キヴォトスに迷い込んだ怪獣王(記憶喪失) 作:ゲヘナ箱推し
先生とホシノに対して何か仕掛けようとした黄衣の人物を食い止めようとするミキの後ろ姿に、普段の彼女とは異なる雰囲気を感じた。
暴力組織を相手取る時の彼女の背中姿には頼れる気迫というか、余裕と呼ぶべき雰囲気が背負われている。
『この人ならどうにかしてくれる』という絶対的信頼感とも、『この人にしかどうにもできない』という絶望的無力感とも言える感覚を抱かせてくれる。
それ等を、今回は微塵も感じられなかった。本来の大きさよりも大きく見えていた背中が、見た目通りの大きさにしか見えなかった。
油断も無ければ勝利する確信も無い、緊迫した気迫。
ミキと比較すれば小柄な体躯に見合わぬ威圧感だけではなく、彼女に比類する力も秘めている。そんな存在が現れたとなればホシノ達の心中に穏やかさは到来出来なかった。
「ごめんねぇ先生。セリカちゃん背負わせちゃって」
"気にしないで。手が空いていたの、私しかいないしさ"
誘拐されていた──と思われる──のが嘘にしか思えない穏やかな寝顔で眠るセリカに、普段のツンデレじみたツンツン感は感じられない。
年相応の可愛らしい女子高生を背負い歩を進める先生に、周囲を警戒したまま視線を向けずにホシノが謝罪する。
ミキが何度も尾の先端で指し示した先にセリカは居た。
吹き付ける砂嵐で汚れない配慮なのか、破壊した残骸を高音で溶接して作り上げた即席の箱の中にしまい込まれる形で丸まっていた。
「無事でよかったです……」
「うん。怪我もなさそうだし、良かった」
心地良さそうに寝息を立てる姿には安心感を覚えさせられるが、今の彼女達が居る環境は安心とは対極と言える環境だ。
吹いていた風が強まり、周囲の砂を巻き上げ砂嵐に変容する。見えていた夜空も茶色い風で掻き消されてしまい、目に砂が入り込むのを阻止する為に腕をかざしているせいで視界不良を悪化させている。
銃の内部にも砂が入り込んでいると考える事は出来るが、この砂嵐ではおちおち整備も出来やしない。セリカを誘拐した新興暴力組織の残党や援軍が来てしまえば逃げることしか叶わないだろう。
視覚ではどの方向から歩いて来たのかも分からない。そんな状態で道標となるものは黄衣の人物がミキに対して放った鳴き声をより甲高くした雄叫び、鈍く激しい打撃音だった。
自分達にセリカの保護を任せ、その間もミキは一人で戦い続けている。普段の余裕を感じさせる事が出来ない相手と、こんなにも重々しい打撃音や雄叫びを響かせながら。
「早くミキさんの所に戻りましょう! 一人だと危険です!」
一歩踏み出す事も難しい中で、アヤネの声に皆は次の目的地であるミキの元を目指す。
セリカの保護は終わった。ならば次は自分達が保護に向かう為に足止めをし、保護を行う時間を稼いでくれているミキの援護だ。
彼女があれだけの警戒心を示す相手となれば、身体能力は彼女と同等と見ても誤りでは無い。特別性の無い銃火器を用いる自分達では傷すら負わせられない可能性も極めて高い。
圧倒的な力も無ければ有効な切り札を持っている訳でもない。はっきり言って、彼女達に何か出来るとは思えない。
「姐さんを救いましょう!」
「そうだそうだ! あんな気色悪いのに傷付けさせてたまるか!」
「やったるぞ〜」
元カタカタヘルメット団の皆もやる気だけなら十分だがホシノ達よりも戦闘能力・身体能力で劣る彼女達はもっと出来ることが限られている。
無意味に挑み、無駄に弾丸を消耗し、不必要に傷を負う。それで済めばまだマシであり下手をすれば死ぬだろう。
この先の人生を歩めなくなるかもしれない。様々な失敗や挫折を味わう人生の中でも最大の損失を迎えるかもしれない。
それが分からない訳では無い。自分達がどれだけ無力なのかは痛いくらいに理解している。
誇るでも自慢するでもなく、さも当然のように自分達が頭を悩ませてきた難題を踏み潰していくミキの姿に自尊心の類は尽く破壊し尽くされた。
自分は無力なのだと叩き付けられ、それでもと足掻く姿を黙って受け入れる彼女の冷酷とも言える寛大さにまた心を苦しめられ、それでも彼女達は進もうとする。
もう、限界だった。何かをしてもらい続けるのはミキ本人が気にせずとも彼女達自身が我慢出来なかった。
"…急ごう、ミキちゃんを助けなきゃ"
背負っているセリカの位置を整え、先生も目を細めながら砂嵐の奥を睨む。脆弱な肉体を支える足を進める。
助けるとは言いつつも何が出来るかは先生も思い付いていない。
