暗黒期の残骸 作:花のお皿
――良くも悪くも、真っ直ぐ過ぎる。
それが、レヴィスという怪人がセルシャという狂人を観察した結論だった。
セルシャ・ストリクス。現代のオラリオという社会の縮図、その歪な形に耐え切れずに暴走した
だが、違う。そう評するには、彼は余りにも“白”過ぎる。
きっと、凄惨な現場を多く見てきたのだろう。その傍らで、犠牲となった人々の怒りや憎しみを、一身に浴びてしまったのだろう。
その結果、今のオラリオの体制に疑問を覚えるようになるのは、自然な流れだ。特に、元々はオラリオでも最強を誇る【ファミリア】の一員であった彼ならば、それなりに『ギルド』の不備や不足を見る機会もあったのだから、拍車もかかる筈だ。
だが、それだけならばただの反抗的な若者が一人生まれるだけで済む。それに、当時のセルシャは今の彼よりも遥かに弱かったのだから、対処も容易かっただろう。
セルシャ・ストリクスが常人であったのなら、本当にそうだったのだろう。
【ロキ・ファミリア】を裏切った際に彼が処分されなかったのも、おそらくは彼の存在が軽視されていたからだ。どれだけ才能があったとて、今は『ステイタス』が全ての時代。第三級冒険者が一人『悪』の道を選んだ事を、重要視する方が不自然と言える。
あのカリスマ性と、己が道を行く我の強さ。それさえなければ、その対応は決して間違ったものではなかったのだろう。
だが、セルシャ・ストリクスにはそれがあった。絶望した誰かを照らせる程に、強い光を感じさせる背中を、彼は持っていた。そういう生き様を歩む、男だった。
そんな男が、組織のトップに立てる器に成長した。否、或いはそこまで担ぎ上げられた、というべきか。
彼の光に
惹き込まれない方が、無理だという話だろう。
険しい道と知りながら、その道を歩み続ける彼の背は、余りにも眩しすぎる。
――そんな男が、お前も仲間だと、私に言った。
「仲間、か」
それがどういうものなのか、レヴィスは知らない。
彼女の生きる環境は、
そんな中で、
――はたして、孤独だっただろうか。
◇
エニュオが信頼できるかどうか。
その秤が、セルシャの中で大きく『否』に傾くような、そんな時間がようやく過ぎた。
だが、エニュオに対する不信があろうと、エインやレヴィスが告げた『極彩色の怪物』の存在は確かだろう。でなければ、レヴィスが戦力として貸し出された意味がない。
あくまでも彼女は――ひいては『極彩色の怪物』の存在は、エニュオから闇派閥への誠意の形なのだ。それが虚勢である筈がない。
故に、その存在を疑う余地はない。だが、戦力としてどれほどのものなのか、確認は必要だ。そもそも、先の会議の始まりも、それがきっかけだった。
「……で、こうしてダンジョンまで来たわけだが――」
貸し出された戦力とはいえ、大っぴらに“実験”をする訳にもいかない。ダンジョンと言っても、冒険者などという職業がある以上何時何処で人目があるかどうかは分からない。かといって、深層は流石に落ち着きが無さすぎる。
ならば、
「済まないな、リド。場所を貸してもらって」
ダンジョンで得た友に、力を貸してもらうしかない。
「いや、気にすんなよ。セルっち! ようやく、昔の恩を返せる時が来たって事だからよ!」
馴れ馴れしく肩を組んでくる異形の友を、セルシャは見つめる。
紅の鱗、鋭い歯、強靭な尻尾。何よりも、ギョロリとこちらに向けられる黄色い眼。
そのどれもが、地上の人間とは異なっていた。亜人とは比べ物にならない程、生物としての隔絶した違いが、ここにはあった。
「そうか。では、ありがたく使わせてもらおう」
「おう! 好きに使ってくれ。此処はもう、前に使ってた住処だからよ!」
そう言って笑うリザードマンは、人間よりも人間らしく見えた。
――異端児。
と、セルシャは呼んでいる。およそ3年前、かつては彼等専門の
だが、その元密猟者を仲間にしてしまっているセルシャに対して、異端児達が良い印象を抱く筈もない。故に、こうしてセルシャと真正面から会話をしてくれる異端児は目の前のリザードマン――名を、『リド』という彼だけだった。
余談だが、『グロス』と名乗ったガーゴイルの反応は酷かった。目が合い、セルシャが名乗った瞬間に戦闘が始まってしまった程だ。
「……他の皆は、元気か?」
「おう! 皆元気でやってるぜ! グロスはまぁ、今でもセルっちの事は敵だと思ってるけどよ、皆が皆そういう訳じゃないからな!」
本当に、そうなのだろう。
彼等が何度人間に裏切られたのか、セルシャは知らない。きっと、セルシャが彼等に出会う以前にも、彼等の存在を知る者は居た筈だ。それでも、彼等が人間との共生を願望として掲げているという事は、そういう事なのだろう。
その願望は、未だ理想のまま。実現する事は、叶わなかったのだろう。
その夢は、おそらくディックスによってより遠ざかったに違いない。過去の出来事とはいえ、その罪は決して消えはしない。
そして、ディックスの罪は、それを受け入れたセルシャも背負わなければならない。昔の事は関係ないなどと、無責任な振る舞いをする訳には、いかなかった。
