キヴォトスに迷い込んだ怪獣王(記憶喪失) 作:ゲヘナ箱推し
北斗の拳でも見せられたの?面白かったけど。シモシモ シモシモ シモシモシーモ!
地表へ姿を現したミキに、凡そ理性と呼べるに相応しい高度な思考回路は備わっていなかった。
備わっていたのは怒り。深海のように深く、業火のように激しく、山麓のように巨大な怒りだけ。
縄張りを荒らす不敬の輩が縄張りを構成するセリカへ手を出した事に対する怒りは、ミキ自身の想定すら超えていた。
今までの怒りの蓄積も然る事乍ら、今回の怒りは特に群を抜いて深く、激しく、巨大だった。
「撃て撃てええええぇぇぇぇぇぇ!!」
新興暴力組織が外部よりもたらされた技術を用いて開発したものは、熱線の直撃すら耐える強固な装甲だけでは無い。
ロケットランチャーや対物ライフルの直撃はおろか、艦砲射撃や衛星兵器の直撃すら耐えると試算されたミキの頑強極まりない表皮を貫通し得ると考えられる武装も多数試作・量産した。
一つ一つが恐ろしく高価かつ生産困難な為、無駄撃ちやミキ以外への使用を禁止されているそれ等の武装が火を噴く。
構成員達もミキの襲撃に当初は驚かされたものの、自分達が手にしている武器や用意した兵器がどのような代物なのかを思い出すと冷静になれた。
自分達もミキに抗える。そう信じて今回のセリカ拉致作戦に参加した。
「これでもくらええぇぇェェェッ!」
二門の電磁加速砲を搭載した多脚式の戦闘装甲車両にて砲手を担う者は、その引き金を引きっぱなしにして全弾をミキに浴びせながら雄叫びを放つ。
妹を殺されたと、目の前にいる化け物に殺されたと確信しているから。
グレていたとはいえ、根は優しくて素直な子だった。その性格故に学校に馴染めず居場所を失い、グレてしまったのだと信じていた。
その彼女はある日、忽然と姿を消した。一通のメールを、仲間達とアジトの廃ビルに行ってくるというメールを最後に。
それと同時期に発生した黒の不審火。その主犯こそがミキであると確信し、仮に会敵した場合には必ず殺してやると覚悟していた。
それなのにその希望も覚悟も、いとも容易く破られた。
『ゴガアァァァァァァァァァッ!』
自分達よりも少しばかり背が大きいだけの彼女から放たれているとは考えにくい、地面を揺らす様な咆哮。
耳元で放たれればそれだけで立派な武器として成立する咆哮を放つ彼女の肉体は、期待の新兵器達をまるで受け付けなかった。
圧縮したGエナジーを内部に仕込み、熱線を耐えた装甲と同等の金属を使用した弾丸が着弾することで傷を作り、Gエナジーが持つ膨大な力を傷口から流し込んで内側より破壊する。
理論上はミキすら殺せると判断されたその弾丸も、電磁加速砲の砲弾も、ミキの表皮にかすり傷を追わせることすら出来なかった。
「なんでっ!? 通じるって聞いたのに!」
構成員達はトリガーを引きながら銃撃音にも負けない大音声で声を上げる。倒せると聞いたから参加したのに、話と真逆の結果を突き付けられて錯乱していた。
彼女は肉体の触り心地や柔軟性、色味こそ生身の人間の肉体とそう遜色ないように見える。
しかしその内側、表皮の下には電磁石のコイルに似た働きをする事が出来る細胞、通称『G細胞』が詰まっている。
彼女の強さや生命力の源であり、人体に深刻な悪影響をもたらす危険物質でありながら常にミキの身体より垂れ流されしまってている放射能を取り込む性質を持つこのG細胞は、強烈な電磁気の生成及び電波の吸収をも可能とする。
ここで生成した電磁気を用い、熱線を生み出す大元である原子炉に相当する器官を刺激することでより高威力の熱線を生み出している。
そのG細胞の能力によってミキは表皮直下に電磁的な障壁、非対称性透過シールドを展開する事が可能であり物理的干渉を遮断してしまう。
エネルギー消耗が激しい為乱発は出来ないが、今回の場合消耗したエネルギーは非対称性透過シールドが受け止めて破損させた弾丸内部に仕込まれているGエナジーにより補給出来てしまう。
シロコに拾われた当初、G細胞が取り込めるものは自身の身体から放たれる物や空気中に含まれている放射能だけだった。
