四月初めがごたついて遅れました
一話ひとまとめだと長いので場面を二話に分割し投稿します
「――帰ってしまうのか?」
一面真っ白な空白の無限空間となっていた本殿を前に踵を返した一同の背中へと投げられた声。
全員が振り向くと、異形な頭部を持つ四ツ目の人物が気配も感じさせずそこにいた。
「初めまして。禪院の子、道真の血、呪胎九相図、宿儺の器。そして―――」
異形の人物は、睛曼を四つの眼でじっと見つめた。
「久しいな、睛曼。まさか生きて再び会えるとは思わなんだ」
「………天元、なのか?」
虎杖が見つかった。
その一報が入ったのは家入硝子のフォローとして睛曼が
容態の危なかった患者たちは軒並み落ち着きを取り戻し、あとは県外の病院へ移転させ経過を看るだけ。
あとはやっておくよと煙草を咥える気だるげな女医に送り出された青年は例の地下室に入るなり二人の人物と邂逅を果たす。
千年にひとりの逸材、宿灘の器・虎杖悠仁。
呪胎九相図の一番、長兄・脹相。
二人はどうやら渋谷事変後行動をともにしていたらしく、伏黒の予想通り都心の呪霊をひたすら狩って回っていたらしい。なぜか禪院家直系の禪院直哉が総監部に打診して宿灘の器討伐をみずから行おうとし乙骨とブッキングするトラブルがあったそうだが、今や無関係なので割愛。
(宿灘か……実際に遭った経験はないが――というかあったらたぶんその時点で死んでるが――噂だけなら当時でも嫌になるほど耳に入ったもんだ)
どんな不興を買ったのか差し向けられた
とはいえ、虎杖自身には何ら含むところはない。伏黒たちからの寸評や最強最悪の怪物の受け皿を引き受け進んで道連れにしようと考えていたらしい点から、根はかなり善性に寄った少年なのだろう。だからなおさら、羂索なんぞの思惑で歪められた生きざまに心底同情する。
「睛曼だ。よろしくね」
「ども」
「………………」
軽妙に返事をしてくれた虎杖に対し、隣の脹相はじっとりとした、推し量る意味合いとおぼしき視線を寄越すばかり。濃い隈で目付きが悪いから睨まれると余計に迫力がある。
疑われるのはもっともだ。羂索が個人的な思想で勝手に受肉させたなど怪しいにもほどがある。特に九相図の彼らは作り手である羂索と因縁が深いため、悪印象を抱くのは避けようがない。
「ちゃんと硝子によろしく伝えたかい?」
険悪になりかけた空気を察したのか、九十九が軽口を叩く。
「美人な女医さんとの別れは名残惜しかったですけどね。もう大丈夫でしょ。誰かさんが過酷な医療現場に放り込んでくれたお陰でこっちはしばらく病室とか消毒液の匂いがトラウマになりそうですが」
「はっはっはっ。大人のお姉さんと毎日ツーマンセルで過ごせて役得だっただろう? 浮気はほどほどにしときなよ。
さて、ひとまずこれで面子は揃ったね」
九十九、伏黒、真希、睛曼、虎杖、脹相……所属や素性の入り乱れた凸凹混成組。高専側からすれば五条悟解放を目論む外れもの集団である。
獄門彊の解き方、回游の平定、羂索の真意。これらの問題に対処するためにも、まずは天元と意見を交えるのが肝要だ。
「それはめでたいが、どうやって薨星宮に入るつもりだ?」
天元の結界は隠す結界。高専各所にある千を越える扉、そのどれかひとつのみに天元のお膝元に続く当たりが隠されている。だが入口は日々シャッフルされ、どれが通じているかは関係者ごく一部にしか告知されていない。
「そこは予期せぬ出会いのお陰で楽に解決できそうなんだよ」
言って九十九は脹相に目配せする。
促され、口を開いた彼によると扉から薨星宮に続く途中に高専が保有する呪具・呪物が保管された『忌庫』がある。現在そこには脹相の兄弟である九相図六人の亡骸が安置されており、彼の術式の副次的効果で気配を探れるだろうということであった。
「さっそく向かいましょう。時間が惜しい」
伏黒の号令に否を唱える者はいなかった。
死滅回游開始から九日近くが経過。
伏黒都美紀の術式剥奪までの猶予は、あと十日ほどしかないのだ。
果たして、脹相による探知は見事当たりを引き当てた。
とある扉を開くと部屋はなく真下は奈落。よくよく目を凝らせば闇の中に無数の枯れ木が見える。地底の亡者が道連れを望むかのように伸びた枝の揃い具合が薄気味悪い。
「降りよう。奥に本殿へ通じる昇降機がある」
なんとも言えない空気感にしばし息を呑んだ一同は、九十九の言葉で硬直から抜けた。
枯れ木の森をくぐり、忌庫を横目に昇降機でさらに下へ。古びた血痕の残る床に目を引かれながらついに睛曼たちは都立呪術高専の最深……薨星宮本殿に足を踏み入れた。
「ここが、本殿?」
「なんもねえ……」
