キヴォトスに迷い込んだ怪獣王(記憶喪失) 作:ゲヘナ箱推し
「土地勘もないのに見切り発車でアビドスに来て遭難、ミキさんに保護されたと……すみません、こちらの説明不足でそのような苦労を強いてしまいました」
”アヤネのせいじゃないよ”
”ミキにこっぴどく叱られたからね……”
脱水症状の疑いがあると保健室に担ぎ込まれ、女性が嫌がっているような発言をしていた点滴を打たれながらベッドに先生は横たわっていた。
そこに手紙を送った張本人である紅い眼鏡の可愛らしい少女、奥空アヤネが訪れてどうしてこうなったかの説明を受け、案内係の手配を怠ったが故に遭難させてしまった事を謝罪した。
「大人で無策に未知の土地へ踏み込み生きる糧を失い遭難……いやはや、やはり『馬鹿』の二文字しか思い浮かばんな」
「ミキさん!?」
空いているベッドに腰を下ろして2Lペットボトルの水を美味しそうに飲んでいたミキは、痣と思われる胸元の発赤箇所を掻きながら冷たい目線で先生を見つめながら厳しい言葉を投げ掛ける。
折角来てくれたのになんてことを言うのか、と言いたげなアヤネが目を見開いて見つめてきても彼女の表情は変わらなかった。
「言い逃れようが有るまい。無策に乗り込んだ先生の失策だ。ノリと勢いでどうにか成るのはそれこそ、そう成るに足る星の元に生まれた奴だけだ」
「ご、ごめんなさい先生……ミキさんは口が悪いというか遠慮が無いというか、思ったことを包み隠さず言ってしまうんです……」
”大丈夫だよ。分かっているからね”
初対面で、それも大人である先生を相手にあれだけの無遠慮な対応をするという時点でミキという人物の性格をある程度は窺い知れよう。
相手が誰であっても媚ない、我が道を往く王様じみた性格。
それでいて居候先であるアビドス高等学校の近辺が危険であることを看過出来ず、留まり治安維持を行う心優しい一面も併せ持っている。
「ふん。あの程度のやり取りで人を理解したつもりか。無策に動いた件と言い、
キツイ物言いではあるが嫌っているとか、不快がっている様子は見られない。
コイツは頭の軽いヤツだ、と認識しただけに留まっているのが分かった。
警邏を代わってくる、そう言ってミキは立ち上がる。
改めて先生は『巨体だな』と思った。身長は2m近いのでは無いだろうか。
抱き締められた際に逞しいと思った腕も長身に見合う長さと太さをし、それでいて女性らしいプロポーションを兼ね備えている。
スカートに入れられたスリットから顔を覗かせている巨体を支える足も、支えるに足る太さと女性らしさを両立させている。
”気を付けてね”
横たわっている先生の声掛けと手を振る姿に、ミキは僅かに立ち止まってその姿を見るに留めた。
持っていた2Lペットボトルを握り潰しながら保健室を出て行く。
生え際から先端にかけて三列に生え揃った尾鰭を揺らめかせ、第二の尾のように揺れるポニーテールと背鰭が先生の脳裏にやたらと鮮明に刻まれた。
「ハァ……ああやって皆を気遣ってくれるのはありがたいんですが、もう少しこう柔らかい対応はしてくれないものでしょうか……」
”まぁまぁ、悪い子じゃないから”
”それで、私が呼ばれたのって?”
