前回のあらすじ
「やあ」「誰やお前」「千年ぶりだ睛曼」「羂索!生きとったんかワレェ!」「研究成果貰ったでー。ちなデスゲーム開催なう」「ハ?(呆然)……ハ?(激怒)」「お礼に黄泉がえりさせたげたでしょ」「余計なお世Wi-Fi!!」「まあまあ自由にしなよ」「さっさと出せ」「あ、君殺した女も儀式に参加してるよ?気をつけてね」「てッめふっざ!!」
「あなた、呪術師ですよね?」
絶対故意の嫌がらせだ……睛曼は確信を持ってそんな感想を抱いた。
ついでに、ぁンの脳グソ寄生虫野郎が、と口汚い罵倒も加えて。
なんだかんだ障害を排除しながら、睛曼は暴徒襲撃後のような惨状のコンビニ前に差し掛かる。着の身着のまま放り出されたせいで財布もスマホもなく、どこにも連絡を取れないのが口惜しい。道端から公衆電話が減少してしばらく経つ。まあ十円玉の持ち合わせすらないのだから仮に電話があっても同じことなのだけども。公共機関が軒並み止まっていることも地味に痛い。
ふと見れば、大人を丸呑みできるサイズ感のアンコウ呪霊が擬似餌の人型で店内の子供を釣ろうとしているのを見かけた。避難はぐれの迷子か。保護者らしき姿は見えない。
「くそッ」
まんまと引っ掛かってしまった子供を咄嗟に庇い防御のため呪力を解放――させかけたところで。
――間欠泉のごとく吹き上がる、異質で莫大な呪力を感知。
発生源、直上。
目先に迫っていたアンコウ呪霊を人影が上空から串刺し、地面に亀裂が走る勢いで縫い留めた。
「大丈夫ですか?」
人影が訊ねてくる。
血振るいして刀を仕舞いつつ呪霊から降りる黒髪を分けた白いカンフーシャツの少年。印象が少し変わっているが羂索の記憶で見た覚えがあった。
乙骨憂太。四人しかいない特級術師のひとり。呪術を学んで一年未満にも関わらず特級呪詛師・夏油を追い詰め、去年の百鬼夜行終息に貢献した学生。さらには、菅原道真の血筋にして五条悟の遠縁だったという本人も自覚のなかったパーソナリティがある。幼心の愛と執着だけで死に際の普通の少女を特級相当の怪物に仕立て上げる才覚を思えば、妥当ともいえたが。
「ええ、助かりました」
一方的に知っていることを悟られるのはマズイと考え、睛曼は素知らぬ態度で接する。実際初対面だ。
「きみは? 大丈夫?」
「うん……」
しゃがみこんで襲われかけた子供にも訊ねる乙骨を見る振りをしながら、睛曼はさりげなく子供の身なりを確かめた。靴がクタクタになっている。オフィスビルばかりの近隣に住宅地があるとも思えない。どこか遠くから来たのだろう。
「親戚とか知り合い、ではなさそうですね?」
「そうですね。お互いただの迷子友達みたいな――――」
地擦り音。しゃがむ乙骨の背後で呪霊がまだ動いていた。瀕死。だがあと数秒しかないであろう余命を、そのまま眼前の少年に喰らいつくことへ費やす。
「―――――ッ!」
後ろ、と。警告を発しようとした。
だが相手は若輩ながらも短期間で特級に返り咲いた凄腕の術師。場当たりな警告など聞かずとも奇襲に気づいていた。けれど柄に指をかけた抜刀の刹那、その場の誰よりも早く動いた者がいた。
ドンッッ!!
