暗黒期の残骸   作:花のお皿

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会議は踊る

 空には、既に日が昇り始めていた。

 薄っすらとではあるが、照らされる大地の色は大自然を表していて、壁外の景色がセルシャの心を魅了する。

 

 いや、そうではない。自然がセルシャを魅了する、その表現も決して間違いではないが、それは正確ではないのだ。

 元々、セルシャが壁外を、オラリオの外を、恋焦がれていた。

 

(ベル、君に会いたい)

 

 生き別れの恋人みたいに言っているが、ただ地元に残っているだけの妹である。

 

 生まれ育った村を離れて、既に6年以上経つ。妹に誇れないような有様にはなってしまったが、しかしそれでも兄は兄。家族は家族なのだ。これまで、何度か手紙を出していたこともある。

 しかし、返事は帰ってこなかった。

 

 断じて、セルシャの妹であるベルが薄情だ、という訳ではない。むしろ、彼女は一人、村でずっと兄からの連絡を待ち続けていた。健気に、純粋に、兄が自分の事を忘れている筈がないと信じて、ずっと待っていたのだ。

 そんな妹が、折角届いた兄の手紙に返事を返さない訳がない。当然、セルシャもそう考えた。

 

 そして、遂に原因に気づく。

 そもそも、セルシャの手紙は村で待つベルの下にまで届いていなかった。原因は、セルシャの手紙を預かっていた筈の商人組合の不手際――もとい、サボりであった。

 

 まぁ、仮にも闇派閥の頭領からの手紙を受け取ってくれただけありがたくはあるのだが、そんなことはセルシャには関係ない。今世紀最大級に、セルシャはキレた。

 その報復は商会のみではなく、商会と関わりのある貴族や役人にまで及んだのだ。

 結果、腹に黒い者がある権力者が多数狩られ、この事件を人々は『粛清』と呼び、恐れた。

 

 これは、件の『粛清』の内のほんの一部ではあるが、悪名名高いセルシャ・ストリクスの『粛清』の一部が、まさかの“妹への手紙”が起因としていたとは、誰も思わなかったことだろう。

 無論、セルシャ本人も思っていなかった。

 

(結局、ベートも俺の誘いには乗ってくれなかったし……。まぁ、元とはいえ親友が犯罪行為に手を染めるところなんて、見たくなかったから良いけど)

 

 そう、セルシャは内心で確信していた。

 ベートが闇派閥へ――吠える事ができなかった者達の溜まり場へ来ることなどあり得ない、と。ヴァレッタにベートの勧誘について話した際に、既にそう断言できていた。

 つまり、ヴァレッタへ言った勧誘、というのは建前だったのである。

 

 そう、建前だったのだ。コイツ、あろうことか、あのヴァレッタ・グレーデに向けて建前を抜かしやがったのだ。

 短気で、沸点が低く、正に力を持った小物とも称していいヴァレッタに、建前という名の嘘をついた。これが木端の構成員であったなら、嘘をつくなど恐れ多く、という理由の前に、まず死にたくないからという理由で真実を報告するだろう。

 それが例え、己の失態を表すものだったとしても、ヴァレッタを前に虚言を吐くよりは遥かにマシだと、皆がそう受け入れているからだ。

 

(妹分どころか、親友にも勧誘を蹴られる悪の組織のボス、か。……べ、別に本気で誘うつもりなんて、無かったんだからねっ!)

 

 下手クソなツンデレ芸の後に、セルシャは人工迷宮へと帰還した。

 ちなみにここまで無表情である。銅像かコイツは。

 

 ◇

 

「おはよう、セルシャちゃん。朝帰りとは、不良だねぇ」

「……お前に言われる程ではない」

 

 気落ちして本拠地へと帰ってきたセルシャに、逸早く主神であるタナトスが声をかけた。

 

 とはいっても、時刻は早朝。人工迷宮に滞在している他の構成員は未だ就寝中であり、必然的にセルシャを出迎えることができるのはタナトスだけだった。

 ゆらりと、下界を彷徨う幽霊のような足取りで、セルシャへと近寄る。

 

「それで、成果はどうだった?」

「無し、だ。俺の友に、悪へと堕ちる軟弱者は居なかった」

「そっか。でも、その言い方だと俺の子供達が軟弱者って言われてるみたいだなぁ」

「そうだ。俺の仲間は皆、軟弱者だ――それを救う者が居ないから、俺が今此処にいる」

 

