不可能理論   作:雑食プリン

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探求の始まり

 思えばいつの時代からだろう、人の築き上げた理論に目に見える力が宿ったのは。

 摩擦があれば火が起こるという理論があればその場に火が出現するように。人は理論という魔法を手にした。

「ねぇ叶翔(かなと)、君はどんな理論を創り上げたい?」

 真っ白な病室。

「俺は……分からないですね、強いて言うなら先生の理論を受け継ぎたいです」

 先生と一緒に、窓から真っ青な海を見ている。

「ハハ、受け継ぐって、君が?」

「やっぱり、才無しの田舎小僧には大き過ぎますかね?」

「いや、私の弟子は君しか居ないから良いんだが……本当に、この目茶苦茶な理論を受け継いでくれるのかな?」

「もちろん、先生の理論が間違っている訳ありません。俺は先生の理論を信じてますから」

「そうか……なら、このメモ帳を受け取ってくれるかな、我が愛弟子よ」

 かなり使い込まれたメモ帳を受け取る。

「先生、これは一体……?」

「まぁ、これは私からの宿題だよ」

「やっぱり、そういう展開ですか……」

「任せたよ、叶翔」

 そう言って、二日後に先生は死んでしまった、最期まで変わらない笑顔だった。理論を求める探求者にしては、明るい死に方だったと思う。ただ、享年が29歳というのは若すぎる。

 

「先生、あなたは本当に完璧だ……」

 遺されたメモ帳を読みながら、俺はこの宿題の美しさに探求者として感動し、この宿題の存在意義に人間として感動した。

 よく出来ていて、それでいて馬鹿らしい……こんな当たり前を理論にしようとするのは天才くらいだ。

「これは、解けそうに無いなぁ……」

 諦めるつもりは毛頭ないが、それはそれとして弱音は吐いてしまう。

 

 そして五年後、俺はなんとか教師として『国立煉理(れんり)学園』に所属出来た。

 自分の理論はおろか、先生の宿題すら成し遂げていないまま……。 

 煉理学園の教師になるための資格に『独自理論の成立あるいは未証明の理論の証明』は明記されてはいないが、学会の歴史の中で人類の発展速度を二倍にしたと言われるほどの稀代の天才、叡理(えいり)先生の唯一の弟子だったことへのプライドとして、その程度の功績は引っ提げておきたかったのだ……。

「叶翔先生、そろそろですね。入学式」

 となりにいた山本先生が穏やかな表情でそう話しかけてくる。

「ええ、そうですね。自分が学生の時とは違う緊張があります……」

「僕も毎年この式は緊張します」

 普段は黒縁の眼鏡だが、今日だけはコンタクトのようだ。

 先輩の山本先生と共に手取り足取り色々と教えて貰ったが、結局のところ教師としての経験のほとんどは生徒との触れ合いで培われる。

 そして、そんな時間があと数分で迫る。

 一年生達が席に座る。校長がステージに上がる。

「生徒の皆さんまずはご入学、おめでとうございます。我が校、煉理学園は毎年優秀な卒業生を輩出しており、私自身としてはそろそろ新理論も確立してしまうのではないかと、淡い期待を抱いております。えー、我が校には――」

(どれほど優秀な学校でも、校長の話が長いのはお決まりパターンか……)

 校長の自慢話や生徒への案内等が終わり、俺は1年B組の担任となった。

「では、B組の生徒の皆さんは僕についてきてください」

 ……正直内心は動揺している、いくら優秀な生徒が集まっているとはいえ、いくら事前に名前を把握していたとはいえ、ほとんどの生徒が理論を探求していれば耳にするだろう名家の出身者だ。

(これほど期待できる人材があるなら校長の言っていた新理論の確立も夢見てしまいそうだ……)

「あのー、先生?教室通り過ぎてますよ」

「あ、え!やべ……ごめんごめん!ちょっと緊張しちゃって」

「もうせんせー、しっかりしてよー」

「う、うん!ごめんね~……」

 やらかしてしまったが、どうせいつか俺がつまらない凡人でボケ教師なのはバレていただろうし、むしろ早い段階でバレて良かったとも言える……迷惑をかけてすまんな、我が生徒たちよ。

