不可能理論   作:雑食プリン

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崩落する日常

 いつも通り煉理学園へ登校し、オレは新しい日常を過ごしていた。

「なぁ、太星。なんだか叶翔先生が来るのがえらく遅く感じるんだが……」

 後ろの席の不知火三鬼がふと、そんな疑問を口にした。

 確かに時計を確認すると、もう来ていてもおかしくない時間だ。

 生徒は全員遅刻せずにきちんと登校しており、オレ以外の夏咲と物部の女子グループもオレと三鬼と同じように他愛のない会話をしている。

「確かに……でもまだ学校始まったばっかだし、あの先生は新人だからそんなこともありえるんじゃないかな?」

「あー……まぁそうか」

「まぁとりあえず気長に待っとこうぜ」

「それもそうだな」

 オレと三鬼は、中学からの親友なので周りよりも早く高校生活にて友達として人間関係を構築しており、共に新しい日常を満喫している。

 叶翔先生は最初は抜けている性格だと思っていたが、案外そんなこともなく。授業などではしっかりと質問に答えてくれるし解説もそれなりにわかりやすいので個人的には良い先生だと思う。

「なぁ、昨日の理論探求の授業、三鬼的にはどう?」

「割と良い……まぁ新人にしてはっていう条件付きだけどな」

 頭の後ろに腕を回しながら、そんな評価を三鬼は話した。

「随分と厳しい評価だな」

「そりゃ自分のクラスを担任する教師なんだからある程度は厳しめに見ないと不安だろう」

「流石、社長の息子なだけはある」

「いやお前も対して変わらんだろ」

「いやぁ?オレはただの探求者の息子なだけだが?」

「"ただ"というにはあまりにもお前の親の称号デカすぎるだろ。天野家つったら割と学会での知名度が高い探求一家じゃねぇか」

「あんな職業、いつ失脚するか分からんギャンブルさ」

「おや太星にしては珍しい、一理ある意見だな」

「ふふん、親父の受け売り〜」

「だろうな」

 廊下から足音が聞こえる。

 恐らく叶翔先生だろう。

「はい、皆さん席についてください」

 扉を開けて登場したのは叶翔先生とは似ても似つかないほど大人びた女性の教師だった。

「皆さんの思っていることは分かります。『なぜ叶翔先生ではないのか?』という疑問でしょう。ですがその疑問には現在は答えられません。少し……いえかなり大きな問題があったので」

 大きな問題とはなんだろうか?

