暗黒期の残骸   作:花のお皿

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カジノ襲撃事件②

 闇夜に目立つ白装束。

 だが、各々が行使する高い隠密技術のお陰か、すれ違う民衆に彼等彼女等が気づかれることは一度もなかった。

 

 賭博場へと集結した闇派閥の面々であったが、【ロキ・ファミリア】に先回りされた事態を飲み込めず、およそ数分の間停滞が続く。続く停滞は焦りを生み、焦りは余裕を喰らい始める。

 故に、皆の間に焦りが生まれる前に、セルシャは気合を入れて言った。宣言した。

 

「俺が突っ込み、【ロキ・ファミリア】を攪乱する。その間にお前達全員でカジノの金庫から全ての金銭を盗み出せ。テッドの事は……まぁ、後回しで良い――では、全員散開」

「お待ち下さい、セルシャ様!」

 

 話は終わりだと、そうして一人カジノへと足を運ぼうと一歩踏み出そうとしたセルシャの背中に、構成員の一人が叫んだ。

 否、一人だけではない。その一人が、波紋となって水面に広がるように、皆が声を上げ始めたのだ。

 

 そして、その内容がセルシャの言葉に賛成するようなものでないことは、言うまでもない事だろう。

 

「突っ込むとは、まさか単身で御座いますか!?」

「危険です! 我々にとって、貴方は英雄であり、生きる指針! 我々にとっての希望なのです!」

「そんな貴方がたった独りで死地に赴くなどっ! 正気の沙汰ではありません!!」

「我々にお任せください! 例え何者が相手であろうとも、任務を完遂して見せます!」

 

 一斉に発せられた言葉に、矢継ぎ早に並びたてられる言葉に、セルシャは反応できなかった。

 というより、反応しようとしなかった。

 当然だ。セルシャは聖徳太子ではないし、複数人から同時に声を掛けられて言葉の内容を正確に識別できるほど、器用な性格でもない。むしろ不器用ですらある。

 

 つまり、彼は最初から、こうして周りの人間に反対される事をも考慮した上で無謀とも言える、自暴自棄とも取れる強硬策を提示したのだ。

 

 そして、それは無論彼に付き従う闇派閥のメンバーも理解している。

 彼の言葉に間違いはなく、彼の言葉はいつだって彼等彼女等への『愛』に溢れている。

 いつの日だったか。彼が闇派閥の頭領となる際に放った誓いを、約束を、彼は愚直に守り、貫き通そうとしている。この5年間、ずっとだ。

 

 ずっとブレずに、揺らがずに、ただひたすらに彼等彼女等の前にセルシャは佇んでいた。

 道に迷う彼等を助けるように、導くように。それは、まさしく先導者の如き姿であり、彼等にとっての光だった。

 暗闇の奥底に転がり落ちた彼等を、セルシャは確かに照らしたのだ。

 

 一度手に入れた光を手放すことなどできない。特に、一度喪失を経験した者であれば、それは猶更だ。

 何かを失ってしまう苦しみは、痛みは、既に充分に理解している。喪失が如何に人の心を蝕んでしまうのか、それがどれほど人の心を地に落としてしまうのか、既に知っている。

 

 知識ではなく、経験として知っているからこそ、彼等彼女等はセルシャが傷つく事を容認できない。

 自分達の英雄になる、とそう豪語した彼を失いたくないのだ。それが例え、彼の覚悟を踏みつけにするものだったとしても。

 

 だが、当人がそれを許諾するとは限らない。

 

「静まれ」

 

 セルシャにとって声は力。万物を統べる最も有力な術である。

 こうしてただ一言、ただ一言を漏らすだけで騒がしかった部下達が静まるのだから、それは決して過言ではない。

 まぁ、彼にその自覚が無いのは、言うまでもないだろうが。

 

(……やっぱりコイツ等良い奴等だよな。ポンコツ社長の俺の言う事をある程度は聞いてくれるし、良い奴等なんだよ。まぁ、あそこまで否定されるとちょっと傷つくんだけども)

 

 彼にとって、闇派閥の精鋭でもある彼等彼女等は割とダメダメな己を慕ってくれる可愛い部下達である。以前、面倒ではあったが態々セルシャの所まで訪れて、訓練をせがまれた事もあった。