 当然のように告げるセルシャに、タナトスの頬が吊り上がる。

 

 やはり、愚かだ。

 道化とも言ってもいい、その愚かさに。どうしようもなく魅せられる。

 

 英雄とは、総じて愚者である。

 神では思いつかない手を、思考を基に、全てをひっくり返すような結果を生み出す、そんな馬鹿げた存在を、人は英雄と呼び、神は愚者と笑う。

 

――英雄でありたいのならば、道化であれ。

 

 いつの日か、セルシャが呟いていた言葉。

 彼曰く、育ての親からの教えを、自分なりに解釈したものらしいが、言い得て妙だとタナトスも思った。

 

(離れろ死神。気持ち悪い)

 

 うん、これは愚者。

 

「……それで? 俺の居ない間に、大事は無かったか?」

「うん、ノープロブレム。問題ないよ」

 

 ヘラヘラと軽薄に笑うタナトスに嘆息を漏らす。胡乱な目をタナトスへ向けて、セルシャは言う。

 

「お前の無問題は当てにならん。死者は出てないだろうな」

「信用無いなぁ。そんなに神様が嫌いなの?」

「……好きな訳がない」

 

 忌々しそうに、嫌悪感に満ちた眼でセルシャはタナトスを射抜く。

 

 その瞬間に、タナトスに走った怖気は常人であれば卒倒しても可笑しくない、尋常ならざるものだった。

 だが、そこは【超越存在】、笑みを引き攣らせるだけに留まり、至って平静に対応する。

 

「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。良いニュースだってあるんだぜ?」

「――聞こうか」

 

 沸々と燃える憎悪を腹の底に抑え込み、セルシャはタナトスの次の言葉に耳を傾けた。

 

闇派閥(俺達)、ちょっと金欠みたいなんだ。どうだい? 実に刺激的なニュースでしょ?」

 

(それのどこが良いニュースなんだぁ!? あぁん!!)

 

 あのセルシャの表情が、ほんの少し歪んだ。

 偉業だ。

 

 ◇

 

 ここで一つ、余談を加えておこう。

 セルシャ・ストリクスという男を一言で説明するなら――やる時はやる男、という表現が最も適している。

 

 では、やらない時はどうなのか? 

 

(面倒なので早く話し進めてください)

 

 こうなる。

 

 何度も追及し、言及してきたことだが、セルシャ・ストリクスという男は面倒臭がり屋だ。面倒を嫌う体質、性質とはいっても、彼の場合は面倒を受け入れて、その上で弱音を吐くタイプなので、行動ができない、という訳ではないのだ。

 そもそも、面倒が嫌いだと言うけれど、彼はこうして闇派閥に入る以前には【ロキ・ファミリア】にて英雄候補として活動していたのだ。その都市最大派閥に所属しているという都合上、面倒事には、悲しいことに慣れている。

 

 要は、セルシャ・ストリクスは本音と言動が乖離するタイプの人間である、という話だ。

 

 無論、完全に断絶した関係性な訳ではないし、人である以上心と行動には一種の一貫性があって然るべきである。だが、それらを加味した上でも、セルシャの心根と言動は、それこそ不可思議な程に別れている。

 

――これが、下界の未知か。

 

(なんか貶された気がする)

 

 気のせいである。

 

 さて、現在セルシャを含めた闇派閥の面々は、急激に減少した資金を、異常に減少した資金表を見て、各々顔を顰め、眉間にしわを寄せていた。

 会議室にて、開口一番に参謀であるヴァレッタが口を開く。

 

「私らの資金源が押さえられたんだっ!! クソッタレ小人族のお陰でなァッッ!!」

 

 ダンッ、と円卓に拳を叩きつけ、獣のように息を荒げる。

 

 ヴァレッタの言う通り、闇派閥と協力関係、または利害関係を結んでいた各勢力――貴族や【ファミリア】、商会などの裏社会で活動している“疑惑”のある勢力に【ロキ・ファミリア】がギルド名義で押し入り、強制捜査に押し入った。

 

 本来であれば、このような強制捜査は断固として非難されるべきことであり、逆に捜査の結果大した成果を得られなければ、慰謝料や謝罪声明などの“償い”をギルドは強いられることとなるものだ。つまり、相応のリスクがあり、リターンの保証が限りなく高い場合にのみ施行できる手段である。

 過去【イシュタル・ファミリア】によって件の“償い”を実際に経験していたギルドは、このような強制的な、強要的な調査には躊躇が見られていたのだが、【勇者(ブレイバー)】という強力な助っ人を得たことや、【ロキ・ファミリア】からのギルドへの全面協力の申し出を受け、この強制調査を実行した。

 

 付け加えるのなら、フィンの声明の後に現代の“絶対悪”たるセルシャ・ストリクスによる【ロキ・ファミリア】団員への襲撃が起こったことも、この調査が実施される要因となっているだろう。

 

(誰だ! アイズに襲撃しかけた奴は! 許さんぞ!)