――消えた呪霊。睛曼の視界に残像を残し、跡形もなくどこかへ去った。代わりに浮遊する、黒い衣のようなものをまとう白面の怪物。その姿はかつて乙骨を苦しめ助けた怨霊を想起させる。
(折本里香? けれど乙骨のかけていた
ぐるぐると怒りに唸る式神から視線を道路の向こう側を移す。ビルの外壁に穿たれた大きな異形の血潮飛び散るクレーター。呪霊の消滅反応の漂うそこが、さっきのアンコウの墓場となったようだ。
「ダメだよリカちゃん。やりすぎは……」
苦笑を浮かべ子供の目から凄惨な現場を見えないように隠しつつ、乙骨はこちらを一瞥。場所を変えよう、という意図の視線。拒否する理由はないので首肯で返した。
乙骨が携帯で連絡をつけると黒スーツの人間……高専の補助監督がやってきて子供を保護した。手を振って立ち去る姿を二人で見送り、改めて少年はこちらに向き直る。
そこには子供を慮り安心させるための微笑はなく。
無感動な目には、“敵”を見るような多分な警戒が含まれていた。
「今さらですけど、あなたも見える人……いえ、あえて突っ込みますが―――」
―――あなた、呪術師ですよね?
「…………そうだ」
誤魔化すメリットはない。呪霊から身を守ろうと呪力を解放させかけたことから、バレるのは仕方ないと割りきっていた。それに呪力は呪術師の身体をよく廻る。目端が利けば一般人と術師の差を測るのはそう難しくない。
加えて、高専の人間と接触するのは睛曼としても望ましいイベントだった。まさか、いきなり特級術師とかち合うとは思わず、さすがに
「その態度からすると、僕のことは知ってるみたいですね」
「乙骨憂太。日本に何人といない特級術師の一人だ。知らない方がおかしい」
「では申し訳ありませんけど、あなたの自己紹介をお願いします。名前と所属。もしくは、現代人か過去の術師か」
「正直に言ったら、信用するのか?」
「聞いてみないと分かりません。ただ個人的に、あなたはそこまで悪い人には見えない。子供を助けようと真っ先に動いたし、自分が傷つけられるのも承知の上でした。少しは心証に良いですよ」
それに、と乙骨は繋げて。
「僕のそういった心理を読んで打算でそういう行動に出たのだとしても、ならなおさら、今この場で積極的に敵対したがるとは思えません。
「…………」
卑屈さとしたたかさが混じった目付き。次の瞬間には切り捨てられていてもおかしくない凄みがある。式神を見せたのもあえての行動かと勘ぐってしまう。
(おっかねえ。自己評価が低いんだか高いんだか)
合理的に考えるなら特級認定を受けている術師なんかとまともに呪術戦を演じたいとは思わないだろう……と、乙骨は読んでいるわけだ。ただ勝ち負けに拘るだけならその通り。が、受肉した術師の中には“あえて”強者との死闘を望む者もいるだろう。その辺りの価値観は乙骨には理解が及ばないのか、理解しながら黙っているのか。
(ともあれまずは、か)
「睛曼。千年前の術師の受肉体だ。器の戸籍上は興家彰吾っていう。ただ、泳者じゃない。今のところはな」
「どういうことです?」
睛曼は自分が蘇ったいきさつをかいつまんで話した。羂索と既知の仲というのも正直に添えて。下手に隠し立てて後々誤解されるのだけは絶対に避けたい。ただでさえ受肉した術師は
「端的に言えば、おれの目的は死滅回游の早期決着だ。羂索の思惑がなんであれ、遅かれ早かれ回游には参戦しようと思ってる。
だがその前にどうしても一度天元と話がしたい。だから高専関係者の誰かと接触できればと思いうろついていたんだが……」
「決着ですか……受肉体であるあなたが?」
「信用が足りないのは分かる。けどおれの場合は望んだ黄泉返りじゃないからな。お節介な羂索が俺の意思に関係なくやりやがったことだ。
この死滅回游というゲームは、昔俺が禁忌指定した研究の成れ果てが使われてる。そんな厄介者を後世に遺しては置けないし、死滅回游開催は少なからず俺の責任でもある。