そこに感情への刺激が重なった事で肉体が発展の兆しを迎え、ビナーとの交戦時にGエナジーと接触・吸引しGエナジーすら吸収出来てしまうように進化していた。
物理的干渉を遮断する反則級のシールドの存在、Gエナジーを特別な工程なしに吸収してしまえるミキの身体構造、これ等が構成員達の戦法を真っ向から潰してしまっていた。
「ミキが纏う電磁気が異常だ……アイツ、体内でシールドでも張ってるんじゃないか?」
電磁気を可視化するゴーグルを装着していた女性の読みは当たっている。
表皮の真下に張られたシールドによる物理的干渉の遮断。これが肉体深部への攻撃の到達を食い止めている。
なら、表皮そのものへのダメージが無いのはなぜか。表皮に傷を負わせられると試算されたのにも関わらず、目の前に佇む怪獣に傷を負わせられないのはなぜか。
そちらの方は至極簡単。細胞がどうだの電磁パルスがああだのと小難しい話が介在する余地は無い。
ミキの身体高度が新興暴力組織とそこを支援する者達の想定を遥に上回っている、ただそれだけだった。
手榴弾だろうがロケットランチャーだろうが機関砲だろうが、艦砲射撃だろうが衛星兵器だろうが彼女には傷を負わせられない。
頑丈な鉄骨を爪楊枝で傷付けようとしている、それと肩を並べる程に無意味だった。
「ミキが前進を開始します!」
一歩彼女が踏み出しただけで緊張が走った。
二歩目を踏み出したとなれば、それは前進と捉えられて即座に迎撃姿勢を再度整える。
兵器が通用しないという動揺を受けていながらも姿勢を整えられる当たり、やはり普通の暴力組織とは異なるのだろう。
「攻撃開始!」
攻撃され不愉快そうに首を左右へ降った後、ミキが突進を開始。突っ込んでくるミキに砲弾と弾丸が浴びせられる。
相手が走ってくるとなればその勢いも相乗し、通用しなかった攻撃が通るかもしれない。
そんな僅かばかりの期待を抱く者もいたが、ミキの肉体はその期待すら許さなかった。
金属に小石を投げつけた時のような虚しい音を伴い、砲弾と弾丸は弾かれる。
皮膚と比べれば脆弱性がまだ見込める眼球にも着弾したのに、彼女は痛がる様子すら見せなかった。リアクションがあったのも足に着弾した際、その衝撃で転倒しかけたくらいのもの。
目の前に飛び出してきた車両が前進を受け止める形で食い止めようとしたが、それも無駄。激しい衝突音の後に車両が弾き飛ばされ、無傷のミキが白目を血走らせながら突進してくる。
「にっ、にげろぉぉぉぉ!!」
攻撃が通じず、車両による足止めも叶わない。そこに悪魔にしか見えない恐ろしい形相のミキが脇目も振らずに突進してくるとなれば、それはもう恐怖以外の何物でもない。
彼女を殺せると信じていた武器をあっさりと手放して逃げ惑う構成員達には目もくれず、ミキは多脚式戦闘装甲車両を目指して猛進。
この場にいる不敬の輩の中でも特に自分に対して強い怒りを抱いている相手が中に居ると、第六感的な感覚まで鋭敏になっていたミキは勘づいていた。
用いる武装が貧弱でも、その意志の強さは彼女に届き、怒らせた。
(怒れる資格も無い分際でよくも)
縄張りを荒らした罪。セリカを攫った罪。
力を持ちながら誤った使い方をした罪。その罪を罪と知覚せずに抵抗する罪。
無数の罪に彩られておきながら自分に怒りを向ける女性に、ミキもまた怒りを向けていた。殺意を多分に含んだ怒りを。
モニターに捉えていた妹の仇が消える。
浴びせ付ける無数の砲弾を弾き、ミキは戦闘装甲車両の真下に潜り込んでいた。
「殺してやる…絶対、お前を殺してや」
電磁加速砲の引き金を握っていた女性は即座にその手を離し、シャーシ部へ取り付けられている小型電磁加速砲の引き金に指を掛けた。
小型な分威力は劣るが目標との距離が近い。最高威力が見込める初速で無数の弾丸をぶち込める。
溢れ出る怒りを隠すことなく女性は口にしたが、最後までその言葉が続くことは無かった。
激しい衝撃と共に戦闘装甲車両が揺れ、その後に傾く。
死角となるシャーシ下を確認する為に取り付けられているモニターに乗組員の視線が殺到し、傾いた理由が判明する。
車体を支える多脚の一つに、ミキが
「なっ!?」
歯で挟み込んで持ち上げているのでは無い。計器も装甲の損傷を通達しており、間違いなく彼女の歯が装甲を貫いている。
