暗黒期の残骸   作:花のお皿

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帰路の遭遇

 レヴィスの予想外な態度に戸惑いつつも、それを表に出す事は無くセルシャは階層を上がる。

 

 足取りは軽い。自身の醜さを見せたのにも関わらず、それを受け入れてくれた存在が傍に居るのだから、当然と言えば当然だ。強いて言えば、その理由が不明瞭である事が不気味ではあるが、そこら辺は深く考えないようにしている。

 考えたところで、納得の行く答えが出せるとは思えないからだ。

 

(別に訊いてみたっていいんだが、それで思ってたのと違う答えだったら怖いし)

 

 彼は臆病者(チキン)だった。

 

 レヴィスの思惑はさておき、先程からセルシャは妙な違和感を覚えている。というよりも、身に覚えのない緊張感が彼の身体に走っている。

 先程から、一度も怪物を見ていない。行きは散々出くわしたというのに、帰りになった途端に視界には一匹たりとも怪物が映らなくなった。ダンジョンにおいては、異常とも言っていい程の違和感だ。

 

 誰かに駆り尽くされたか。だが、もしもそれほどの強者が居たというのなら、セルシャが気づかない筈がない。否、或いは、

 

(今しがた、先の実験の気配を感じ取って急いで駆けつけてきた――とか?)

 

 まさか、と考えたくもなるが、生憎オラリオにはそんな感知能力を持ち合わせる輩が大勢いる。というより、セルシャの妹が驚異的な感知能力を持っていた為、セルシャはオラリオの冒険者の中に自身の妹と同等の感知技術を持ち合わせる強者が居たとしても、何ら驚くことはないだろう。ただの村娘と並ぶ感知能力など、冒険者ならば持っていて当然だからだ。

 そして、

 

「……お前だとは、思わなかったんだが」

 

 恐らくは、ここら一帯の怪物を狩り尽くしたのであろう冒険者が目の前に現れた。

 

 首切り包丁を背負い、筋骨隆々とした巨体の武人。その頭には、全く可愛くもないチャームポイントが二つ、獣人特有の獣耳が生えている。

 見間違える筈もない。彼こそ、最強を冠するオラリオ随一の冒険者、

 

「何の用だ、オッタル。貴様程の強者が、この階層を周回するとも思えんが?」

「……見定めに来た」

 

 オッタルの重みを感じさせる返答に、セルシャがピクリと眉を上げ、反応する。

 

「見定め、だと?」

「新たな英雄の、その真価を。俺は見定めねばならない」

 

 どういう道理だ、それは。

 

 そう問い質したくはあるものの、その質問にオッタルが応えてくれるとは思えなかった。彼は既に闘気を纏っている、無駄な問答に応えてくれる様子ではなさそうだ。

 横目でレヴィスをチラリと見るも、彼女はオッタルの闘気に完全に気圧されているようだった。戦意を失っているわけではないが、明らかに普段の冷静な態度は消えている。冷や汗を流し、必死に逃げ道を模索している。

 

 それが正解だ。オッタルを相手に、まともに戦おうとする方が間違っている。例え、彼と渡り合える力を有していたとしてもだ。

 

 武人として生きる彼は、ただで死ぬような事はしない。例え命を失う事になるとしても、オッタルは必ず相手に一矢報いる。死に物狂いの一撃を、必ず喰らわせてくる。

 冗談ではない、そんな相手と誰が戦いたがる。ましてや、それで弱ければいいが、オッタルは文字通り“最強”の冒険者。死を恐れぬ最強に、何故立ち向かおうなどと考える。

 

 そう、立ち向かおうなどと考えるのは愚か者のやる事だ。

 

 そして、彼は悪の道を選んだその日からずっと、そう呼ばれてきたのだ。

 

「ふっ、随分と上から目線な言い草だ」

 

 一歩、セルシャが前に出た。そんな彼に、レヴィスは目を見開き、オッタルは静かな笑みを浮かべた。

 

「誰が、誰を見定めると言った? 与えられた最強に甘んじる貴様が、新たな時代を切り開かんとするこの俺を、見定めると言ったのか?」

 

