不可能理論   作:雑食プリン

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想定外の深さ

 痛む全身を無理やり走らせる。体力には自信があるが、理論できちんと筋繊維などをカバーリングしなければ最速での到着は無理だ。

 道中で見つけたバイクは使い物にならなかった。

 足が地面に着く度に足首の火傷がズキズキと痛む。

 山から出る際に知ったが、どうやら煉理学園の旧校舎だったらしいので、煉理学園からそこまで離れていないのが幸いだ。

 ざっと目測しても残り200m、その間に学校で何が起こるか、敵がどう動いているのかによって、俺がするべき行動と運命は決まる。

 雇われの傭兵集団が相手とはいえ流石に装備無しはキツいが、勝算が無くなるほど厳しくはない。こちらには実戦でも使える理論がある。法則力をいかに節約できるかが生死の分け目だ。

 

 職員室は思いの外静かで、仮初の冷静が漂う。

 テロリストのうちの一人がここに来てしまったのだ、装備に血は付いていないが、雰囲気がまさに歴戦というべきか。銃のところどころにかなり使い込まれている痕跡がある。

「おい、立て」

「はい……」

 ライフル銃を突きつけられ、立たせられる。

「この学校の全生徒のプロフィールを見せろ」

「お言葉ですが、僕にはそのような権限は無く……」

「チッ……自分のクラスの生徒くらいは把握しているだろ」

「僕は今年はクラスを担任しておらず……」

「はぁ?……なら、担当教科の方は?」

「それは……プロフィールではなく成績になりますが?」

「…………まったく、面倒な依頼主を引いてしまったもんだ」

 彼はそう呟くと、狙いもせずに後ろにいた教頭先生を片方のピストルで射殺した。

「これからお前が教頭だ、これなら権限があるだろ?」

「そ、そういった話では――」

「ごちゃごちゃうるせぇな、今お前は法律とか規則からは外れた状況にいるんだよ、権限は無視してとにかく見せろ、プロフィールを」

 銃口がこちらを向く。

 これ以上の時間稼ぎは無謀か……。

 誰かが通報してくれるものかと思ったが、存外皆さんには勇気が無かった…………当然か。

「で、では……」

 教頭と校長のみが持つカードキーを先程亡くなった教頭先生から抜き取り、金庫を開く。

「これが、プロフィールです」

「多いねぇ……まぁこれくらいあれば結構な額は集まるか?」

 無防備のようで隙のない殺意を見せながら、目の前のテロリストはバックに全生徒のプロフィールを詰めていく。

 その仕草はゴミ箱を漁るカラスを想起させた。

 

 あれから1分ほどで校門前に着いた、休憩も含めて外から校舎内部を観察する。

 外観は変わらずだが、教室内の雰囲気は物々しい。

 血などの直接的な痕跡は見えないため、人的被害は抑えられている方なのだろう。

 奴らの目的がただの虐殺ではないのが救いだ。もしも大勢の生徒が死んでしまうと、責任が取れない。

 玄関から、静かに様子を伺う。

 煉理学園は最大四階で、うち三階が生徒達の教室がある。そして残った一階は職員室や図書室などだ。

 現状学年一つに四クラスなので、それなりに人員のある組織なら全てのクラスに一人は置けると思える。

 廊下には人影は無い。

 外部へ連絡が出来れば良いのだが、俺の携帯端末は奪われており連絡手段は無い。なので職員室へ向かう。

 扉越しに張り詰めた雰囲気を感じながら職員室に入る。

 先生達は拘束され、怯えている。だが敵と思えるような人物は一人も居ない。

 まぁ、どうやら教頭先生は救えないようだが。

「山本先生、これは?」

 山本先生の拘束を解き、小声で経緯を聞く。

「それよりも、今は皆さんの拘束を……て、叶翔先生?!」

「静かに、今騒ぐと死にますよ」

 驚く山本先生を制し、お互い小声で話す。

「で、ですがその傷は……まさか、あのテロリストに?」

「いえ、この火傷は全て自腹です。それよりも経緯を」

「え、えぇ……えっと現在煉理学園はテロリストに制圧されています。そして先程その構成員一名に全生徒のプロフィールを僕が渡してしまったところです」

「それは、命令だったんですか?」

「はい……」

 山本先生の表情は苦しそうだ。

 これほど素直な先生、いや人間は珍しい。命の危機を回避するためなら職務や規定を放棄してもおかしくないのが人間という生き物なのに対し、山本先生はまともに罪悪感を受けている。

「この場に関しては、先生の対応は生物として普通ですよ」

「たとえそうでも、僕は生徒を危険に晒してしまっている感覚がして……少なくとも"教師"という生き物として犯してはいけない罪を犯したようで、嫌なんです」

 より顔を曇らせていく。

 今この場には教師や生徒などの立場は無く、強い人間と弱い人間くらいの区別しかないというよに。

「……とりあえず、テロリストへの対応は俺に任せて下さい。山本先生はこの場で待機して、拘束されているフリで乗り切って下さい」

 そう言って、俺は再び山本先生を拘束した。もちろん最初のときよりは緩めにしている。

 職員室を見渡し、一番出入り口に近い受話器に向かう。

 職員室から出て行くフリで扉のドアノブに手を掛け、それを監視するカメラを理論で隠す。

 理論で、と言っても周りのプリントでカメラを覆うくらいだが。見えなければ良い、伝わらなければいい。

 受話器にいつもの警察の番号を打ち込む。

『…………随分と出番が早くないか?』

 聞き慣れた声が対応する。

「場所は煉理学園だ」

『はぁ、変わってないな。そのせっかちは』

「たった一年で人は変わらんだろう」

『変わるさ、俺達と同じように』

「……とにかく早く来い」

『あぁ、今準備してる。だがそこへ行けるのは俺だけかもしれんぞ?』

「だけって、お前結構影響力持ってるんだから、あと4人くらい連れていけるだろ。」

『はは!それもそうか!そうだな……現場には30分くらいで着くと思う』

 そろそろ理論の効果が切れるので通話を止める。

 30分間、俺は学校内にテロリストを留めなくてはいけない。

 