何か攻撃を受けているのは分かったが、まさかそれが噛み付きだとは思いもしなかった。熱線を耐えると試算された装甲を牙が貫通しているのも完全に予想外だった。
『ヴア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ!』
食らい付いていることでくぐもった咆哮を放ちながら、ミキは首を乱雑に振る。重量感を感じさせることの無いその動きで、自分を襲っていた戦闘装甲車両をいとも容易く投げ飛ばす。
相当な重量がある戦闘装甲車両は高々と宙を舞い、ミキの侵入を許してしまった円陣の内側から外へと放り投げられる。
ガラス化した地面へその車体を強かに打ち付け、車体を支えていた多脚の関節部が衝撃に耐えられずへし折れてしまったことで激しく横転。
「こ」
回避運動など出来るはずのない状態に追い込まれたところに、ミキの口から空間を震わす声と共に放たれた
戦闘装甲車両も乗組員も分け隔てなく、着弾地点の地面諸共消滅させる。
妹の仇に対して恨み言も、怒りの断末魔を紡ぐことすら許してはくれなかった。
「今の声…まさか超震動波か!!」
「空間電位からの推測エネルギー量、850ギガワットに達しています! あんなのどう相手にすれば!!」
既存のエネルギーよりも遥かに効率が良いGエナジーを原動力としていた戦闘装甲車両は、その大本であるミキが叩きつけた膨大なエネルギーと化学反応を起こして大爆発を引き起こす。
衝撃波と爆風が駆け抜け、黒々とした煙が立ち上がる。
その光景に皆、戦意を折られていた。あんな芸当が出来る相手に勝てると本気で思い込んでいた己の浅はかさを呪った。
煙はキノコを思わせる雲へと姿を変えた。
黒い雨を伴う禁忌の雲に。
『グゴアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!!!!!』
握り掛けを思わせる拳の平を天へ向け、空を睨み上げるように吠える。
割れているその咆哮は轟轟と轟き、大地を揺らす。大気が震わす。
構成員達はただ呆然と立ち竦む。
トリガーに触れる指を、通信機を握る手を、銃を支える腕を、それ等の基盤たる胴体も、何もかもを意味も無しに震えさせながら。
浴びせられる弾丸や砲弾、恐怖や絶望の声、憎悪の感情。
それら全てがミキに伝わり、彼女の最たる原動力であり力の源泉である『怒り』に置き換わる。
頑丈な肉体も反則級のバリアも、全ては怒りの感情のもたらした一要素に過ぎない。
ひとえに煩わしかった。欲と欲の押し付け合い、それは自然界に生きる獣もする事。生きたい、食らいたい、死にたくない、子孫を残したい。
本能と片付けられるそれ等の思考も、何かを
それは同じく生き物である人間とて同じではあるが、人間の持つ『欲』は自然界の獣の欲とは桁が違う。
広大な土地を整地し、緑豊かな野山を切り崩し、大気を汚染し尽くし、大地を掘り返し、築き上げた各々の縄張りを傷付け合い、時には消滅すらさせる。
次から次へと湧き出る欲に任され、理性だの罪悪感だのという欲を抑制する仕組みすら踏み潰す。
これ以上は踏み込まないようにと肉体が誰かに言われるまでもなく備え付けた仕組みを踏み潰した果てに、積み重ねてきた罪すら矮小に思えてしまう大罪を犯すに至った。
もはや『生物』という枠組みから半歩はみ出しているような有り様の人類を、ミキは強く憎む。
怪物、怪獣と呼ぶに相応しい醜態を晒しながらものうのうと生き続ける人類に、ミキは激しく怒る。
その憎しみと怒りこそが、彼女という生き物を生み出した。
(許さない)
セリカ達も欲を持ってはいるが、その欲を満たす為の行為に伴うだけの責任を果たしてはいる。日々の学問と労働に励み、決して甘え尽くしでは無い。
自分達が無力である事に心を痛めて頭を悩ませ、それでもどうにかしようと足掻く。経験したことが無くともそれが辛いものであることはミキにも分かった。
欲を満たす代わりに苦痛を味わう。軽いものなどでは無い、重くのしかかる苦痛を彼女達は受け止めている。
だが目の前の奴らはどうだ。縄張りを荒らし、セリカを攫うという罪を犯した者に与えられるべき