 若干早足で本来の教室へと戻る。

「えっと、とりあえず皆さん席についてください、場所は最初にここに来たときと同じでお願いします」

 ぞろぞろと座っていく生徒達、もしもこの学校の治安が悪かったら、俺の指示なんて聞いてくれないだろう。

 今日の予定が書かれた用紙を一読する。

「まずは、俺の自己紹介から……したいと思います」

 こんなにもきちんとした自己紹介なんて初めてなものだから、全身が心臓になったような緊張に襲われる。

「まず、名前は柿葉 叶翔(かきば かなと)と言います。担当教科は『理論探求』今日からこのクラスの担任になります。実は今年教師になったばかりなので、分かりづらい教え方とかしちゃうかもしれないんで、ぜひ一緒に学んでいけたらなと思います……あと今さっきみたいなミスはもうしないように気をつけます……」

「先生、質問です!今年教師になったばかりということは、歳は?」

 早速明るそうな男子生徒天野 太星(あまの たいせい)からの質問だ、こういう生徒がいてくれるとクラスをうまく纏めてくれそうで頼もしい。

「歳は二十四です」

「二十四?」

「一応、教師に付く前は別の仕事と理論の探求をしていたんで」

「あぁ、そういうことですか!それなら納得です」

「他に質問がある人はいますか?」

 

 約三分の質問タイムを終えた。

 ちょうど次の予定に移る時間だ。

「では、次はこの学校の施設や教室を案内しますから、付いて来てください」

 また、生徒達と学校を移動する。

 体育館、理科室、実験室、討論室、コンピュータールーム等々一通り案内して教室に戻った。

 生徒達は特に、実験室に関心がありそうだ。

「とりあえず、今日の予定は一通り終わったので、放課です。皆さん明日から、頑張りましょう!」

 

 生徒達は今日一日は学校ですべきことは無いので帰っていくが、教師の俺にはまだ仕事が残っている。

「早速明日に向けて授業準備と、生徒の顔を覚えるのと、全く進んでない教材研究と……コレの続きだな」

 胸ポケットに常に入っている古いメモ帳を取り出す。

 中身は五年前とほぼ同じで、変化といえば消し跡が増えたくらいだ。

 どれだけ数式や既存の定理を用いてもこの理論の証明には絶対に近付けないのだ。

 だが諦めるわけにはいかない。正直不可能に近いがこの理論を証明させることさえできれば、叡理先生の弟子として俺は胸を張って生きられるし、報われると思うのだ。

 未だに証明方法も成立する条件も思いつかないが、先生の遺志を継ぐなら達成出来なければ俺は弟子失格なのだから。

 これからの教師生活で何かアイデアが思いつくと良いが――。

 

 ――なにも思いつけなかった。仕事を一通り終わらせて、自宅にて現在午前一時に差し掛かろうとしている。

 このままでは恐らく仕事に支障が出る……というか、今回の疲労度を考慮するに、今までとは比べ物にならないほど時間が取れなくなる可能性がある。

 いくら環境が揃っているとはいえ、激務の教師に転職したのは間違いだったかもしれない……。

 ――とはいえ前職のままというのも、探求者としての道を外れてしまうだろう。それなら理論について触れる機会の多い教師の方が良いかもしれない。

 …………とりあえず寝よう、色々と考え始めても寝不足が加速するだけだ。

 

 睡魔に身を委ね、睡眠欲を満たす。ここのところ夢なんて見ていなかったが、今夜は久しぶりに夢を見た。

 見たことのない、というか姿があやふやな男二人が目の前で相対している。周りには瓦礫と炎。

「通るわけがないだろう、そのような屁理屈が」

 俺から見て左側の男が言う。

「理論とは、証明されるまでは間違いなのだろうか」

 今度は、右側の男がそう言った。ような気がする。

 所詮夢なので現実感のあるだけの幻なのだが、やけにその押し問答にはいくつかの真理が込められているような気がした。

 唐突に激しい光と、円形に式が展開される。恐らく夢の中での時間というか、シーンがいくつか飛ばされたのだろう。

 右側の男が、重そうな何かを取り出す。見慣れた物のような気はするのだが、よくわからない。

 

