UMA MUSUME He who rises again and again 作:ミエル
「メジロマックイーンには俺のチームに来てもらいたいと考えていたんだが」
「現実を見なさい。今の貴方のあれはまだチームではないでしょ」
沖野トレーナーと東条トレーナー。ともに中央のトレセン学園にて働く二人。どちらもトレセン学園内ではトップクラスの実力を持つベテラントレーナーである。そしてここは二人の行きつけのバーである。決して口にはしないが互いに少なからず意識している。それと同時に良き理解者でもあり、時折一緒にお酒を飲み交わしている。
店内には客の姿は殆んど無く、しんとした空気と何十年か前に流行ったようなジャズ・ピアノ・トリオの音楽が天井のスピーカーから小さく流れ、グラスの触れあう音や氷を割る音がときおりそれに混じった。
「分かってるさ。ただスカウトはしてるんだが…何故か振られてしまうだけだ」
「貴方本気で言っているの?……あきれた。自分の胸に手を当ててよく考えることね」
乾いた笑いを見せグラスに注がれたカクテルを口に運ぶ。バーボンをジンジャーエールで割ったさわやかな定番カクテル。ケンタッキーの大自然の恵みが育む「メーカーズマーク」の香りに、ジンジャーエールとレモンがさっぱりと調和した味わいが広がる。グラスで弾ける泡に視線を落とし沖野トレーナーは口を開く。
「ところで話は変わるんだが、おハナさん」
「あの二人の事?それとも彼の事?」
「…さすがおハナさん。考えてることは同じみたいだ」
少し考えをまとめ知り得た内容を口にする。
「あの若さで中央のトレーナー試験を一発合格するような奴だ、過去に何かあるかと調べてみたが…、結果はノーだ。過去に誰かを指導していたという記録も無い。関係があるとしたら母親がウマ娘であること以外は普通の家族さ。娘もウマ娘でその長男が不炉夢 彼方トレーナー」
分かっていることは誰でも閲覧できるプロフィール上の事のみ。そこからは出身地や家族構成を調べることくらいで、どこで学んだのかその多くが謎に包まれる。お手上げといわんばかりに沖野トレーナーは肩をすくめた。今回東条トレーナーを誘ったのは同じように彼のことを調べているのではないか、つまり情報共有をしたいと思っての事だった。そうねぇ、と呟き何か考える仕草を見せた。
「私も同じよ、けどもう一つ。彼の祖父も私たちと同じくトレーナーだったみたいよ。当時、担当だったのが彼の祖母にあたる、という事くらいね」
その話は彼にとって初めて聞いた内容だった。父親は普通の社会人だがトレーナーを持つ家系。じゃあそこに何か秘密があるんじゃ、と沖野トレーナーの言葉に続けて説明する。
「確かに重賞レースに勝っている記録があるから実力はあったのは確かね。ただ地方という事もありそこまで記録が残って無かったのよね」
「それもそうか。その祖父母が現役の頃ってことは、俺たちだって生まれてないか。だとすると、だ。その祖父から学んだ…とか?」
「その線も薄いわね」
カクテルを一口、喉に通し彼女はその否定理由を推測する。
いくら祖父がトレーナーで教えてもらったからといってまだ20歳の新人トレーナー。中学か、高校か、学ぶにしても明らかに時間が短すぎる。単純に天才という言葉だけで片付けてよいものなのか、少しの違和感が残る。それともさらに幼少の頃から…。
彼女の考えに沖野トレーナーは納得したように頷き視線を落とした。
「まぁ彼自身の事もそうだけど、今は彼女たちの事ね」
ここ最近のことを思い返す。この短期間で担当二人を持ち、レースにおいてもその手腕を発揮。選抜レース、種目別競技大会と続き彼が指導しているウマ娘は大きな記録を残している。しかしあくまで彼は新人。担当はデビュー前であり、まだ確たる結果を残しているわけではない。この状況で上が許可を出すのは難しいと思われる。
ウマ娘たちからすれば一生に一度の機会。目指すべき目標や指針、信頼のおけるパートナーとなる相手をそう簡単に決めることはできない。新人として決まった相手と二人三脚で歩んで行く。そこで身に着けた経験や結果をもとにその人物の容量を測るのだ。つまり経験もない新人トレーナーに担当を複数人持たせて責任が取れるのか、簡単な話だ。
