後編です。
ぶっちゃけこの作品の趣旨はこの二人の会話をさせたいだけだった。
「そりゃ、当然あるだろうね。
何せこれらの技術は、当時君が帝の勅命を受け考案した『蘇りの秘術』……霊夜祭を用いた滓魂集めなどのシステムが原型だ」
後ろめたさの欠片も見せずそう言って、羂索は一冊の古文書を掲げた。夢と現の間にあるそれは実物ではないのだろうがしかし、睛曼は思わず身を乗り出しそうになる。
「やはり『
「君が跡形もなく燃やし処分した。
手元に残っていた偽物は、君を殺したあと“彼女”が奪った。“彼女”の死因は偽物の禄命簿に仕掛けておいた呪殺トラップによるものだ。君の死後、なおかつ文献を解読しようとした者にのみ発動する縛り……術者の死が絡む強力な呪いだ。さしもの“彼女”も抵抗むなしく最期はあっけなかったよ」
『蘇りの秘術』――文字通り死者の蘇生術だ。特殊な力場を人為的に区切って用意し、そこにある人命を殺めた際に発生する魂の残滓……滓魂を集め彼岸から死した魂を現世に呼び戻すための。
当時の帝が不老不死、または死後の生まれ変わりを望み、仕えていた睛曼がやむなく研究を始めたが、方針を詰めるほどその過程で犠牲となる者の膨大さ、振り撒かれるであろう悲劇と怨念の多さ、もたらされる儀式結果の不確実性などの複数の問題を抱え結局完成に
そこで待ち受けていたのが、己の欲望のために他者の犠牲を厭わない羂索とは別ベクトルで邪悪な呪詛師の女。
女の追撃は都のそれより執拗で、両者の実力が伯仲していたために何度も何度もぶつかる羽目となった。行く手を阻まれながらも根気強く東を目指したが、長い逃亡生活の疲弊が祟ったのか流行り病に罹ってしまう睛曼。最期は弱った節目を女に狙い撃ちされ、敗北した。
それでも、秘術を明け渡さないよう研究成果の全てを記した禄命簿を偽物とすり替え、暗号化された内容を紐解こうとする者を呪い殺すカウンターを施し、本物は誰にも知られない場所で焼却。崖から海に灰を撒いた。
「君が彼女に追い詰められて隠れ潜んでいたときコッソリ忍び込んで、中身だけ立ち読みさせてもらった。あのときの君は病気で弱ってたし、特殊な結界で気配も完全に消していたから気付けなくとも仕方ない。記憶力には自信があってね。君と彼女の死後写実復元して、理論を私好みに改良し完成させた」
「…………」
「礼を言うよ。君のお蔭で私の計画は大きな一歩目を踏み出せたんだ」
「皮肉のつもりか? 喧嘩なら買うぞ」
「本心さ。
……けど君も迂闊だな。そもそも本当に誰の目にも止まらないようにしたいなら、雇い主とは言え帝の命なんかに従わなければよかったのに。素直にどこへなりとも逃げ仰せ、世捨て人にでもなって世俗と関わりを絶てばよかったんだ。
死者の蘇生、不老不死――古今東西、そういった生死の
「……おれがやらずとも誰かがやらされていた。どこかの半端者が、己の虚栄心なんかのために出来もしない半端な術をでっち上げて無為な死人を増やすくらいなら、自分の手で可能な限り犠牲を少なくできる方法を探したかった。結局、どうしようもないと諦めたんだが。……善良なんかじゃない。自分の性根に従って、意地を張ろうとして、なにもできなかっただけの馬鹿さ。
秘術を持ち逃げしたのだって、時間稼ぎのつもりだった。帝はすでに老い先短く、くたばるまでの数年遠くでやり過ごせばいいと思ったんだ。ま、あの女に邪魔されてそれどころじゃなくなったけど」
「そういうところがまた呪術師らしくなく、個人的に好ましく思う美点なんだよね、君は。ほらよく聞くだろう、お馬鹿なほど愛嬌があると」
「喧嘩売ってんだなよーし二束三文で買い叩くぞ歯ぁ喰いしばれ」
「怒るなって。だから、感謝の気持ちとして君を蘇らせてあげたんだからさ。サービスとして」
「…………はあ?」
不可解な物言いに眉をひそめる。
「思い返せ。君と私との間に死後発生するような契約や縛りを交わしたか? 無いだろう? 君の魂を呪物化し現代に受肉させたのは完全な私個人の独断だ。現に、君は泳者