 ――そこで夢が終わった、よくわからない状況だったが夢などそのようなものだ。

 ベットから半身を起こす、ぐったりとした気怠い目覚めだ。こんな目覚めなら昨日もっと早く寝ておくべきだった……今日は昨日よりも早く寝る事を誓う。

 何度目かも分からない早寝の誓い、だいたいこの誓いは破られる。

 部屋の扉を開き、二階から一階に移動。そして台所の冷蔵庫からは卵を取り出し、炊飯器からは昨日の晩飯の残りの白米を茶碗に盛る。そろそろ無くなりそうなインスタントの味噌汁もついでに消費する。

 朝食はインスタントの味噌汁と卵かけご飯で済ませる。毎日朝食はこの二品だけで済ましているが飽きが来ず、栄養素的にも完璧なのでありがたい。

 携帯端末で朝のニュースを確認する。特に何か知りたい事があったりする訳では無いが、ここのところ物騒な世界情勢が続いており、いつ争いが起こるか分からない。

 理論という魔法は人を狂わせたのだ。

「不吉なニュースは…………特に無いな」

 たとえ社会の裏側に不吉な情報があっても、表側に出るほど大きくなっていないのなら今はそれでいい。

 朝食を終わらせて、歯磨きは軽く、洗い物は食洗機に任せてこちらは仕事服へと着替える。

 シャツを着て、ネクタイを通して、スーツを羽織る。

 日常の所作を済ませてバイクを使い、出勤する。

 煉理学園は都市部から離れているので、遠くはあるが景色の移ろいにはほんの少しの風情が感じられる。

 

 自宅から車で約十五分のところ、前職からずっと使っている俺のバイクなら約十分(じゅっぷん)で着く。

 職員室に向かって廊下を歩いていく。

「さっそくお早い出勤ですね、叶翔先生」

 後ろからカフェオレを持った山本先生が歩いてきた。

「山本先生こそ、朝礼まであと三時間もあるじゃないですか」

「いやぁ、教師になってから抜けないクセでして、まぁそれで困ったことが無いからむしろありがたいんですがね」

 そう言いながら、山本先生はカフェオレを飲みながら微笑む。季節が春とはいえ、まだ朝は寒い日が多いので、そのカフェオレからは暖かな湯気が昇っている。

「なら俺も、続けないとですね」

 冗談交じりにそう返答する。

「ハハ、それじゃあ僕は陰ながら応援しときますよ」

 山本先生は優しい返答と共にポケットから缶のコーンスープを渡してきた。

「え、良いんですか?」

「叶翔先生、いつも朝コーンスープを学園の自販機で買ってますよね、だから応援としてはこういったものが最適かなと思いまして」

「ありがとうございます、気を遣わせちゃいましたかね?」

「いえいえ、別にそんなことは無いですよ。たった130円くらい大した奢りじゃありません」

 山本先生はいつも優しいし、周りの先輩達に比べると心の余裕のあり方が違う。個人的には理想の先輩だ。

「僕は授業の準備で取りに行く教材があるので」

 それでは、と言って山本先生は資料室へ行った。

「あったけぇ……」

 さっそく貰ったコーンスープの温度に癒やされる。優しい朝のスタートだ。

 

 職員室に入って自分のデスクに座る。

 一通り授業に使う書類を点検し、一日の予定を確認する。

 今日は三回授業があるようだ。

 一通り事務確認が終われば後は探求の時間に費やす。そうすれば時間は早く過ぎ去る。

 

 ――やはりなにも進展はないまま、朝礼の時間となった。

 教室に向かう。まだ一年生になったばかりの生徒達の教室からはどこのクラスからも緊張の空気が感じられる。

「はい、皆さんおはようございます」

 教室に入って、挨拶をする。生徒のほとんどは既に席についており、各々読書などの座った状態で出来る娯楽に時間を費やしていたようだ。

「皆さんまだ入学したてで緊張があるとは思いますが、今日から本格的に学校生活が始まりますからね。よろしくお願いします」

 事前に考えていた定型文を言い終えてから、一日の事務連絡等の担任としての朝の仕事をひとまず終える。

 早速一時限目から理論探求の授業があるので、職員室で授業準備を済ましておく。

 まずは理論の基礎や定義についての授業が一番良いだろう。

「あ、先生!」

 職員室から出て教室に行く道中、俺が担任している女子生徒の、夏咲 香織(かさき かおり)に話しかけられた。

「どうしたんだい?夏咲さん」

「えっと、理論探求って数学みたいな感じなんですかね?私中学では全然理系の科目が苦手で……」

 どうやら高校から新しく入った科目である理論探求について不安があるようだ。

「まぁ確かに、数学が得意な方が理解しやすいかもしれないけど、基本的に理論と言ってもなにも計算するだけじゃないからそこまで気負わなくても大丈夫だよ。詳しくは今日の授業で教えるね」