「すみません!叶翔先生が欠勤なのは、今日だけでしょうか?」

 三鬼がそんな質問を求められてもないのに投げた。

 だがそれは確かに必要で重要な質問だ、叶翔先生は教師としてこれからも来るのか否か。

「それについても私からは断言できません、なにぶん私達職員にもあまり詳細な情報が共有されていませんので」

 妙だ、そこまで情報を隠す問題とはどんなものなのだろう。もしも退職などの事態ならオレ達への影響は絶対だ、そして理論探求の授業への後々の理解度への影響も怖い。

「とりあえず、今日叶翔先生が担当していた授業は自習です」

 それは分かる。中学の頃も似たようなことはあった、だがタイミングがあまりにも不安すぎる。入学早々このような事が起きては先が思いやられる。

「それでは、これで朝礼は終わります」

 そういって教師は退室した。

 教室にはなんとも言えない空気が漂っている。動揺と疑問。

「そういえば私、今日登校中に学校の方向から走ってくる救急車を見た」

 夏咲からさっそく情報が告白された。

「それに、叶翔先生が搬送されていると?そういうことかな、夏咲さん」

「うん、私の通学路は人通りが少くって、警察や救急車なんてもっと少ないし、途中から学校までほぼ一方通行みたいな道だからあり得ると思う」

 可能性としてはあり得る。なにより学園の方向からならあり得はする。だがそれだけだ、確証は無い。

「とりあえず疑問を解決したいのは分かるが、今の段階ではあまりにも情報が少なすぎる。ここは焦らずに一日を過ごすのが最善ではなかろうか?」

 物静かに読書に耽っていた佐々木 勇治(ささき ゆうじ)が意見を提案してきた。

「俺もそう思う、正直このままクラス全員で推理し合ってもクラスが対立して分裂する危険がある」

 三鬼からの説得が、みんなの方針を更に纏めてくれる。

「そ、そうだね……」

 夏咲はそういっていそいそと教科書とノートの準備を始めた。

 一時限目は数学なので、オレ達も夏咲に(なら)って準備を済ませる。

 

「はい、では授業を……と言いたいところですがなんだか雰囲気が暗いですね……」

 山本先生は困ったような表情で皆を見渡す。

「やはり、叶翔先生のことですかね……?」

 夏咲が静かに頷く。

「ですよねー、僕も気になるんですよ。昨日から叶翔先生、結構張り詰めてましたからね」

「張り詰めていたとは、どのように?」

 思わず質問してしまった。

「それは……言って良いんですかねぇ、これ……」

 と僅かに躊躇って、「まぁ良いか」と呟いて山本先生は昨日の叶翔先生の様子を教えてくれた。

「叶翔先生は基本的に常に何かに迫られているような忙しさで、教師としての仕事以外にも何かされてらっしゃる様子でした。胸ポケットにあるメモ帳もその為なんですかね、かなり大切そうに扱ってらっしゃっていて……」

 それは恐らく理論を探求していたのだろう。父さんや爺さん、知り合いの探求者など四十代以降の探求者は大抵が古典的な手法を好み、パソコンなどの機械を使わずにメモ帳等の紙媒体を使用する。

 だが叶翔先生は二十四歳で、一切その年代の探求者とはスタイルが違うと思われる。

「叶翔先生ってなんだか不思議な人なんですよね……僕なんかよりも数段人生への視点が上というか、なんだか歴戦の強者のようなオーラを感じます。あのメモ帳なんかまさにそうですね、もうあのメモ帳を作っているメーカーはありませんし」

「そんなこと、わかるんですか?」

「ええ、僕は文房具オタクなので」

 少し自慢げに眼鏡を持ち上げる。

「そして、事の発端は昨日の夜ですね……叶翔先生がいつも通り手際よく仕事を終わらせて、退勤したとき。職員室を出たと思えばすぐに戻ってきました、忘れ物かと思ったらなんと不審者が二名居たという報告でした」

 不安と動揺が教室全体を取り巻く。

「その不審者はその後どうなったんですかね?」

「今朝校長先生が言うには、問題はなかったと。警察が動いたのだから間違いありません。もっとも、実際に当時の現場を見たのは叶翔先生しかおられませんから何も見てない僕が言えることでは無いというのが一番の理由ですが……」

 肩を落として、どうすることも出来ない。という意を表す山本先生。

 不審者が本当に居ないならそれが一番だが、その一件と叶翔先生の一件が無関係とは考えにくい。

「まぁ、叶翔先生についてはこれくらいで。そろそろ授業を始めないと不味いんでね」

 そういって山本先生は教科書を開き、授業を開始した。

 