過去、同意のもと呪物化契約した術師は、前提として死滅回游への参加を縛りで義務づけられる。受肉時点で泳者になるのは確定なわけだ。でも睛曼、君にその義務は発生していない。回游へ参戦せずとも、術式剥奪を受けることもない。よって、私がこうして此処にいるんだ。選択を迫るために」
「どういうことだ?」
「回游の
3、非泳者は結界に侵入した時点で泳者となり、死滅回游への参加を表明したものと見なす。
浮かぶようにして現れた総則を再度反芻すると、脳裏に閃くものを感じた。
「『結界に侵入した時点で』……そうか、わざわざルールに明記するってことは、逆にはじめから中にいた泳者候補にはなんらかの形で任意の脱出権利が生じることになるのか」
これだけの複数拠点かつ大規模儀式、泳者を無理やり結界に封じ込めておくような強制力は働かせられない。呪術的な足し引きが成り立たなくなる。あくまではじめは“当人の意思で”結界内に留まってもらう必要があるのだ。
「そしてそれは術師でない一般人も同じだ。結界内部の非術師は一度だけ本人確認をとって結界のアシストを借り結界外縁にファストトラベルできる。もちろん、それを受ける断るは自由だけど。
今こうしてる間にも、各地結界のシステムを通じて確認をとった一般人を着々避難させてるところさ」
二人の間にテーブルが出現。日本地図が描かれたそこに無数の人型の駒が置かれていた。さらにそれを囲うような十の円が各所に……察するに結界と泳者の位置の縮図だろう。まるでTRPGか桃鉄の盤面だ。円の外に点在する駒は泳者候補か。
東京の海側の結界に、ひとつだけ色の違う目立つ駒がある。試しに手に取ってみると、『興家彰吾』の名前がご丁寧に印字されていた。睛曼ではなく器の名前なのかなどと些細なことを頭の隅で思いつつ憎たらしげに口を開く。
「デスゲームを仕掛けたわりにはお優しい配慮だな。非術師殺害の加点を認めてるくせに、ちぐはぐだ」
「回游や結界構築はそれを成立させるために色々無理した部分が多くて。まあこのくらいの救済措置をしておかないとバランスがね。それにメインは術師同士のバトルロワイアル。非術師も加点対象に含んでるのはおまけだよ」
「フン。受肉組は初めから縛りがあるとしても、覚醒タイプの泳者候補がファストトラベル対象から外れてるのは、脱出を目的のひとつに置いて戦う理由を作るためだろうに。主催者様は大変だな色々と。
で、選択だっけ。おれがお前のサービスとやらに便乗して現代生活をのんびり謳歌したがると思うか? ハッキリ余計な世話と言ってやる。まして、裏があること確定の呪術師同士の殺しあいなんかに好き好んで参加したがるかよ」
「ならこのまま素知らぬ顔で結界の外に出るかい? 止めはしない。言ったように選択権は君にあるし。
――あるいはここで私を仕留めるのも手かもね。これも同じく」
分かりやすい挑発。いや試しているのか。
何にしても返答は決まりきっていた。
「自分が可愛くないからって安易に命を捨てる気はないし、目の前のお前が本体って保証もないだろ」
大上段からの余裕面で述べた羂索を睨み付けながらも、頭は冷静に働いていた。
羂索は脳を移植すれば乗っ取った器の術式を使える。つまり夏油傑の呪霊操術が今の手持ち。ポテンシャルは間違いなく特級クラスで、手持ちのバリエーション次第なら実質術式の複数持ちに相当する。そこに中身の長年の知悉が加わったらえげつないでは済まない。
『うずまき』で真人から抽出した無為転変……昔とった杵柄的な観点から考えてそこまで都合のいいものではないはず。おそらく使い捨てだろう。が、睛曼が知らないだけで本人があらかじめ有用な術式をストックしているかもしれない。あまりに未知数の脅威だ。
主観的な比較でしかないが、記録に登場した数々の現代での呪術戦規模から逆算して睛曼の力量はおおよそ一級の中位クラスが精々だった。
「…………」
蘇りのサービスが単なる善意の施しであるとするのは浅慮。思惑ありきと考えるのが自然。