 人に何かを教えるというのは初めての経験だったし、そもそも精神的に不安定な状態に常時身を置いているような彼等彼女等に、果たしてどのくらいの厳しさで指導すれば良いものか。と、色々と悩んでいた事を思い出す。

 

 だが、彼等彼女等はセルシャの予想を超えた。期待を上回った。

 弱者であった彼等は鍛錬を積み、セルシャの背を追いかけて、いつしか彼の一番近くで、精鋭部隊として彼の直接の指示で戦闘に参加できるようになった。

 弱者であった彼女等は知識を蓄え、修練を重ね、セルシャの後ろで彼を支える役目を十二分に果たせるようになった。

 

 練度は上がり、器は昇華し。遂に闇派閥は“質”の面で暗黒期時代の自分達を超えたのだ。その事実が、どうしようもなく誇らしかった。

 思えば、その頃からだったろう。セルシャが本格的に、闇派閥の面々と関わるようになったのは。 

 

 セルシャにとって、闇派閥の構成員である彼等は、彼女等は、正直な所理解できない範疇に居る人種だと思っていた。

 けれど、違ったのだ。理解できないどころか、最も理解して然るべき存在だった。

 

 一度、あの金色の少女を救うと決めたセルシャであれば、彼等彼女等を理解できて当然だったのだ。

 そんな当たり前のことに、その瞬間まで気づけなかった。

 

――だから、覚悟を決めた。

 

 全ては、気づいてやれなかった償いの為に。

 5年前のあの日。間違った正義の側についてしまった贖罪が故に。

 

「俺達には時間が無い。であれば、最短で任務が達成できる道を選ぶべきだ」

 

 振り返って、セルシャは皆の顔を見た。

 セルシャの顔色を伺い、不安気に震える者。

 最悪の未来を想像して、顔を青く染める者。

 感情の行き場所が見当たらずに、それが涙となって溢れ出る者。

 

 そんな混沌とも言えるマイナス感情の蠢く皆の瞳と目を合わせ、その動かない表情筋を全力で捻じ曲げた。

 僅か、本当に僅かで、よく見なければ気づけないくらいの些細な変化が、彼の顔面に訪れる。その変化は、毎日セルシャの顔を拝んでいる彼等彼女等にしか気づけないだろうけれど、 

 

「何、心配するな。お前達の『愛』が正しいと世界に証明してやるまでは、死ぬつもりなど毛頭ない」

 

 その表情は、確かに笑顔と呼べるものだった。

 

 ◇

 

 突然だった。

 先程から続いていた親指の震えが、突如として大きくなった。それも、痛みを伴う程に大きく。

 

 危険信号を発する役割を持つフィンの親指が、ズキズキと疼いている。

 

「ッ!!」

 

 咄嗟に、右手を左手で覆い隠すように抑えた。

 痛みを発信するようになった右手の親指。だがそれだけでなく、少しずつ、徐々に徐々にだが振動も大きく、多くなってきている。

 

「フィン、どうしたっ!」

 

 只ならぬフィンの様子に、リヴェリアが声を上げて駆け寄った。近くに居たガレスもまた、フィンが右手を抑えているのを見た瞬間に周辺への警戒を最大限まで一気に高めた。

 

 自らの派閥の三首領の雰囲気が一変したことで、その場に居る【ロキ・ファミリア】全員の緊張感が上昇していく。心身が張り詰め、空気が重苦しいものに変わっていく。

 それは、無論団長であるフィンがいつもの冷静沈着な態度を急変させて、苦痛に歪む表情をしているから――というのもあるが、実際はそれだけではない。

 

 【ロキ・ファミリア】の団員である彼等彼女等は未だ自覚できていないが、本能では気づいてしまっているからだ。

 自分達に、途方もない危険が迫ってきていることに。

 

 そして、

 

 

「――来る」

 

 

 フィンが、そうした呟きを放った瞬間に、カジノの出入り口である両扉が開いた。

 

 

「……久しいな、皆。息災で何よりだ」

 

 

