスが壁に立てかけていた長槍に手を伸ばす。

 

「あんま調子乗ってッと殺すぞ」

「心臓を突くのは慣れてんだぜ?」

「――っ」

 

 二人から放たれる殺意が、レヴィスに向けてぶつけられる。それは、彼女の横に立つセルシャですら、命の危機を感じる程の気迫だった。心拍数が極端に上昇しているのが、自分でも分かる。

 

「平和な話し合いにしようや。な、エイン様よぉ?」

「……嗚呼、ワカッテイル。レヴィス、ソノ態度ハ改メロ」

 

 ディックスが首だけをエインに向けて、同意を求めた。これを断れば闇派閥との繋がりが途切れるのは、誰だって理解できる。エインもそれは避けたかったのだろう。レヴィスへの注意は、思いのほか緊張感のあるものだった。それこそ、二人に匹敵するとは言えないが、それなりの気迫が籠っている言葉だったように思う。

 だが、それでも何か納得のいかない事があるのか。今一度、レヴィスは静かに口を開いた。

 

「…………お前達は」

「あ?」「んだコラ」

 

 一度落ち着いた筈の空気が、また張り詰める。もし次にレヴィスが地雷を踏み抜けば、間違いなく二人は彼女に斬りかかるだろう。そう察知させられるような、濃密な殺気で場が満ちている。あのカジノ襲撃事件と比肩する緊迫感だ。

 

 ――柄が悪いなぁ、闇派閥(うち)

 

 この空気感の中、未だ眠りから覚めない構成員たちも肝が据わり過ぎているように思うが、あれだけ修羅場を潜ってくればこうなってしまうのかもしれない。

 何故か他人事のように、彼等彼女等をここまで引っ張ってきた指導者(セルシャ・ストリクス)は考えた。

 

 しかしながら、まぁ如何に空気が読めなくとも、この場でこの二人相手に下手な事言っては殺される予感は万人が感じてしまう筈だ。そうなれば、気の強そうなレヴィスであっても失言は避けるだろう。

 

 

「何故お前たち程の戦士が、この程度の男に従っている?」

 

 

 爆弾が破裂した。

 

「――ぶっ殺すッ!!」

「八つ裂きにしてやらァ!!」

 

 残像を残し、二人の姿が消える。同時に、レヴィスが構えを取り――その両腕が()()()

 

「――グッ!?」

「遅えなぁ、嬢ちゃん」

 

 重心を失い、膝から崩れ落ちるレヴィスの髪をディックスが掴み、地面に叩きつける。直後、ヴァレッタの剣がレヴィスの首元に突き立てられた。

 

「さっきの言葉、取り消せると思うなよぉ?」

「あんまり動かない方がいいぜ? 下手に抵抗すると、痛みが長引く」

 

 レヴィスの力がどの程度かは分からない。だが、如何にその腕力が人間離れしていたとしても、その力を振るう為の腕が無ければどうしようもないだろう。

 それに、今の攻防を見た限り、レヴィスの実力はLv5程度のものと見受けられる。なれば、L()v()6()()()()()()()()()に敵わないのは道理だ。

 

 それにしても、

 

「表情を歪めないのは、大したものだ」

「…………何だと」

 

 眼球のみ動かして、歩み寄ってきたセルシャをレヴィスは見上げた。見下ろされるその上から目線が腹立たしいのか、その眼には憎悪が募っているように見えた。

 いや――気づかなかっただけで、ずっとそうだったのだろう。此処に来た時から、否、それよりも前からずっと。

 

 膝を折り、しゃがみ込んでセルシャはレヴィスに顔を近づける。

 

「お前が俺に怒っている理由は良く分からないが――一つだけ、言わせてもらおう」

 

 瞑目し、束の間の空白を開ける。その間に、周囲の気配を辿った。

 

 エインが手出しをする様子は無い。ヴァレッタとディックスは、反対にレヴィスが少しでも妙な真似をすれば迷わず首を斬り飛ばす殺意を纏っている。

 

(おっかない奴等だな)

 

 並の殺し屋など比べ物にならない。いざ殺すとなれば、二人は殺気など形になる前に、気配を放つ前にその行為を終えているだろう。命を刈り取るその行動に、自我を出すような真似はしない。

 正直、暗殺という面でも専門家である【セクメト・ファミリア】よりも上を行っている。闇派閥の傭兵となっているヴィトーに関していえば、彼の暗殺術はこの二人の更に上を行くのだ。裏社会の一世を風靡した、件の『黒猫』と『黒拳』に比肩する――正面戦闘力で言えば、おそらく完全に超えているだろうが――実力を有していると言っていい。

 

 正面突破しか能の無いセルシャとは、凄い違いだ。

 

(成程、確かに)

 

――なんで(セルシャ)なんかに着いてきているのか、訳が分からないな。

 

 素直にそう思う。

 

 何故、これほどの実力者が一堂に集い、セルシャと言う男に言われるがままに動くのか。何か、劇的な偉業を為した覚えもない。むしろ、これから為してやると豪語する愚か者が、セルシャだったはずだ。

 失望を向けられても可笑しくないくらい、セルシャは無様を晒してきた。見捨てる根拠は、数えきれないくらいにある。

 

 こんな男に関わったところで、自分の身に危険が降りかかるだけだ。なら、何故彼等はセルシャの傍にいる。その背を信じて、着いてくる。

 

――俺がお前に、『生き甲斐』を与えてやる。

 

 そうだ、忘れてなどいない。

 

――――この俺が、証明しよう。お前達の『愛』が間違っていない事も、この世界が間違っている事も、その全てを! この俺が、証明してみせる。

 

 約束が、ある。忘れてはいけない、破ってはいけない約束を、既にセルシャは交わしている。だから、

 

「俺は、()()()()で終わるつもりは無い」

 

 失態を経験に変え、経験を知識に変え、やがて知識を知恵に変えて、成長の糧として見せる。それはかつて、冒険者としてのセルシャがやってきた事だ。

 過去の己が出来たのなら、今のセルシャにできない道理はない。守るものが増えたなら、より強くなればいい。仲間に見捨てられたくないのなら、より成長すればいい。

 単純な事だった。単純で、簡潔な事だったのに、独りで焦って、成果を急いで、失敗した。

 

 愚かだ。

 

 だからこそ、このままじゃいられない。

 

「俺が“この程度”じゃない事を、いつかお前にも示して見せる」

「――――」

 

 呆気にとられるレヴィスを他所に、セルシャは迷わず言葉を紡ぐ。紛れもなく、本心から出てくる言葉を。

 

 

「だから、見ていろ。この俺を――俺が為す物語を、近くで見ろ」

 

 

――俺は、反英雄だ。

 

 

「時代が壊れる様を、お前に見せてやる」

 

 瞳の奥で、爛々と輝く炎が火花を散らしているようだった。

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