「あぁ、そうだな。アイネスフウジンはレースに力を入れるようになったのは最近だって聞いた。ポテンシャルがあるのは間違いないが、そうだとしても成長が早すぎる。メジロマックイーンだってそうだ。もともと実力があるウマ娘ではあることは聞いていたし、練習中の走りも見たことがあるが、どこか焦る気持ちが先行して本来の走りができていなかったはずだ」
「だってのに担当が付いて僅か1ヶ月であの変わりよう。あいつは一体何をしたんだ?…分からん、優秀な後輩ができて自信無くすよ俺は」
酒も入り意気消沈気味の彼の様子を見かねたのか活を入れるように背中を叩く。
「しゃきっとしなさい、貴方らしくもない。だったら直接聞いてみたら?私はまだだけど、ルドルフは彼と会ったそうよ」
「……俺だって会いに行ったさ。まぁ結局は、はぐらかされて終わっただけだったけどな」
……
…
4日前
ここか不炉夢トレーナーの使っている部屋は。何かと話題の尽きない男だ。俺もよく見ておかないとな。
沖野トレーナーは不炉夢トレーナーの仕事部屋の前で止まり、入るタイミングを窺っていた。扉に手をかけるとカギは掛かっておらずそのまま開くことができた。部屋に足を踏み入れると、パソコンを操作する一人の男性の姿が見える。
『失礼するぞ。お、いたいた、今時間いいか?』
『貴方は…沖野トレーナーですね。お会いできて光栄だ。えぇ、構いませんとも』
陽光を背に浴び、こちらの姿を見ると立ち上がり少しだけ距離を詰めるように近づいてくる。
なんだ、俺のことを知っているのか?
『…おお!なら良かった。時間は取らせないから安心してくれ。随分と活躍しているみたいで何よりだ』
『まずは自己紹介からだな。俺は沖野だ。今は担当一人だけだがトレーナーとしての実力はあるつもりだ、何かあれば相談にのろう』
『これはご丁寧に感謝する。私は不炉夢 彼方と言う。新人のトレーナーだ』
第一印象は若くて真面目そうな後輩ってところだな。部屋もきれいに整頓されていて、うちとは大違いだな全く。部屋中からほのかに甘い香りもする、これは菓子か香水か?
『今回は話題の新人がいるって聞いてな、挨拶に来たんだ。随分と早い活躍で先輩としてはうれしい限りだよほんとに』
棚には綺麗にファイリングされた資料が並び、ホワイトボードには筆跡の跡も少なく新しさを感じる。食器棚にはシンプルなコップと可愛らしい模様のコップが二種類。部屋の隅に置かれたパキラの葉に光が当たり煌めく。
『少し聞いても良いか?トレーナーとしてのその知識は独学か?それとも誰かに教わったものなのか?』
沖野トレーナーの問いに特に考える素振りも見せず直ぐに口を開いた。
『私がここに居れるのは先人の教えによるものです。私はただ、その知識をなぞったにすぎない』
ん、なんだかはっきりしない答えだな。
『そ、そうか。それなら実践はどうなんだ。さすがに初めてとしちゃぁ出来すぎてる。ここに来るまでに誰か指導の経験はあるのか?』
『マックイーンが私にとっての初めての巫女ですよ。指導もありません。ただ…』
ここで初めて不炉夢トレーナーは表情を変えた。そして一呼吸挟み言葉を続ける。
『共に歩む
彼の紡ぐ言葉に沖野トレーナーは内心困惑していた。
なんなんださっきから。巫女?天使?何のことだ。何かの比喩か。マックイーンが初めての巫女、ってことはウマ娘か担当って意味か。じゃあ天使ってなんだよ。
沖野トレーナーの表情から疑問に思っていることを感じたのか不炉夢トレーナーが先に補足を入れる。
『おそらく一年か二年か、会える機会もあるかと思います。確信はしていますが確定ではないので今はそれとだけ』
聞いたことに対して嘘をついている訳でもないのは表情から読み取れる。しかし思ったような返答がないことから半ば諦めの心が表に出る。
余計わからんぞ、どうして中央のトレセン学園のトレーナーになるやつはこうも癖がある人間が多いんだよ。…実力があるのは認めるが。
『あー分かった、ありがとうな。突然押しかけて悪かったな。それじゃあそろそろ戻るとするが、最後に一つだけいいか?』
『えぇ、構いません』
『いつからトレーナーになろうと考えていたんだ?まさか、生まれる前からとか言わないよな、はっはっはっ!』
単純な疑問だった。いつからトレーナーという職種を目指せばこれほど早く中央に来れるような逸材となれるのか。しかしこの質問は失敗だったのかもしれない、後にしてそう思う。
