暗黒期の残骸   作:花のお皿

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白い狂気

 その瞳の奥には、炎があった。

 

 狂気の炎ではない。そんな単純な言葉で形容できるような、ありきたりな炎ではなかった。

 その業火は、常人が保てるような火力ではなく、ましてや一人の人間が放つような出力でも無かった。それに触れてしまえば、忽ち己の全身が即座に焼け朽ちてしまうんじゃないかと、そう錯覚してしまう程の輝きを放つ、白い光だった。

 

 何が狂気だ。これは、そんなものじゃない。狂気よりも、余程恐ろしい代物だ。

 

 コイツは、セルシャ・ストリクスは、ただの『信念』と『愛』のみでこの場所までやってきている。狂気に狂った人間にしか辿り着けないこの場所で、正気を保ったままの健全な人間が、その純粋な心を信念と愛と覚悟でコーティングして、未だ染められずに生きている。

 何だ、此奴は。本当に人間か。この不変具合は、正に神と言われた方が納得が行く。

 

「……驚いたな。切り離した筈の四肢が生えてくるとは」

 

 目を丸くしてこちらを凝視するセルシャの視線から、逃れるようにレヴィスは目を逸らした。そんなことは気にもせず、セルシャはまじまじとレヴィスを見つめている。その背後で、呆れた表情のディックスとヴァレッタが並び立っていた。

 

「そういう【スキル】…………という事でもなさそうだな」

「そんなバケモンみてえな【スキル】があってたまるか」

「まぁ、それも後で聞きゃあいんじゃねえか? もう、旦那についてとやかく言う事もねえだろうしな」

 

 純白は染まりやすい。だが、闇派閥(ここ)ではその純白が、周りの黒く染まった狂気の色を漂白するかの如く染め直している。

 

――怖い。

 

 何故、その精神を保ったままでいられる。正に全世界を敵に回しておいて、狂わない筈がない。心が、身体が、そして頭が、負担に耐えられない筈だ。

 現実という目に見える世界が、自らを敵として襲い掛かってくる。それを、受け入れられる筈がない。その現実に立ち向かう為には、自己暗示でもして自らを洗脳するか、或いは言葉通りに狂気に侵されるより他に方法は無い。

 

 なのに、何故だ。

 

「さぁ、レヴィス。そしてエイン。お前達が此処に来た理由を、聞かせてくれ」

 

 その眼には曇りが無い。狂気もない。あるのはただ、強い意志だけ。そして、その意志には黒い感情が微塵も感じられない。

 この男は純粋だ。無垢で、白いまま、この裏社会を牛耳り、闇派閥の頭領の立場に居る。

 

「…………ああ」

 

 レヴィスの声は、彼女らしくなくか細いものだ。そこに、セルシャ以外は誰も反応しなかった。反応するまでもなく、レヴィスが何に、誰に対して戸惑っているのかは一目瞭然だからだ。

 

「どうした。何かあったか?」

「……いや、何もない」

 

 分かっていないのは一人だけ。当人の呑気な声が、どうしようもなく憎たらしい。

 

「ほら、んな奴ほっといて話を始めようぜ」

「……そうだな。流石に話が脱線し過ぎた。レヴィス、疲れたなら休んでいてくれていい」

 

 ヴァレッタの声に呼ばれて、セルシャの背中がレヴィスから遠ざかっていく。

 今までに感じた事の無い安堵が、レヴィスの心を満たしていた。

 

 ◇

 

 会議室では、眠ったままの闇派閥の構成員が未だに地面に転がっている。ヴァレッタとディックスは全員叩き起こして追い出そうとしていたが、セルシャが二人を留め、場所を変える事を提案した。

 直々のボスにそう言われてしまえば、二人も抵抗はしない。それに、二人とて自身の部下達が休息を必要としている事は分かっている。故に、このまま構成員達が身体を休めること自体には賛成なのだが。

 

(セルシャの邪魔になったって知ったら、まーた面倒臭え事になるんだよなぁ)

 

 ディックスが頭を掻きながら、ため息を吐いた。

 

 レヴィスが恐らく先程実感したであろう、セルシャの白い狂気。アレに触れてしまえば、自分が変えられてしまうと直感したのだろう。彼女がセルシャを見つめる眼に僅かな畏れがあったのを、ディックスは見抜いていた。

 実際、彼こそ正にセルシャに漂白された内の一人である。彼以上に、セルシャの“正気”の恐ろしさを思い知る者は居ないだろう。

 

 だが、同時にそれはディックスにとって救いでもあった。

 

 否、彼だけではない。おそらくは、今闇派閥に在籍する者にとってはレヴィスが恐れたセルシャの“正気”こそが救いだったのだ。

 どん底のどん底。底の底まで転がり落ちて、闇の世界に足を踏み入れた彼等彼女等にとって、白い輝きを放つ彼の眼が、その瞳で己を真っ直ぐに見てくれることが、どれだけの救いだったか。今闇派閥に所属するセルシャ以外の全員が、自分達が『悪』である事を自覚している。それはきっと、セルシャもそうだろう。

