キヴォトスに迷い込んだ怪獣王(記憶喪失) 作:ゲヘナ箱推し
アビドス高等学校が抱える莫大な借金の返済に当てる資金を稼ぐ為に日夜アルバイトに励んでいたセリカは、疲労感と充足感を噛み締めながら帰路に就いていた。
自分達は今まで確かに頑張って来た。天文学的数字とまではいかずとも小学校低学年が思い付くような馬鹿げた額の借金、これを自分達が返済するのだと人一倍強い気持ちと努力をした。
そこにミキが現れた。彼女がセリカの精神面に大なり小なり影響を与えたのは否めない。
自分達が頑張って対応して来た暴力組織との抗争を一人で終息させ、向けられれば為す術なく蹂躙されるであろう圧倒的実力差と壊滅的な破壊力を見せ付けられた。
そこまでであれば、まだ納得出来た。このキヴォトスの地にはデタラメな強さの生徒が複数名居ると彼女も知っており、ミキもそこに含まれる存在なのだと思えば強引に納得してしまえる。
だが、ミキはそこに留まってくれなかった。
撃退した暴力組織を率いてアビドス高等学校に戻り、己の示した力で精神的負荷を与えアヤネ達の優しさで癒させる飴と鞭によりアビドス高等学校の生徒に変えてしまい、学校の整備や借金返済を手伝わせてしまっている。
自分達がしていた事を、ミキはより効率的にこなしてしまった。
強いだけで留まらない動き。アビドス廃校対策委員会の面々が今までしてきたもの以上の働き。
ホシノと同様、セリカにも『自分達の今まではなんだったの?』という思考が芽生えてしまった。
(あーあ……割り切ったはずなんだけどなぁ……)
バイト終わりという気が緩んでいたタイミングを突かれ、拉致されたセリカは真っ暗闇の中で振動を感じつつ何も見えない虚空を見上げていた。
彼女はホシノと同様の思考が芽生えたが、それを割り切って強引に納得していた。
自分には出来ない事をミキにしてもらっているのだから、自分は自分で出来ることをしよう。
自分が今まで積み重ねてきた経験も、努力も、経歴も全部見て見ぬふりをしてしまえば、ミキが見せる働きも『凄い』の一言で無理矢理に受け入れてしまえていた。
無理矢理に受け入れてしまえると、ずっと思っていたのに、拉致されてそれすら叶わないと思い知らされた。
私は……どうなるのかな…
拉致され、先ずは己の今後を案じた。殺されるのか、拷問されるのか、見ず知らずの土地に捨てられるのか。
先輩…アヤネちゃん…ごめんなさい……
次いで、仲間達の事を案じた。先輩達に失礼な物言いをしたのではないか、同級生に無理を言ったのでは無いか、どれだけ迷惑を掛けてきたのか、最後の言葉も無しに別れる事になるのか。
のだから仕方無くもある。
先生にも悪いこと、しちゃったな…
その次に、先生に対する後悔の念が僅かに浮かぶ。信用は出来ないが、少なくとも自分を見る顔から悪意等の気配は感じられなかった。
話を聞きもせずに一方的に拒絶してしまった、気分を悪くさせてしまったのではないか。
皆にも、お礼言いたかったなぁ……
その後、元カタカタヘルメット団の面々の顔が浮かんだ。どんな生活をしてきたのかを聞い、彼女達にも彼女達なりの苦労があったと知った。
それでも懸命に生き、弾丸を浴びせ合った仲である自分にも心を開いてくれた。アルバイトを手伝ってくれる子もいるし、学校生活の中で話しかけて飲食に誘ってくれる子も居る。
次から次へと見知った顔が瞼の裏へ現れ、それに対して浮かび上がる感情。
そこにミキの顔も彼女に向ける感情も存在しなかった。
自分は何も出来ないから。ミキとは違って自分には力も無ければ頑丈な肉体も無い。
自分に出来ることを考えても、そこに至ってまず思い浮かぶのは『でもミキさんならもっと上手くやれるんだろうなぁ』という思考。
今回もそうだ。拉致され、殺されるかもしれないこの状況下において彼女の頭は妙な冷静さ──呑気さとも言えるかもしれない──を保っており、ミキならこの状況下に置かれてどうなるかを考えていた。