『……誰にでも触れられたくない過去というのはあるものです、それが恥なら尚更というもの』
突如として彼の目つきが変わる。言葉遣いに変化は無いが周りを包む空気が明らかに変わった。沖野トレーナーは間近でそれを肌で感じ取ってしまっていた。
『ましてや貴方であればなおのこと』
気が変になりそうだと、彼は思った。足の多い昆虫や、けばけばしい色の植物を目撃したのに似た、不快感だ。彼の視線、その声。目や耳に伸び出た見えない触手が絡み付いてくるような感覚を理由も解らず沖野トレーナーは感じていた。
『秘密には常に隠す者がいる。お互い巫女を持つ身、余計な詮索は無しにしよう』
彼は沖野トレーナーの質問に威圧的かつ拒絶で返した。そこから先に触れてくれるな、と。時間にしてわずか数秒、彼の纏っていた雰囲気が元に戻り部屋を訪れた時同様に穏やかなものになる。
『沖野トレーナー。今回は貴方と語ることができ、とても良い時間でした。今度はこちらから伺わせていただきます』
『…あ、あぁ』
……
…
「それで詳しいことは聞けずに帰って来たと」
「いやー面目ない。なんか聞き出せるような雰囲気じゃなくてさ。あれは俺には無理だわ」
彼と不炉夢トレーナーの話を聞いて何か思いついたように口を開く。
「……そうねぇ、おそらくだけど、彼が向けている意識が私たちとは違うと思うの」
「というと」
「私は見てないから実際のことは分からないのだけど彼、選抜レースの時、他のトレーナーたちと一悶着あったみたいなの」
そんなことがあったのか。あの日はゴールドシップと一緒に囲碁サッカー?やってたせいで間に合わなかったんだよなぁ。
「…勘違いしないで、別に何か問題を起こしたというわけではないわ。少し話をした時に彼から、そうね、何か威圧感のような感覚を覚えたというのを聞いたのよ」
そういう事か、おそらく俺が最後に感じた感覚が威圧ってやつか。確かに今までにない空気だったな。
彼女の話を聞くに、ただ全員がそういうわけではないとのこと。担当のウマ娘と接しているときは普段より落ち着いているという声もあり、何かしらの基準があるのだと推測する。
「つまりね、ウマ娘かそれ以外か、ってことね」
「ただ貴方の話だと最初は普通に話せていたのよね。……他には彼と同期の桐生院トレーナーやたづなさんからはそういった話は聞かないわね。彼の中で何か決まりの線があるのかもしれないわね」
こうなると人によって対応を決めているとも取れる。その共通点は何だ、他のトレーナーが意図せずメジロマックイーンに言い寄ったっていう話か、それとも俺があいつの過去に触れようとしたことか。あくまで推測でしかない今の段階では分からないな。時期的にもそろそろメジロマックイーンのデビュー戦のはず。いろいろ考えるのはその結果次第だな。
「私も彼には話があるから明日にでも会うつもりよ」
話に付き合ってくれた東条トレーナーに感謝の言葉を伝え時間を確認する。
「それよりおハナさん、今夜…」
「な、なによ」
向かい合うように真剣な表情で東条トレーナーを見つめる。酒が回ったのか心臓が早鐘を打ち視線を逸らす。そしてゆっくりと彼の口が開かれる。
「…奢ってくれない?」
彼の持つ財布から落ちる5円玉がテーブルの上で悲しく音をたてた。
「はぁ…」
□
「二人にはこれからトラックを走ってもらう。マックイーンは内周を2周走った後に続けて外周を1週。アイネスは外周だけで2周半を走ってほしい」
グラウンドでいつも通りの時間にトレーニングを指導する。休憩をはさみつつ1時間が経過したタイミングでそれぞれに別の指示を行う。
「分かりましたわ」
「はいなのー!」
疲れを知らないのか元気よく挨拶する二人を眺めながら記録をまとめていく。しかし決して疲労のタイミングは見誤らない。
同時にスタート、距離は同じだが内周を走るメジロマックイーンの方が早く前に出る形となる。その為常に視界に映るため、アイネスフウジンには掛からずペースを保つ動きが求められる。走法が逃げの為基本的に誰かの後ろを走ることは少ないが、最初の先頭争いを取られた時、ラストスパートで追い抜かされた時に対応できるように追うことも意識させる。