ミキと同等の身体能力を有していると先生も考えており、そんな相手に何が出来るか考えようとしても『何も出来ない』という諦めが現れて思考の邪魔をする。
口では助けなきゃと言っておきながら具体的な策は浮かばない。
策は浮かばないのに足は進んでしまう。助けなければという使命感が足を勝手に動かしてしまう。
ホシノ達も同様だ。自分達に出来ることは何かと考えても『何も出来ない』という諦めに邪魔をされ、何も思い浮かばないままに歩みを進めてしまっている。
皆が共通して抱いている焦りも、ミキが死んでしまうのではないかという焦りなのか無策のままあの場所に到達してしまうのではという焦りなのか、判別の付けようが無かった。
「余程激しく争っているみたいですね。地面が揺れています」
砂嵐も一行の足取りを重くしている要素の一つだが、それ以外にも不定期に発生する地面の揺れもまた進行を阻害している。
ただの砂嵐から暴風に変わりつつある砂嵐に襲われバランスを保つのが難しい所に、足元からの揺れが加わることで立位を保持することすら容易では無い。
断続的に発生する地震とも思えるが、振動が発生する直前或いは直後に黄衣の人物もしくはミキの雄叫びや呻き声が轟くことで両名が争う際に発生している振動だということが分かる。
地面が揺れる程の争い。それがどれだけ激しいものなのか、想像も付かない。室内で乱闘が発生し家具類が壊れるのとは規模が違い過ぎる。
『KURRRRRRRROOOOOOーッ!!!!』
『GUGOAAAAAAAAAAAAーッ!!!!』
2体の怪獣が殺し合う声は砂嵐にかき消されず、その存在感を示している。
近い。ホシノ達が砂嵐と地震に苦しめられながらも歩を進める間に、ミキ達も殺し合う中で位置を入れ替えるのに連れて移動していた。
「ん、かなり近い。ミキさんが危ないかもしれないから急ごう」
銃が扱えない現状、最も弱い先生を中央に廃校対策委員会の四名、更にその四名を元カタカタヘルメット団数十人で取り囲むようにして円陣を組みながら進行している。
先生はこれだけの大人数を的確に配置する司令塔であり、そこを失うのは致命的痛手となる。
周囲の状況を把握し切れない現状では円陣を組みながらの進行が最も安全であり、同時に移動速度低下を強いられていた。
そんな中でミキ達から近付いてきてくれるのは不幸中の幸い。移動距離を削減出来、低下している移動速度でも当初の想定よりずっと早く合流出来る。
「んん、ん……」
砂嵐から守る為に先生が来ていたコートを被せられていたセリカが目を覚まし、小さな声を漏らす。轟々と吹き付ける砂嵐の最中でも、その声はしっかりと聞こえた。
真っ暗だった視界に茶色が混ざる。
吹き抜ける風の音と口の中に感じる僅かばかりの砂の味。
起き抜けの彼女が意識をはっきりさせるには十分だった。
「あれ…たしか、私……」
"おはよう、セリカ"
「先……生? ……え? 先生?」
意識を失う前に見た光景を思い出そうとしたが、彼女の覚醒を察知した先生の言葉が邪魔をした。
先生に背負われている事に最初は気付かずに『なんて目の前に先生の後頭部が?』という疑問が、次の瞬間には背負われている事実に気付いて『なんで私は背負われているの!?』という驚愕が彼女の中に生じる。
なんで、と問い掛けたかったが出来なかった。
「熱ッ!」
首筋から突然生じた灼熱感にセリカは身体を震わせ、声をあげる。
咄嗟に手で首筋を抑えたが、触れる手のひらに灼熱感は無い。
寝起きで寝ぼけたとも考えられなくは無いが、寝ぼけたにしてはやけに鮮明にその熱を感じた。
「大丈夫ですかセリカちゃん!」
「どこか怪我でもしたんですか? 絆創膏ありますよ☆」
勘違いでも寝ぼけでも無い。理由は分からないが確かに首筋から灼熱感が生じ、それを自分は熱いと認識した。
気の所為で片付けてしまうには無理がある。
だが、自分を心配そうに見つめて声を掛けてくれるアヤネ達を見てしまうと『首筋が熱くて』なんて不安を煽りかねない物言いは出来なかった。
「うん…大丈夫。寝ぼけただけみたい。それよりもホシノ先輩、今どういう状況ですか?」
はぐらかす。セリカは灼熱感を一旦忘れ、寝ぼけただけだと嘘を吐き、皆の不安を煽らない選択肢を取った。
ホシノが何か言いたげだったのを察し、何か言われるよりも先に情報収集も兼ねて話を振った。
首筋をセリカが抑える一瞬、指の隙間から見えた黒い痣。彼女ともそれなりに付き合いの長いホシノも見たことがない痣だった。
それが何か問おうと思ったのに先手を打たれ、少しばかりホシノは残念そうに肩を落として現状を説明していく。