「いや、違う。天元が私らを拒絶してるんだ。天元は比類なき力量の結界使い。まして此処はヤツの懐。空間を弄ってこちらから干渉できないようにするなんてお茶の子さいさいさ。
基本
広々とした閉塞感が一堂を迎える。壁などの隔たりもなく、踏みしめる床すら本当にそこにあるかどうか疑ってしまうような真っ白の空白地帯。
九十九の言う通り、これでは接触も何もない。全てが不干渉の空間に吸い込まれるばかりだ。
(羂索対策か? それとも……)
神妙な面持ちで考え込む九十九の横顔を盗み見る。彼女は高専関係者の中でもとりわけ天元について訳知りな様子だ。普段明朗な態度ではあるものの、どこかでみなと一線を引き秘密を抱えているように感じる。すわ裏切りか内通かと疑うのは早計にせよ(自分も偉そうなことは言えない立場であるし)、天元に因縁がある人物なのは間違いなさそうだ。
「……戻りましょう。津美紀さんには時間がない」
ともあれこの場は諦める他なく、睛曼たちは静かな落胆を肩に乗せ踵を返した。
「――――――帰ってしまうのか?」
――そして、現在。
「久しいな、睛曼。まさか再び生きて会えるとは思わなかった」
「……天元、か? ずいぶんと印象が変わったな」
記憶する天元は年齢不詳な白髪の女だった。神秘的な雰囲気を宿し、俗人とは一線を画した超然たる印象を植え付けられたものだ(まあ顔を合わせた彼女が雰囲気だけの影武者であった可能性もある)。
現在はまた別の意味で普通とは言いがたい姿と化しているが。
「五百年以上老いれば君もこうなる。私は不死だが不老ではない。変わったのはお互い様だ。君の場合は、受肉した器そのままだからだろうけどね」
「覚えててくれてるとは思わなかったよ」
「これでも君のことは千年前から注目していたさ。呪術への造詣深く、そのくせ青臭い誠実さを忘れず真摯で、余人の及ばない天性のセンスもあった。蘇りの秘術という貧乏くじを引いたために追われる身となり、頓死してしまったときは残念に思った。……あの子もなんだかんだ言って、君個人を気に入っていたから受肉させたんだろう。君にとっては迷惑でしかない話だろうけどね」
羂索のことか。自分の知る結界術師ツートップが目にかけてくれていたとは過大な評価だ。
「おい、私は無視か天元?」
「君とは初めましてでもなければ久しぶりというほどでもないだろう? 九十九由基」
十数年ぶりは十分久しいっつの、と彼女は文句を呟くが飲み込んで。
「なぜ薨星宮を閉じている?」
「君らが羂索に同調している可能性を危惧した。地上の様子や状況は大方把握できても、人の心までは図れないからね」
「あの……遮ってすみませんが、天元様」
懐かしさとトゲのある挨拶を行う年長組へ焦れったくなった伏黒が無礼を承知でメスを切り込む。
「わかっている。羂索や死滅回遊のことで話があってきたんだろう? ただ、その前にこちらもひとつ条件を提示したい。
乙骨憂太、九十九由基、呪胎九相図、睛曼。四人のうち二人は此処に残り、私を護衛してもらいたい」
「護衛……呪霊操術に取り込まれないため、ですか?」
「そうだ。羂索の呪術素養から考えるに接触した時点でなす術なく取り込まれる可能性が高い。そうなれば終わりだ。
ゆえに現在の私は薨星宮ごと外部からの干渉の一切を閉じている。だが羂索の結界術ならいずれ私の妨害も突破するだろう」
「それで天元……様を守る役割が必要ってわけか……ですか」
持ち前の律儀さで馴れない敬語を織り交ぜ虎杖がまとめる。
羂索の目的は同化失敗により加速した進化によって天地そのものとなった天元と日本国民全てとの強制同化。術師や呪霊をも越えた新たな存在の誕生。実行のためには天元という要を絶対に手中としておく必要がある。縛りの関係でか
「私の考えてた“同化”は国民を“全て”術師にすることだと思っていた。だが、あくまで無為転変の改造は死滅回游のための前段階。実際は受肉、術師化させた連中を使って全国に呪いを満たすことが真相だった。“慣らし”ね……心底馬鹿にしてくれる」
「一億人で出来上がる呪霊か。ゾッとしねえ」
「ろくなもののはずがない。文字通り世界の終わりだな」
「だからこそ、回游を早く終わらせなきゃならない」
ただ天元を奪い呪いと馴染んでいない国民と同化を促したところでは不完全なまま終わる可能性が高い。
会議の末、護衛メンバーは九十九と脹相に決定した。貴重な特級戦力の乙骨は自由に動けた方が効率的で、睛曼は天元のそばにいるのは危険と考えてのことだ。
「ごめんね。君個人を信用してないわけじゃないけど」
「分かってる。それはもう納得済みだ」
敵の息がかかってる
護衛の件が片付いたところで天元は次の議題――五条解放のプランについて語る。