 

 この調査の結果、各勢力の闇派閥との繋がりが露見。ギルド長ロイマンの指示により、【ガネーシャ・ファミリア】が出動し、闇派閥を支援していた代表的な勢力のメンバーはほぼ全て逮捕、投獄された。

 

 大幅な資金力の低下。それは、闇派閥の戦力低下にすら繋がる、決定的な一手だ。

 武器や装備の質と量の低下、更には食料の供給すら、このままではままならなくなる。

 

 闇派閥に対して、これ以上無いくらいに絶望的な状況。そこに陥れるに最善な一手だったと、多くの民衆はフィンの迅速且つ大胆な策を絶賛した。

 だが、一方でギルド長であるロイマンからは、焦りすぎだと文句を言われたらしい。

 

 だって、そうだろう? 崖っぷちにまで追い込まれた連中がどんな行動を起こすのか。そんなのは考えたくもなかったことなのだから。

 なりふり構わなくなった闇派閥を相手取らなくてはならなくなった深刻さは、既に経験しているのだから。

 

(暗黒期の再来とか、勘弁やでぇ……)

 

 一番の立役者はコイツである。

 

「ちっとは落ち着けや。まだ全部が全部押さえられた訳じゃあねえんだろうが。少しは旦那を見習え」

「黙れッ! 新入りがいっちょ前に説教するんじゃねえ!!」

 

 殺気立つヴァレッタにディックスが苦言を呈するが、しかし効果は見込めず。

 

 というより、ヴァレッタに対して下手な陳言は火に注ぐ油に等しい。彼女は、反抗期真っ盛りの中学生よりも扱いづらい、極めて面倒な存在なのだから。

 だが、話を進めるためにはヴァレッタを鎮めるのが先決。扱いが難しいとはいえ、ヴァレッタは闇派閥一の知恵者である。多少の苦労をしてでも、彼女には冷静な判断力を取り戻してもらわなくてはならない。

 

 そんな意味を込めて、会議に参加している全員の視線が一人の男に向けられた。

 

(結局俺かい)

 

 お前である。

 

 

 

「――ヴァレッタ、少し落ち着け」

 

 

 

 場違いにも思える穏やかな声音が室内に響く。

 声の主が誰か、だなんて下らない疑問を抱く者は、この場には居ない。

 

 その声から感じられる圧倒的な存在感と、場を支配する究極的なカリスマ性。

 そこに言及する意は最早無く、あるのはただ彼を崇拝する者共の轟轟とした祈祷と信仰のみ。

 神よりも神らしい、と評された反英雄の声は、聴く者の精神に多大な影響を与える。

 

 それこそ、激昂した女を黙らせることくらいは、朝飯前というくらいに。

 

「ッ……わ、悪かった。ちょっと気が動転してたみたいだ」

「ああ、それでいい」

 

 夢から現実へ、一気に引き戻されたかのように狼狽えて、何とかヴァレッタはセルシャに答えを返した。満足げ、かどうかは見分けがつかない無表情のまま、セルシャは頷く。

 その様を、愉快そうに見つめるタナトスやディックスが居たりするのだが、両者が後日ヴァレッタによる制裁という名の八つ当たりを受けるのは余談である。

 

 注目の視線を浴びたまま、悠々とセルシャは円卓に並ぶ各々と目線を交わし、目を閉じる。

 そして、束の間の沈黙の後に、言った。

 

「賭場だ」

 

 一言。

 無駄を嫌うセルシャが、よく行うコミュニケーションの一つだった。

 

 初めの頃、つまりはセルシャが闇派閥に入ってきたばかりの頃、周りの者がセルシャとの会話の際に度々困惑を隠せなくなることもよくあった、とディックスは聞いていた。

 正直、彼からすれば今もセルシャの言う言葉の意味を正確に読み取るのは至難であるし、それを容易に行って見せるヴァレッタやタナトス等には偶に感嘆の意を感じたりもする。まぁ、決して表には出さないが。

