暗黒期の残骸 作:花のお皿
迫りくる怪物を、殺し続ける。
眼前に居るのは、骸骨の怪物“スパルトイ”。弾丸の如く飛ばされる骨の槍を躱し、撃ち終わった奴との間合いを一瞬で詰める。剣を抜き、スパルトイの肉体を両断。続いて、スパルトイの死骸の背後から現れたリザードマン――正しくは、リザードマン・エリートが振るう刃を剣を持たないもう片方の手で摘まむように、受け止める。
真剣白刃取り、などと格好をつけるには、少々小賢しい技だが、原理は同じだ。
動揺したリザードマン・エリートは、焦ったように逆の手でセルシャの顔に拳を振り抜こうとし、
「鈍い!」
放たれたセルシャのカウンターによって、リザードマン・エリートの顔面が吹き飛んだ。
「さて、お次はどちらだ?」
「今の奴で最後だ」
セルシャの背中を守っていたレヴィスが、答える。二人の周りには夥しい量の灰が積もっていた。それら全て、二人を襲った怪物の成れの果てであり、死の形である。今しがた倒したスパルトイとリザードマン・エリートも、既に核である魔石を残し、灰へと変わった。
「懐かしい景色だ。ダンジョンとは、そういえば忙しない所だったな」
「ふっ、冒険者としての血が騒ぐか?」
感慨深げに呟くセルシャに、レヴィスが微笑む。だが、レヴィスの問いにはセルシャは首を横に振った。
「戦いに快楽を見出したことはない。まぁ、だからこそ俺は冒険者に向いていなかった訳だが」
夢や願いの為にダンジョンに足を踏み入れる者は多い。だが、多くの者は掲げた夢を打ち砕かれ、目的が金の為、生きる為にすり替わり、いずれは堕落していく。それでも、何かしらのモチベーションは必要だ。金の為というのも立派な動力源かもしれないが、やはりそこに戦いがある以上、冒険者の多くが求めるのは勝利の達成感、暴力の快感だ。
その感覚を強く持つ者が、やがて第一級と呼ばれる強者の域に達していく。
それをセルシャの妹分であったアイズ・ヴァレンシュタインは、暗に“黒い意志”と揶揄していた。
「あの時ばかりは、嫉妬したものだ」
自分にはない才能を持つ妹分を、セルシャは妬んだ。それが戦いにしか役に立たない才能だったとしても、戦いに身を置く生き方を選んだセルシャは、確かにアイズを羨望した。
セルシャには強くなる才能がある。他者の技術を一目見ただけで模倣するのは当たり前、それをさらに昇華させることだってできる。だが、戦いに勝てる技術と、戦いを楽しめる技術は違う。勝利に快感を感じないセルシャでは、いずれ行き詰まる。その生き方に耐え切れなくなる日が、きっと来る。
そんな
だが、セルシャと違い、いつまでも戦いに身を投じられるあの少女には、そんな
戦士として、実に羨ましい才能だ。強くなることを生きる目的にできる事自体が、才能なのだ。狂気に身を染める才能――セルシャが持つ、狂気に見紛うような“覚悟”とは違う、変わらぬ生き方を貫ける強い源だ。
「ほぅ、お前の妹分か。会ってみたいものだ」
「……敵としてなら、いずれお前も会うだろう」
何故か、レヴィスとアイズが出会ったら何か良からぬことが起きるような予感がしたが、気のせいだろうとセルシャは頭を左右に振り、先へと進んだ。
◇
ベート・ローガ。狂気の男、目に見えるは傲慢不遜の驕り、そして強さへの飽くなき探求。彼もまた、生きる道を戦場溢れる戦いの道だと示した男。如何な障害があろうとも、如何な不利益があろうとも、ベートはその生き方を変えないだろう。
生き方を変えないが故に、彼は【狂狼】などという二つ名を付けられた訳だが、その名を恥じたことも無い。唯一、彼が恥じた出来事があるとしたら、ある一人の青年に己が果たすべき願いを背負わせてしまった事だろうか。
「……辛気臭ぇ」
今の【ロキ・ファミリア】は危うい。大黒柱であったフィン、そして下位団員達のまとめ役であったアナキティ。その二人が意識不明の重体となり、ファミリア全体の動揺が傍目にも隠せていない。リヴェリアとガレスも、一見すれば変化ないように見えるが、その表情には焦燥が見て取れた。
……気持ちは分かる。ベートもまた、喪失を知る一人の男。特に、自分が少なからず恋焦がれていた女が死の淵にあると知れば、気が気ではないだろう。
だが、
「そこまでにしとけ。テメェが今更身体痛めつけても、アイツが目を覚ます訳じゃねぇ」
「……ベートさん」
黄金の館。その中庭で、ひたすらに剣を振るっていた逆立った黒髪の青年――ラウル・ノールドに声をかける。
剣の柄を握る手の皮は度重なる素振りによってマメだらけになっていた。所々のマメが潰れ、血が流れている。みれば、彼が立っている部分のみ、中庭の草が赤く染まっていた。