先生の言葉にアヤネも気を取り直して当初の目的、先生に救援を求めた理由の説明を開始した。
アビドス高等学校は度重なる砂嵐とそれに伴う砂漠化現象、それに対しての対策費の高騰化、資金が足りなくなり借金をするもののそれが膨大な額へと膨れ上がってしまい、生徒数が激減する事となった。
そこに暴力組織となった生徒達が校舎を狙ってアビドス高等学校校舎を襲撃してきたり、アビドス自治区内で暴れ出したりと無法に近しい状態へと陥った。
その時、今はこの場にいないが数少ないアビドス高等学校の在校生である砂狼シロコが通学路に倒れていたミキこと
暴力組織を単騎で撃退する活躍を見せ、校舎へ近寄らせなくしてしまった。
その後一度ミキは立ち去ったものの数日後に撃退した暴力組織を引き連れ、保護している最中に破壊してしまった校舎の修理をする為に戻ってきた。
「今までは5人で校舎の不備の確認や修理を行っていたんですが、ミキさんと彼女が撃退した元カタカタヘルメット団の皆さんのお陰でかなりスムーズに行えるようになりました」
校舎を狙っていた暴力組織であるカタカタヘルメット団。今はその大多数がアビドス高等学校の生徒として活動している。
廃校対策委員会も最初は困惑し、散々手を焼かされた相手を受け入れる事に拒絶感はあったが関わるうちに打ち解けて行った。
警邏に割ける人数も数十人分増加し、各々がバイトをしてそのお金の一部をアビドス高等学校に寄付する形で貯蓄。
それを借金返済に当て始めた事で膨大な額だった借金残高は、数の暴力に押し込まれる形でみるみるうちに減額。
古くなっていた箇所や改装の必要性が見られた箇所も、ミキがブラック・マーケットという治外法権がまかり通る土地で悪どい商売をしている業者を拉致・脅迫し、極めて適切かつ適正価格での工事を行わせた。
それによりアビドス高等学校は以前のマンモス校時代ほどではないにせよ、そこに近しい程の風貌を取り戻すことに成功した。
「そこまでは……良かったんですが……」
校舎が立派な風貌と賑やかさを取り戻した事を語るアヤネは嬉しそうだったが、そこから先のことを語る彼女の表情は暗く、沈痛な面持ちをしていた。
借金の返済も校舎の整備も着々と進んでいたある頃から、またしても暴力組織が校舎近辺やアビドス自治区内で暴れ出した。
それも今まで同様の対応がある程度可能な暴力組織ではなく、『訓練を積んでいる』と思わせる洗練された動きを見せる対応難度の高い暴力組織。
廃校対策委員会の面々でも苦戦を強いられ、ミキと彼女が連れてきた元カタカタヘルメット団の皆の協力で何とか退けているのが現状。
今はまだ小競り合い程度で済んでいるものの、いずれまた暴力組織との抗争に発展するのでは無いかとアヤネは心配していた。
”なるほどね。理解したよ”
”私も力になるよ”
校舎が活気を取り戻していく過程を話す際のアヤネは本当に嬉しそうで、アビドス高等学校が大好きなのだと直接言葉にして聞かされずとも先生には痛いくらい理解出来た。
今までに無い動きを見せる暴力組織との小競り合いに疲れ始めてきている事も、抗争に発展し得る現状に忌避感を抱いている事も、校舎への思い入れ同様に痛感出来た。
そんな姿を見て『私には無理だね』などと言うつもりは先生には無い。大切な生徒の頼みとなれば、二つ返事でOKを出す。
アヤネの表情がぱぁっと明るく、年相応の女の子らしい可愛らしい笑顔になる。
その姿に嬉しさを感じつつ、先生は”それはそうと”と今度は自分から話を降った。
”
アビドス自治区で出会った際に彼女は自分の事をアビドス高等学校に居候している、拾われたと呼称した。
そんな言われ方をしてしまっては、その発言の意図が何なのか気になるのが人の性というものだろう。
それに服装もアヤネや元カタカタヘルメット団の面々と異なりドレス姿だ。校章の類も確認出来ていない。
そもそも特異的な尾を有して背鰭と尾鰭まで生えているとなれば、噂の一つや二つ湧いて出てくる筈だが先生は聞いた事すらなかった。
「はい。あの人はどこの学校所属かも不明、出生地が何処かも不明、どうしてアビドス自治区内に居たのかも不明……自分の名前に関して、特定の名前と光景を除いた全てが不明なんです。いわゆる、記憶喪失というものですね」