 テロリストに拘束されて、それなりに時間が経った。

 この緊張感に対して俺達は慣れて来ている。

 啜り泣く声は消え、代わりに小さな、弱い深呼吸ばかりが聞こえる。

 どれだけ待っても救いは来ないし、太星もおそらく死んだのだろう。

 俺のこれまでの人生で一番絶望的だ。

 いつものように過ごして、面倒だと飽きていた日常が恋しい。充実は感じられなくとも余裕はあった時間に戻りたい。

 教室の外の階段から、誰かが接近してきている。

 教室の扉が開く音。

 ゴツゴツとした足音。

 近づいてくる誰かの気配。

「おい、お前が不知火三鬼か?」

 頷く。

「そうか……俺について来い」

 目隠しを外され、手錠を掛けられる。

「え?」

 目の前にはテロリストが1名、最初のヤツとは違う。

「これから、どこに……?』

「行けば分かるだろ」

 まぁ、そんな返答だろうとは思っていた。

 廊下を歩き、階段を降りること数分。どうやら校舎の裏に向かっているようで、非常用出口へのルートを辿っている。

「……屈め!」

 急な指示に追従する。

 瞬間、あり得ない速度で物質が頭上を走り、前方の扉を貫通した。

 少しでも遅ければ、なんてものじゃない。屈むのが遅くても速くても当たっていただろう、まさにこのタイミングでなければ避けられない"何か"。

「誰だ!」

 襲撃者は現れない。

 俺を連れていたテロリストは無線機を取り仲間へトラブルの報告を行う。

「こちらダイヤ、非常用出口道中にて交戦中。各員、敵性存在に警戒せよ」

 第2の攻撃が迫る。

 方向は違うが、視野内だ。

「ッ!そこか」

 空き教室の窓ガラスを突き破ってホウキが飛んでくる。

 そしてそのホウキを左に避け、カウンターの銃撃が3回。

 リアクションは無い。

 

 無言の時間が続いている。

 テロリスト側は教室に突入したそうだが、俺が逃げる可能性を考慮してか、絶対に場から離れようとしない。

 対して襲撃者は未だに姿を表さず、状況はわからない。だがそれがむしろ威嚇となり、攻め入る事のリスクがいくらでも増長される。

「あんた、ダイヤって言ったか?俺を殺すのはそんなに避けたいか」

「あぁ、有能な人材はなるべく確保したいからな」

「つまり、俺はこのままだとテロリストの仲間にされる訳だ」

 簡単に口を滑らせることに成功した。

「おっと……」

「名家の息子がテロリストなんて、親のプライドは瀕死になっちまうな……」

「死にたいか……?」

 その質問には答えない。なぜならこれまでの会話、そして今この瞬間は現在の拮抗状態における最大の隙間。襲撃者がどんな目的でどんな人間なのかは知らないが、あれ程の攻撃が出来るのなら、この時間がどれほどの好機か測れるはずだ、俺はそれに賭ける。

 派手な破裂音と共に教室の扉が飛んでくる。

「謀ったな?!不知火!!」

 ダイヤと言う男は、全身で飛んできた扉を受け止めた。

 だが先程開いた出口からまた別の脅威が飛んでくるのは常識だ。

 目の前に見知った人の見知らぬ姿が現れる。

「あの旧校舎からここまで……!?」

 ダイヤは慌てて胸に収まっている拳銃を抜くが、襲撃者はその拳銃を握り、床と壁の境界、角に弾丸を飛ばす。

「?!引き金を引かず、どうやってハンマーを……!?」

「そりゃ、俺にしか出来ない裏技さ」

 2回ほどの聞き慣れない不快音と共に、先程の弾丸がダイヤの喉に空隙を生み出した。

 血が吹き出ていくが、返り血の殆どは叶翔先生にかかり、俺は一滴も汚れない。

「ァ"?……ヂょ゙う?だん……ァ"ド」

 喉を埋め尽くしていく血液に咳き込みながら、ダイヤは驚嘆の遺言を遺した。それは人の言葉というより、獣のうめき声のような音だった。

「……不知火さん、他に連れ去られた生徒は見てないかな?」

「いや、知りませんね」

「そうですか……とりあえず30分後に頼れる警察がここに到着する。それまで隠れてください」

 少し、ほんの少しだがぎこちなさを感じさせるような言い方で、叶翔先生は俺に指示を下した。

「叶翔先生は、どうするつもりなんですか?」

「警察が到着するまでテロリストに連れ去られる生徒を見つけ出しては保護する。そんな戦闘を繰り返すつもりです」

 ダイヤの装備品を漁りながら、そんな答えを返して来た。

「……慣れてます、ね」

「―――気にしないで」

「まぁ……野暮ですよねぇ」

 恐る恐るそう言いながら、俺は空き教室の教卓の下に隠れた。

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