不快な血の匂いに鼻を鳴らし、ベートは一歩ラウルへと歩み寄る。
「それに、テメェじゃセルシャには勝てねぇ」
そうベートが告げた瞬間、グッとラウルが剣を握る手が強くなる。少しだけ、圧迫された血流が地面に零れ落ちた。耐えられないように、ラウルは溢した。
「じゃあ、ベートさんが仇を取ってくれるっていうんですか?」
「……生憎、俺でもアイツにゃ勝てねぇよ。ハッ、普段からテメェ等に雑魚雑魚言ってる身としては、情けねぇ限りだがな」
初めて、ラウルの前でベートは弱みを見せていた。だが、そんな事には気を留めず、ラウルは吠える。現実を認められずに、吼える。
「なら、俺がやるしかないじゃないですか!?」
「…………」
「フィンさんも、アキも居ない! なら俺が、【ロキ・ファミリア】の代表としてセルシャさんを殺すしか、ないじゃないですかっ!!」
「……お前が、【ロキ・ファミリア】の代表? 思い上がったもんだな」
鼻を鳴らし、ラウルの話を嘲笑する。その
今のラウルは、様子が可笑しかった。あくまでも傍目から見ての結論だが、ラウルの状態は正常ではない。目が血走っており、その眼の下には黒い隈がある。寝不足なのだろうが、そもそも寝ようとしているのかさえ怪しい。
……寝られないのだろう。ラウルとアナキティは同期であり、共に暗黒期すら乗り越えた戦友だ。それが死んだとなれば、普通は心身が廃れる。こうして訓練に勤しめるのは、やはり彼もまた冒険者だという事だろう。
そうだ、普通は心身が廃れるのだ。簡単に言えば、病む。そして、生に意味を感じる事は無くなり、来世に想いを馳せるようになるのだ。
そういう者達の集まりが、闇派閥だった。セルシャ曰く、“喪失”に耐えられなかった者達。
目の前のラウルは、果たして耐えられているだろうか。
もしかしたら、乗り越えるかもしれない。冒険者なのだから、共に冒険をし、死線を潜り抜けてきた仲間が死んでいくことなど、日常茶飯事ではないとはいえ、よくある事だ。
だから耐えられる、なんて理論は成り立たないが、それでも気にしないことならできる。
「――じゃあ、誰がやるってんですか!?」
そんな訳がねぇ。
ラウルが、眼前に立つ青年が、それを証明していた。
「リヴェリアさんもガレスさんも、今は状況の収拾で精一杯だ! 今、『
今のラウルに覇気は無い。完全に立ち直るには、些か時間が足りてなさすぎる。だが、それを埋めて余りある“怒り”が、今の彼を動かしている。
(……怒り、か)
思い出すのは、あの日。初めてベートがセルシャと出会った、あの日だった。ポーションを投げ渡してやった時、僅かに目を見開いていたいつかの少年の顔を、ベートは今でも覚えている。
「ちょっと前」
「――?」
「ちょっと前のセルシャが、丁度今のお前みたいなことを口走ってやがった」
ほんの少し、ラウルから視線を外し、曇り空に目を向ける。暗黒期の頃は、毎日こんな天気だったような覚えがあるが、あの日セルシャと出会った時だけは、妙に晴れていたような気がした。
「俺がやるしかねぇ、ってな。止まる訳にはいかねぇと、あん時のアイツは突っ走ってやがった」
「…………ベート、さん?」
「俺は、アイツの生末を見届けなきゃならねぇ。そう決めて、俺は今日まで生きてきたんだ」
生きる理由というよりは、死ぬ理由かもしれない。ベート・ローガは、もし死ぬとするなら、それはセルシャ・ストリクスという男の行く末を見届けてからだと、そう決めていた。
ベートは己の願いを、セルシャに押し付けたのだ。だからこそ、彼の行く末だけは見届ける。それからならば、どんな死に様だろうと、己の人生を終える事に迷いはない。有体に言えば、ベートの人生は最早終わっている、と言っていい。全ては、セルシャが未だ進み続けているからこそ。だからこそ、彼もまた未だに生き続けているという事なのだから。
「ま、
「……
「あん?」
「アキが、前に言ってました」
そう聞いて、ベートは苦笑する。
そうだろう。ああは、なりたくないだろう。あんな損な生き方、誰がしたがるというのか。【ロキ・ファミリア】という盤石の地位を捨ててまで、闇派閥などという先の見えない場所に身を置く必要があるとは、決して言えない。不確定な生き方など、誰だってしたくない。けれど、そういう損な生き方を好んで、というよりも何故か選んでしまうのが、セルシャ・ストリクスなのだ。意識的にできるような、正気でできるような生き方ではない。
故に、推奨はできない。目の前の青年に、アナキティが愚痴を溢したのも無理はないだろう。
「心臓を一刺し、だったか。一刺しで死ぬようなタマじゃねぇと思ったが、あの女は」
