話進まねえ…
話しかしてねえ…
身辺整理を行った後日、乙骨の連絡を受け寝泊まりしていたネットカフェを出た睛曼は、彼らが指定した場所へ足を運んだ。
どうやら乙骨たち一部の勢力は呪術高専……正確には呪術総監部とは別に動いているらしい。乙骨の師であり現在羂索の奸計で獄門疆に絶賛封印中の五条悟を解放しようとすることを総監部は全面禁じており、決定に反する行為は必然的に反逆者扱いされるのだ。呪術界上層部は唯一無二の存在ゆえに様々な横着を貫いてきた五条がいない隙をついて、塞き止められていた濁流のごとく自分たちの都合の良いようことを進めようとしている。彼の協力がなければこの未曾有の事態を収拾できる目処はないにも関わらず、だ。睛曼の想像以上に呪術界上層部の腐敗は進行している。
最強へのヘイトはともかく、高専の裏口で合流した乙骨に秘密の部屋へ案内される。
「おれ、こんな堂々と出歩いてて良いのか?」
「仲間と僕が通じてるのは上層部に知られてません。それに今は都内・都外の混乱に対応するので精一杯でほとんどの人員が出払ってます。高専は結構広いので、直接顔を合わせない限りまず勘づかれませんよ」
「案外ガバいんだな。日本に二ヶ所しかない呪術の枢要区だろうに」
そこはもともと、五条が高専内に隠し持つ地下室で、彼と親密な者にしか存在を明かされていない秘匿区域。生徒で知ってたのは乙骨と、かつて死を偽装し潜伏していた虎杖悠仁だけとのこと。
「待ってたよ、睛曼。聞いてたよりもいい男じゃないか。
どんな女がタイプかな?」
真面目なのかふざけているのか、朗らかな調子でソファに寛ぎつつ待ち受けていたのは、五条、乙骨、夏油に並ぶ最後にしてもっとも古株の特級術師、九十九由基。高専に関わりはなく主に海外で活動していた彼女だが、渋谷事変騒動に際して日本にこっそり帰還していた。満身創痍の虎杖たちを羂索一派から守ったのも彼女だ。
そばにはツンツンと尖った黒髪の悪人顔の少年と乙骨が立ち、壁際には顔や腕などジャージから露出するところのほとんどに包帯を巻く痛々しい出で立ちの眼鏡をかけた少女が寄りかかる。初対面の二人だが羂索の記憶に登場していたので覚えがある。高専一年の伏黒恵と二年の禪院真希。希少な十種影法術使いに未完のフィジカルギフテッド。
「性格的なことを言えば明るくて何事も楽しむ姿勢のしたたかなタイプ。身体のフェチなら……お尻ですかね。大きさはそこまで問いませんけど形が綺麗だと好みです」
「あっはっはっはっ。戸惑いもせずあっさり返せる辺りノリがいいじゃないか」
「まあ彼女いるのでその娘の特徴からの逆算ですが」
「ほお。美尻の彼女か。惚気る余裕もあるとは肝も据わってる。気に入ったよ」
「どうも」
独特なやり取りでお互いの所感を掴む二人に周囲は置いてかれ気味。悠長にしているといつまでも軽口を続けそうな気配がしたのでオホン、という咳払いを合図に伏黒が前置きを締めさせた。
「時間が押してる。確認だがお前の目的は回游の平定で間違いないな?」
「そうだ」
「俺たちと全面協力するのも構わないと」
「別にこっちとしては君らが高専所属だろうとなかろうと関係ないからね」
「代わりに、天元様との対話。それがお前からの要求か」
「スムーズな会話が成り立つなら直接対面じゃなくても構わないけど。
でも最悪、その話は忘れてもらってもいいよ。どちらにしろ君らに協力したほうが解決に向かうのは早そうだし」
希望しながらあっさりと意思を翻した相手に伏黒が怪訝な表情をする。
睛曼が補足する形で続けた。
