暗黒期の残骸   作:花のお皿

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“犯罪者”上等

 視界が揺らいでいる。焦点が合わず、立ち上がろうとすると途端に眩暈がして、再び膝を地に着けてしまう。

 

(クソがっ! 思いっきり顔面蹴りやがって……!)

 

 脳が揺らされたのが、すぐに理解できた。オッタルの足先は狙ったかのように――実際に、狙っていたのだろうが、セルシャの顎先を鋭利な角度で蹴り抜いていた。顎が割れなかったのが奇跡と思えるほどの威力だった。

 だが、そんな痛みよりも、

 

「――俺が、犯罪者だって?」

 

 聞き捨てのならない台詞が、オッタルの口から洩れた事の方が重大だ。現最強の断言は、言うまでもなく重い。そんな彼が、自身を犯罪者だと断ずるのなら……まぁ、そうなのだろう。

 世間から見て、セルシャ・ストリクスが犯罪者である事など、確固たる事実だ。数多の冒険者を殺害し、見せしめのように奴らの首を晒した事もある。殺してきたのは悪人に限るようにしてきたつもりだが、それでも行ってきた所業は外道に違いない。

 

 故に、外道と呼ばれる覚悟はできていた。犯罪者という言葉すら、生易しいと感じる。

 

「そんな当たり前な事を、今更言いに来たのか?」

 

 鼻で笑って、膝に気合を入れて立ち上がる。ふらつくが、歯を食いしばって胸を張った。堂々と、現最強と向き合う為に。

 

「俺は、最初から自分の事を英雄だと思った事はない。この道を選んだ時から、英雄願望なんてのはとっくに捨てている。反英雄なんてのは、俺の姿を見て誰かが勘違いしただけの、空虚な称号に過ぎない」

 

 英雄に成りたかった。弱者を救う、物語に出てくるような英雄に。

 けれど、初めて殺しを経験した時には、もうそんな願望は諦めていた。弱者救済こそ望み続けていたけれど、英雄に成りたいなんて願望は、いつの間にかセルシャの中からは消えてなくなっていた。汚れた手で、そんな望みに手をかけるのが億劫になっていた。

 

 だが、そんな自分に仲間が出来た。それまでのセルシャの人生を肯定してくれる、家族のような仲間が。

 

「英雄かどうか、見定めに来たとか言っていたか? なら、残念だったな。お前の目の前に居るのは、手に入れたものを手放したくないだけの、つまらない男だ」

 

 漸く買ってもらえた玩具を、大事に抱えている子供と何も変わらない。折角手に入れた、自身の孤独を癒してくれる存在を、セルシャは手放したくないだけだ。だからこそ、彼等彼女等が望むものを形にするために、ここまで来た。

 

「だからこそ、俺はお前らを許さない。俺の大切な宝物を傷つけたお前らには、必ず『粛清』を味わってもらう。心が折れる程の『粛清』をな」

 

 憎悪、ではない。その言葉に滲み出ているのは、形容しようのない程に込められた“怒り”だ。

 

「俺を称えるな。俺を尊ぶな。屑で愚か者な俺だからこそ、手に入れた物がもう二度と手に入らぬものだと知っているのだ。故に怒り、憎み、妬んできた」

 

 願望ではなく、妬み。そう、セルシャは英雄を妬んでいたからこそ、羨望していたからこそ、願望を抱いたのだ。

 断じて、憧憬など抱いたことはない。

 

「神フレイヤに伝えろ。お前の眼は節穴だとな」

「……貴様は、やはり英雄ではない」

 

――無論だ。

 

 堂々と、そう宣言するセルシャに苦笑し、オッタルは再び構えた。

 

「だが、類稀なる強者である。お前の歩む道、この俺が終わらせてやる」

「ほざくな。俺のこの道は、遥か先の未来にまで続いている――!」 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 気づけば、セルシャはレヴィスに横抱きにされ、オッタルの前から消え去っていた。

 

「その傷で戦う者が居るか、馬鹿者――!」

 

 再戦を仕掛けたセルシャを攫い、レヴィスは食人花の口内に避難した。レヴィスとセルシャを口に含んだ食人花は、ダンジョンの床を次々と砕き、階層を降りている。深層に辿り着くのは時間の問題だろう。

 

「もう、ここでいい」

「良い訳があるか! 奴が――」

「オッタルは、こんなところまで追ってくるほどお人好しじゃない」

 

 それはお人好しというのか? などという疑問が浮かぶ前に、セルシャが立ち上がる。傷が痛む筈だが、出血は抑えられていた。どうやら、筋肉で一時的な止血を行ったようだ。

 ポーションを懐から取り出し、飲む。 

 

「……治るのか」

「いや、あくまで一時しのぎだ。本格的な治療を受けなくてはならないな」

 

 血は止まった。もう力づくの止血を続ける必要は無いだろうが、無理に動けばまた傷は開くだろう。

 

「丁度いい機会だ。闇派閥(うち)お抱えの治療師を紹介してやろう」

「治療師だと?」

「ああ。いずれお前も――いや、お前は怪人だったな」

 

 ならば必要ないか、とも思いつつ、それでも教えておいた方が後々役立つだろうと結局紹介はする事にした。

 

「初めましての挨拶でも考えておいてくれ」

「……名乗るだけでいいだろう。所詮、抗争が終われば他人同士の関係だ」

「冗談を言うな」

 

 至極真面目に、セルシャは言う。

 

「俺をこうして助けてくれている時点で、お前は俺の恩人だ。他人などと、つまらぬ関係に戻ることはあり得ない」

 