「は、はい……質問に答えてくれてありがとうございました」

 どうやら不安は拭いきれていないようだ。

「夏咲さん、ちょっと授業のネタバレになっちゃうんだけどね、実は理論というのは使うだけならほぼ計算なんていらなくて、数学というよりも法律……なんていうかその理論を使うための条件を満たせば使えるものなんだよ」

「なら、使うだけなら計算なんていらないってことですか?」

「基本的にはね」

「なら、ほんの少しだけ頑張れそうです!」

 夏咲さんは、元気な笑顔を見せてくれた。

「やる気が出たなら何より」

 手を振りながら教室に戻っていく夏咲。この調子で教師として頑張っていきたい。

 こちらも授業を開始するために夏咲の後を追うこととした。

 

「では皆さん、授業はじめますよー」

 いくつかの生徒が席に座っていく、もしかしたら早速友達などの人間関係が構築されてきているのだろうか。もしもそうなら嬉しい事だ。

「それでは、まずは理論の定義についての解説です。この理論というのは高校から入る教科なので、塾と自習以外では本格的に学ぶことは少ないと思います。まずはどんなイメージが皆さんにあるのか聞きたいと思います」

 まずは、生徒達がどんな先入観を抱いているかを知るのが重要だと、夏咲との会話で感じた。

 案外たくさんの生徒が挙手してくれる。

 俺が学生だった頃はここまで手が挙がらなかったような気がする。

「えー、では天野太星(あまのたいせい)さん」

「はい!僕は理論というのは、ゲームとかの魔法みたいなものだと思ってます」

「なるほど、魔法……確かに近いですね。では次、不知火三鬼(しらぬいみき)さん」

「はい、俺はなんとなく親父から聞いた限りだと契約?みたいなイメージですね」

「契約……斬新な考えですね、確かに言い得て妙かもしれません。では次、物部星見(もののべほしみ)さん」

「えっと、私はなんとなく数学的なイメージがあります。計算ばかりして、一つの現象を導き出すような」

「えぇ、やはりそう思いますよね、俺も最初はそんなイメージでした」

 そう言ってチョークを取り、本格的に授業を始める。

「では、もう手を下げていいですよ。これから解説しますね」

 生徒達は俺の一挙手一投足を見据える。

「まず、理論というのはどんな事ができるのかというと、天野さんの言っていた魔法のようなものと言っても良いです。なにもないところからいきなり炎が出てくるような……水が一瞬で氷になったりもします。

 ゲームで魔法を打つと魔力が消費されるように、理論も使えば使うほど使用者の持つ法則力を消費します。法則力は人によって一日に使える量がだいたい決まっていて、ゼロになると命に関わります」

 生徒達の表情が真剣になる。

「自分の持つ法則力の量は理論を使うとおおよその量は把握できますし、もしゼロになっても適切な処置を施せば今の時代、間違いなく死にません」

 夏咲や太星が安堵したようなホッとした仕草を見せる。

「では次はそんな理論はどうやって使うのか?どんなものが理論なのか?ということですが、まずは教科書の図解を見てください」

 教科書の図解には、理論の仕組みが分かりやすく描かれている。

 使用者から放出される法則力が事前に使用者が思い描いた理論の形通りに動き、現象として起きる。そんな図解。

「この事前に思い描いた理論というのは、例えば手から炎を出す理論を事前に使うと決定するということです。そしてその理論の仕組みを理解していれば、その仕組み通りに法則力が形を作ってくれるということです」

 不知火から手が挙がる。

「理論を発動した後は形を変えることはできないのでしょうか?」

「基本的に現在確立している理論は形を変えることはありません、たまに炎の勢いが途中から変わるような理論もありますが、大抵は事前にそう仕組まれているか変化出来るように範囲が決められる事が多いです」

