暗黒期の残骸   作:花のお皿

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ただの『屑』

 5年前。現時点から、5年前。それが、所謂『暗黒期』というオラリオの悪夢終焉の日であり――セルシャ・ストリクスが堕ちた日でもある。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 当時、オラリオは歓喜に満ちていた。暗黒期が終わり、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】が真に()()()となり、何よりも【アストレア・ファミリア】という新たな英雄候補が誕生した。その正義の輝きに、新時代の訪れに、皆が期待していた。

 

 そこまでの道のりに、多くの犠牲があった事を一時であれど忘れてしまう程に。

 

「…………」

 

 セルシャ・ストリクス、15歳。暗黒期にて目にした死体は、優に百を超えている。純朴だった少年の性根を歪めるには、充分な数だ。

 

 しかし、それでも彼は変わらなかった。精神の多大なる負担、それは常人が廃人へと変わるほどのストレスだった筈だ。数多くの惨状を目にし、その結果生まれた憎悪と悲しみを一身に受け、それら全てを己の活力と血肉に変えて戦ってきた。心身が疲弊して然るべきものだ。

 だが、

 

「――足りない」

 

 彼は、それでも飢えていた。

 

 戦場が足りない。悲劇が足りない。怒りが、憤怒が、激怒が――足りない。

 死地へと赴く恐怖を軽く凌駕する、そんな激情こそが進化へと至る最短距離。強くなるために、より多くのものを護るために、彼はただ一人悲劇の中を突き進むことを望んだ。それは、数多くの悲劇を救えなかった自らに対する罰、自戒であり、愚直なまでの憧憬から来る行動だったと言える。

 

 物語に出てくるような英雄達は、こんな悲劇を笑いながら喜劇に変えていた。そんな物語は、現代に生きる人々すらも人知れず救っている。だからこそ、現代に生きる彼等彼女等は、そんな英雄譚に憧れるのだ。

 

 他ならない、セルシャの妹であったベルも、そうだった。

 

――だから成ろうと思った。

 

 自分も、誰かを救える存在になろうと。人の感情に疎い自分でも、物語の英雄のように涙を流す誰かの希望に成れる筈だと、勝手な願望を思い浮かべて戦い続けた。そうして戦い続けて、気づいた時には、彼は独りになっていた。

 

 皆がセルシャを恐れた。闇派閥の構成員を殺し、暗黒期に乗じて犯罪を犯す民間人を殺し、『悪』に媚び諂っていた冒険者を殺した。

 それら全てが、他者の為だった。自分の為ではなく、他者の為に平気で自らの手を汚す彼を、皆怖がった。彼に助けられた者達ですら、彼を恐れ、そして彼を憎んだ。

 

 セルシャがもっと早く来てくれていれば。もっと早く奴等を殺していてくれていたら、自分達はこんな目には遭っていなかった筈だと。そう憎悪した。

 

 ふざけるな。そんな勝手な話があるか、などと。そう言い返す気には、セルシャは成れなかった。

 だって、彼等は被害者だ。何の罪もない彼等に、無秩序に、無差別に『悪』は手を下して回った。その悲劇に苦しむ彼等が如何にその悲鳴を上げていようと、そんな彼等にどれだけ不義理な怒りを向けられようと、セルシャは気にはしなかった。

 

 むしろ、罪悪感すら、抱いていたと言える。

 

 彼等の言う通りだと。もっと早く自分が駆け付けられていたなら、こんなことにはなっていなかったと。本気で、彼はそう自戒していた。

 だからこそ、なのだろう。

 

「……なんで、だよ」

 

 よもや、己がこの手で打倒し、死にかけていた『悪』が、

 

「なんで俺ばっかり、こんな目にっ」

 

 本気で自らの境遇に涙し、

 

「――――」

 

 最後に、愛する者の名を告げて事切れるなど、信じられなかったのだ。

 

 ◇

 

「ハッ、我ながら、阿呆らしく固定観念に縛られていたな」

 

 自嘲するように、セルシャは笑っていた。

 

「思えば、あの頃は何も考えていなかった。皆から憧れられるような存在になれば、辛い孤独から解放されるのでは、と。そんな風に思っていたのだろうな」

 

――或いは、家族に格好つけられるような男になりたかったのかもしれん。

 