(ミキさんならそもそも誘拐なんてされないだろうなぁ……)
暴力組織を単騎で壊滅させ、より強力となった新興暴力組織すらも単独で相手取れてしまう彼女が誘拐なんてされるはずが無い。
誘拐されたとしても彼女ならこんな場所から容易く逃げ出せてしまうと容易に想像出来てしまった。
無理矢理に受け入れていたのに、それを改めて叩き付けられるともう耐えられない。
今までの全てを踏み躙られたような感覚に、セリカの目尻から涙が零れ落ちる。
死を恐れて流れるものよりも遥かに濁ったその涙は頬を伝い、彼女の身柄を運ぶトラックが走行することで生じる振動で跳ねる。
まだまだ多感な時期であるセリカが感じるには重すぎる無力感は、確実に彼女の精神を蝕んでいた。
何をしてもミキには叶わず、ぐんぐんと突き放されていくような錯覚は挫折感へと転じ、彼女の思考を黒く染めていく。
『ゴアァァ…ァァァァ…ッ』
「…ん?」
無力感を掻き立てているトラックの走行音に紛れながらも、暗い思考に囚われていたセリカの耳にしっかりと届き意識を引き戻した異音。
風の音かとも思ったがそれにしては重々しい。微かにしか聞こえなかったのに、ズンっと体の奥底に響くようだった。
そんな感想を抱いた以上、気の所為と片付けるのも無理があった。
『ゴアァァァァァ……ンッ』
「近付いて来てる…?」
ハッキリと聞こえた。先程よりも音が大きく、発生源が近付いてきている。
これだけハッキリ聞こえてくるのなら、トラックの荷台に積み込まれていても発生源の方向くらい割り出せるかもしれない。
幸い手足は拘束されておらず自由が利く。人質としての価値を少しでも高めておくため、だろうか。
走行中ということもあり立位にはならず、座ったままお尻をするようにして音の発生源の方向を割り出そうとセリカが動き出したその数秒後。
彼女を乗せ、局所的にガラス化を引き起こしているアビドス砂漠を走行していたトラックが
「うわわわわわわわわわッ!?」
お尻の下から感じたトラックを突き上げるような衝撃にセリカの体は浮き上がり、着地したのと同時にトラックが横転。
シートベルトなんて当然ある訳がなく、頭を抱えて最低限の防御姿勢を取りながら荷台の中を転がり回った。
二回、三回とトラックは激しく転がった後に停止する。その衝撃でセリカを乗せている荷台の扉のロックが破損したらしく、真っ暗闇だった中に光が差した。
彼女は光を視認したと同時に立ち上がると駆け寄り、扉を思い切り蹴り飛ばして蹴破る。
扉が開け放たれた。乾燥した砂漠特有の空気が砂を伴いながらセリカに吹き付け、目に入る事を避ける為に自然と細目になる。
「クソッ! なんだって言うんだ!」
「勘づかれたの!? でもなんで!」
彼女を拉致した犯人達、新興暴力組織の面々も二度の異音とトラック襲撃によってかなり気が立っている様子だった。
取り乱したように怒鳴り散らしながらトラックを護送していた車両から続々と降車し、周囲を何度も何度も見回しつつセリカを取り囲むような陣形を構築する。
人数差も武器の数も弾薬数も、セリカは圧倒的に不利。
この場面をどうにかして切り抜けたい、そう思ってもそれを実現するだけの力は彼女には無い。
「……ここでも、そうなの?」
人には出来ることと出来ないことがある。そんな事くらい彼女だって分かっている。
でもこの場面、ホシノやシロコだったらどうにか出来てしまえそうに彼女は思えていた。
ミキならその2人よりももっと容易くこの状況を打開出来てしまうのが容易に想像出来た。
「私には…何もッ」
分かっていても受け入れられない。毎日毎日必死に頑張っているのに、それがちっとも報われない。
まだ年若い多感な時期の彼女に、この無力感は極めて重くのしかかった。