しかし、羂索のこととなるとよくわからなくなりそうだ。学者のごとく深遠な、それでいて奔放な子供のように自由な思想。無秩序に見えて道理が通っている行動。趣味と仕事を同じ地平で両立させてるような、絶妙な噛み合いのバランスで成り立つ心の模様は、睛曼をして測ることができなかった。
ただ、放置が論外なのは言わずもがな。すでに自分はひとりの人間を意図せずとはいえ殺している。今さら現代で天寿をまっとうしたいなどと日よったことは思わない。この命は、この霊夜祭もどきを終結させるために使いきるべきだ。
「わかった。死滅回游に参加する」
「ふむ」
「だが今じゃない」
「ふむ?」
「結界の外でやることをやってからにさせてもらう」
「いいとも。好きにしたまえ」
終始、放任的でおおらか。睛曼がこれからどうするかなど羂索なら想像がつくだろうに、余裕の態度を崩さない……やめよう。深読みし過ぎれば坩堝にハマる。今はあらゆる事態を警戒しつつ、備え、直近の目標に向かっていくしかないのだ。
「じゃ、出口はあちらでーす」
ふざけた調子で差し示された暗闇に、ポツンと非常口のドアが現れた。
「またね睛曼。近いうちに」
「そうだな」
できたら二度と会いたくないと願いながら、同時にどうしようもないだろうなと嘆息して、ノブを回し、光に満たされた向こう側へ一歩踏み出す。
「あ、そうそう。君を殺した術師――
「―――――――――――――は?」
後頭部に突き刺さった猛毒の台詞。
蘆乃。
自分から秘術を奪おうと躍起になっていた女呪詛師が、同じように……?
「おいッ!!」
(あの野郎言うタイミングはかってやがったな……ッ!!)
胸中で悪罵を吐きつつ睛曼は振り返り駆け寄ろうとするが、すでに遅く……意識は目覚めに向かう現実に引っ張られるしかなかった。
完全に夢から覚める間際まで、羂索は、影のない朗らかな微笑で己に手を振っていた。
東京第2の結界から弾き出された青年は、オフィス街と思われる夜のビル群の中を歩いていた。すでに付近の都民は避難している。荒れ果て人気が失せている街並みは文字通りゴーストタウンだ。荒れ模様の原因は、おそらく避難の混乱や火事場泥棒だけではない。
一目でわかるほど呪霊が多かった。道端は、石の裏をひっくり返したときのような蠅頭の群れがひしめき、少し奥まった路地裏や室内に踏み込めば溢れた生得領域で異界化しているところも珍しくない。ピンからキリまで大小様々な呪霊が人の住みかを我が物顔で闊歩している。いちいち全て祓っていたら終わりがなくなりそうだ。
だとしても、向かってくるなら露払いしなくてはならない。
人の気配に寄ってくる雑魚呪霊を殴っては祓って蹴っては祓って。不意打ちで羂索にもたらされた、やり場のない憤懣を無関係の異形どもにぶつけていく………。
「……こいつはちょっと簡単にはいかないな」
【――――――】
順調だった睛曼に立ちはだかる“魚影”。
透明な水の瓶に包まれた眼球のない巨大金魚の呪霊だ。ゆらゆらと空中を水中のごとく漂うさまは一見優雅だが、身体から溢れるどす黒い粘液のような濃密な呪力が台無しにしている。
「一級の上澄みって感じだな」
【――――――】
実際に目はないのだが、それでもハッキリと、呪霊の意識が自身に向いたことを悟る。
直後、ぞるぞると心身を押し潰そうとする濁流のような殺意。
膨れ上がろうとする呪力の兆しを察知して、睛曼は反射的にみずからの掌印を構えた。
「領域展開――――」
金魚呪霊が音もなく展開した領域に寸分違わず重ねた言の葉。両者の姿が黒い結界球に取り込まれる。
領域――呪霊・呪術師問わず、呪術戦における極致の技法。限定的に展開した結界内に己の有利な
領域使い同士が拮抗した場合、より洗練された側が主導権を握る。
そして、しばし外界に異様な静けさが漂ったのち……結界が砕けた。
出てきたのは一人……無傷の睛曼だけ。
「とりあえず、目指すは天元のもと、だな」