”記憶…喪失……”
本人から了承は得ている、と前置きをした上でアヤネは語り出す。
水波瀬ミキ。アビドス高等学校から立ち去ったのも記憶を取り戻す手掛かりと思われる場所、トリニティ総合学園を目指したからだった。
「様々な記憶を失い、それでも足を止めない人。止まることを知らない人……それがあの人です。先生は言葉を交わして、あの人から怯えや困惑を感じ取りましたか?」
”ううん、これっぽっちも”
”堂々としてるなぁ、とは思ったね”
何もかもを綺麗さっぱりと忘れ去っていれば、まだ違うのかもしれない。最初こそ困惑するし怯えもするだろうが、ゼロならまた色々なことを知って覚えて積み重ねれば良いのだから。
だが彼女は違う。綺麗さっぱり忘れ去っているのではなく、部分的に記憶が残存してしまっていた。
半端に残されている分タチが悪い。半端に期待が抱けてしまう分悪質だ。
それでも、ミキは止まらなかった。
半端に残存している記憶という期待に溺れ立ち止まるのでなく、溺れ立ち止まる事を恐れて目を逸らすのでもなく、受け入れた。
残っている記憶は残っている、失ったものは失ったのだと受け入れ、歩を進める。
「あの人には、示してもらった気がするんです。学校を守るという決意を抱いている私達が、どう歩むべきか」
学校を守る為に抗う。誰が相手であっても、死力を尽くして抗い抜く。
その為に使える手は全て使ってやる。
アヤネが直接口にした訳では無いが、その意思は先生にしっかり伝わった。
その決意を先生も無下にするつもりは無い。前途多難にして且つ前途有望な学生が抱いた決意を先生は尊重し、可能な限りの助力をする。
”分かったよ。貸せるだけの力は貸すね”
”ミキちゃんに示してもらった分も頑張ろう”
先生がそう言いつつ上体を起こし、手を差し伸べるがアヤネは困惑したような顔をして固まってしまっていた。
どうしたのかと顔を見ていると、我に返った彼女は照れ臭そうな笑みを浮かべながら先生の手を握る。
「すみません。ミキ
説明を受けて”確かにあの見た目でちゃんは無いね”と先生も納得した。
今後言葉を交わす機会があれば気を付けようとも思ったが、そもそも口をきいてくれるかという不安もあった。
何せ大人がアホらしい失態を晒す姿を見てしまったのだ。失望させ、言葉を交わすことすらバカバカしいと思われてしまった可能性も捨てきれない。
不安が顔に出ていたのだろう。アヤネの「先生なら大丈夫ですよ」という言葉に少し心が救われた。
「それで……実は、もうひとつ頼みたいことがあるんです」
”もう一つ?”
”一つと言わず二つでも三つでも良いんだよ?”
頼み事を聞いてもらいやすくする為に相手を持ち上げた、そう取れなくもない絶妙なタイミングでアヤネは二つ目の頼みを切り出す。
勿論、彼女にそんな意図はなかった。
たまたまタイミング的にそうなっただけで、彼女自身も絶妙なタイミングで頼み事を切り出したという自覚もない。
「アビドス高等学校を取り巻く一連の騒動、再度活発化した暴力組織とのやり取りに一段落がついたらミキさんを連れて行って欲しいんです」
”ミキちゃんを?”
「はい。彼女は本来、記憶を取り戻す手掛かりになり得るトリニティ総合学園を目指していました。その途中で引き返してきて、この有り様です。言葉にこそしていませんが、あの人は現状足止めを食らっているんです」
護衛を必要としないだけの高い戦闘能力を持つ彼女でも、足止めを食らっていては目的地であるトリニティ総合学園を目指すことは出来ない。
そしてその食らっている足止め、アビドス高等学校と新生暴力組織とのいざこざはシャーレの先生による助力がなければ解決の目処が立ちそうにない。
それに、先生はその立場上キヴォトス内の学園なら立ち入りやすい。移動も容易であり、フットワークの軽さでは群を抜く。
ならばそこにアビドス高等学校を取り巻く問題を解決した上で『先生の護衛』という形でミキに同行してもえれば、彼女も記憶探しを再開することができる。
「お願いします! あの人にはどうしても記憶を取り戻して欲しいんです!」
深深とアヤネが頭を下げる。