「なるほど?」

 あまり良く理解できていなさそうなので、補足説明をする。

「例えば、流しそうめんなんかは途中で進路変更するための竹が事前にあるからカーブしてこちらに来ることが出来ますよね。事前にどこからどこまで行けるかの限界を設定されていれば見た目上は形を変えることは可能です」

 カタカタと黒板に書いてゆく。

「では、最初は弱火で段々と強火に変えるのは可能なんですね?」

「まぁ、やろうと思えば可能ですね、事前に温度の範囲を仕組めば良いので」

 不知火は一通り理解したあと、「難しい世界だ」と呟いてノートにメモを書いた。勉強熱心でなにより。

「では、次の理論とはどんなものなのか?についてですが、まぁなんとなくここまでの解説で皆さん予想がつくと思います。というか言っちゃってますね、まぁほぼ魔法です。

 手から炎、水から氷、少し理論に慣れた人ならなにもない空中からいきなり雷が出てきたりしますね」

 色んな生徒が興味津々に聞いてくれる。特に太星が。

「ただ、理論というのはめんどくさいもので……先程述べたように事前に決められた動きしかしないうえに、発動させるには条件が必要です」

 その条件をひとまず黒板に書き連ねていく。

 一、法則力を消費すること。

 二、状況が揃っていること。

 三、法則力を消費しなくても可能であること。

「まず一つ目の条件は理解できると思います。そしてその後の二つ目の条件、『状況が揃っていること』これは多種多様で、様々な物があります。例えば食事を理論とするなら、まず食べるための対象物と体内に取り込むための口などの捕食器官が必要なように、その現象を起こすための前提条件というものです」

 ここらへんは正直俺も最初は理解が難しかったので、更に丁寧に説明した。

「理論で火を起こしたいなら、前提として摩擦を何かしらで発生させなければなりませんし、水を氷にしたいなら前提として目の前に水が無いと無理です。さらに言えば空中に電流を発生させたいなら事前に静電気や雨雲等の環境等が揃わなければいけません」

「え!つまりそれって、物を切る理論を使うためには事前に刃物が必要ってことですか?!」

 太星からの元気な質問が飛んできた。

「そういうことです、理論というのは事前に状況を用意したうえで自分の起こしたい現象を法則力によって短時間で済ませる事ができるだけなんです」

 と更に解説したいところだが、少々脱線してしまいそうなのでひとまず三つ目の条件について解説を進める。

「えー、次は三つ目について解説します。『法則力を消費しなくても可能であること』ということですが、これは現実的に可能であるということです。例えば物を燃やしたいなら理論ではなくライターでもマッチでも可能ですし、風を起こしたいなら扇風機でも良いように。

 法則力を消費しなくてもこの世の物理的に可能であることが条件なのです」

 段々と生徒達は険しくなっていく。確かにこれだけ聞くと夢が無いし、なぜ理論を探求するのだろうと疑問が浮かぶだろう。

「多分この話を聞いて、皆さんは理論を探求しなくても良いのではないかと感じたと思われます。僕も実際学び初めの頃はそう思いました。ですがこの問いの答えは簡単です。

 もしも現在の科学では観測できてない現象を理論として見つけることが出来たらどうなるか?それは人類の進歩です。法則力という一個人のコストだけで世界の全ての法則の探求が出来るというのがこの理論探求という学問の存在意義なのです」

 物部はもう納得できたそうだ。

「つまるところ理論探求の存在意義というのはコスパよく世界の秘密を探ろうという強欲なわけです」

「なるほど!」

 余程合点がいったのか、憑き物が取れたような爽やかさで夏咲が理解の言葉を示した。

「それじゃ、今回の授業の進行はここまで。めちゃくちゃ一気に説明したから、全ての時間を質問コーナーに使おうと思います。分からないことがあったら今から素直に質問してください。答えます」

 その後も順調に授業は進み、理論の一通りの基礎を解説出来た。

 

 教材を持ち帰って職員室にて一休み入れる。

 次の授業まで一時限分の休憩がほしいが、理論探求の名門である煉理学園がそのようなことを許してくれるわけ無い。

 一回の授業でこんなにも疲れるなら、今日はかなり早めに錬れそうだ……。と今朝の個人的な誓いを思い出した。

 

