UMA MUSUME He who rises again and again 作:ミエル
俺は今日、大好きなおばあちゃんのお見舞いに来ていた。
おじいちゃんは6年前に病気で亡くなり今はベッドに一人きりだ。
チューブや点滴に繋がれた状態から以前訪れたときよりも弱り切っているのが明らかだった。
「…いらっしゃい、よく来たねぇ」
おばあちゃんは長野の、いわゆる地方のトレセンで活躍していたウマ娘で華やかなG1レースへの出走こそ無かったものの重賞1つ取っている実力ウマ娘だった。
俺の母親もウマ娘でレースでは記録を残してはいないが、それでも人間と比べられないほどの運動神経を生かしたトレーニングジムの顧問や恵まれたセンスでダンス教室の指導を行っている。母の踊りはとにかくすごかったとのこと。なにかと言われればすっごくすごいとのこと。(父言葉)
ただ残念なことにその才能は自分には引き継がれなかった。
やはりウマ娘である妹だけに、のようだ。
ウマ娘、人間とは異なる種族でありその真価は走りで発揮される。
この世界に生まれたのならウマ娘を支えともに歩むトレーナーなってみたいと思うのは仕方のないことだろう。なんせ
「…だから、彼方、やっておしまいよ
自分が正しいと思うことを、やればいいさね」
幼少の頃、まぁ今もそうなのだが、おばあちゃんに頼みトレーナーとしての指導を受けた。病気のこともあり写真での記憶しかほとんど無いが、おじいちゃんがいれば少し違ったかもしれない。俺の父は普通の会社員なので学ぶ伝手が無かった自分にはとてもありがたいことだった。自身が受けていたというトレーニング、怪我やメンタル面でのケア。実践として妹に手伝ってもらう形をとった。妹も走るのが好きなウマ娘でトレセンを目指すと意気込んでおり、共に学ぶことは多く充実した日々を過ごした。よくお出かけもする、つまり仲の良い兄妹だ。
そんなこともありつつ、おばあちゃんは過去の記憶を掘り起こし非常に細かな内容を教えてくれた師匠でもある。ウマ娘であるからなのか高齢ではあったがそれでも年若い頃は美しかったと思わせる気品があり姿かたちに宿っていた。自分がトレーナーになりたいと言ったときに一番に背中を押してくれたのが嬉しかった。両親も応援してくれて、参考書を買い与えてくれた。妹は蹄鉄と成長に合わせ丈夫なシューズを。
参考書の分厚さを見たときはまるで辞書のように重かった。とても恵まれた家庭であった。今にして思えば我ながらおかしな子だと、周りからは思われていたのだろうか。こんな幼くしてトレーナーを目指すなど同年代にはそういった手合いはいなかった。まぁ自分の感性が特殊であることは認めるが。そのことも後で話そうか。
お別れだよ、彼方
きっと、ウマ娘のトレーナーにおなり…
え、
「…おばあ、ちゃん?」
少しの会話の後、体力面を考慮し早めに部屋を出ようとした直前、
別れ際に自分が声をかけたことに気づいた父がこちらを振り向いた。
「ん、どうした彼方。―母さん?―母さん!?おい待ってくれ、息をしてない、だれか!早く来てくれ!」
「ご臨終です」
あらゆる手を尽くしてくれたであろうナースコールで呼ばれた医者が告げた言葉。
そこからはあっという間だった。
□
祖母が亡くなってから9年。
線香をあげながら夢が叶ったことを報告する。
「おばあちゃん、トレーナー試験受かったよ。おばあちゃんのおかげだ」
亡くなる前に、きっと自分にしか聞こえていなかったのだろうその言葉は、
幻聴だったかもしれないその言葉は強く心に残った。
ありがとう、おばあちゃん。
おれ頑張るよ。
長いって?安心してくれ、シリアスはすぐ終わる。
□
少し前
「長かったー」
見収めるように参考書を見つめぽつりとつぶやく。
長かったトレーナー試験が終わったのだ。
「長かったなトレーナー試験、いやマジで」
いや実にその通りで参考書に書かれている内容は全てできて当然。
その知識で問題を解くのは分かるが鬼門となったのが医学的部分だった。
怪我をしたらとてもまずい。処置ができるように備えておくのは理解できる。その部門も怠らなかったので全く問題は無かったが、参考書の枠を超えて応用問題が多く、事細かに書くと時間が足りない。確かに最難関だと感じさせられた試験であった。
周りも自分と同じように解けるとなると考えると皆のウマ娘への熱意も敬意と感じた。ただ自分の場合は明らかに時間が足りていなかったのが痛い。周りが最後の見直しをしている中、鉛筆の音が鳴っていたのは自分だけだった。素直にみんなとの差を感じてしまった、もう少し勉強時間を詰めるべきだったか。トレーナー試験、それも中央ライセンス取得であればなおさらだろう。合格者すら出ない年すらある狭き門。