 

 しかし、他者を導く、いわば先導者のような立場になったセルシャである。こうして頭領になる前から、会話は下手でもコミュニケーションが下手という訳ではない。

 自身の言葉に対し返答が無ければ、即座に分かりやすいように換言する。これもまた、セルシャがよくするコミュニケーション方法だった。

 まぁ、これが上手な、巧みな他者との交流か、と問われたら、見本として見せるわけにはいかないだろうけれど。

 

 上手でも下手でもない、というよりは少し下手気味なセルシャの会話法。

 だが、今回に限ってはディックスでも理解できる、比較的容易な一言だった。

 

「なぁるほど。テッドの所か。確かに、ここは繁華街の一角ってことで、まだ調査も行き届いてねえ。こりゃ、穴場かもな」

「だが、それも時間の問題だ。今週中――いや、もしかしたら今日中には捜査の手が届く可能性が高い」

 

 ディックスの言葉に、すかさずヴァレッタが付け加える。

 

 テッド。

 それは、現在オラリオの最大賭博場である『エルドラド・リゾート』を運営している経営者の名であり、闇派閥の資金を支える最大の出資者でもある。

 彼が闇派閥へ精力的なまでに協力の姿勢を見せるのは、過去にテッドがセルシャの逆鱗に触れ、噂の『粛清』から逃れる代わりに提示した折衷案のようなもの。つまりは、金はやるから命は見逃してくれ、という三下の捨て台詞が実行された延長線上のものである。

 

 当時、暗黒期直後の闇派閥は主戦力が悉く屠られ、大きく弱体化していた。それこそ、暗黒期時代の栄光が見る影もない程に、である。

 そんな中、財政難を一気に解消するテッド――オーナー名、テリー・セルバンティスからの援助はまさしく晴天の霹靂。突如として舞い降りた希望の綱だった。それを掴まない手はないし、引かない手もない。

 

「旦那ぁ、いつの間にそんな金ヅル手に入れてやがったんだ? 俺にも言っといてくれよ、こっちだって偶にゃ遊びてぇんだぜ?」

「……お前は全財産賭けて負けるタイプに見える。賭博は禁止だ」

「そーだそーだ! テメエみてえな奴が一番あっけなくボロ負けするんだろうが!! 大人しく仕事してろ!」

「お前には言ってねえよ、イカレ女!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ始めた二人を無視し、セルシャはタナトスの方へと顔を向ける。 

 内心で、大きな誤算を携えたまま。

 

(え? 賭場で一山稼ぐって話じゃないの? 賭場に【ロキ・ファミリア】来るの? マジで?)

 

 浅はかであった。

 望んで成った訳ではないけれど、しかし組織のトップとしてこのような的外れな意見を述べて威厳を失うわけにはいかない。いかないのだ。

 

(威厳を失えば、犯罪者揃いのこの組織で何をやられるか分かったものではないからな)

 

 以上、都市最強と名高いLv6の言伝であった。

 

「……神の考えを聞きたい」

「良いよぉ」

 

 極めて軽い調子で会話に応じるタナトスに惑わされつつ、セルシャは続けた。

 

「実際、ギルドが賭博場にまで捜索に入るとして。それまでにどれほどの時間がかかる」

「ん~、そうだねぇ。場合にもよるけど、繁華街ってのは基本的に不可侵領域、ギルドが手を出せない場所だ。だから、本来ならギルド側の捜査なんて一蹴されると思うけど――」

 

 ふと、言葉を止めてから、数秒の間をおいてタナトスは告げる。

 

「今回の場合、ヴァレッタちゃんの言う通り今日中には捜査が入るだろうねぇ」

「……100%か」

「十中八九、絶対に、だね」

 

 念を押すように言うタナトスにセルシャは一つ頷いてから、ディックスに目を向けた。視線に気づいたディックスが何事かと疑問符を浮かべると同時に、口を開く。

 

「“強奪”だ。奪えるものを全て奪う」

「――へぇ」

 

 途端に口元を歪めて、ディックスは眼を爛々とさせた。

 まるで、肉食獣が弱った草食動物を発見した時のように。

 

「良いのかよ。そりゃ“最終手段”なんだろ?」

「ああ。だから今やるんだ」

 