 刃を煌めかせ、腰に帯刀していた剣を抜刀し、その剣先をオッタルに向ける。それら全ての動作には、コンマ一秒ほどの時間をかかっていない。目に見えぬ速度で行われていた。

 

「女神の奴隷が、思い上がるのも大概にしろ」

 

 同時に、セルシャの殺気が放出される。触れる者全てを刺し殺すが如く、凶悪な殺気が、彼の周囲に居る者全てを襲い始める。レヴィスが顔を強張らせ、とうとうオッタルは浮かべていた笑みを獰猛な獣の笑みへと変え、その歯をむき出しにして笑った。

 

「貴様がフレイヤ様のご慧眼に叶う存在か、試させてもらおう」

「覚悟しろ。お前はこれから、前時代の遺物と化す」

 

 最強と最恐が、衝突した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 セルシャとレヴィスが『極彩色の怪物』の実験に向かった頃、置いて行かれた闇派閥の面々は次なる敵の動きを話し合っていた。

 

「んで、お次は天下の【フレイヤ・ファミリア】か?」

 

 第一に口を開いたのはディックスだ。その物言いからは、例え相手が【フレイヤ・ファミリア】であっても、十二分に戦えるという自信が見て取れた。

 

「だろうな。もう相手も出し惜しみはしねぇだろう。【フレイヤ・ファミリア】だけじゃなく、【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の残党もオマケして付いてくるだろうさ」

 

 ディックスの問いに答えたのはヴァレッタだ。

 

 彼女の言う通り、オラリオと闇派閥の全面抗争は最早避けられない。そうなった時、闇派閥は本来であればオラリオに現存する全ての【ファミリア】と戦うのが筋である。しかしながら、彼女の予想では今挙げた3つの派閥しか敵には成り得ないというのが、結論だった。

 何故なら、今の闇派閥は“反英雄”が率いる組織だからだ。

 

 良くも悪くも、世論に英雄として認められている男が率いる組織であるという事。それが、各ファミリアの判断を鈍らせている。静観する姿勢を見せているファミリアが8割、残り2割はどちらかに加勢する可能性はあるが、後から加勢を申し出る連中など眼中にない。

 

「加勢を申し出てきた連中は?」

「囮にして、少しでも相手戦力を削ぐ駒になってもらうさ」

「ハッ、旦那が納得するとは思えねぇな」

「心配いらねぇ。セルシャも、“争い”の本質は分かってんだ」

 

 確信に満ちたヴァレッタの声に、ディックスはその先の言葉を促す。

 

「勝たなきゃ意味がねぇ、なんてことはな。だからアイツは、私を参謀にしたんだろうさ」

「……ま、そりゃそうか」

 

 セルシャもまた、生き残るために幾つもの勝利をもぎ取ってきた。その為に、幾多もの敵を殺してきた。であるのなら、例え数人の()()()()が死んだとしても、その悲しみを背負ってさらに前へと進むだろう。

 

 そうだ。そうに決まっている。ただ、

 

「それをさせねえために、今までクソ面倒くせぇ策を凝らしてきたんじゃねえのか?」

 

 珍しくも気遣うように、ディックスはヴァレッタに尋ねる。

 

「俺でも分かる。ヴァレッタ、お前の立てる策が以前のものとは全く違うってことくらいな。死兵は使わねぇし、それどころかできるだけ死人を出さねぇように遠回りなやり方で敵を屠ってやがる。ま、残虐である事に変わりはねぇが」

 

 そこまで変わってたら、流石に別人を疑っていたと、ディックスは言う。それだけ、今のヴァレッタはディックスにとっては別人に見えるのだ。彼女をそう変えたのが誰なのか、そんな事は考えるまでもなく分かる。

 

「それを、今更変えていいのかよ」

「変えるさ。それで勝てんならな」

 

 即答だった。迷いのない、返事だった。

 

「セルシャだって、ずっとそうしてきてんだろ」

「――そういや、そうだったな」

 