午前、休憩をはさみ午後通して5時間、日をまたいで面接、同日午後に最終面接、しかもなんで聞いていた面接官の倍以上の人数と話をしないといけないんだよ。心臓バクバクだったぞこっちは。狂ってるぞ。
自分が話せば返答に困ったような顔されるしあからさまに距離も感じた。受け答えすれば会話も止まる、もっと一般的な質問が来るとも思っていた。こちらの一挙手一投足見定めている視線も怖かったし。仕方ないとは仕方ないか。ウマ娘のレース人生を任せる相手なのだ、面接官にも責任がある手前それくらい必死にもなるだろう。
これがトレーナーへ至るまでの距離。なわけあるか、あの空気はいじめのそれだぞ。逆になんで受かったのか不思議に感じるレベルだわ。まぁ受からなかったら直ぐに受け直す気ではあるが。
そういえば受付の彼女、そう、駿川たづなさんに気付くのも遅れてしまったしどんだけ緊張してたんだよ俺は。視線が合わせられなくて体ばかり見てしまって情けない。へんな奴だと思われなかっただろうか。恥ずかしー。それにしてもめちゃくちゃ美人だった。今度会ったら仕切り直して挨拶しよう、そうしよう。
ながながと愚痴を語ったが今はだれも居ないことだし良いだろう。何はともあれ合格したのだ。
まずはおばあちゃんに報告をする。初めから決めていたことだ。明日は早く起きるとしよう。あと妹にも、結果気にしてたし。
でもまさか、
「ウマ娘の世界に生まれ変わるとはね」
□
遡って試験当日
都内某所
トレーナー試験会場
トレーナー試験に臨むため全国より人が集まる。
ウマ娘たちのレースに魅了されトレーナー志望者は後を絶たない。最難関とされるだけあり、この中から何人が、いや一人でも合格者が出るように陰ながら祈る。ウマ娘、学生でありアスリートでもある全国から集まったエキスパート、夢を見る少女たちの舞台。人生で一番の重要な時間を共に過ごすのだ、誤った者を合格させるわけにはいかない。徐々に学ぶこともあるが試験においてそれらを発揮できないようでは現実でもうまくいかないだろう。若い人から何度か見た熟年の人まで幅広く会場に入っていく。
「すいません。トレーナーの、試験会場はこちらでよろしいか?」
受付用紙に目を落としている最中、
威圧的にも感じる言葉を受け顔を向けると若く童顔な男性が立っていた。
しわの無いおそらく新品のスーツに身を包み、しかし着せられている感じが全くしないほどに良く似合っている。キリっとした瞳が印象的な、一般的に見てかっこいいと言われるタイプの人物だった。今回のトレーナー試験参加の方でしょうか。
私の顔を見据え横目にちらりと視線を動かす。
「申し訳ない、看板も立っている、ここが受付ですね。都会に足を運ぶのに慣れていないため分かりきったことを聞いてしまった」
話せば分かる、歳に似合わないような独特な口調。しかし相手への尊重は感じる。不思議な感覚でした。
「い、いえ。大丈夫です。はい、こちらは今回の試験会場になります。
名簿を確認しますのでお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「不炉夢 彼方と申します。今回はよろしくお願い、いたしま…」
こちらの目を見ながら話していた彼の言葉が不自然に詰まった。
「どうかされましたか?」
「…いえ、貴女は駿川たづなさん、でよろしいでしょうか」
「え、あ、はい駿川たづなと申します。すみません、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか」
「失礼しました、貴女のことは前々から存じております。理事長秘書としてもとても有名ですので、会えて光栄です」
内心ひどく驚いてしまいましたが顔には出ていないでしょうか。
公式HPには教員の欄で掲載されている内容ではあり、役職や名前は載っていますが過去のこともあり写真までは載せていないはず。しかし名前と顔が明らかに一致していると言わんばかりに私の名前を答えた。
彼の顔は決意に満ち溢れている。今回のトレーナー試験に並々ならぬ想いを寄せているのを肌で感じる。そして私の体を集中して視線をめぐらす。
まるで、そう。トレーニング中のウマ娘の体の状態を確認するかのような真剣な瞳。私を見ている…だめ、いけない。
「ッありがとうございます。応援しています、頑張ってくださいね」
何とか言葉を発することができたが上ずってしまった。
ありがとう、と一言、彼は会場へと入っていく。そして最後に声を聴いた。
「貴女に、月の加護がありますように」
思わず振り向いてしまった。すでに彼の姿はなく感じるのは自身の心音。