学校を救い、再復興にも手を貸してくれた恩を感じているのだと、下げられている彼女の頭を見ながら先生は読み取っていた。
とはいえ、この場に当人が居ない以上は頷くことは出来ない。彼女の事を思ってのお願いであっても、こればかりは容易に受け入れられない。
どう答えたものか。誤った返答をしてはアヤネを傷付けてしまいかねない。
悩みながらもソレを感じ取られないよう何か助けになるものはないかと視線を動かした先生は、ふと保健室の入口の方へ視線を向けた。
何気なく、直感的に『来る』という言葉が脳裏に浮かぶ。
それが何を意味するのか先生本人が考察するよりも先に、ミキが保健室へ戻ってきた。
「みっ、みみみっミキさん!?」
アヤネは気付かなかったのに、先生は気付いた。
遭難していた所を助けてくれた時といい今回といい、ミキは体躯に似合わない隠密性を持っている。
それにも驚かされたが、何よりも自分より交友関係が長く深いアヤネが気付けなかったのに何故自分が気付けたのかが分からない。
湧いて出た疑問に答えは見つからず、ただ『何故だろう』と考えることしか出来なかった先生をチラリと見やり、ミキは深い溜め息を吐いた。
「みが多い。四つ程な……警邏を変わるつもりが追い返されてしまった。姐さんが居なくても大丈夫だとさ。全く、私を相手にして大敗を喫した奴等が言う台詞では有るまいて」
己の尾を器用にくねらせて臀部の下に移動させ、椅子の代わりに腰を下ろす。呆れたような語り方ではあるが、その口元には微笑みが浮かんでいた。
「アヤネ。何やら、私に関する事象で気を揉んだな?」
「……聞こえました?」
「当たり前だ。私の耳の良さ、舐めて貰っては困る」
ジトーっとした目付きでミキに見つめられ、アヤネは頬をポリポリと掻きつつ視線を泳がせる。悪いことをしたのがバレた子供のようなリアクションだ。
再度溜息を吐き、ミキの視線が先生に向く。
穏やかな、どこか老哲人を思わせるような瞳を向けられた先生は自分の背筋が自然と伸びるのを感じた。
「大方、私がこの場に留まる事を良しとしないとかどうとか言われたのだろう? ならば気にするな。縄張りの安全は守るのが普通、生き物の性にして生き方の本質だ」
”縄張り?”
「私はこの校舎と土地を好いて居る。己の力で懸命に抗う者達、私を前にして臆さずに追い払おうとした度胸、実に人間らしくて良い。だから私はアヤネ達を気に入り、彼女達が守る校舎を好いて、彼女達が生きる土地を守る。私の縄張りとしてな」
アヤネ達を気に入ったから校舎も気に入り、アビドス自治区を守ると決めた。
人間らしい理由だが、縄張りという表現の仕方と容姿が相俟ってどこか動物的な雰囲気も感じられた。
懸命に抗うという表現も達観しているような、人間とは違う存在が人間を観察して抱いた感想を述べているような異質さが感じられた。
”ミキちゃん。君の事をもう少し教えてくれないかな?”
そこが先生の興味関心を惹いた。
異質さや存在に気付けた違和感、記憶喪失であるという事実。
気になることだらけであり、一人の先生としてだけではなく一人の人間としてミキという人物のことが知りたくなった。
自分を保護してくれた時に語ってくれたもの以上の深い理解をしたいと、先生は願った。
「……ふむ、まぁ良かろう。之より先、長い付き合いに成りそうだしな。同じくアビドス自治区内で発見・保護された者同士のよしみ、という奴だ」
断られる可能性も考慮していたがミキは数秒悩むだけですぐに了承。体の正面も先生に向け、本腰を入れて語るつもりなのだと態度で示した。
先生もそうしようとしたがミキが「止めろ」と一言述べ、制止する。
「脆弱な肉体に無理を強いるな、死ぬぞ」と心配を含めた釘を刺され、大人しく横になった先生にミキは呆れたような笑みを見せた。
「我が身を省み無いその姿勢は好ましいが、見る者次第では心配に成るモノだ。少しは己を省みろ、この愚か者が」
”はい……ごめんなさい…”
「うむ、分かれば良い。では語るとするか……そうさな、拾われた時から語るとするか」
本日何度目になるかも分からないお説教に先生はすっかり体を小さくしてしまい、その姿にミキはクツクツと短く笑う。
そして自分がどうして保護され、アビドス高等学校に身を寄せるに至ったのかを語り始めた。