 殺したくも無いのに、殺してきた。セルシャがそうしてきたのは、全て勝利を手に入れる為だ。己の大切なものを、守る為だ。

 そうして手を汚してきたセルシャが、今のヴァレッタがやろうとしている事を阻止することは、無いだろう。

 

「アイツが手を汚すなら、私だってそうするさ。アイツ一人に背負わせるなんざ、御免だぜ」

「……別にお前はそこまで背負う気ねぇだろう。ってか、むしろお前の真骨頂じゃねぇのかよ、邪魔者を利用し尽くして葬るなんてのは」

 

 突然悲壮な決意を匂わせるヴァレッタに、ジトッとした眼をディックスは向ける。奇人に向けるような視線を注がれた当人は、バレたかと高笑いをして、

 

「ま、悪人にしかできねぇ勝ち方もあんのさ」

 

 凄惨な笑みには、久しく忘れていたヴァレッタの悪意が滲み出ていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「呼応せよ――【雷光(ジュピター)】」

 

 雷鳴が轟く。

 

 ダンジョン内に反響する轟音。天災のようにすら感じるその雷鳴は、そのまま雷の主の破壊力を示していた。音が鳴るごとに、ダンジョン内に亀裂が増していく。セルシャが剣を振るうごとに、ダンジョンの壁が、床が削られていく。

 しかし、

 

「甘い」

 

 その音速の攻撃は、“最強”に一撃も入っていなかった。

 

 オッタルの恐るべき剣技。その受け流しは、絶対防御とすら称されるオラリオの最大攻防。セルシャの【雷光】でさえ、オッタルは容易く受け流していた。

 

「であれば、受け流せぬ程の剣撃をくれてやろう!」

 

 即座に後退し、セルシャは居合の構えを取った。先程、食人花を切り裂いた、あの構えだ。だが、違う点が一つある。

 

 バチバチと電流音を鳴らして、【雷光】のエネルギーがセルシャの握る剣に注がれていた。収束していく膨大なエネルギーの気配に、様子を窺っていたレヴィスが冷や汗を流す。そして、オッタルは剣を構えたまま、追撃する様子を見せなかった。まるで、先の言葉の通り――何かを見定めるかの如く、セルシャの技の発動を待っていた。

 

「――雷千地斬!!」

 

 技の名は、千の雷が集った地を斬る刃。かつて、【ロキ・ファミリア】の頂点フィン・ディムナを打ち破った蹴技、光龍飛来と同等の威力を誇る、現在のセルシャが出せる最大火力である。

 その刃が、オッタルに向けて放たれ、そして、避ける間もなく命中した。

 

(手ごたえは、ある! 確実に致命傷を与えた!)

 

 その確信が、セルシャの胸中を満たす。相手はフィンではなく、オッタルだ。畏怖があり、敬意があっても、情けは無い。最強を崩した己の進化に打ち震えながら、セルシャは確実な止めを刺すべく追撃する。

 だが、

 

「……やはり、甘い」

 

 その一撃は、またしても悪夢を再現するかの如く受け流された。

 

「何っ!?」

「威力は十分。殺意もある。だが、足りないものが少なくとも一つ」

 

 驚愕に染まるセルシャの表情。その顔を一瞥し、今度はオッタルがセルシャに迫る。

 

 迫真の闘気。気圧されることなく、セルシャもまた呼応するように殺意を放ち、オッタルに立ち向かう。激突する両雄、だが、鍔迫り合いが成立する訳もなく、刹那の攻防の後セルシャがオッタルに吹き飛ばされた。

 地に背中を付け、しかし一瞬で立ち上がりセルシャは迎撃の構えを取る。その首元に、オッタルの首切り包丁がピタリと添えられていた。

 

(――疾い)

 

 反応できぬ速度。剣速は互角だという自負が、セルシャにはあった。あの最強(オッタル)にすら引けを取らないだろうという自負が、確信があった。

 

 無論、それは事実無根という訳でも無かった。剣速は互角、否それどころか、【雷光】状態のセルシャは確実にオッタルの剣速を凌駕していた。

 だが、彼の反応速度は、超えられていなかった。故に、セルシャと比べれば緩慢としか言いようのないオッタルの剣であっても、セルシャの剣に対処できていた。

 