 会話に間はない。それは、セルシャの意思に迷いが無いことを表していた。

 固く、硬い意志に覚悟。それがセルシャの背中に皆が続く理由である。であれば、それが示された今、他の皆もまた迷う理由などない。

 

「いいねぇ! それでこそ“絶対悪”ってもんだぜ、旦那ァ!」

「金ヅルが消えんのは痛いが、仕方ねぇ。やるしかねぇか」

「強硬手段なんて、セルシャちゃんらしくないねぇ~」

「……言っただろ。最終手段だ」

 

 会議は進む。踊りながらも、進んでく。一人の英雄が作る道を、他の戦士達が続いてく。

 それはまるで運命だった。何かの引力に引き寄せられて、悪と正義の形に見える勢力がぶつかり合う舞台が整い始めた。

 

 そんな運命の訪れを、たった一柱の神のみが感じ取り、悦に浸っている。

 これまでも、そしておそらくこれからも、ずっと。

 

 

(うわっ、タナトスが嗤ってる。キモイ)

 

 

 神嫌いの青年からすれば、まぁ地雷であるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? お前はこれで良いのか」

 

 会議は終わり、部屋から幹部陣が去っていく。その背中を見送って、誰も居なくなった室内でセルシャはふと、そう呟いた。

 

 誰に声をかけているのか。

 傍から見たら、というよりも、客観的に見たらセルシャ自身だって、突然独り言のようにそんなことを呟く輩が居れば疑問に思う。

 けれど、声を掛けられてる側は、呟きを向けられた側は、そうは思わない。むしろ、気づかれたことを、()は何処か愉快に感じていた。

 

「会議に参加せず、気配を消したまま天井に張っているとはな。まるで蜘蛛のような奴だ」

「――――」

「いや、蜘蛛というより蝙蝠と評すべきか。罠を仕掛けてただ待ってられる程、お前は気が長くはあるまい」

「――――」

「……いい加減、返事をしたらどうだ――ヴィトー」

 

 名を呼ばれ、漸く彼はセルシャの前に姿を現した。

 天井から降りて、その口端を吊り上げる様は、堕天した天使のようにさえ映る。

 

(まぁ、ここは人工迷宮で、コイツは天使なんて可愛らしい面構えでも無いけどな)

 

 細い目に、闇派閥の象徴とも言える白装束――を、無視した彼の黒服が、この暗い人工迷宮内での彼の存在感を極限にまで薄めている。

 常に、望んでいなくとも周りに自らの存在を知らせてしまうセルシャとは、ある意味で対照的と言えるだろう。

 だが、少なくとも彼からすればその評価は間違いだ。彼にとって、セルシャ程己に近しい存在など居はしないのだから。

 

「やれやれ。こうも簡単に気取られてしまっては【顔無し】の異名も形無しですね」

 

 その声音には、やはり嬉々とした感情が籠っていた。それが何故なのかは、声主である彼にしか分からないことだ。

 故に、セルシャは彼の態度や様子には一切の言及をせず、彼の意思にのみ確認する。

 

「もう一度聞こうか。お前は、これで良かったのか」

「ふむ……良かったのか、とは? 私は見ての通り、闇派閥ではなく、雇われたただの傭兵。そんな私に、貴方方からの指示に抵抗する余地など無いでしょう」

 

 さも当然のことを騙るようにヴィトーはセルシャの問いに対して疑問を呈した。

 質問を質問で返す、という無礼には眼を瞑り、しかしセルシャはいっそのこと鬱陶しそうに眼を細める。

 

「そんな殊勝な性格をしていないだろう、お前は」

 

 そんな風に、本当に辟易とした様子で言った。

 

「不満があるのならサッサと言え。後から裏切られる方が面倒だ」

「ククッ、それを貴方が言いますか。ですが、ご安心ください――ありませんよ、不満など」

 

 その細い目を僅かに開き、ヴィトーの瞳にセルシャが映る。

 反英雄と呼ばれ、神を嫌う、世界の反逆者。

 ヴィトーが英雄と認めた男の姿が、瞳に映った。

 

「カジノ襲撃、甘美な響きです。私も参加させて頂こうじゃありませんか」

「態々申し出てもらわなくとも、端から手伝ってもらうつもりだったよ」

 

 こうして、舞台に役者は揃った。

 悲劇への幕開けは、後数時間後。

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