アイネスフウジンと少し異なり先行が得意な彼女には常に後方からの圧がかかる。メジロマックイーンには逃げによる後方からの圧に耐えられるように心を鍛える。うまく調整すれば先行だけではなく。逃げによる走法も彼女の武器になると思っての練習であった。
こちらの意図に気付いたのか、前方後方ともに意識した付かず離れず速度を保ちながら走り進める。
やっぱりすごいな二人とも。レースにおいてのセンスがずば抜けている。走り終わったら今回の練習の意味を話そうと思ったけど必要ないかもだな。
「あ、不炉夢トレーナー!」
そんなことを考えていると不意に後ろから声を掛けられる。そして足音は次第に増していき振り向いた彼の前で止まった。
「お疲れ様です、不炉夢トレーナ!ついに私も担当を持つことになりましたので挨拶に来ました!」
彼女の後ろから一人のウマ娘が姿を現す。白い髪がふわりと舞い桐生院トレーナーの横に立つ。それは彼女より少しだけ身長が高い白毛のウマ娘。
「……トレーナー。……この人が?」
担当というと、ああなるほど、ついにか。並んで見て分かったけど葵さん小さいな。いや別に身長が低い人を貶しているわけではなく可愛らしいという意味だよ。
「はい、そうですよミーク。不炉夢トレーナー、紹介します!彼女が担当のハッピーミークです」
えぇ、知っていますともそれはもうたくさん。ウマムスメプリティーダービー を始めたら必ず競うことになる相手だからね。
「…初めまして、ハッピーミークです。……こんにちは」
「初めまして。私は不炉夢 彼方と言う。桐生院トレーナーから既に聞いているかもしれないが彼女の同期にあたる者だ。よろしく頼むよ」
自己紹介を終えこれで挨拶も終わりかと思ったがさすがにそれだけでは味気ない。ハッピーミークが運動着を着ていることもありひとつの提案を持ち掛ける。
「よければ桐生院トレーナー、トレーニングを共に行わないか?彼女にとっても良い刺激になると思う」
「いいんですか?!……で、でもいきなり押しかけちゃったので今回は――」
走る二人を横目に遠慮がちに断ろうとしたところで不炉夢トレーナーに遮られた。
「良いも何も、私たちは二人だけの同期。かしこまる必要はないよ。むしろ頼ってほしい。他ならぬ貴女の頼みであれば断る理由もない」
そんなに遠慮しなくてもいいんだけどな。できればもっと頼ってほしい。今後俺からもなにか頼むこともあるかもしれないからお互いさまってやつだな。
「っありがとうございます!不炉夢トレーナー!!行けますかミーク!」
「…むむ。……考えます」
そう言ってハッピーミークは走る二人の姿をしばらく見つめた後空を見上げた。桐生院トレーナーいわく、イメージトレーニングとのこと。空を見ながら自分の動きをイメージする。昔からの彼女のやり方であると。そしてその姿を信じ、満足のいくまで彼女の思うようにさせるというのだ。
「トレーナー白書にもありましたから。『ウマ娘の心を尊重すべし』と」
「そうか。それは……良い言葉だ」
時間にして30分、ようやくハッピーミークが目を開いた。そのころには二人は走り終わり休憩のためベンチで休む。そして二人も挨拶も済ませた。
「トレーナーさん、今回のトレーニングは良いものでした。走る距離は変わらず、しかし相手との距離は開く。いかに自分のペースで走り切れるか、弱点を更に克服できそうです」
「あたしも良い練習になったの。まさか最初から逃げのままでマックイーンちゃんを追うことになるとは思わなかったの」
今回のやり方に二人は満足してくれたようだ。渡したゼリーもいつもよりスプーンが進んでいる。その姿に桐生院トレーナーは不思議そうな表情を浮かべている。
「これは通常よりもカロリー抑えたものでね、トレーニングの合間に食べれるように準備したものだ。桐生院トレーナーも一つどうかな?」
彼の手からゼリーを受け取り一口、口に含む。その瞬間少し声を漏らし恍惚とした表情を浮かべる。
「ッ美味しいです!これはどこで買われたものですか?」
「そちらはトレーナーさんの手作りです。私たちの為に用意してくださった物です。トレーニング後の熱のこもった体に透き通るひんやりとした触感。とても堪らないですわ!」
「そうなの、とっても美味しいの!味も見た目も保証するの!」
不炉夢トレーナーよりも先に二人が説明する。
なんで作った俺じゃなくて君たちが説明してるんだ。間髪入れずだったから口も開けなかったよ。すごくうれしいからヨシ!