「抵抗するなよ。この人数差、お前一人でどうにか」
「五月蝿いッ!」
構成員の一人がせめてもの情けだと無抵抗でいることを提案したが、それはむしろ逆効果。
お前にはこの場面を切り抜ける力が無いと暗に言われているようなものであり、今のセリカにとって怒りを燃え上がらせる燃料にしかならなかった。
喉が張り裂けるような大音量の怒声を放ち、拳を握り込む。
武器は奪われ、手元にあるのは己の手足のみ。殴る蹴るといった白兵戦の練習はした事がないが、今頼れるのはそれしかない。
「私は……立ち止まってられないのよ! こんなところで大人しくなんかしてられないの!」
無力感を感じ、心を苛まれ、それでもセリカは怯まない。立ち止まらない。
怒っていた。無力な自分にも、無力だと痛感させたこの場面にも。
「来なさい! 私は先輩達みたいに強くは無いけど……それでも!」
明確な敵意を剥き出しにされ、構成員も無傷での確保を断念した。人質としての価値を落としてしまうが、それでも取り逃すよりは何倍もマシ。
得物を構え、セーフティを外す。銃口をセリカに向け、引き金に指をかけた。
近接格闘だけでどうにかなるとは到底思えない状況下だが、セリカは諦めない。
どうにかなるならないではなく、こうしなければ無力感に屈服したように思えてしまうのが堪らなく嫌だった。
「若いっていうのは、罪だよな」
大人しくしている以外に選択肢がない状況で敢えて抵抗するという選択肢を選んだ彼女が若さ故に適切な判断を取れなかった、としか構成員達は思わなかった。
知る由がないからだ。目の前で不格好に拳を構える少女の胸の奥底に宿る無力感に対する抵抗を。
彼女の感情が日常生活では起こり得ない高鳴りを引き起こしている事を。
『ゴアァァァァァ……ァァァァッ!』
彼女の感情の高鳴りを、自分達が最も恐れている存在が感じ取れてしまうことを。
ガラス化したアビドス砂漠が揺れる。セリカが二度聞いたものよりも遥かに鮮明で、発生源の近い咆哮を伴って。
彼女を包囲する陣形にも乱れが生じた。ありえない、どうして、なんでと困惑の声を伴いながら円陣が徐々に崩壊していく。
(今だッ!)
そこをセリカは見逃さなかった。皆の注意が自分から離れている今が好機だった。
駆け出し、一人の構成員に組み付いた。アサルトライフルの銃身を掴み、下腹部を狙って思い切りヒザ蹴りを叩き込む。
呻き声を上げて崩れ落ちる構成員に顎にダメ押しの右ストレートを叩き込み意識を刈り取り、持っていたアサルトライフルを強奪する。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
マガジンを奪い取り装填、底を叩くことで確認を終えチャージングハンドルのラッチを引き切る。
手を離し初弾を装填。ストックの長さを程よいものへと調整すると、怒りを体現するような雄叫びを放ちながらセリカはアサルトライフルを乱射した。
咆哮に気を取られていたせいで構成員はセリカが武器を手にしたことも、装填を終えて攻撃を仕掛けてきたことにも気付くのが遅れてしまい後手に回ることを強いられた。
いくら肉体が頑丈なキヴォトス人でも弾丸を食らえば痛みは感じるし、当たりどころが悪ければ大怪我では済まない。
セリカが銃を乱射する姿は錯乱しているようにも見えなくも無い。絶叫し引き金を引き続ける様は間違いなく錯乱した人のそれだ。
故に次にどう動くか、何処を狙ってくるか読めないこともあり反撃よりも車両の陰に隠れて弾切れを待つという選択肢を取らざるを得なかった。
「今までの車両なら蜂の巣だなッ」
車両の陰でリロードを行いつつ、一人の構成員がボソッと声を漏らす。
セリカを乱射するアサルトライフルが撒き散らした弾丸は遮蔽物とされた車両の車体に当たり、ひしゃげて地面に落ちる。
今回の拉致作戦の為に元々研究・試作されていたものを試験運用の名目で前倒しで借りてきたのが功を奏した。