 その後全ての授業を終えて、問題なく一日が終了した。

 授業が無い時間はいくつかあったが、その間は常に次の授業準備か探求に奪われて行き、休憩はほぼゼロだ。

「いやぁ、今日も疲れましたね、叶翔先生」

 俺と同じく満身創痍と見受けられる山本先生。

「こんなのが、毎日……?」

「はい、毎日です」

 山本先生の回答には絶望感や疲労感が共存している。

 職員室を見回すと、やはり先輩達の空気はずっしりと疲れの厚さが増している。

 とりあえず労働のキツさを身に刻み、俺は明日の準備へと取り掛かった。

 

 おおよそ三時間程で一通りの業務は終えた、

「手際良いですね、叶翔先生」

 山本先生がコーヒーを渡してきてくれた。

「そうですかね?」

 受け取って、コーヒーを飲みながら他愛もない話が広げられる。

「はい、かなり」

「まぁ、もしかしたら俺の授業の準備とかが他の先生方に比べて少ないだけかもしれませんが……」

「理論探求はむしろ多い印象がありますが?」

「そうなんですかね……理論探求は基本的に全てが机上でも出来るくらい手頃ですし、教科書が大抵の基礎は書いてくれていますし、プリントも最低限でいいんです」

「それは数学なんかでも同じですよ……叶翔先生は理論そのものへの理解度が深いんだと思います。大抵そこまで深く学問を理解した人はむしろ難しく解説をしてしまいそうなものですが、叶翔先生の性格的に、そのようなことも無いのでしょう」

「ありがとうございます」

 見渡すと、まだ授業の準備に追われている先生は確かに多い。

「山本先生はもう終わったんですか?」

「ええ、それなりには。毎年煉理学園の生徒は意欲が異常なほど高いので、あまり凝った準備はしなくても自分達で理解してくるんですよ」

「確かに、めちゃくちゃ意欲高いですね。俺も今日の授業はたくさん質問されましたよ」

「やっぱり、優秀な生徒や天才は知識欲が桁違いなんでしょうねぇ」

「……たしかに、そうですね」

 なんとなく、叡理先生を思い出す。あの人も知識欲には貪欲だった、時代的なのもあるのだろうが、異常だった。まるで何かに急かされるような、そんな探求だった。

 思えば当時の探求者はほとんどが使命があるような忙しさだった。理論の全盛と呼ばれるのもそれ所以か。

「叶翔先生?」

「あ、すみません……ぼうっとしてましたね。ちょっと疲れが溜まってきまして」

「おや、悪い事をしてしまいましたね。それでは一日お疲れ様でした」

「では、お疲れ様でした」

 椅子に掛けておいたジャケットを着て、バイクを停めておいた場所へ向かう。

 時刻はもう夜の20時だ。閑散としていて、職員室以外の明かりといえば理科室くらいの時間だ。

「――?」

 外の校庭に、人影が見えた。

 部活動をしているにしてはあまりにも遅い時間だ。

「――起動」

 法則力によって窓ガラスの一部が虫眼鏡のようなフィルムに変化する。

 見える景色を拡大して、対象をより細かく、解像度を上げて観察する。

 人影は二つ、あちらもなんらかの理論を行使しているのか、あまりにも見えなさ過ぎる。

 恐らく光学に関連する理論なのだろうか、定石としてはこの場合光を拡散すればそれなりに服の模様などは見えるのだが、状況的に最善択ではない。

 人影は未だに何か動いており、とにかく怪しい。

「……」

 慎重に職員室へと戻ることにしよう。あの二つの人影は不審者で確定だ。今は報告したほうが良い。

 なんだかとても悪い予感がする。

 フィルムを戻してから、職員室へ着いた。

「すみません!警備担当の人いますかね!」

「おや、叶翔先生?何かありましたか?」

 事態を知らない山本先生。

「校庭に不審者が二名います」

 山本先生含む、全ての職員に緊張感が伝わっていく。

「それは……重大案件ですね」

 山本先生はかなり真剣な様子で考え込む。

「現在警備担当の方は巡回中です、他の方も居るにはいますが……」

 短い沈黙のあと、山本先生は懐中電灯を持った。

「僕が行きます」

「それは、危険すぎます」

 素人が手を出せるような案件ではない、不審者相手に迂闊な行動をしてはむしろ悪手なのだ。

「えぇ、そうですよ山本先生」

 職員室の扉から、校長が来た。

「煉理校長……?!なぜこんな時間まで」

「少し仕事が手こずりましてね……先程帰ろうとしたんですが、なにやら職員室が騒がしい様子でしたので来ました。それよりも山本先生、ここはひとまず警備の人に連絡を入れて、翌日対応するしかありません」