 例え殺し合う関係になったとしても、セルシャはレヴィスを恩人だと思い続ける。彼にとってのフィンが、憧れの冒険者で在り続けるように。

 

「最早、お前は俺の仲間だ。誰が、何と言おうともな」

 

 そう言い切るセルシャに、呆れたようにレヴィスはため息を吐いた。訝し気に、セルシャが彼女の顔を見る。

 

「……あの猪男の言う通りだ。傲慢だな、貴様は」

「ハッ、そりゃそうだろうよ。傲慢でなくては、こんなにも自分勝手な生き方はしない」

「だが、それでいて繊細な一面も持っている」

 

 弾かれたように、セルシャは目を見開き、驚愕に表情を染めた。

 

 繊細、などという隙を見せた覚えはなかった。少なくとも、彼は虚勢を張り続け、頼もしい背中を見せられていると、そう思いこんでいた。否、そうではなくてはならないと、考え実行していた。

 

「ふっ、あれほど物憂げな表情を幾度もしておいて、一丁前に驚くな、馬鹿者が」

 

 そう言って、レヴィスは笑う。セルシャが何か口を開く前に、食人花が二人を吐き出した。

 

 心情を整理する前に、セルシャは周囲を警戒する。ダンジョンの壁は白濁色。間違いない、深層だ。

 怪物の気配は無い。食人花の異様な気配に警戒したのか、それともレヴィスの特異性を感じ取ったのか。そのどちらかは不明だ。

 

 だが、好都合に違いはない。少しでも傷を癒してから、地上へ戻るとしよう。

 

「レヴィス、深層の地形は把握しているか?」

「舐めるな。これでもダンジョン暮らしは長い。階層さえ把握できれば、地形など頭に思い描ける」

「良し。では、ひとまず安全階層まで進むぞ。冒険者が居れば、迷わず殺す」

 

 深層の安全階層。文字からして本当に安全なのかと言いたくなるが、ギルドが安全という以上は安全である。

 実のところ、セルシャはこの深層に訪れた事はなかった。冒険者であった時代、すなわち【ロキ・ファミリア】であった頃は未だLv2の第三級冒険者であったし、こうして闇派閥となってからは向かい来る暗殺者や冒険者を退けるので忙しなかった。

 

 ダンジョンを訪れる機会を、セルシャは度々逃してしまっていたのだ。というより、冒険者時代を思い出すからと無意識に避けていた節もある。

 故に、知恵どころかダンジョンの知識すらも怪しいが、レヴィスがいるなら大丈夫だろうとセルシャは息を吐き、荒んでいた心を落ち着けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 武人は一人、佇んでいた。

 

 先程まで、相対していた宿敵は恐らく初めての『逃亡』をした。いや、正確には仲間に引っ張られただけなのだろうが、事実上はセルシャ・ストリクス初めての『逃亡』という形になる。

 だが、それを強いたという事実は武人の達成感を満たさない。敵として対峙したからには、どんな形だとしても絶対的な勝敗を決定づけるのが戦いだ。少なくとも、彼にとってはそうだった。

 

 覚悟を背負った者同士が見合ったのだから、尚更そうあるべきだ。宿敵が逃げていった底の見えない穴を覗き込み、武人――オッタルは長考する。

 

「…………」

 

 セルシャの傍に控えていた女。見覚えのない怪物を呼び出した調教師は、恐らく彼女だ。

 不特定の怪物の出現。ギルド、そして敬愛する女神に報告するに十分な情報だ。しかし、そんな事よりも彼が女神に頼まれていたのは、他ならぬセルシャの見定めであり、処理であった。

 

 曰く、英雄として素質が見出せれば生かし、見出せなければ殺せ、と。

 

「セルシャ・ストリクス。若干14歳で【ロキ・ファミリア】に入団。15歳の頃、【ロキ・ファミリア】を抜け、闇派閥に所属。それからおよそ5年に渡り、冒険者及び権力者を間引き、一種の治安維持に貢献。だが、オラリオの戦力低下を危惧し、ギルド側は奴を第一級犯罪者に指定。懸賞金を付け、指名手配犯として奴と敵対する立場を取る」

 

 ここに来る前、女神により手渡された資料に記載されていたセルシャの経緯を、事細かに思い出す。

 

 セルシャ・ストリクスがオラリオへ来た日から、現在までの年月。彼がどこで、何をし、何者になったのか。

 しかし、そんなことは今や周知の事実。ギルドが注視する存在とは、すなわちオラリオが注視する存在。人々の注目を、或いは期待を、彼は一身に浴びている。情報を集めるのは、そう難しくない。

 

 だが、彼がオラリオに来る以前の詳細は、分からない。オッタルはおろか、彼の主神であるフレイヤでさえもそうだろう。

 

 セルシャが度々、彼の実家に向けて手紙を書き、送ろうとしている事は把握している。だが、彼の情報を欲しがる商人や情報屋、或いは裏社会の重鎮の手によってその手紙は幾度も送り先を変え、その末に闇派閥の誰かによって関係者は『粛清』されてきた。結局、彼の手紙の送り先が誰なのかは、未だ把握できていない。

 

「――――」

 

 否。否、である。

 

 一つ。たった一つだけ、【フレイヤ・ファミリア】が掴んだ情報がある。それは、手紙の封筒に分かりやすく書かれていた、送り先の人物名。手紙を横流ししようとした商人から聞き出した、おそらくはセルシャの肉親と思われる人物の、名前だ。

 

「――ベル・クラネル。何者だ、貴様は」

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