 数学の授業は難なく終わった。

 朝の女性の先生が教えなかったことを教えてしまった山本先生の口の堅さには難はあるかもしれないが、おかげで問題が少し見やすくなったと思う。

「なぁ三鬼、これって不審者が目撃者を消すために叶翔先生を襲ったって線じゃないか?」

「確かにな、だがそうなると夏咲さんの情報はどうなる?不審者が叶翔先生を襲う地点としてこの学校はかなりリスキーだろ」

「なぜ?」

「この学校には監視カメラがいくつもある。廊下の突き当り、自販機の上、実験室の出入り口……警備に関してはかなり予算掛かってるぞ」

 そういって、三鬼は教室から見える監視カメラに指を指した。

 そのカメラは今でも教室内のオレ達を見つめている。

「監視カメラは、外にもあるのか?」

「ある、というか外も見れる位置に設置されているのが何台かあると思うぞ」

 なら、確かに叶翔先生が学校で襲われたというのは考えにくいかもしれない。

「わかんねぇな〜」

「こういうのは分からん尽くしさ」

 内心お手上げ状態の三鬼は、深く考えたくなさそうだ。

 教室の扉が開き、次の授業の教師が入室してくる。

 会話に夢中で準備を怠っていたオレ達は、急いで教科書とノートを取り出す。

 

 

 薄暗い旧校舎の教室にて、武装の最終確認を進めていく。現在煉理学園が使っている校舎からはかなり離れた位置にあり、山奥で手入れが行き届いてないため、見つかってはならないものを隠すにはピッタリだ。

「なぁ、お前が学生の時どんなだった?」

「学生?そんな時代俺にはねぇよ」

「へへ、まぁそりゃそうか」

 同僚のジャックとの薄っぺらい会話。

「一通り終わったか?なら次は作戦確認だ」

 隊長の威圧感のある声が届く。

「隊長、作戦つってもほぼ一方的な虐殺でしょ?相手は理論初心者のガキだ」

「侮るなよ、もしかしたら教師の中に従軍経験者、あるいはそれに近しい経歴を持った者がいるかもしれん」

「そりゃ……へへ、確かになぁ」

 理論という力を軍事力として、そして国の資源として確保するための戦争が日本で終わってからもう14年前だ。高校生のようなガキなら当時の事など覚えていないだろうが、教師はそうとはいかない。

「でもあの戦争は実際は日本で起きてないし、兵士もみな志願兵だったんでしょう?泥沼状態になって最終的に生存者は両国一万未満という」

「なんだ、ジャック。随分と詳しいじゃねぇか」

 ジャックは仕事については真面目だ、実際に人類最低の戦争と言われる『思考戦争』に参加しただけはある。

「なぁ、実際どうだったんだ?あの戦争……楽しかったか?」

 そんなド失礼な質問にも真面目に答えたいのか、ジャックは深く考え込んでしまった。

「まただんまりか?」

「――楽しかったぞ……殺しは」

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、ジャックは愛用のライフルを撫でる。このジャックの笑みは戦闘でしか見られない。