「いいさ。皆が元気なら、それでいい」
嫌われる事には慣れている。それで心が萎えてしまう程、今のセルシャは柔じゃない。
自身を嫌う者達と同じくらい、自身を好いてくれている者達が大勢いる事を、彼は知っている。
「リド。お前も避難してくれ。ここは、今から危険な実験場になる」
「おう! 人間の姉ちゃんも、セルっちの事よろしくな!」
「……ああ」
“人間”の姉ちゃん、と呼ばれた事が不愉快だったのか、レヴィスは僅かに眉間に皺を寄せたが、敵意を見せる事は無かった。
幸か不幸か、
人間の成り損ないと、怪物の成り損ない。各々でしか分かり合えない共通の心境が、きっとそこにはあるのだろう。
だが、そうやって分かり合う為には各々が自らの心を相手に開かなかければならない。そして、その選択は各々の心に委ねられる。外野がとやかく言うような事ではない。
故に、セルシャもリドの“誤解”について、とやかく言うようなことは無かった。
言ったところで、リドを困らせるだけなのだから。
(……レヴィスがどういう反応をするのかは、見てみたかったけどな)
もしかしたら、
――彼女の、人間らしい一面を見られたかもしれない。
「――――」
「……? 何だ」
「いや、何でもない」
足早に去っていく紅色のリザードマンを見送ってから、セルシャはその未開拓領域を見回した。
特筆すべき点の無い、暗がりの空洞。ダンジョン内に偶然できた空白なのだろう。怪物が湧いてくるような気配もなく、一種の『
実験場としては、この上ない立地と言える。
「広さは足りるか?」
「問題ない。充分だ」
その声音に遠慮の色は無い。この空洞のスペースは、例の『極彩色の怪物』が暴れ回るには十分な広さが確保されている、という事だろう。
「では――やってくれ」
セルシャの言葉に従って、レヴィスが空洞の中央に移動する。そして、右腕を掲げ、静かに告げた。
「来い、
◇
(下層――いや、深層からか)
地響きが起こり、震えがこの空洞まで響いてきた。
――調教師の腕前とは、果たしてどの技術によって評価されるのか。
剣士は剣技で、闘士は武技で、策士は策略で。では、調教師とは。
つまるところ、調教師という職柄は、戦闘向きではないという事だ。或いは、戦闘面では評価しづらい、という事でもある。
故に、調教師は第一線で活躍する機会が非常に少ない。彼等が日の目を見るのは、それこそ
だが、
「……大きいな」
やがて地響きが収まり、同時に地面が捲れ上がる。そして、長い蛇を思わせる巨大な花が、飛び出してきた。
花弁は血のように赤く、中央のめしべは空洞となっている。否、空洞ではなく、アレは口か。不揃いに並べられたギザギザとした歯が、涎で濡れている。
「――どうだ?」
その根元。
――調教師の能力は、見せ所が少ない。
だが、レヴィスに限っては正真正銘調教した怪物の
故に、彼女は怪物を調教すればするほど強くなる。それは群としての強さでこそあれ、数が強大な強みである事は戦いを嗜む者であれば誰もが知るところ。
調教師として、レヴィスは圧倒的な“機会”を持っている。
「……? おい」
再度声をかけられ、余計な思考を振り払う。食人花の全体像をもう一度見つめ、瞑目する。
その巨体から放たれる
この怪物は、強い。けれど、
「硬さも、知りたいな」
アイズ・ヴァレンシュタインの『風』、リヴェリア・リヨス・アールヴの魔法、ガレス・ランドロックの怪力。そして、
「俺の斬撃に耐えられるなら、中々だ」
腰の鞘に手を添え、もう片方の手で柄を握り、重心を前に移動させ、姿勢を低く構える。
それは、居合の構えである。自身の間合いに対象が侵入した瞬間、自身が出せる最高速の剣速で対象を切り裂く、謂わば最速の剣技。
発祥は、極東。その出身の知り合いが、セルシャには
「……一応聞くが、斬ってもいいのか?」
「ああ。問題ない」
「では、俺に襲いかかるよう命令してやってくれ」
「了解した」
レヴィスが指揮を執る様に、右腕を掲げ、そしてその右手の先をセルシャに向ける。同時に、食人花が地を這うようにセルシャへと突進する。大きく口を開き、岩を削りながら迫りくるその様は、生理的な嫌悪と恐怖を掻き立てるものだった。
その食人花の食道口が眼前にまで迫った瞬間、セルシャは迷うことなく刃を引き抜き――そして、そのまま剣を鞘へと戻した。
居合の姿勢を崩し、ただの棒立ちと化したセルシャの横を、食人花が通り過ぎる。あれ程の勢いで突っ込んだからか、失速は穏やかで、速度は衰えることなく、食人花はダンジョンの壁に体当たりし、漸くその突進を止めた。
ゆらりと、食人花が身体を上げる。僅かに身体を痙攣させている姿は、傍目からでも食人花が
そして、次の瞬間に食人花の身体が、縦に裂かれた。
「――やはり、柔いな」
真っ二つに別たれた残骸を眺め、セルシャは息を吐く。
「主戦力に該当はしないが、脅威ではある。有象無象の足止めになら、適当だろう」
そうして、灰へと変わる残骸から魔石を回収するセルシャの姿に、人知れずレヴィスは冷や汗を流した。
「……化け物め」