真希が禪院家へ呪具の回収、虎杖・伏黒が停学処分中の高専生・秤金次の協力を得るため栃木へ寄り道。
そして残る乙骨と睛曼が万が一の同士打ちを避けるためなるべく都心から離れた
電車などの交通機関が各地結界周辺で分断され付近へ近づくことができなくなっている。
高専の強権にもすがれず補助監督の協力も得られないため、普通免許持ち(非携帯)だった睛曼の運転(高専所有車無断拝借)で最寄りまで乗り付け、結界近辺の安全確保に駆り出されているであろう警察の封鎖・検問の目を掻い潜り、どうにか人気のない結界外部の縁までやってくることができた。あらかじめ天元に抜け道を教えてもらったからこそ上手くいった手際である。
宮城県・仙台
二人はその足元でそれを見上げた。光を遮断し天地を結ぶ超巨大な暗幕で仕切られたような外観。世界から切り離された境目。もっとも、呪いの見えない非術師には撮影された写真のような変化のない街の情景が映っているだけにしか見えないだろう。
《よお! 俺はコガネ!
今この結界の中は死滅回游って殺しあいのゲームが開催中だ!》
「コイツがコガネか」
羽の生えたドクロ頭のミノムシのような式神――コガネ。天元の言っていた死滅回游を運営する
《一度足を踏み入れたらお前も泳者! 命懸けのバトルの参加者になる! それでもお前は結界に入るのかい?》
乙骨と視線を交わし、頷く。
「ああ」「はい」
《
合意を得たコガネのシステム的提案に睛曼は少し考え乙骨に目配せを送る。回游が始まって十日目。そろそろ参戦済みの泳者によって新たにルールが追加されていてもおかしくない。都度把握は必要に感じた。
同じ意見なのか彼も頷く。
「……増えてる」
案の定、
新たなルールは泳者の情報開示に関すること。特定の誰かを探す上で必要だったのか、獲得点で危険度や強さを計ろうとした意図なのか。目的はどうあれ汎用性の高いルールを付加してくれた。こちらにとっても実に好都合。
「コガネ、このルールを追加した泳者は?」
《鹿紫雲一ってんだぜ。滞留結界は東京第二だな。得点もまだ100点残ってる》
「もともと200点もあったってことか。残りでまた下手なルールを追加される前に横取りしたいところだが、東京じゃ手出しできないな……過去の術師か?」
《開示情報に含まれてねえからわかんねえ》
ルール規定内のプロフィールしか共有されないらしい。融通の利かない……。
管理者の裁定基準によるのかもだが、各結界内での泳者の現在位置までは把握できないということだ。天元も結界の内側まではわからないそうだし。過去の術師にとっては現代人の名で匿名の隠れ蓑が形成されているようなもの。完全受肉していればその限りではないかもしれないが……。
「まず間違いなく受肉体でしょうね」
「だね。さすがにチマチマ二百人非術師を殺して回ったってことはないと思う。得点のキリもいいから、大方術師にしか興味のない戦闘狂だ。それでも四十人は
「目先の術師を倒し続けて気づいたら点が貯まっていた、って感じでしょうか。ルール追加のタイミングといい、あまり点取りゲームには関心なさそうですね」
「どうかな? 保険として100点は最低手元に残しておきたかったのかもしれない。だとすれば早々に消費されることはないだろうけど……」
羂索と契約した術師が全員回游に積極的とも限らないのだ。極まった強者との戦い、弱者への一方的な搾取・加虐、叶わなかった夢のリトライ、未来に託した晩年の後悔……蘇った理由や思惑も十人十色なはず。
「現時点の生存者に天使という泳者はいるか?」
《ヒットなしだぜ》
すげなく即答。想定内だ。
(やはり器の名前じゃなきゃ生存確認もできないか。見ればわかるじゃねえんだよ天元。生きてるのを祈るしかないな)
術式消滅という凄まじい特異性とアドバンテージ。生なかな相手に負けるとは思えない。だが、たった今二人の脳内に浮上した懸念。
東京第二と言えばまさに天使がいると聞いていた結界だ。もしこの鹿紫雲という泳者が術式なしで天使をも凌駕する怪物で、万が一遭遇し殺されるような事態になれば獄門彊を開く足がかりが練り直しになる。一同は、ゲーム攻略と五条の解放は可能な限り同時に進めていく腹積もりであった。
『残念ながら天使の器が誰なのかまでは不明だ。天地と同じになった私でも社会的な名義までは把握できない』