「話をしてもどうにもならない可能性もあるから。敵対するとかそういうわけじゃなくてね。君らに仲介を求めたのは、会うのにただそれが一番手っ取り早いと判断したためだ」
「睛曼は、天元と知り合いなのかい?」
九十九が訊ねる。
「さあ? 知り合いってほどかどうか……一応、生前顔を合わせたことなら何度かは。でもあっちは昔から優れた結界術を重宝され何かと重役を担い籠り気味。おれは時折お上から派遣される遣いの一人に過ぎなかった。認識されてるかは微妙かな」
「具体的に話の内容ってのは?」
真希が当然の疑問を投げた。
「死滅回游と蘇りの秘術の差異のすり合わせと仮定から導きだしたおれの推論。
もしかしたら、儀式に参加せずとも回游を終わらせられる可能性がある」
「ホントか!?」
食いついたのは伏黒。初対面の態度から、こういうとき一番ドライに見える彼が真っ先に取り乱したのは意外だった。
が、詳しく聞けば寝たきりだった義姉が羂索のマーキングを受けていて術師にさせられ、すでに回游の参加者に数えられているという。回游の総則にのっとるなら19日以内に
「……にわか喜びさせてすまないが、あくまで“かも”だ。しかも確率は限りなく低い類いの。
おれがすんなり考え付くような問題を、羂索の奴が放置してるとも思えない。頭脳面でも術師の力量面でも、アイツのほうがずっと高いしな」
(というより、おれの推論通りの仕組みならこれは大を取るか小を取るのトロッコ問題……だとすれば十中八九天元は現行のまま
「羂索?」
「夏油傑の器を乗っ取った今回の主犯。アイツ自身がそう名乗った」
「……慈悲の羂に、救済の索か。皮肉にもなってないね」
頭の中で独白する睛曼へ乙骨が聞き返し、九十九が憎たらしげに呟く。その後ろで落ち着きを取り戻した様子の伏黒が諦観の溜め息とともに告げた。
「いや、わかってる。簡単に済む都合のいい解決策なんてないのは。……敵の用意は周到だ。ほんのわずかの希望があったとしても、常に最悪を想定して動かなきゃあっという間に詰んでしまう」
「まあどの道、あたしらも天元には用があるわけだし、同行するのは構わないと思うよ。上手く会えればの話ではあるけど、そこはぶっつけで行くしかない。二人は?」
「俺も賛成です。特級二人が味方とはいえ油断ならないでしょう。純粋に人手がほしい」
「あたしも異論ねえよ。ただ、睛曼とあたしらの間で、安全装置となる縛りは念のため結ぶべきだ。信用するしないに関わらずの根幹部分だからな」
「それには同意見。ぶっちゃけ個人的に、羂索がまったくの仕込みなしでおれを野に放ってるか疑わしいところだ。おれの意思関係なく、大事な場面で何らかのトリガーを踏み防ぎようのないトラップが発動したら目も当てられない」
相手が羂索だとすれば備えすぎという事態はまずないだろう。
とりあえず前提として、全会一致で乙骨以下数名との間に「高専の人間に対し直接的な危害を加えない」縛りを結ぶ結論に達した。高専関係者となると正直範囲が大雑把すぎるが、そのくらい緩いほうが現状最適に思えた。各個人間で縛るのが確実だが逆に制限が付き過ぎて雁字搦めになりかねない。
続けて、他に合流可能な面子の話題に移る。天元との対話に挑むのは手勢がまとまったその後の予定だったらしい。
「残る問題は虎杖か。どこにいるんだアイツ。ネガ入って自暴自棄になってなきゃいいが」
「都内にひそんでるのは確実でしょう。おそらく呪霊を狩って、少しでも被害を少なくとか考えてるんじゃないですかね。