「……はい。そうっすね」
腐っても、Lv4の冒険者だ。相手が第一級冒険者だとしても、一撃で葬れるかと問われると、疑問が残る。
首を飛ばされた訳でも無し、心臓に向けて短刀を突き立てられたとして、一撃で骨や筋肉を詰め込まれた人間の肉体が、それもステイタスによって強靭なまでに強化されたLv4の肉体が、貫けるとは思わない。特に心臓部など、アナキティは当然ながら防具で守備していた。
「死因は、心肺停止、だったな」
「けど、直接の死因は
「
いつかの日の、若干14歳の少年の姿を思い浮かべ、笑みを溢す。だが、すぐに表情を引き締めて、ベートはラウルに向き直った。
「で、あの女は治療できなかったのか」
「い、いや。ただ、何とか仮死状態にまでは持っていけた、と」
「仮死状態? 死んだ状態からか?」
流石アミッド、とは言えない。何故なら、それは例えアミッドであろうと、出来過ぎているからだ。
昏睡状態にあったアナキティの様子は、ベートも伺っていた。その獣人の聴覚が、確かに彼女の心臓が停止している事を感知していた。そして、それが呪詛の効果である事も、【ガネーシャ・ファミリア】が連れてきていた治癒師と、何よりあのアミッドが解明した事だ。
だから、知っている。アナキティは死んだ。死んでいた、筈だ。
「……呪詛を取り除くだけで生き返る、か。“死”が、ただの状態異常になってるってことか?」
「そ、そこまでは自分も分かんないっすけど」
「そりゃそうだろうよ」
一般の治癒師でさえ、呪詛の影響、としか判断できない状態を、ラウルが解明できていたとしたら驚きだ。その場で治癒師に転職しろと、ベートは言い放つだろう。アミッドが何か掴んでいる可能性はあるが、それを【ロキ・ファミリア】に伝えない訳もない。もし伝えていないのだとすれば、それ相応の理由があるという事なのだろう。
ベートであれば、一つ闇派閥が使用した呪詛が何なのか、知る方法はあるが……、
「あの女に貸しを作んのはなぁ……」
「あの女? アミッドさんですか?」
「違ぇよ、似ても似つかねぇ」
治す方ではなく、殺す方である。あの殺人鬼に聞けば、闇派閥が使用した呪詛が何なのか、特定できるだろう。無論、【ロキ・ファミリア】の団員が彼女に問いかけたところで、返ってくる答えは“ノー”どころか、文字通りの死だろう。だが、ベートに限れば話は別だ。
セルシャ・ストリクスの友人として、ベートが聞けば、彼女は必ず答えるだろう。それほどに、彼女はセルシャを重視している。
そして、それはベートも同じだ。彼女を介して手に入れた情報を、ベートが【ロキ・ファミリア】に還元する事はない。彼もまた、セルシャの友であり、セルシャに願いを押し付けた者だからだ。
だから、ベートは訊かない。あの女に――ヴァレッタに、闇派閥の内情を聞くような事はしない。そうでなくば、今のベートの立場は成り立たないからだ。少なくとも今は、立場を捨てる時ではないのだ。
「で、お前はまだ続けんのか?
「……はい。何かやってないと、落ち着かないんで」
血に塗れた柄を、ラウルは再び握る。アナキティは死んでいなかった。だが、仮死状態だ。意識不明には変わりなく、このまま目を覚まさない可能性だってある。そうなれば、どっちにしたって死んだようなものだ。
アナキティの仇を取る。その為に、闇派閥と――セルシャ・ストリクスと、戦う。ラウルは既に、そう決意していた。誰に何と言われようが、この決意は変わらない。ラウル自身が、そう自覚していた。
ラウルは、復讐をしようとしている。そして、今の彼を止められる資格があるのは、アナキティだけだ。復讐のきっかけとなった者だけが、復讐者を止めることが出来る。故にこそ、復讐は善悪では語れないのだ。
復讐者は止められない。倫理も道理も関係なく、ただ因果応報を実現させるために、行われるものだからだ。
(そうだろ、セルシャ)
復讐者は、また新たな復讐者を生む。彼等が作り出した因果が、また新たな報復を生み、そしてまた新たな因果を生み出していく。この連鎖は、決して止められないだろう。もしも、止められる者が居るとするなら――きっと、そのような者を、人は英雄と呼ぶのだろう。
「……とっとと構えろ」
「え」
「付き合ってやるよ。言っとくが、手は抜かねぇぜ」
もやもやと、鬱陶しく、胸糞悪いものが、ベートの心に湧きだした。それを振り払うべく、ベートは闘争を求める。思考を必要としない、闘争を。
そうとは気づかず、ラウルは、あのベートが自らを気遣い、訓練相手に名乗り出てくれたのだと感嘆して、嬉しそうに答えた。
「はい! お願いします!!」