ウマ娘の走りが会場を沸かせ、きらりと光る汗すら美しいと感じさせる太陽の元、その姿は何よりも輝いているのだろう。それなら対照に走らなく、いや、走れなくなってしまったウマ娘はどうだろう。
表舞台からは姿を消し、それぞれの思いの中歩む道を進んでいる。それでもなおウマ娘として、レースに携わりたいと願うのなら。
きっとその輝きは太陽ではなく月の下で更なる輝きを放つ。月は徐々に満ちていくことから、成長や発展の意味があるとも言われている。
日の当たる場所で活躍することができなくなってしまったウマ娘に向けて最大限の賛辞。なんの脈絡も無く、当然と言わんばかりに月と言葉が出たことが何よりの証拠。月、なんとも洒落た言い回しだ。
私のことを有名と知っているかのような口ぶり。すでに過去の栄光。しかし忘れることのできない夢。認めたくなくて諦めることで未来へ託そうと未練がましくトレセンへと残ってしまった。夢を、希望を未来ある子達への少しでも力になれれば。
これは、この気持ちは何なんでしょう。分からない、分からないのですが、温かさを感じます…こんなことは、はじめてです。
「彼は一体、どこまで知って…いえ」
「どこまで識っているのでしょうか」
そんな彼が来てくれたら、私は、トレセン学園のみんなは。きっと大きな何かが動き出す。そんな予感がした、確実に。
「貴方に三女神の加護がありますように」
□
「カンニング、不正行為が見受けられた場合、その場で退場となります。時間経過後の記入に関してはマイナスとなります。試験終了とともに速やかに筆を置くように」
「それでは、試験開始」
………
……
「次は映像試験です。これから流す映像をもとに~」
……
「次は~」
長かった筆記試験は無事に終了し、一斉に採点を始める。
ウマ娘とは人間と同じく生き物であり、医学と同じく新たに判明する事実やレース起こる内容から日々更新していく必要がある。そのため資料も厚く参考書も冊数を増やしている。比例して試験内容は年々難しくなる傾向にありそれが近年合格者数を減らしてしまっている要因でもある。
「事前情報から聞いていましたが、さすがはあの桐生院さんですね。ほとんど満点に近い」
代々から続くトレーナー界の名門桐生院。その一人娘が参加しているのだ。名門と言われるだけあり教えもしっかりしているのか、基礎、応用に関しても抜かりがない。残るは面接だけであるが合格は間違いなし、誰もが主席であることを思った中、もくもくと採点していた職員が声を上げた。
「ねぇ、これを見て」
彼女が見せるのは同じ試験用紙。ほかとの違いは一つもミスがないことくらい。
「はっ?」
何度も確認したけど、間違いないよ。その言葉を聞いて全員で確認する。全問正解。それも模範解答を超えてさらに詳細まで書き記してある。まるで私服警官ならぬ私服トレーナー。現役トレーナーですらケアレスミスするような内容にもかかわらず。
特に細かく記載していたのが実際の走り、トレーニングを見ながら行う映像試験。
レース直前に担当トレーナーが出した作戦・指示、トレーニングの分配時間、クールダウンのタイミング。そして一切言及していない出走者の得意距離、脚質まで言い当てている。ここまで正確に記入したとしたら試験時間ギリギリである。
優秀な人材が来たとひどく歓喜する者、何か不正行為をしている、言葉に出さなかったが顔に出ている者もいる。しかしその可能性は断じてない。なぜならこれは国内最難関のトレーナー試験、カメラも設置してあり抜け穴はない。採点へと回されている時点で何も問題がないことの証明である。
満点合格は類を見ない為驚きを隠せずにいたが、どんな人物なのか、面接にて詳しく判断するとの全体一致でその場はおさめられた。しかし、
最初の面接が終わり、元気なさげに彼女は部屋に戻ってきた。
「すいません、私には荷が重いです。彼の言葉が、真意がわかりません。ウマ娘のことを強く思っていることは分かりました。けど、私に分かったのはそれくらいでした。まるでふかい、深淵の奥を覗いているようで、怖いんです。逆に私が試されているみたいで」
筆頭試験官は頭を抱え結果として、急ごしらえで大幅な人数変更を行い彼への最終面接は一番最後となった。
………
……
コンコン
「どうぞお入りください」
既に部屋には8人の面接官が待機していた。
「失礼いたします」
扉越しに声が聞こえ入室する青年に、筆記試験を満点合格したことに対しての異質さは無い。整った服装に重心がぶれない立ち姿、この時点では好青年という印象しか思えなかった。
だが、
「…ふむ、皆様方が此度の面接官ですね。よろしくお願いいたします」