「もちろんハッピーミークにも走り終わった後にご馳走しよう。安心して走ってくるといい」
「……やるき、でました」
その説明に食べる手を止め興味深そうにゼリーへ視線を落とす。その様子を見ながら不炉夢トレーナーがしゃがみ込むと二人はゆっくりと脚を彼に向ける。もはや恒例となった脚のチェック。もはや言葉はなく阿吽の呼吸、その動きが了承となり彼の手が優しくそれに触れる。
「っん…」
「あはっ、少しくすぐったいの」
「ふ、不炉夢トレーナー、何を…」
不炉夢トレーナーが二人の脚に触れるという行動から、ついゼリーから目を離し困惑気味に問いかける。
「………………」
「………………」
え…?
先ほどと同様二人が説明するかと思い触診に集中していたが一向に口を開く気配がない。不思議に思い頭を上げ二人の顔を見る。食べる手を止め、その視線はじっと彼の手の動きを見ていた。
「え、あ、ど、どうされましたかトレーナーさん。何かありましたか?!」
「っと、トレーナー!いきなり顔を見るのは、は、反則なの!!」
「すまない。二人のことが気になってしまってな」
『…ッ………!』
突然顔を上げたことに何か異変があったのだと勘違いしたのか二人が慌てた素振りを見せる。特に問題はないと判断し視線を落として再開する。直前に二人とも何とも言えないような表情を浮かべていたが疲労だろうか。
無事触診を終え今度はハッピーミークがスタート位置に立つ。なぜか微妙な空気感が漂っていたがきっと気のせいだろう。
「頑張ってください!ミーク!」
合図を受け走り出す。
「痺れる走りしてるじゃない」
唐突にここにはいないははずの第三者の声が聞こえた。
「マルゼンスキー……いつの間に」
「ちゃお☆トレーナー君。今日はルドルフは居ないわよ」
気配を感じさせず不炉夢トレーナーの横に立つ彼女。マルゼンスキー、以前シンボリルドルフと話をしたときに一緒にいた同じくチームリギルのウマ娘だ。
いやなんで貴女ここにいるんです?どこから湧いて出たんですか。……まぁいっか。今はまずハッピーミークの動きに集中しよう。
「ミーク!そこです!!」
「………よいしょー」
桐生院トレーナーの合図を受け加速を続ける。
「完璧な立ち上がりね」
なかなかに良いペースで走りを進める。そして速度はそのままコーナーに差し掛かる。
「っコーナーギリギリをあのスピードで」
……これは。自然と声を漏らす。
調子はかなりよさそうだな。それにこの動き、粗削りではあるが二人の走りを真似たのか。彼女はポテンシャルを秘めているから、今後もっと伸びていくだろうな。
「……あたしも、熱くなっちゃいそう」
いやどこから出したんだよそのジュリ扇は。
終盤を迎えハッピーミークは更なる加速を起こす。
「………むん、そろそろ」
この気配は、まさか一陣の風か?!
無茶だ曲がり切れっこないぞ。
「えいやぁーー」
奮い立つようなしっかりとした声を上げる。
「か、慣性ドリフトですって?!」
知っているのかマルゼンスキー。その時、俺はふと閃いた!
このアイディアは二人とのトレーニングに活かせるかもしれない!
「それでマルゼンスキー、今更だがどうしてここに」
「慌てないでトレーナー君。もう少しで来るから、ね」
ある程度の予想は付いているが言葉にする。彼女がそう言うと、後ろからグレーのパンツスーツを着た女性が近づいてくる。
「初めましてね、不炉夢トレーナー」
あーそういうことね。