 

 だが、自分が間違っていないと信じているのは、セルシャだけだ。だからこそ、彼に魅入られる。

 危うさは感じる、しかしそれ以上にその背中に着いていく理由があった。彼が誰の為に、何の為に戦っているかは散々見てきたから、知っている。身に染みて知っている。だから、手を貸すのだ。

 

 かつて手を差し伸べられた恩がある。そして、その手を多くの人に伸ばし、その度に傷つくセルシャの姿を見てきている。なればこそ、彼に多くの重荷を背負わせてしまった一員として、彼と共に背負うのだ。

 全ては、彼に助けられた恩を返す為。そして――彼が、そのままで居られるようにする為に。

 

(ったく、お陰で苦労させられるぜ)

 

 ヴァレッタは怖い。タナトスは胡散臭い。故に、闇派閥の一般構成員がセルシャ関連の相談する相手は大体がディックスに限られてしまう。彼にも大分荒れていた時期があるが、最近ではそれを知らない者も増えてきている。

 多くの構成員にとって、ディックスは闇派閥で唯一話の通じる幹部だった。

 

「マズハ、コレヲ見テクレ」

 

 セルシャが先導し、ヴァレッタ、ディックス、レヴィス、エインの4人はセルシャの私室へと訪れていた。ヴァレッタが頻りに部屋を見回し、興味を示していたのを煩わしく思ったのが凡そ数分前。

 本題に入ろうと告げたエインが出したのは、()()()()()()だった。

 

「……これは」

「魔石、か? 私にゃ覚えは無いが」

 

 首を傾げ、しげしげとエインの手にある魔石を強引に奪い取り、魔石を観察するヴァレッタを他所に、セルシャは同じく頭の中で色々と思考を回しているディックスに目をやった。

 

「ディックス、心当たりはあるか」

「……旦那の期待には、応えられそうにねえよ」

「……例の『異端児』との関係性は?」

「考えられねえ、とまでは言えねえが、直接的なもんがあるとはなぁ……」

 

 要するに、断言はできないという事だった。

 

 言うまでもないが、闇派閥内で最も魔石などの情報を含めた“怪物(モンスター)”について詳しいのはディックスだ。最早専門家と言ってもいい。ギルドの受付嬢と同じ程度には、ディックスは怪物についての知識には精通している。

 そのディックスが知らないのであれば、恐らくは地上の人間にエインの見せた極彩色の魔石について知っている者は居ないだろう。

 

 あくまでも、地上の人間に限った話だが。

 

(後で、タナトスにも確認を取ってみるか)

 

 考えをまとめ、セルシャは改めてエインへと向き直る。

 

「俺も冒険者時代はあったが、こんな魔石は見た事が無い。詳しい話を聞かせてもらおう」

「元ヨリ、ソノツモリダ」

 

 エインの返答は即座だった。闇派閥側の反応は、予想通りのものだったのだろう。ヴァレッタの盛大な舌打ちの音が空間に響き渡った。

 

「コレハダンジョンニ出現スル特殊怪物(モンスター)ノ魔石ダ」

「特殊怪物……」

 

 ダンジョンという未知の迷宮で出現する怪物など、大概特殊だとは思うが。という呟きは胸に秘めて、セルシャはエインの言葉を繰り返す。だが、その言葉にディックスが片眉を上げ、ニヤリと笑う。

 

「その口ぶり、単なる強化種って訳でもねぇみてえだな。元密猟者(ハンター)としては、腕が鳴るぜ」

「コノ魔石ヲ原動力トスル怪物ハ、並ノ怪物トハ比較ニナラナイ脅威ヲ誇ル。ソレコソ、深層ノ怪物ヨリモナ。捕獲デキルトハ思ワナイ事ダ」

「……らしいぜ、旦那」

 

 落胆した様子のディックスに、捕獲しようとなんて思っていないが、などと返答することはできず「……残念だったな」とだけ声をかける。

 

 それよりも、重要なのは極彩色の魔石を有する怪物――『極彩色の怪物』についてだ。

 強化種よりも脅威的な怪物。その脅威がダンジョンの深層の怪物すら凌駕するというのなら、第一級冒険者ですら対処の難しい危険性を秘めているという事になる。

 

「成程、これからダンジョンに潜る際は、その『極彩色の怪物』には気を付けよう」

「心配スルナ。私達ト敵対シナイ限リハ、極彩色ノ怪物ガ貴様ラニ襲イ掛カルコトハナイ」

「……というと?」

「我々ハ『極彩色の怪物』ヲ完全ニ制御シテイル」

 

 エインは、そう断言した。

 

