暗黒期の残骸 作:花のお皿
会議は終わった。
結局、セルシャの要望通り、闇派閥は『エニュオ』と手を組むことになった。
それでも、完全にエニュオを信頼しているわけではない。ただ、協力関係を結んだだけ。もっと言うのなら、セルシャとしては助けられた恩を返した、という形にもなるのだろう――エニュオに対してではなく、エインに対しての。
「アイツ、やっぱあの仮面野郎に情が湧いてるんじゃねえのか?」
不愉快そうに、ヴァレッタが吐き捨てる。それを耳にして、ディックスが鼻で笑った。
「今更だろ。あの調子じゃ、例の
いや、実際セルシャはもう既にレヴィスに相当肩入れしている場合すらある。
闇派閥が『エニュオ』を味方と見なしていないように、『エニュオ』もまた闇派閥を同志とは見なしていない筈だ。ともすれば、利用しやすい手駒、くらいに考えられているのだろう。実際、エニュオと同じ立場であれば、ヴァレッタもディックスもそう考える。
つまり、エニュオにとっては闇派閥は“敵の敵”。すなわち、一時的な外交関係しかない、危険物である。
――そんな危険物の組織に、ただ一人送り込まれたレヴィスの孤独を、セルシャが気にしない訳がない。
ディックスは、そう断言できた。
「にしても、俺らの為ときたか」
苦々し気に、ディックスが呟く。
彼の脳裏に過るのは、先程の会議の事だった。
あの時、セルシャが『エニュオ』からの協力を受け入れる根拠として挙げた、理由。そのうちの1つ。
――“エインの申し出を受け入れれば、闇派閥の戦力はより強化される。それはつまり、お前達への損害が減るという事だ。”
「ったく、クソみてぇなお節介焼きやがって」
実に、セルシャらしい理由だった。
確かに、今の闇派閥は訓練された戦士が揃った、謂わば万全の状態。人員も、不足している訳ではない。
だが、繰り返すようだが、それは闇派閥の人員が全て訓練された熟練の精鋭揃いだからこその現状である。
もしも、今の闇派閥から欠員が――死者が10人も出れば、組織に一つ穴が開く。徹底的に情報統制を行い、隙を見せずにいた組織に、弱点が出来てしまう事になる。
すなわち、
だが、
(エニュオとかいう奴と手を組めば、その物量戦って手段も取れるようになる。死を恐れない強化種を超えた
――レヴィス。
彼女と闇派閥の間に結束力が生まれるかどうかは不明だが、正直組織幹部からすれば少しは協調性を育んでもらわなくては困る。
レヴィスとの間に不和があるだけでも、闇派閥内での彼女への、ひいてはエニュオへの不審は拭えない。
否、エニュオへの不審は拭えなくてもいい。むしろ、そのまま残ってくれていた方が、いざエニュオに裏切られました、という時の対応が遅れずに済みそうだ。
だが、レヴィスに対しては少なからず仲間意識を持つ必要がある。
同じ戦場に立つ、未来の戦友なのだ。余計な雑念があっては、この先に待つ『抗争』に勝ち残れない。
その敗北を、死を背負うのは、他ならないセルシャだ。
「なぁ、参謀殿よぉ。お前、あの女と仲良くできそうか?」
「無理だな。今すぐにでも殺してやりてぇ」
だよな、とディックスは頷く。
たった一度とはいえ、レヴィスはセルシャを乏した。両者からすれば、それだけで殺害対象だ。
いや、両者だけではない。実際にその場にいたなら、闇派閥の全員がレヴィスを殺しにかかるだろう。
故に、
(闇派閥の中で調教師とまともな結束を保てるのは、やっぱアンタしか居ねえな――セルシャの旦那)
その考えに行きつき、ディックスは嘆息する。
「結局、旦那頼みかよ」
「ケッ、アイツが連れ込んだんだから、その責任をアイツが持つのはったりめぇだろうが」