圧倒的な破壊力を持つロケットランチャーやグレネードランチャーでさえ豆鉄砲にしか思えないような遠距離攻撃に耐えられる特殊装甲。
それがただのアサルトライフルの弾丸に負ける訳がなかった。
「おい、さっきの映像は残ってるよな?」
「はいっ、確かに!」
リーダー格の女性が見た光景。セリカを拉致したトラックが
外部より齎された技術により作り上げられた特殊装甲は、あの遠距離攻撃にも十分対応出来る。
これでもう、あの存在に怯える必要が無くなる。目的地、アビドス高等学校を手に入れることが出来る。
技術提供の代わりに求められた小鳥遊ホシノの身柄拘束も完遂する事が出来る。
周りの部隊は矢継ぎ早に切り替わる注意の対象に翻弄されていたが、彼女が率いる部隊は冷静だった。セリカに半数、咆哮の主に残り半数を警戒対応に割いていた。
だが、警戒対応を取るのが遅過ぎた。
咆哮の主が怒りに突き動かされた事で叩き出した速度を、軽視してしまっていた。
『Gruaaaaaaaaaaaaッ!!』
他の部隊も形は違えど、咆哮の主に対する警戒が疎かとなった。
やたら滅多に弾丸をばら撒いていてはいずれマガジン内から弾丸は消える。そうなれば後はリロードの隙を突き、無力してしまうだけ。
注意の対象が強引にセリカに切り替えられ、彼女が抵抗出来なくなる瞬間を待っていた。
殺さず無力化し身柄を拘束する術を考えていた。
予期せぬ襲撃とセリカの対抗により伝播した動揺も消え始め、安堵感が湧き上がっていた。
その安堵感は慢心となり、咆哮を放っていた存在への対応が遅れる。
ガラス化した地面を砕き割り、地中より怪物が現れる。
背びれを紫色に煌めかせ、星の広がる夜空に向けて両腕を広げて咆哮を放ちながら。
「で……でっ、で」
構成員の一人が『で』という言葉を連呼する。出た、とでも言いたいのかもしれないが地中より現れた
暴力組織である時点で彼女にとっては縄張りを荒らす不敬の輩であり殲滅対象。
ましてや、彼女の気に入っている縄張りを構成する要素の一人であるセリカに手を出されているとなればその怒りは並大抵の怒りを遥かに凌駕する。
(ミキさんが来た今なら!)
セリカもまさかミキが現れるとは思ってもおらず硬直していたが、周りの構成員も固まっているのを視認した事で今やるべき事を見い出せた。
気絶させた構成員から次のマガジン、及び予備マガジンを全て拝借。リロードを終え、連射モードから単発モードに切り替える。
皆の注意はミキに向いている。地中より姿を顕にした怪獣が白目を剥きながら無言で佇み、何処から破壊するか見定めている姿に警戒心を高めている。
(私なりに、出来ることをするッ!)
冷静さが次の選択肢を的確に導き出し、セリカに提示する。
一番近くにある車両を狙い前進。その車両の陰に隠れていた構成員達がセリカの接近に気付き、得物を構えてしまった。
「
自分には力が無い。だから力が無いなりに頭を捻り、より大きな力の存在をチラつかせる。
私を襲えばミキの牙が剥かれるぞ。そう脅しを掛け、暴力組織の手を止めさせた。
それと同時に発砲。反撃という手段が引き起こす最悪の結末を想像してしまっている以上、セリカに狙われた構成員達は車両の陰から撤退する他に無かった。
そこを、二人は見逃さない。
片や誘拐され恐怖や無力感を味わわされた怒りを、もう片や己の縄張りを荒らす不敬者共が縄張りを構成する一個人に行われた暴挙に対する怒りを、抑え切れなかった。
「このォォォォォォッ!」
セリカは吠えた。単発モードで的確に撤退させた構成員達を狙撃し無力感させていく。
『ガアァァァァァァッ!』
ミキは吼えた。身体の赤い痣を煌々と照らし上げ、口から白い熱線を放ちながら進撃を開始する。
対策を進めてきた新興暴力組織の拉致部隊が壊滅するのに、そう時間は掛からなかった。