意地汚く生き延びようとして、生き延びたらまた凝りもせずに欲望を満たす為に他者を傷付ける。物を傷付ける。
土地を、空気を、海を、森を、世界そのものを傷付けるだろう。
荒そうとも、汚染しようとも、濁らせようとも、焼き付くそうとも、決して欲を満たすこと無く猛威を振るうだろう。
ミキは怒り狂っていた。己が何者なのか、それすらも忘れ果ててしまう程に。
(許さない)
この怒りは決して忘れない。欲をただ満たすだけの獣を、正しき力の使い方をしない獣を、許してはならない。
様々な形で刺激を受けることで肉体の能力を取り戻していく感情を、最も強く刺激し突き動かすものこそ怒りに他ならない。
感動も驚愕も怒りの前では屑にも等しい。如何に人間じみた思考回路を有していようとも、彼女が生まれた根源である怒りには遠く及ばない。
忘れてはならない。許してはならない。
怒りこそ、彼女が彼女足り得る要素。世界が彼女に求めたモノ。
尽きることの無い力を与え、強靭な肉体と破壊能力を与え、彼女の存在を定義する。
報復。人類への報復。
人の身に宿るという形態をとった
「ミキの深部体温の急激な上昇を確認! 熱線と推測されます!」
「総員回避ィっ!」
熱線が高温を帯びるという性質から『熱線を放つ前にはミキ本人の深部体温が急上昇するのでは』という仮説が起こり、それに基づき開発された遠隔検温器がけたたましい警告音を立てた。
警告音により恐怖で縛られていた肉体に自由が戻る。熱線の予兆に相当すると判断し、構成員達は即座に展開。
ミキの顔の向きやつま先が向く先といった、熱線の放射予測ルートから外れるよう心掛ける。
車両なら熱線は耐えるかもしれないが、熱線の威力で車体が弾き飛ばされる可能性は高い。そこを加味すれば熱線を耐えられる車両であっても、遮蔽物としては信用し切れない。
各々が放射予測ルートを外れ、かつ纏まらないように散り散りに回避行動を取る。
現在の状況を事前に予想し、何度も鍛錬を積まなければこの場で遂行するのは難しいと思える程に見事な回避行動ではあった。
(アイツ、笑っ)
しかし、積み重ねは蛇足に終わる。むしろ裏目に出たとすら言える。
有事の際に備えて積み重ねた回避訓練も、ミキ相手には通用しない。
色彩のないモノクロな視界で、目の前に並ぶ敵対者の思惑を見抜き踏み砕く。
(許さない)
彼女は絶対に敵対者を許さない。策略を許さない。
一人の構成員が、ミキの口角がにぃっと上がるのを視認した。
掲げられていた尾が振り抜かれ、ガラス化した地面を叩き付けた後に抉る。
ガリガリ、バリバリと心地好い音を伴いながら抉り取られたガラスは無数の破片となり飛来し、熱線以外なら遮蔽物として完璧と言えた車両の陰から出てしまった構成員達を襲撃する。
(逃がさない)
逃げ遅れた構成員は、尾による殴打で叩き潰す。足元を這い回っていた所を踏み殺された虫のように、呆気なく命を散らして行く。
何度も振り下ろし、既に事切れている死体を破壊する。
己の罪を受け止めない不敬への罰だと見せしめるために。
「回避ッ! 車両の陰n」
「待ってたわよ!」
飛来するガラス片が直撃するのは弾丸が直撃するのと訳が違う。鋭利な刃物がショットガンのように浴びせられるのだ。
たまらず車両の陰に再度隠れようとするが、そこには先んじてセリカが潜伏し待ち構えている。
ミキが注意を惹き付けている間にセリカが駆け回り、はぐれた構成員達を一人一人的確に撃破する。
装備品は奪い取られてセリカのものとなり、彼女は構成員を倒せば倒す程に自分の攻撃手段を増やしていく。
(何故かしら……
ミキが放った咆哮に、セリカは恐れを感じなかった。むしろ高揚感にも似た気持ちの高鳴りを感じていた。
血肉が沸き立つのを感じる。全身に力が漲る。
体が軽い。本当に軽くなったのか足腰が強くなったのか不確かだが、その細い足が長年支えてきた重みが不意に取り払われたかのように体が軽い。
飛び跳ねたくなるほどの爽快感。首筋から全身に伝わる暑い熱。
自分を誘拐した暴力組織に対する怒り。
「いッッくわよぉッ!」
声を張り上げ、セリカは駆けていた。
首筋に現れた、ミキの背鰭に似た黒いシミから伝わる熱に浮かされながら。