「なぜ?それでは遅すぎます」

「迅速な対応は必要です。ええ、対応は早い方が良い……ですがこの時間、この人員では無謀でしょう」

「それは、俺も賛成です」

「そんな、叶翔先生まで……分かりました。なら僕も賛成としましょう」

「ありがとうございます、では、職員の皆さんは安全の為にも、今から帰宅して下さい私はとりあえず校長として最低限の対応は済ましに行きますので」

 そう言って校長は職員室を後にした。

 俺もあとに続いて急ぎ足でバイクまで移動する。

(流石に別の場所に移動したか?)

 行きがけに人影を探すが、見当たらない。

 バイクに乗り、急いで帰った。

 

 緊張感を少し引きずりながら、帰宅した。

 生徒達が入学してから、そして俺が教師としての本格的な業務を初めてから間がないというのもあって、必要以上に警戒をしてしまっている。

 明日は恐らく休みになるだろうから、生徒は安全だと思われる。

「……はぁ」

 こういった緊急事態は慣れているのだが、他人の命への危険がこうも感じやすい環境なのは慣れない。

 食事と入浴を早めに済ませて、そのまま睡眠へと急ぐ。

 どんなときでも人という生物は、安全地帯にいると分かれば休めるもので、即座に入眠できた。

 

「……先生?」

 目の前に、死んだはずの叡理先生が、いる。

 ――夢に決まっているだろう、それは分かる。会話など成立しないだろう、それも分かる。今感じている喜びも夢が生み出す偽装だろう、そんなことは知っている。

 それでも、なぜだろう。今は頼りたくなってしまう。

「叶翔、君はまだ諦めてないんだね」

「先生の理論を、信じてますから」

「知ってるよ、二回も言わなくたって伝わってる。それに私はそんな答えじゃなくて、もっと希望のある答えが良いな」

 悪戯な笑みも生前のままだ、流石は夢といったところか。

 ――希望のある答え、それは挑戦だろうか。それとも信念か?

 どちらでもいい、俺はこの理論を()()()()()()()()。そのために生きているのだから

「そうか……ちょーっと違うけど、まぁ妥協点かな。頑張ってね、叶翔。教師も探求も、君の成長をずっと待ってる」

 叡理先生がそういうと、夢が覚めていく。それまでに感じていた熱も同時に冷めていく。

 

「――頑張らなきゃな」

 俺は、普段よりも急いで支度をして、学校へと向かった。

 普段通りの景色も、昨日の出来事のせいで少しだけ無機質に映る。

 かなり早めに来たので人はいない。悪い予感、悪寒は現在まで続いている。

「おやおや、叶翔先生ですかな?かなり早めの出勤ですね」

 煉理校長が姿を表す。

「おはようございます、煉理校長先生。昨日の不審者の件、どんな感じですかね?」

「えぇ、私もちょうどその話をしようとしてたんですよ。警察の方に連絡してさっきまで捜査していたんですが、どうやら特に問題はなく、残されていたのは野良猫の足跡だけでした」

 そんなこと、あるわけがない。

「監視カメラは?」

「監視カメラには特に異常はありませんでしたねぇ、聞き込みでも警備員の方が巡回中物音を聞いたか何かで校庭に向かいはしたと言っていたので、叶翔先生の見た人影は警備員ではありませんかねぇ」

「それは、二人ですか?」

「いえ、一人ですよ」

 ますます、怪しい。

「僕は二人見たんですが」

「見間違いではありませんかねぇ、あの暗さなら仕方ありませんよ」

 見間違いなものか、あの場には確実に二人何者かがいた。コミュニケーションだって取っていたのを確認している。

「それは、何かの間違いです」

「そうなのでしょうかねぇ?ですが証拠は何も出ていませんし、例えその不審者が居たとしても休校するわけにも行きません」

「なぜ!?」

「まだ新入生が入学したばかりです。新学期だって始まったばかりです。ここで休校してはテストの範囲などに影響が出てしまい、後々の帳尻合わせが大変です」

「それは大変なだけで可能なのでしょう?なら今は安全第一なはずです!」

 煉理校長は少し困ったような表情で、こめかみを軽く掻く。

「いやぁ、叶翔先生の意見ももちろん分かるんですけれどね……なにぶん我が校が休校となると帳尻合わせ以外にも生徒さんの親御さんにもどんな心配を与えてしまうか分かりませんし……」