「お、おぉ!!やっぱりか!?」

 この質問にジャックが答えてくれたのは初めてで、俺は驚きと喜びのあまり手に持っていたショットガンで祝砲を挙げたい気分だった。

「おいスペード、それをしまえ」

 隊長に睨まれてしまった。

「へへ、すみませんねぇキング隊長」

 軽い謝罪で場を濁す。

「あの、そろそろアレをどうするか聞いてもいいですかね?」

 教室の隅で静かに点検を進めていたカラットが触れないようにしていた話題に触れる。

「あー、あの教師か?」

「はい」

 本来なら殺したヤツはそのまま回収して基地で捨てるなり事故死を装えば良いのだが、作戦前に殺しを行うことはなかなか無いので現在処理に困っているのだ。

「バイクの方も、頑丈でなかなか壊れません。どうやら特殊なチューニングによって防衛理論が働いているようで」

「一介の理論探求の教師がそこまで理論の深みに手を突っ込んでいるのか?」

「じゃないと説明付きませんよ、何回装甲車を叩きつけてもまともな傷が付きません。あ、でもタイヤは外れましたよ」

「タイヤしか壊れてねぇのか……厄介だな」

 バイクが壊れなければ依頼主の煉理の指示である交通事故のカバーストーリーが達成できない。

「そいつ、まだ生きてるか?」

「生きてはいますが、意識が完全にぶっ飛んでます。チューニングの解除方法を聞くのは無理ですね」

「クソ、使えねぇ……」

 そういって隊長は教師が入った袋を蹴った。

 反応は無い。もはや死体同然だ。

「まぁ、そろそろ作戦開始にしましょうや……キング隊長」

「それもそうだな。あと、今回の()()()はスペード、お前だ」

「――!?ま、マジすか?!」

 あの枠に入れられるとなると、かなり重要な働きを任せられることになる。本来なら心躍るが、今回のようなまともな戦闘が期待出来なさそうな作戦では無駄な幸運だ。

「ダイスの女神様がそう言ってんだ、しょうがないだろ」

 ダイスの女神許すまじ。そう思いながら俺は全ての武装を車に積んだ。

 他の仲間もそれに続いて荷物を積めた。

「では、これより作戦を開始する」

 

 授業が終わり、またいつもの休み時間。新鮮な高校ではあるが、ルーティンは中学の頃と変わらない授業と休憩の繰り返しだ。

「なんか飽きてきたなぁ」

 後ろの三鬼に話題を投げる。

「知るかよ、俺はまだ飽きてねぇぞ」

「マジ?ほとんど中学と変わらないのに?!」

「それはそうだが、クラスメイトのほとんどが違うってのは飽きねぇな。俺は人間観察とか好きな人種だからよ」

「お前は昔からそうだよなぁ、いっつも人のクセとかを分析してる」

「中学から知り合っただけだろ、別に」

 三鬼はすかした態度を取る。

「でもオレくらいしか親しい友達いなかったろ、その性格のせいで」

 からかってみる。

「うっせーなぁ、いきなり正論を言うんじゃない」

「――っは!ははは!んだよそれ、認めたなぁ?」

 こんな会話も、中学から変わらない。

「お前はどうなんだ?太星」

「え?オレ?オレは授業中にテロリストに襲われる妄想とかしてるタイプ」

「うん知ってる」

「たはー!やっぱしか」

 三鬼はちらりと時計を確認する。

「そろそろ授業じゃないか?」

「あ、確かに」

 そういってオレは次の準備を済ませたあと席から立ち上がり、トイレに向かった。

「いってらー」

 

 暗い、世界。

 湿った不快な布の感触。

 冷え切った血液で冷めたい胴体。

 未だに痛みを引きずり、発信する痛覚。

 現在の俺は腹部に銃による負傷を受けており、止血されておらず、止血するための布が欲しい。

 単純に布や縄で体を縛るように法則力を自身に向けてもいいが、それは痛いだけだ、止血なら止血の為の理論が戦場にはある。

 少し法則力の消費量が大きいが、現在三つの条件を満たしているのはこの理論しかない……。

「――っ」

 体の代謝を加速させ、かさぶたをすぐに作り出す。安静にしていればあと三分後には止血が出来る。

 止血を済ませればあとはどうやってここから出るかという最難関がある。

 内側からジッパーは開けられない、理論を使えば簡単に開けられるだろう。だがもしも外に敵がいてはすぐにバレてしまう。

 思考を巡らせ続ける。

 どうすれば出られるか、どうすれば生きられるか、どうすれば学校に戻れるか。

 原点の理論に、摩擦を倍増させて火を起こすものがある。よく俺が生徒達に例え話に使っていたものだ。本来ならそれは自分以外を燃やすもので、結果的に自分が燃えるような使い方は無い。