「そうですか……ミキさん、私を助けさせる為に一人で」
あのミキが警戒心を全開にして臨む相手、それだけでも黄衣の人物が只者ではないとセリカも理解した。
理解した上で、彼女もミキへの加勢に理解を示した。
拉致されたのを助けられて、自分がミキを助けない訳にはいかない。助けられた恩を返せる絶好の機会だと、この場にいる誰よりもセリカの意思は強かった。
皆も同じ。助けられてばかりではない、自分達が今度は手を貸す番なのだと意気込み、自分よりも遥かに強大な相手に挑もうとしている。
丘陵を超えるべく足を進める。硬いガラスの地面に敷き詰められたサラサラの砂が足を掬い、強風と地震が行く手を遮ろうとするも誰一人とて足を止めない。
「ッ、皆止まって!」
ホシノが異変を察知し叫ぶ。荒事を何度も乗り越えて培われた危機感知能力が、咄嗟に彼女を叫ばせていた。
肌をビリビリと痺れさせる何かを感じる。威圧感、存在感、そのどちらとも言えそうなモノ。
愛銃を抱き締めなければ歯がガチガチと鳴り出しそうな恐ろしい気配が、踏破しようとしている丘陵の先、ミキと黄衣の人物が取っ組み合っている盆地から漂ってきた。
彼女が皆を見回すと、皆も同様に震えを何とか堪えようと愛銃を握り締めたり隣の人と身を寄せ合っている。自分だけが恐怖心に負けて怯え、変な妄想を起こして動けなくなっているのでは無い。
何か、まずいことが起こる。その予測を裏付けるように三本の稲妻が丘陵の先から立ち上る。空から落ちてくるのではなく、地面から空へ。
その三本の稲妻のうち、中央の稲妻が青白い熱線に撃ち抜かれて消滅。残された二本の稲妻が振り下ろされるような挙動で、丘陵越しにいるホシノ達に迫って来た。
「避けてっ!!」
ガラスの丘陵を切り裂き、積もっていた砂を焼き溶かし迫る稲妻はさながら此方を殺しにかかってくる怒れる龍のよう。
ホシノの回避を求める叫びがなければ、稲妻に迫られるなどという異常現象に目を奪われて次の動きが遅れていたかもしれない。
なりふり構わずに走り、スパーク音を立てながら迫ってくる稲妻の範囲から逃れる。砂の上を転がり砂まみれになりながらも、全員が無事に稲妻の襲撃を避けることが出来た。
だがそれでは終わらない。丘陵の先からまたしても稲妻が伴うスパーク音が聞こえ、ミキの呻き声がそこに混ざる。
一瞬、ほんの一瞬だった。あまりにも聞き慣れないその声にミキが呻いたと気付くことに遅れる。
「急がなきゃ!」
今の言葉が誰のものなのか、この場にいる誰もが判別出来ない。判別するつもりもなかった。
同じことを考えていたから。
ミキが殺される、そんな最悪な展開を。
またいつ稲妻が襲ってくるかも分からないが、それを気にして保身に走るよりもミキの身の安全を確かめることを優先しようとした。
それを邪魔する強い振動。ドンッ、と何かが叩きつけられる音。
ミシリ、ガラス化している丘陵が軋んだ。ホシノ達を乗せた丘陵に亀裂が生じ、みるみるうちに亀裂の範囲が拡大されていく。
"まさか……砕け"
見抜き、それは有り得ないと否定しようと言葉を紡いだものの、否定は許されない。
丘陵地が弾け飛んだ。
ピアノ線を背鰭に取り付けて引っ張られているかのように円背気味になったミキが叩きつけられ、その衝撃と黄衣の人物が放つ稲妻によって形状を保つ事が出来なかった。
「きゃあっ!?」
「くっ、何が!」
足元が砕かれた衝撃で吹き飛ばされたセリカ達だったが、慌てながらも無事な着地を成功させる。受け身を取り、着地の勢いのままに立ち上がり吹き飛んできたミキに視線を送る。
「酷いキズです…!」
優雅さと重厚さを兼ね備えるドレスは砂埃で汚れ、稲妻によって焼き切られてボロボロ。
そこから見える素肌も稲妻が直撃したことで生じた火傷跡や締め付けられたような痕跡が刻まれ、ミキがダメージを負っているのを知らしめる。
「チッ……油断したつもりは、無かったんだが」
四つん這いの姿勢を経由し、ミキは立ち上がる。
傷だらけではある。衣類もズタボロであり、頬や唇からも流血している。
それでも、闘志は消えていない。燃え盛る炎を宿した瞳は、目の前に居る己の
「やってくれたな……ギドラァァァァァッ!!!!」
怒りに満ちた咆哮を放ち、ミキは駆け出した。
巨体を震わせながら目の前の砂埃の中に飛び込んでいく。
「ミキさんが突っ込んだ! 追い掛けなきゃ!」
「そうだね! 皆、助けに行くよ!」
予想外に予想外が重なったが、ミキが突っ込んで行った今こそが好機。
ホシノ達も砂埃の中に飛び込み、己の役目を果たす為の作戦を開始した。