「……『極彩色の怪物』を調教(テイム)しているという事か」

「ソウダ」

 

 強化種の怪物は、言うまでもなく制御するのは難しい。怪物の制御――つまり、調教(テイム)自体おそろしく手間のかかる作業だ。その作業が催しとしてオラリオの祭りになってしまう程である。相応の労力と時間が必要なのは間違いない。それが、強化種よりも更に強力な『極彩色の怪物』ともなれば、最早言うに及ばずであろう。

 

(一応、調教向きの魔道具もあるにはあるが、それで制御できる程度の怪物ならエインがこうして紹介してくる訳もない)

 

 簡単には制御できないから、エインは闇派閥に対する交渉手段として『極彩色の怪物』の話を出してきた。そこに難癖をつけるのは不毛にも程がある。であるならば、

 

「エニュオからの“協力”は、その『極彩色の怪物』の提供という事だな」

「正確ニハ、ソノ調教師(テイマー)ノ紹介ダ」

 

 納得しかけたところに、エインからの訂正が入る。

 

調教師(テイマー)だと? 誰だ」

「誰モ何モ、先程紹介シタバカリダロウ」

 

 呆れたようにそう言って、エインはセルシャの後ろを指差した。エインの指先が指し示す方角に従って振り返ると、そこには居心地悪そうに眉間に皺を寄せている赤髪の女が立っている。

 

「お前、調教師(テイマー)だったのか」

「……だったら悪いか」

 

 何処かばつが悪そうなのは何故だろう。

 相手の機敏を読み取るのは未だに苦手だと、内心で苦笑しつつレヴィスに返答する。

 

「何も悪くない。むしろ、非戦闘員にこちら側が無礼を働いてしまった。謝罪しよう」

「……っ、私が非戦闘員だと」

 

 屈辱を受けたように、レヴィスが唇を噛み、セルシャを睨みつけた。その視線を受けても、セルシャは無表情のまま困惑する様子を見せるだけだ。その隣で手を叩いて笑うヴァレッタと手で口を押さえて震えているディックスの姿が腹立たしい。

 二人を一瞥し、もう一度レヴィスが前を向くと、彼女を見つめていた双眸は無く、セルシャは既にエインへと向き直っていた。堂々とした背中が、レヴィスの目の前で歴然と佇んでいる。

 

「レヴィスを闇派閥に預けてくれる、という話なのは分かった。だが、一応聞いておく」

 

 ふと、空間から音が消えた。レヴィスは一瞬そう錯覚し、そして刹那の内に知覚する。

 音が自然と消えたのではない。彼女の目の前に立つ人物が放つ威圧が、空間全てを巻き込みエインに向けて放たれたのだ。人の話し声どころか、呼吸すら無意識に押し殺してしまう程の圧倒的威圧が、空間を満たしていた。

 

「レヴィスが生きて戻れる保証はない。その事を、彼女には伝えているんだろうな」

 

 もしも、以前よりレヴィスに伝えることなく、この場で突如として彼女にこの任務を課せたのなら。その時は、

 

「俺は、命を軽視する連中と手を組むことはしない。それが人間であれ、亜人であれ、怪人であれど、だ」

 

 一歩、大股でセルシャはエインへと近づき、互いの距離は縮まった。互いに、少し手を伸ばせば触れ合える距離だ。

 

「どうなんだ。レヴィスは、この事を知っていたんだろうな?」

「……当然ダ。我々モ、奴ニ死ナレルト困ル」

「ならいい」

 

 ふっ、と。セルシャの威圧が収まった。一気に空間が弛緩し、急な雰囲気の変化にレヴィスは耐えきれず息を吐く。

 

「協力者の提供、感謝する。この恩は決して忘れない。絶対にだ」

「嗚呼。精々有効活用シテミセロ」

 

 小さく笑みを浮かべ、任せろとセルシャは告げる。そして、直後に振り返り、レヴィスの顔に目を向けた。

 

「期待しているぞ、レヴィス」

「…………ああ」

 

 レヴィスの役目は、ただただ闇派閥に協力する事。それだけしか聞かされていない。その裏にあるエニュオの目的が何なのか、彼女は今日まで考えていた。

 だが、今ならばわかる。全ては、この男に対する投資であり、そしてこの男を見極める為の手段だ。この男からの信頼を勝ち取り、そしてこの男を隠れ蓑にして少しずつエニュオ自身の目的を進めていく。それが出来れば、エニュオは一生陽の目に晒されないまま、オラリオを崩壊へと近づけることが出来る。

 

 しかし、もしもその目論見が闇派閥に露呈した瞬間、エニュオと闇派閥の対立は避けられないものとなる。

 

 破壊と革命。互いの目的はある地点を境にどうしようもなく道を断っている。この仮初の同盟関係は、既に亀裂が見えている。

 

 自身に向けられている瞳が、レヴィスには酷く恐ろしく映った。

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