 そう呟く彼は、自分の過去が嫌いなのだろうか。答えは、恐らく否である。

 

 過去が嫌いなのではない。過去を悔いているのだ。何も考えず、ただ突っ走るだけだった自分を、悔いている。――酷く甘い苦悩だと、レヴィスには感じた。

 

「弱者が、勝手に道を転げ落ちただけだ。それを助けられなかったからと、他人のお前が悔いるのか」

 

 傲慢だ。強者の驕りだ。

 

 言外にそう問い詰めるレヴィスに、セルシャはまたも微笑する。

 

「そうだな。俺は傲慢で、何より自分勝手だった。それは恐らく、今も変わっていない」

 

「酷い話だ。自分が英雄になりたいが為に、可哀想な奴を探し回ってたって言うんだからな」

 

 掌を見る。血に汚れた、掌を。

 

「とんだ野次馬野郎だよ」

 

 感情に疎かった。共感性が低かった。それを補う為、英雄に成ろうとした。劣等感を拭い去る為に、誰かを救おうとしていたのだ。

 つまりは、自己の為、他者の人生に介入しようとしたという事。偽善を承知の上で、それを自覚せずに英雄を自称していたという事。

 

「……だから、これは自己犠牲なんかじゃない。贖罪だ。少なくとも、俺にとってはな」

 

 否、こんなものは贖罪にすら成り得ない。こんなもので、罪を償える筈もない。

 

 これはエゴだ。これも、偽善だ。

 

「……ふん。悲劇を冷かして回っていた、と。その贖罪の為、奔走している、と」

 

 レヴィスの表情は変わらない。興味がないから、ではなく、吟味しているからだ。

 

 セルシャの過去、その一片。彼が闇に堕ちるには未だ『悪意』が足りない。まだ、何かがある。彼が、レヴィスには隠しているだろう何かが。

 彼の全てを知るには、まだ関係性が希薄過ぎる。尤も、まだ出会って1日も経っていないのだから、当然と言えば当然か。

 

「それなのに、逃げようとしていたのか」

 

 セルシャの拳が、僅かに力む。

 

「ああ。現実から目を背けようとしていた」

 

 真っ直ぐに前を向き続けていた瞳が、揺れる。

 

「成程」

 

 そうして、ほんの少しの沈黙の後、レヴィスは結論を述べた。

 

「貴様、屑だな」

「……ああ」

 

 当然の帰結だった。

 

 家族を裏切り、それまで見向きをしていなかった時代の犠牲者に勝手に同情して、悪の道を歩き始めた。我儘で自分勝手で、何より傲慢な生き方だ。唾棄されて然るべき生き方だった。

 だからこそ、荷が重い。皆から向けられる畏怖も、敬意も――何より、感謝も。それを向けられるような人間でない事は、自分が何より分かっている。だから、そんな現実から逃げたかったのだろう。

 

 それでも、生き方を変える訳にはいかなかった。これ以上、誰かを裏切る気にはなれなかった。

 

 そうだ。結局のところ、これ以上自分の中にある“何か”を捨てたくないから、今の立場にしがみついているだけだ。誰の為でもない、自分の為にこの場に居座ることを選んだ。

 だから守るのだ。セルシャを受け入れてくれた皆を、失いたくないからセルシャは彼等彼女等を守り続ける。彼等彼女等が望むものを、望む世界を、実現して見せる。彼等彼女等を害するものを、ひたすらに駆逐し続ける。

 

 全て、自分の為だ。故に曲げない。

 

「そんな屑に愛想を尽かしたなら、言ってくれ。今回の抗争には、最後まで付き合ってもらうが……その先は、エニュオの下でまた過ごせばいい」

 

 まぁ、元々そういう契約ではあるが。

 

 という言葉を呑み込んで、セルシャは真正面からレヴィスの答えを待っていた。そして、

 

「気に入った」

 

 その、歓喜に満ちた声音を耳にして、呆然と口をぽかんと開ける結果となった。

 

「……は?」

「今後も貴様に従ってやる。せいぜい、上手く私を使ってみせろ」

 

 悠々と帰り道を歩く為、セルシャに背中を向けたレヴィスに対し、もう一度セルシャは気の抜けたような声を漏らした。

 

 

「…………は?」

 

 

 




※あくまで、墜ちた「きっかけ」しかセルシャは話してません。
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