宿儺のせいで大勢死んだ。目の前で五条先生を逃した。だから自分が一番事態を収めるために動かなくちゃならないって」
「自己犠牲気質なアイツらしいな。いや、宿灘のやらかした規模を考えればそれどころじゃねえ。精神的にかなり思い詰めてるかもな」
「……虎杖を生かす選択を五条先生に頼んだのは俺です。宿儺のせいだっていうなら俺にだって責任がある。アイツが更地を作るまで暴れたのも元はといえば俺の式神が―――」
「てめえまで気落ちして下んねえこといってんじゃねえよ。今回のテロを止められなかった時点で全員仲良く戦犯だ馬鹿が。罪の奪い合いしても不毛なだけだろ」
「大変な場面に間に合わなかった私が言うのもなんだけど、その通りだね」
自罰的になりかけた伏黒に真希が突っ込み、九十九が乗っかる形で軽く流す。
「虎杖くんのことですが、上層部から正式に任務として受領できました。痕跡を辿って僕が彼を見つけます。あとは予定通りのやり方で……」
「頼みます。アイツの説得には俺も協力するので、あとで連絡ください」
ある程度の打ち合わせは内々に済んでいるようで、乙骨たちは詳細を明かさなかった。虎杖の保護について特に言うことはないので睛曼は手持ち無沙汰で黙る。
ふと、壁に身体を預ける真希が目に入った。流暢に会話していたはずだが今の彼女は呼吸が乱れて立っているのも辛そうに見える。そもそも立つことすら難しいから壁に寄りかかっていたのかもしれない。
「大丈夫か?」
「ああ……なんとも、ッ……」
「真希さん!?」
膝から崩れ落ちそうになったところを咄嗟に支える睛曼。脱力気味に肩で息をする真希に乙骨が駆け寄った。
「やっぱりまだ寝てないとっ」
「うるせえ。このクソ大事なときにグースカしてられるか。家入さんのお陰で峠はとっくに越してんだ。あとは時間の問題………」
「けど傷も完治してるわけじゃないし、反転術式じゃ失った体力は回復しないから。僕も治療手伝うよ」
「マジで馬鹿か? あたしなんかに構ってる場合かよ。憂太てめえは虎杖探せ虎杖。何があるかわかんねえんだから、無駄な呪力を使うな。
なんてことねえ、あたしは頑丈なのが唯一の取り柄なんだからな。家入さんとこくらい一人で行ける」
気丈に答え壁を支えに立ち上がろうとする真希を、問答無用で温かい呪力が包み込む。反転術式の光だ。
壊し、強化し、術式の源にもなる呪力。その特性は負の感情から抽出されたマイナスのエネルギーに過ぎない。
しかしマイナスの呪力同士を掛け合わせることでその性質は反転し、プラスのエネルギー……すなわち傷を癒し、活性化させる力に変じる。これが術師の間で反転術式と呼ばれている技法だが、反転術式はかなりの高等技術であり使い手は高専でもごく一部の者に限られていた。しかも乙骨は、使い手の中でもさらに極めて希少な他者に反転術式を施せる才覚を有する。
苛立った形相で首だけ振り向いた真希だったが、睨み付けた乙骨は何もしていなかった。彼の驚いた視線は隣の睛曼に向けられている。
「留守番のおれなら呪力をいくら消費しても構わないだろ?」
「お前……反転使いだったのか」
「しかも他人を治せるとはね。
乙骨くん、ガチでいい拾い物をしたかもしれないよ―――」
ソファを立った九十九が青年をとても魅力的な……しかし薄ら寒さを覚える類いの笑顔で照らした。
「羂索どもが滅茶苦茶やってくれたせいで補助監督も術師も怪我人だらけなんだ。お陰で医者の後輩の娘がちょっと困っててね。具体的には過労死するんじゃないかってくらい忙しい。
真希ちゃんを送るついでに、手伝ってあげてくれるかな?」
デスマーチ突入