望みを託して護衛の九十九の携帯に直電をかけてみるが、受話器から聞こえた天元の回答はふるわなかった。
「栃木の秤金次とかいう学生の場所は正確に捕捉できたのにか?」
『彼は元々高専所属の人間だ。気配は覚えている。呪力の性質も他とはやや異なるので見分けやすい。
天使の気配を結界外で感じたのは確かだ。しかし人間社会でのパーソナリティーなどは私の認知できる領分を外れている。身体の上を蟻が這う感覚はあるが、どんな種類なのか、同じ巣に属するのか、働き蟻なのか女王蟻なのか、そういったコミュニティ内の情報は読み取れないのと同じだよ。たとえが少々悪いが』
納得のいく理屈だ。それにしても天地と一体というのは身体の表面(内面?)を一億に及ぶ無数の蟻が蠢いている感覚と同じなのかと想像して、睛曼は寒気で背筋が震えた。常人の精神では拷問でしかない。
『ふん。年寄りが役に立たないのはわかった。
……睛曼。私は警察にツテがある。捜索届けの出てる行方不明者を中心に羂索のマーキングを受けた可能性のある人物を探してみるよ。待ってるばかりもどうせ暇だしね』
「行方不明って、渋谷事変後ならとんでもない数では?」
宿灘の領域で塵になった人々、誰にも知られず呪霊の領域に取り込まれた人々、呪いの関与してないところでのトラブルに巻き込まれた人々。人知れず消失したであろう例を挙げだしたらキリがない。
というか、どうやって天使かどうかを見分けるのだろうか。
『そこは本職の腕の見せ所さ。たぶん。
天使発生箇所の住所は割れてるから、あとはその近辺に住所のある行方不明者を調べて、例の検索機能でシラミ潰し、とかね。……第一彼らはこういうときのために設置されてる部署だ。税金泥棒扱いされたくなきゃ
ツテの人物とやらに謎の信頼を押し付ける九十九に、睛曼ははあ、と諦念と同情が内包した息を吐くしかなかった。ただでさえ警察なんててんやわんやだろうに仕事を増やされるとは。誰だか知らないが、気の毒に。世の中、ただより高いものはない。
「おれたちはこれから結界に入ります。連絡できなくなるので情報がわかったら伏黒くんたちのほうに」
『グッドラック。死なないでね』
「そのまま返しますよ」
激励を送りあって二人は結界に向き直った。
コガネの検索を使い現在もっとも点を多く獲得しているランカーの一覧を表示させる。
「ドルゥヴ、83点。石流、72点。烏鷺、65点。黒沐死、54点……上手いこと仙台結界に点上位が揃ってるな。こりゃ中は相当な荒れ模様と見える」
「東京側に鹿紫雲の他にもうひとり、日車という100点間近な人もいますね。次点はレジィ・スター40点……変わった名前」
「東京方面は伏黒くんらに任せよう。こっちのほうが点の合計は多い。点の譲渡が可能になれば一気に大量の点を確保できるかも」
「素直に渡してくれれば、ですが」
もちろん、交渉不可能ならすみやかに切り捨てる。点惜しさに殺戮者を見逃すくらいなら犠牲を減らすため殺しておいたほうがいい。今後の障害となりえる面倒な術師を間引く意味でも同様に。
……できるだけありえてほしくないが、もし鹿紫雲や日車が100点を消費しこちらの思惑と違うルール……たとえば泳者殺害による点の強奪などのルールを加えた場合、絶対値が高い仙台なら点が稼ぎやすいという打算もあった。これは本当に起こってほしくない。点数稼ぎの簡略化に伴って人死にが加速してしまうから。
ふと、状況のおさらいが済んだところでいよいよ結界に踏み込むかといった場面。あることに思い至り、睛曼はコガネを再び呼び出す。
「コガネ……現在参加してる泳者の中に、
検索中……検索中………。
「睛曼」
「念のため、確認しておかなきゃな」
己が宮城までやってきた理由。
監視役として乙骨となるべく行動を共にするため、という建前以外の部分。
乙骨との接触から今に至るまで、幾度も連絡したにも関わらず一週間前を最後に行方が途絶えた恋人の安否を確かめるべく、睛曼はやってきたのだ。
回游を終結させる先発隊の役割が第一なのは理解している。彼女がなんら戦略的な意味合いなど持たないことを知っている。けれど、理屈ではなく感情論を目一杯に出した上で、放置できる問題ではなかった。
《出たぜ》
「………………」
隣の乙骨が息を呑む。
睛曼は、なるだけ感情を表出させないよう努め……しかし眉間に寄る憂いのシワは取り払えなかった。