 ゆっくりと、悠然と、賭博場へとやってきた一人の客人は【ロキ・ファミリア】へと足を運ばせる。歩み寄る。一歩、一歩を踏みしめるように、確実に距離を詰めていく。

 その度に、客人に近寄られる程に、何故か【ロキ・ファミリア】の団員は身に降りかかる圧迫感が増していくように感じていた。まるで、強大な肉食獣が獲物へと静かに近寄ってきているかのような、そんな幻覚さえ覚えた。

 

「そこまでだ。これ以上、何か動きを見せるようなら即座に攻撃を開始する」

 

 だが、フィンの一言によりその歩みが止まる。

 ピタリ、とまた一歩を踏み出そうとして、宙に浮かばせたその足を止め、客人は両足を揃える形でゆっくりと地に着地させた。

 

「攻撃、か。穏やかじゃないな」

「君もそう平穏な理由で、こうして僕達に会いに来た訳じゃないだろう? お互い様、という事で許してほしいね」

「許すも何もない。俺は、もう既に許されない事をした。むしろ、お前達の方こそ俺を許す側だろう――まぁ、許さない側でもあるが」

 

 両者、静止したまま口だけを動かして会話を続けている。

 瞳と瞳を合わせ、その英雄然とした姿を互いに視界に収めたまま、言葉のみで意思疎通を図っていた。

 

 片方は大勢の味方を連れて、しかしもう片方はたった独りでやってきた。

 視界に映る両者の差異は、それだけだった。

 

「……当然だが、俺の知らない団員も居るな」

「ああ。君が【ファミリア】を抜けて、もう5年になる。環境も変わるさ」

「そうだな。そうしてお前達のファミリアに所属し――増長した奴が、以前他派閥の弱小ファミリアの連中を明らかに見下していた。見下し、乏しめていた」

 

 淡々と、被告人の罪を羅列していく裁判官のように、客人は語る。

 【ロキ・ファミリア】の怠慢、そしてそれが生む弊害を。

 

「実際に目にした事もあるし、耳にしたものも多い。……少し見ない間に、随分と腑抜けたようだな」

「……痛い所を突いてくれるね」

 

 フィンの反応は顕著だった。

 彼自身、ファミリアの団長として現状の【ロキ・ファミリア】が停滞している自覚はあった。その停滞の理由が幹部陣の慢心や油断にあることも、重々承知している。

 そして、停滞と幹部との実力差が、下位の団員達の向上心を奪ってしまっていることも。

 

 組織の上が腐敗すれば、当然下も腐敗する。

 現状を変えようと動き出す者を、異端の存在だとして爪弾きにすることもあるだろう。そしてその腐敗は、いずれ組織の外にまで及んでしまう。

 フィンは、結局この状況を変えることのできないまま、ここまでやってきてしまったのだ。

 

 否、そもそも変化を望んでいたかも怪しい。

 

 既に名誉は手に入った。

 一族の希望には、きっと成れるだろう。小人族の再興までの道のりは、もう見えた気がした。

 変わる必要などない。このまま前進していけば、フィンの悲願は叶えられる。その予感が、彼には間違いのない事実としてあった。

 

 だから、だろうか。

 

「俺が変えてやる。お前達も、この世界もな」

 

 都市の最大派閥、その大軍の眼前にたった独りで立つ。そんな愚者に憧憬を見てしまうのは。

 

「お前の苦悩など知らん。俺が知るのは、ただ虐げられた弱者の悲鳴と泣き声だけだ」

 

 力を持った者は、慢心を覚える。それは、生物として逃れられぬ宿命だ。

 では、それを抑えるためにはどうすれば良いのか。簡単だ。

 

 『理性』

 

 それこそが、生物の衝動と本能を抑制し得る、唯一の希望であり手段。

 そして、現在それを持ち合わせている生物は、世界にたった一種しか存在しない。

 

「人種でありながら、同じ人種を虐げる腐ったお前達に、俺が鉄槌を下してやる」

「……他の皆はどうした? 何故戻ってこない」

 

 客人の威風に圧倒される事無く――否、圧倒されていることを仮面で覆い隠して、フィンはラウルに目を向ける。

 狼狽えながらも、気圧されながらも、ラウルはたどたどしくフィンからの質問に答えた。

 

「あ、アイズさんもベートさんも、他の場所に調査に行くと言ったっきり戻ってきませんっ! ティオナさんとティオネさんも、一緒にトイレに行って、その後は……!」

 