 ――三分が経過し、足先に法則力を込めて摩擦を練る。

 ライターを着火させるような音が数回鳴ると、布は燃え始めた。

 燃えて空いた隙間から足を蹴り上げ、広げる。

 横に回転し、袋から脱出すると同時に体の炎をある程度消化する。

 炎のおかげで手の拘束が解け、少々服は焼け、足首も火傷したが、動けるならひとまず問題は無い。

 俺を襲った戦闘員の残した水をなるべく確保し、部屋から出る。

 こんなところに物資を放置するとは、杜撰な組織だ。

 全身にペットボトル二本ほどの水を掛けて火傷を抑える。次に水分補給。

「ふぅ――よし」

 状態は整った。バッドコンディションの中でも比較的良好な状態だ。

 この程度、『思考戦争』に参加させられた時の絶望感に比べれば何ということもない。

「あ!」

 慌ててメモ帳を確認する。

 少し煤が付き、角が焼けてしまっているがそこまで酷くはない。これならまだ十分使えそうだ。

 少し右腕が痛む。恐らく気絶している時に何者かから衝撃を与えられたのだろう。

「復讐してやる……!」

 近くに武器はないか、使える移動手段はないかと探したいが。そんな余裕もなさそうなので手ぶらで学校に乗り込むことにする。

 

 トイレから帰っている途中、銃を持った四人の人影を校門で捕捉した。

「なんだ……?どういうことだ?」

 その四人は一階からドンドン上に上がっていく。

「……――危ないよな」

 非常事態ほど冷静さが問われるシチュエーションは無い。  

 ここから職員室に行こうとすれば恐らく四人組にぶつかるだろう。

「そうだ、三鬼に連絡すれば多少はやりやすいか……」

 スマホを取り出して三鬼に通話を掛ける。

「あ……」

 速攻で切られてしまった。授業中なのだから当たり前ではあるのだが、流石にこれはどうかと思う。

 そろそろ我慢していた焦りがせり上がってきそうだ。今頃あの四人組はどのあたりまで迫っているのだろう……。

「も、もう……知らないからな!」

 三鬼に最低限の連絡をメッセージで送り、オレは逃げ出した。

 掃除用具入れからほうきを取り出す。学生らしい最低限の装備。ゲームなら攻撃力は1にもならない。

 外へ走る。階段を最速で降り、急な疾走に耐えかねて痛みを伝える右足の痛覚を踏み躙る。足音だって気にしない。こういうときはとりあえず逃げ足が速い方が良い

――!

 轟音と共に脇腹を何かがすり抜けた。

 目の前の扉には丸い、黒い穴が空いている。

 これはゲームなら、壁に銃を撃ったときできるような傷の表現だ。

(嘘だろ……?もう見つかったのか??)

 足が震える。

 周りの教室の生徒達は既に制圧され、顔を机に伏せ、目隠しを掛けられている。

「なぁ〜んで授業中に外にいるのかな?坊っちゃん」

 黒いマスク越しに不敵な殺意の声。

 死神が近付いてくる。腰に下げているのはショットガンで、手に持っているのはアサルトライフルだろう。

「えと……ちょっと、トイレに行ってて」

「――へへ、面白い馬鹿だな、ガキ」

 銃口が見つめてくる。アイアンサイトがオレの命を狙う。

 暗い銃口の奥にある弾薬の雷管に撃鉄が下されるコンマ数秒前に、銃口から姿を消す。

「良い動きだ」

 コンマ数秒差を埋める為に操作される銃身。

「死にたくないんだよ!!!!」

 手持ちのほうきで相手に迫り、操作を中断させる。弾丸は的外れな床へ。

 ここまでくれば選択肢は一つしか無いんだ、オレは逃亡から戦闘を選んだ。

「行くとこまで行く気かぁ!良いねぇ!最近のガキも面白いやつがいるぜ」

 視界の端から迫る膝打ち。

 それに膝打ちで対抗する。

「巧い!だがお前は俺よりも一枚下手だ」

 相手の力任せな押しに負けて、体が沈む。

「――ぁ!」

 廊下に打ち付けられる背中が痛い、体が折れてしまいそうだ。

 無言で銃口はギラつく光を見せる。

「ガキ、こういう時どうするか分かるか?」

 相手の慢心から生まれた猶予。

 眼前には鉄の筒、左右は相手の足で退路が無い。接近戦だって経験値で負ける。だがこの一枚岩の現状をぶち破るには――。

「こういうとき、ゲームなら死んでリスタートだな」

「そうだ、お前はゲームオーバーなのさ」

「だがこれは人生でね、おっさん」

 無策に飛びかかり、銃口を掴む。

「なに?」

 致命傷覚悟の無策。

 差し伸べられた手を引くように、差し向けられた銃口を引く。相手はこちらよりも力が強いおかげで木のようにブレない。だが全力で掴まれた銃口で対象を狙えるほど銃は都合良く出来ていない。