そちらとしても、多少敵の内情や儀式について知ってそうな情報源を確保するのは悪くないんじゃないか?」
「………………」
「ここでアンタに会えたのはハプニングでもあるが好都合でもあった。いきなり自宅から着のみ着のままで弾き出されて困ってたんだ。スマホも駄賃もないし、高専の拠点も詳しく知らない、おまけにこの状況下でいきなり所属不明の不審者を懐に招くほど高専も安穏としてないだろ?」
「特級の僕なら、身元保証人に打ってつけということですか」
「ああ」
「……仮に、無事羂索の企みを阻止できたとして、残った貴方はどうするんです?」
「ことが済めばおれは素直に消えるよ。器の興家くんには悪いが、他人から奪い取ってまで追加の余生をエンジョイする気はない。死人は死人らしく、あの世で沙汰を待つべきだ」
「………わかりました。でも僕一人の判断では決めかねます。みんなに相談してからじゃないと」
「考慮に入れてくれるだけでもありがたい」
睛曼が素直に喜んでいるとおもむろに乙骨がガラケーを手渡してきた。聞けば彼の仕事連絡用の携帯のひとつらしい。
「僕はもう少し辺りを見回ってから高専に戻ります。睛曼さんは一旦どこかに身を隠して待機しててください。話がつけばその携帯に連絡するので」
そう告げて彼は去っていった。呪霊減らしや先ほどのような救助者を探しに行くのだろう。手伝おうかと口に出しかけたがまだお互い背中を預けられるほど信頼関係は築けていないので、今回は大人しく見送ることにした。
こっちもこっちで、今のうちに細かな用事を済ませておきたい。
「――――あ、母さん? 彰吾だけど。うん。ちょっと避難のどさくさでスマホ壊れちゃって。ひとの借りてるんだよ。……大丈夫大丈夫。怪我もしてないし、なんにも巻き込まれてないから。まあ事態が事態なだけに仕事はしばらく休みなんだけどさ。うん。ウチも避難対象らしくて政府がホテルとか避難所を用意してくれてる。寝泊まりはそこで……うん。そっちは? なんともない?」
興家彰吾の実家の状況確認。さらに無事を伝えておく。中身は睛曼として目覚めたが興家彰吾として過ごした記憶は脳に残っている。間近で息子を見てきた親であっても違和感を感じないよう振る舞うのは難しくなかった。
大事な一人息子を殺し、成り代わっておいて、そんな厚顔無恥を晒している己に反吐が出るのは、一旦脇に置く。
「わかったよ。連絡はちゃんとこれからも取るから。うん。親父にもよろしく」
なんとか帰って来れないのかと心配する母親を説得し、電話を切った。ふう、と思わずため息をつく。含まれるのは、申し訳なさと気疲れとその他諸々。他の受肉体はいちいちこんな面倒な真似しないんだろうなと自嘲する。実際、やるだけ無駄でしかない、単なる問題の先伸ばしの偽善に過ぎないが、睛曼の気分的問題である。
アリバイ工作は済んだので、もう一件、実家同様番号を覚えている人物へ電話をかけた。これも本来なら不要な行為。まったくの蛇足。睛曼にとってではなく興家彰吾にとっての心配事に過ぎない。けれど、それでも、確認もせず悶々とするくらいならと………。
器の経験に引きずられている自覚はあった。それこそ羂索の言う不具合が尾を引いているのかもしれない。けれどあえて改善したいとも思わなかった。
無機質なコール音がひたすら続く。知らない番号で居留守しているのか。そうならいいがもしも……と考えるとヒヤリとした焦燥感が走る。電話相手はもっとも危険な爆心地である都心を離れ宮崎辺りに友人たちと旅行へ出かけている。巻き込まれてる可能性はゼロではないが……。
《―――はい》
平坦な語調だが覚えのある女性の声に、
「もしもし葉子さん? 興家彰吾です」
《興家……え、
(相変わらず独特な愛称だよな)
困惑と喜びが混じった声。
それは間違いなく、恋人の“