自棄酒の如く、横で宴会に残った酒をラッパ飲みしているヴァレッタを一瞥し、直後にもう片方で残り物の料理をつまんでいる少女へと目を向ける。
自身と同格の幹部と比べ、慎ましやかなその少女の様子に、ディックスはため息を吐いた。
「で、結局リリルカの意見は発されず、か」
「当然です」
と、少女――リリルカはそのまま答える。
「セルシャ様が、頭を下げてまで
――そこの女性とは違って。
という台詞を最後に、リリルカは再び食事へと戻った。
そんな彼女とは対照的に、飲酒から戦闘態勢へと移った“そこの女性”を、ディックスは必死で宥める羽目になってしまった。
(旦那、参謀関連の人選見直してくれねぇかなぁ)
最早祈るような心持ちで、ディックスはセルシャの姿を思い浮かべた。
◇
「すまない。待たせたな」
――
セルシャは、そう感じた。
仲間の意見を聞きはした。受け入れもした。だが、それを活かし、考慮した結果は導き出さなかった。
結局、真の意味で通った意見は、セルシャの主張だけ。エインを信じるという事を、仲間に強要しただけだった。
仲間達は、きっとそれを受け入れてくれるだろう。セルシャが信じたいものを、彼等も信じてくれるのだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
闇派閥が武装組織である以上、武力を向ける矛先は必ず一致させていなければならない。でなければ、武装組織――『軍隊』は、軍隊足り得ない。
上から押し付けるだけでは不満が溜まる。全員に一度、レヴィスという武力の利用価値を周知させなければ――或いは、彼女個人の印象による仲間意識を生み出さなければ、戦術に澱みが出る可能性がある。
ほんの僅かな不信が、不意の油断と隙を生む。その結果訪れるのは、戦場においては死あるのみ。
故に、
「……会議は終わったのか」
この怪人の内側を、知らなければならない。
能力ではない。真の信頼を創り出さなければ、彼女という存在はむしろ闇派閥にとっての足枷に成りかねない。
(……数年に渡って戦場を駆け抜けてきた戦友達の中に、いきなり放り出された彼女が気を張るのも、当然だな)
レヴィスも、分かっているのだろう。
彼女自身の存在が、謂わば闇派閥に対しての贄である事に。
エニュオは、闇派閥に協力を示す為の姿勢として、レヴィスを差し出してきた。要は、エニュオが闇派閥に示したメリットが、レヴィスという訳だ。
貸し出された戦力。だが、そこに意思がある以上、それは兵器ではない。
意思のある戦力とは、すなわち
エニュオは、自らの仲間を協力の姿勢を見せる為、自らの体裁の為に差し出した。
おそらくは、それをレヴィスに伝えることも無く、自身の判断だけでエインに実行させた。
「ああ。俺達は、お前達の手を取る。独りでここに居座るのは、居心地が悪いかもしれないが」
――気に入らない。
「お前は、絶対に一人じゃない。少なくとも、俺が居る。何かあったら、気にせず言え」
公に姿を現さないのは、まだ理解できる。その為に、エインを隠れ蓑にしている事も、エイン自身が了承しているようだから納得できた。
そう、エニュオは自身の考えを自身の仲間に発しているのだと、そう信じていたからセルシャはエニュオと正式に手を結ぶことに迷いを感じていなかったのだ。
だが、今回。エニュオはレヴィスを“道具”として扱った。
これは『悪』ではない――これは『外道』の所業だ。
「お前も、これから俺の仲間だ」
良いだろう。その姿勢、誠意として受け取ってもいい。
だが、そこに込められた悪意。決して見逃しはしない。
「…………」
「――? どうした」
「いや」
顔を顰めたレヴィスに、セルシャは首を傾げた。そんな彼に苦笑するように、レヴィスは小さく答えた。
「なるほど、と思っただけだ」