「ハッ!馬鹿が!つまらないことしやがる!!」

 ライフルは手放され、腰からショットガンが取り出される。

「動くな!!」

 不安定な姿勢でライフルをとにかく乱射する。

 一瞬のうちに何回も重複する発砲音。

「くっ!このクソガキ!!!!」

 片手撃ちだったので、全身が痛いし内臓が押し潰されそうだ。慣れない銃撃なんて土壇場でするものじゃない。

 だがその価値あって相手に二発ほど命中した。

「――し、死ねよォォ!」

 仮初の威勢と共に無茶な機動で体を起こし、ほうきを持って相手にのしかかる。ほうきで人が殺せるわけがないのに。

「バカが極まり過ぎだぜ」

 ナイフがみぞおちに刺さる。

「ぁ……ぃ゙」

 力が一気に抜けていく。

 だが死んでいいのか?こんなところで?何も出来ずに?いや、素人にしてはかなり頑張ったほうだ。思えば妄想の世界だってオレはいっつもテロリストに負けていた、特殊能力無しではまともな軍事力には刃向かえなかった。

 だから、抵抗してやる。終わりの抵抗を。

「ぅ、へへうぇへへ……」

「おいおい、狂ったか?」

 赤子をあやすように優しく背中を叩かれる。嫌な感覚が背中から腹へ、腹から喉へと移動する。

 相手の顔まで近付き、口を開く。

「――おゔぇ!!」

「!?!?!」

 これでもかと全力で吐血する。そして相手のゴーグルに手を押し付けて丹念に塗りたくる。

「ぅへへ……これは、オレを殺した報酬だ――」

「こりゃあ……随分と狂ったな報酬だな……」

 ナイフが引き抜かれる。そして意識も引き抜かれる。

 

 授業が開始してすぐ、太星から通話が掛かってきた。

 全く、イタズラならやめて欲しい。しょうもない事で成績を落とす趣味はない。

 とはいえ太星の帰りが遅いのは気になる。イタズラで自分も成績が落ちるとか笑い話過ぎる。

 ――いやそれが狙いか?

 半分無思考でノートに板書する。

 そこから数分後。

 聞き慣れない破裂音のような音――いや衝撃が教室を駆け巡る。

 教室全体が張り詰める。その後また生まれる衝撃。

「まさか!」

 急いでスマホを取り出し、通知を確認する。

『銃を持った黒い四人組が侵入してる!!やばい!!』

『逃げる!』

 終わったな……これ。

 つまらなすぎるだろ……これは。

 とても学校にテロリストが乗り込んだと言える雰囲気じゃないが、その説明のほうが状況的にも合っているのがマズイ。

 そう思っているうちにまた響きやがる銃声。しかも乱射。

 もしかして、割と粘ってる?