「その心配は正しいものです。なにか問題ありますか?」

「はい、生徒さんの親御さん達はほとんどが社会的に有力な立場の人ばかりです。そんな方々から必要以上の追求を食らっては様々な支援にも影響が出る恐れがありますし、なにより世間体が……ねぇ?」

 ついつい感情がヒートアップしていく、生徒よりも保身を重要視する対応に苛立ちが向く。

「それでもし生徒の身に何かあったら痛い目を見るだけじゃ済まないですよ」

「私としてはどちらも変わりません。煉理学園というのは常に日常というフィールドでしか安全策が採れないのです。非常事態を表に見せてはいけない。どれだけ警戒すべきことがあっても、それを表沙汰にするほど大きくしてはいけない立場なのです」

 ふざけるな、そんなの通用してたまるか、非常事態は伝播しなければならないだろう。安全第一と言っているのは学校側なのだから生徒の命の安全に関しては絶対に責任を取らなければ信用問題なのだから。

「叶翔先生は新任で歳も若い、だから教えてあげますよ。煉理学園という社会の汚さを。」

 煉理校長は深く息を吸い、険しい面持ちで闇を伝える。

「――生徒の命は商材です」

「―――ッ!」

 ここまで来ても俺は、大人の都合という汚さに合わせなければならないのか。子供の未来を担うというのに、担う者がそのような汚れでは、その先を担う子供はどうなる?

 無責任な在り方に光はない。

「――納得が、出来ません」

 喉を抑えて、声の震えを極力伝えないように、力強く吐き出す。

「貴方一人が出来なくたって私の選択に変わりはありません。なぜなら校長ですから」

 持ち込まないようにしていた感情が宿り始める。捨てたはずの技術。消したはずの感情。

「叶翔先生、貴方は今……冷静さを欠こうとしています。今はとりあえず落ち着いてください」

「煉理校長先生……俺は、信じられません。こんな……――こんな無責任で残酷な人が今まで生徒達に未来を示していたということを」

「――」

 煉理は何も言わない、まるで自分でも自覚していた事実に呆れるような態度だ。

「煉理校長、貴方は最初からそのような在り方だったのですか?」

「えぇ、そうですよ?父の代からの方針でしてね」

「どうやら俺は……随分と夢を見ていたそうだ」

 夢とは最も遠い場所で過ごしたことがあるからこそ、憧れてしまっていたのだろう。明るい未来というものに。

「叶翔先生、なにもおかしなことではありませんよ?貴方が教師であり続ける以上避けられない事実だったのです。例えるなら、そう――事前に全てが仕組まれている理論のような」

 そういいながら煉理は腕時計を確認し、どこかへ去ろうとする。

 先程の発言に思わず立ち尽くしてしまったが、まだ話は終わらせられないと思い、煉理の後を追う。

 第一校舎の曲がり角まで追う。

「煉理校長、まだ話は終わりませんよ」

 ゆっくりと煉理はこちらに振り向く。

「いいえ?終わりですよ、私がそう仕組んだのですから」

「は?」

 背中に押し付けられる硬い、慣れた物。

 ――これは銃だ。違いない。

「こうまでして、貴方は――!」

 腹から爆発のように飛び出す血液、音は無い。いや、意識の不安定さのせいで音が聞こえないだけだろう。

 完全に油断していたタイミングでの奇襲に対応出来るほど俺の感覚は戻ってない。というかここまで手慣れている相手なら多少の出血は必定に違いない。

 地面に放り投げられる叶翔()という個体。

「ソレは、交通事故で死んだことにしましょう。都合よくバイクで通勤してくれてますからね、カバーストーリーのためにバイクを破壊しておけば間違いなく揉み消せるでしょう」

 後ろから四人程の戦闘員が現れる。

 硬い担架に乗せられ、救急車のような偽装がされた車に収

納される。

「――ゅる、さなぃ」

 残りカスの意識で、小さく恨む。

 最後の景色は黒い戦闘員のマスクだった。

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