 青い顔で、ラウルは必死に報告を述べていた。その報告を聞き届けた後、フィンは静かに客人へと視線を滑らせる。

 そして、目を向けられた客人は、炎を灯した眼光で以てその視線を睨み返す。

 

「……どうやら、君の同僚達の仕業のようだね。中々どうして、君も頼もしい友人を持ったものだ」

「――――」

 

 客人である男は何も答えなかった。

 答える必要などないと、無言の内にそう伝えられたフィンが、背中に備えてあった槍を引き抜き、その切っ先を男に向ける。

 男は依然、微動だにしないまま、視線だけをフィンに向けている。

 

「元々、君とは決着をつけるつもりだった。元、君の団長として、僕が責任を取る」

「……責任、か」

 

 不思議そうに、不可思議そうに、男は言った。

 

「何の責任を取るというのだ、フィン。俺はもう、お前の【ファミリア】ではないというのに」

「――そうか。その言葉を、君はアイズにも言ったんだろうね」

 

 フィンの脳裏に、数日前のアイズの姿が過っていた。

 顔を俯かせ、苦悩の淵に立っているのが、傍から見ても分かるほどに、彼女は何かに迷っていたのだ。

 

 ファミリアの団長として、迷っている団員の悩みを聞くのは当然だ。それが未だ年若い十代の、それも幼い頃から見守ってきた少女だとすれば猶の事。

 そんな風に、いつもの笑みを携えてアイズが話しやすいように流れを整えて、フィンは聞いた。『何かあったのかい?』と、相談に乗る姿勢を見せた。

 

 とは言うものの、フィンとて少し前にアイズが負傷して【ディアンケヒト・ファミリア】の世話になっていたのは知っている。その原因が、他ならないフィンの悩みの種である()である事も。

 だが、その報告はリヴェリアによるものだ。確かに妖精(エルフ)である彼女は長い時を生きる妖精特有の視点で、大局を見極める視点で物事を把握する事ができる。しかし、それでも彼女の主観であることは間違いない。少なからず、彼女なりの解釈が報告の内に入ってしまっている。

 今、ここでフィンがアイズに理解を示さないのは、アイズ本人の視点から見た此度の事件の話を聞くためだ。そうでなければ、真にアイズの迷いを払う事は出来ない。

 

 それに、ファミリアの中で最も()との仲が良かったアイズからの話を聞いてみたかったのも、また確かだった。

 だが、

 

『フィンには、話せない……ごめんなさい』

 

 そうして、話は断られた。

 フィンに話せないのなら、リヴェリアならば聞き出せるかと思い彼女にも聞いてもらうよう頼んだが、どうやらリヴェリアにも取り付く島が無かったらしい。とは言っても、彼女にはどこか思い当たる節がありそうだったけれど、しかし確証がないのか、フィンには話そうとはしなかった。

 では、ロキは? そう思ったのだが、ロキは既に予想がついていたようで、眉間に皺を寄せたまま暫く熟考した後、

 

『本当は、自分も気づいてんねやろ? なら、逃げるのはあかん』

 

 その細い目を僅かに開いて、ロキはそう言って話を終わらせた。

 結局、フィンは今回の件について、概要以外を何も知らされなかった。

 

 だが、

 

「今なら分かる。アイズは、また――いや、今もまだ、君に救いを求めてる」

 

 唯一の存在だったのだ。アイズにとって、フィンの目の前に立つこの男は、唯一彼女に英雄となることを誓った男だった。

 常に独りでダンジョンに潜っていた彼女の隣に、この男が並ぶようになった。たった独り、暗闇の中で憎悪に燃える少女の隣で、男は絶えず光で在り続けた。

 そんな彼に、アイズは一体どれほど救われていたのだろうか。

 

「君を、アイズの下に連れて帰る」

「ほざくな。俺は今でも彼奴の英雄に成るつもりでいる。お前の世話になる必要などない」

 

 そこで漸く、客人の男は――セルシャ・ストリクスは、腰から剣を抜いた。

 

 

「戯言は終わりだ。今此処で、俺は俺の過去を乗り越える!」

 

 

 開戦の狼煙は、もう上がっている。

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