 いや無理だろ、流石に。

「先生!今さっきのって……!」

「あ、あぁ。ちょっと、職員室に連絡しに行く……みんなは、下手に動かないように!!」

 そういって先生は廊下を走る。

 マズイな、それは死ぬだろ。

 確証はないが、なんとなくそう思う。

 発砲と肉の弾けた音。

「――終わった……」

 顔を覆い、絶望に諦観を向ける。俺の15年間の人生は世の厨二病がよく妄想する"もしもテロリストが学校に乗り込んできたら"という状況で幕を閉じるのだ。

 ――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――――

 そんなのは御免だ、どうしようもできないし死ぬのはほぼ確定だが、"死にたくない"という生存本能は絶対に捨てない。

 足音がコツコツと迫る。

「おーいガキども、命の授業の時間ですよー」

 血まみれで、特にゴーグルに執拗に返り血が付着している。

 狂気だ……自らの手でゴーグルに着けるほど、血を見るのが好きな狂人なのだろう。

「お?怖い?俺が狂ってるように見えちゃう?へへへ、嬉しいねぇ」

 黒い布を生徒一人一人に渡してくる。

「ほらよ」

 俺が渡された布は、少し湿っぽくてほんのり暖かい。ベタつきもある。

「――!」

 思わず吐きそうになり、口を抑える。

「なに?吐くの?おめぇも?!オイオイオイ、最近は吐くのが流行りなのか?」

 目隠しを乱暴に押し付けられるように括られる。

「ほら、他の奴らもこいつのように目隠ししろ!」

 なにも、見えない……。

「……よし、反抗するものはいないな。今から俺達はこの学校を制圧し、何人かの生徒をさらう。それが今回の仕事でな?」

 理由は分からないが、殺しが目的じゃないのは不幸中の幸いか……。

 何人かの生徒が泣いているようだ、啜り声が聞こえる。

 可哀相だ、なんて他人事の意見が零れる。

 この場の全員の日常は、崩落したのだ。ただし犯罪者を除いて。

 

「生徒の命は商材……全く酷い人だ、煉理 規鷹(れんり のりたか)先生は――」

 校長室に招いた客人、天咲 境(あまさき けい)がそんな評価を下す。

「まぁ、貴方達の話に乗った方が多く金が降ってきますし。こんな汚い大人達もいるのだと教えられる、良い教育的機会でしょう?」

「全く……建前というのは本音の前に付けるものですよ?まぁその建前、壊れてますけど」

 客人は優雅に紅茶なんかを啜っている。

「いやぁ、キツイ指摘だ。ここのところ命が重い世界にいましたから、たまには命が軽い世界の空気を味わいたいと思いまして」

「戦場がお好きですかな」

 くだらない質問だ。

「えぇ、言うまでもなく」

「……ワタシは嫌いです、理論も何も無い野蛮な戦場なんて。でも争いは理論の探求をするうえで最も効率的な実験……だからしょうがなく殺すのです、人を、才能を」

「探求は稼げますか?」

「もちろん、特許なり略奪なり、使い勝手が良い技術はとにかく稼げる」

 監視カメラの映像を見ていると、既に死者が二人も出た。銃声も聞こえた。

「――天野太星、面白い死に様ですね。食い付き方が私好みだ」

 野良犬のような兵士が戦場ではいつも厄介だと聞く。

「そうだ、煉理校長。『思考戦争』にてたった二人で、戦場を地獄の泥沼になるまで掻き回した少年兵のバディを知ってますかね」

 甘美な話題だ。

「知りませんねぇ、『思考戦争』についてはあまり情報が出回っておりませんから」

「まぁ、そうですよね…………その二人はその後、道は別れたものの今も武器を持ちその身を戦場に預けていると聞きます」

「それが?」

「一度殺しに魅入られたものは、逃れられないという事です」

「あぁ……そういう」

 確かに、一度殺した命の感触が手から離れないように、魅入られてしまえば人間である以上離れられる訳は無い。

「怖い子達ですね、その少年兵」

「えぇ、本当に怖かったです」

「会ったことが?」

「ありません。ですが我々天咲家はその戦争に多額の支援をしてましたから、その戦いぶりだけが伝わっていたのですよ」

「一番もったいない楽しみ方ですよ、ソレ」

 客人はかすかに口角を上げる。

「ホラー映画と同じですよ、体験したり観る分には嫌でも、それで怖がってる人を観るのは面白いというアレです」

 なるほど、そういうことか。だが私なら怖がらせる側に回りたくなってしまうだろう。

 我ながら救いようのない性格だと思った。

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