こちらを刺すような鋭い視線が我々を見定める。深い何か、身の内を見られているような錯覚すらおぼえる。自然と汗がにじみ緊張が表情に現れ握りこぶしを強くした。丁寧であるが風変わりな口調、そして言葉のひとつひとつに不思議な重さがかかる。それが進行役である面接官の思考を鈍らせた。時間にしてわずか10秒にも満たない沈黙が空間を包む。そこで彼が口を開いた。
「……どうしたのですか。このまま始めても構いませんが、立ちながら面接は初めてでして。皆様方、どうかよろしければ教えてください」
「ぁ、す、すいません。ッどうぞ座ってください」
言われてから意識が戻る、あなたは悪くない、あれは仕方ない。全員が思った。筆記の時点で天才の部類であることは間違いなくそれと合わせて異質な雰囲気を纏う彼をとても歳下とは思えなかった。
慌てたような椅子を動かす音が鳴り響く。それに対して彼はとても静かに椅子に座った。心を落ち着かせ通例の質問を投げかける。
「えーと、それでは最初の質問です。貴方はなぜ、トレーナーを目指そうと考えたのですか」
考える素振りをみせこう答えた。
「なぜ、そうですね。有り体に言えば魅せられたから、でしょうか。この世界に生まれ落ちた瞬間より決まっていたことです。この考えに至るのは当然のことなのでしょう。…当たり障りのない回答で申し訳ない。ですが私には、本当に他には何もない」
「い、いえ。ありがとうございます」
生まれ落ちた瞬間、おそらく比喩であろうそれは面接官の好奇心を揺すった。顔に出ていたのか彼は話し進める。
「…話してもいいのですがとても理解いただけないかと思います。申し訳ないのですがこれ以上はお答えできません」
「……あ、…(次は自分だ)今度は私からの質問です。筆記試験のことで点数まではまだ教えられませんが非常に優秀であると連絡を受けています。あれらの知識はどこから得たものなのですか」
「学んだのです。とても素晴らしい師匠より。時間にして短い時ではありましたが確かに私の基盤、知識となってくれました。そこからは独学で私のことを理解してくれる
その後も面接官が代わる代わるに質問をお投げかけた。その時間、次は自分が、彼に何を聞くのか考えるために、何とか間をつなげようと皆必死に脳を回した。
………
……
「あの、すいません、私からの質問ですが、貴方がトレーナーとなって掲げる目標などあれば教えていただきたいです」
「祝福を、ご存知ですか?休息を与える、黄金の灯を。その灯から光の筋が生じ、ある方向を示すことがあります。
それこそが、祝福の導き。私たちが、進むべき道なのです。今の私は巫女無しのただの一般人にしかすぎません。導きも知らず、共に歩むこともできず、レースに導かれることもない」
祝福、巫女、導き、彼の言う言葉すべてが常識からかけ離れている。例えるなら別の視点から見下ろしているかのよう。
聞いた単語を脳内で復唱する。認識が、理解が追い付かない、点と線が結びつかない。これは、難しいなんてものではない。私は、質問を間違えたのか。何とか返答しようと頭を振り絞る。
「ぇ、巫女?導く、とは、それはつまりウマ娘のことを示しているのでしょうか」
「…ええ、そうですとも。導きが教えてくれるのです。私が、どこに向かうべきなのか。
…あるいはどこで、死ぬべきなのか」
そこまでか。常人では至らない境地にすでに足を踏み込んでいる。
なるほど彼はトレーナーとしての責務を私たちの考えを超えた先の視点で捉えている。人生の全てをかける程の意志がある。
数々の受験者と相対してきたが彼のような人間は初めてだった。おそらく今後彼のような存在は現れないだろうとも思う。
「理想が高いことは素晴らしいことです。そして大きなことを成そうとする意志も感じられます。しかし、茨ですよそれは!その道はかなり厳しいものになります。貴方にはその覚悟が……あるのですか」
少しの時間を置いて別の面接官が口を開く。
ひどく焦ったような最後まで言えたのか分からない震える声を押し出して。最後の質問の言葉を。
「…いつも、どこにでもいる。
甘い言葉の嘘を吐き、聖人の悪を暴き、正義を語る狂人が。
そして往々に、覚悟だけは足りぬものです」
「貴殿がおっしゃりたいことはよく分かります。ですが
「後は、私が行くだけです。私だけの暗き路を」
この質問を最後に最終面接は終わりを告げた。彼が退出した後に漏れたのは解かれた緊張から解放された安堵のため息。
「まったく、身のほどを見失うとは、この私も老いたものだ」
不炉夢 彼方か、とんでもない若者がおったものだ。
笑みを浮かべた老齢の面接官が口にし全員が視線を合わせる。
「若い者は知らないのも無理はない。はるか昔、神話における女神と同じ名を持つウマ娘がいた。その名はアメノウズメ。
当時では類を見ない功績を残し、神々を和ませ 神の手較ぶ天鈿女命。当時を知る者は彼女を、ウマ娘達をこう呼んだんだ」
「巫女と」