 しかし、だとしても今の雷千地斬に耐えられた説明にはならない。反応速度だけでは、どうしたって対処しようのない規模の剣撃だった筈だ。

 

「お前に足りないもの――それは、敗北だ」

「はい、ぼく」

 

 ゆらりと、首元に添えられたオッタルの剣が揺らぎ、そして、降ろされた。唖然としたまま、セルシャはオッタルを見上げる。

 

「敗北の数が勝利の数を積み上げる。だが、お前はその才能故、敗北の前に勝利を経験してしまう」

 

 オッタルの言葉には、彼自身の実感が込められているように感じた。事実、彼もまた数多くの敗北を経験し、強くなってきたのだろう。その結果として、彼は頂点へと至ったのだ。

 

「フィンは、よく言っていた。セルシャ・ストリクスは『逃走』を知らない、とな。組織の長として、幾多もの暗殺者が送られきようとその全てを返り討ちにし、そして遂には長年の宿敵であった【ロキ・ファミリア】でさえ、一度の敗走もなく勝利した」

 

 人は勝利した時に強くなるのではない。敗北し、己の弱さを悟り、その弱さを克服した末の勝利の先に、新たな強さの獲得が待っている。それが、オッタルの武人として生きた道が示した“強くなる”方法だった。

 その道理に従うなら、セルシャは正に邪道を歩く勝者だった。

 

「甘い勝ち筋を手にしてきたものだ」

 

 嘲るように、オッタルは言う。

 

 セルシャ程の強者など、オッタルにとっては大して珍しいものでもない。彼より強く、気高い者を、オッタルは数多く見てきたのだ。それこそ、彼よりも余程才能に溢れた者でさえ、多く見てきた。

 そんな者達も死んだ。黒龍に挑んだ末に、敗北した。人類はその敗北から学び、また強くならねばならない。

 

「弱者救済を掲げるのは結構だ。だが、黒龍はどうする。人類の悲願を見捨て、貴様の背中を付き従うしか能の無い一部の弱者のみを選定し、救うのか?」

 

 剣を掲げ、オッタルは振り下ろす。反応が遅れつつも、セルシャはそれを受け止めた。

 

「グッ――!?」

 

 だが、重い。

 

 踏ん張る足に響く、途轍もないオッタルの腕力がセルシャの全身を軋ませている。

 

「真に傲慢なのは、貴様なんじゃないのか」

「ど、の口が……っ」

「では、聞こう」

 

「お前は、何かを失った事があるのか?」

 

 セルシャの全身の力が抜け、同時にオッタルの刃がセルシャの右肩から左腹部までを切り裂いた。

 

「ガハッ!」

「自ら手放したものは多くあるだろう。だが、お前自身の意図に関係なく、何かを失った事はあるか」

 

 崩れ落ちるセルシャに構わず、オッタルは問答を続けた。

 

 セルシャは理不尽を嫌った。弱者から何もかもを奪い去る、理不尽の悲劇を。だが、当のセルシャ本人がその悲劇を味わったことはない。全て、その悲劇を傍から眺めていただけだった。

 傍観者として、その悲劇を悲しいと思い、見ていられないと同情したから、己の持っていた全てを投げ捨てて悲劇に苦しむ人々を救おうと思ったのだ。

 

 だが、何処まで行っても、それは傍観者に過ぎない。

 

「悲劇に間に合わない貴様は、自らが悲劇の渦中に居る事を選んだ。だが、それでは救えない。陽の道にある者をこそ、誠なる英雄であり、見捨てられた少数の味方である貴様は、どうしたって英雄にはなれない」

 

 剣を支えに、セルシャはもう一度立ち上がろうとする。だが、即座にオッタルが支えの剣を蹴り飛ばし、同時にセルシャの顔面を蹴り上げる。

 

「貴様の言った通り、英雄とは時代を切り開く者であって、時代に反する者ではない」

 

 “反”英雄のセルシャに対し、現最強のオッタルは告げる。

 

「貴様は英雄ではない。ただの犯罪者だ」

 

 雷鳴は、もう止んでいた。

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