キヴォトスに迷い込んだ怪獣王(記憶喪失)   作:ゲヘナ箱推し

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語り編
身元不明の大怪獣


 嗅ぎ慣れない匂いに、目が覚めた。

 深海の水圧を思わせる重さの瞼を開き、そこで自分が眠ってしまっていたことに気付かされる。

 

 眠るなんて何ヶ月ぶりだろう。最後に寝たのがトリニティ総合学園を半壊させた時だから……数ヶ月どころか一年ぶりくらいか。

 あの下手くそめ。もっと上手くやってくれれば私は死ねて、宛もなく彷徨うことも無かっただろうに。

 

「……ここ、どこだ」

 

 うつ伏せで横たわっていた体を起こすと布団替わりに誰かが掛けてくれたのか、白いシーツがずり落ちていった。

 周囲を見渡すが見覚えが無い壁、知らない天井が目に入るだけで混乱がより深まる。

 

 ここは何処だ。こんな場所に来た記憶は無いし見覚えも無い。

 カーテンがあって、自分がベッドに寝かせられている現状から察するに…ここは保健室か。

 古ぼけている感じもないし、廃校舎に迷い込んで辿り着いた保健室で寝落ちした……という線もないだろう。

 

 トリニティでもゲヘナでも無いが……本当に何処だ?

 首を傾げていると、扉が開くような音が聞こえた。誰か部屋に入ってきたらしい。軽快な足音が近寄ってくる。

 

「失礼します…あ、目が覚めたんですね?」

 

 カーテンが開けられる。赤いフレームのメガネをした可愛らしい女の子が、救急箱のようなものを持って立っていた。私の看病でもしに来たのだろうか。

 

「通学路で倒れていたからって、シロコさんがここに運び込んだんです。体の具合はどうですか? どこか痛い所とか……首筋や胸元のものは怪我では無いみたいですが」

「いや、大丈夫だ。問題ない」

 

 軽く腕を回してみるが、痛みはしない。倒れていたと言ったが本当にそうなのか疑いたくなるくらいだ。言及のあった首筋と胸元にも違和感はない。

 体の状態は問題ないが、記憶の方に問題が生じている。

 

 現在地を割り出そうとして記憶を掘り返してみたが、覚えてる特別な固有名詞がトリニティ、ゲヘナの二つと自分の名前だけしか無い。

 ベッドやカーテンといった物体の名前は思い出せるが、地名や人物絡みの記憶は軒並み喪失しているか。

 

 後は、私と心躍る激闘を繰り広げた1人の少女の顔。

 

 その少女と私を取り囲む火の海、その中で逃げ惑う人々の光景。

 何も思うことは無い。それは恐らくこの光景を見た時の私が、あの少女以外の存在が眼中に無かったせいだろう。

 

「そうですか……良かったです」

 

 心底安心したようにため息を吐く少女。

 不思議なものだ。見ず知らずの人が行き倒れているのなら、捨て置けば良いものを。

 助けた所で何になる。下手に助け、命を繋がせてしまえば予期せぬ出来事に見舞われるかもしれないのに。

 

「済まないが、ここはどこだ? 地図とかもあれば、それも見せて欲しい」

 

 記憶の整理が必要だがそれよりもまずは現状の把握をしたい。

 親切にされた体験が無いのか関連する記憶が欠落しているのか、助けてもらったという事実が妙にむず痒くて誤魔化したいという気持ちもあった。

 

「ち、地図ですか? 確か倉庫にしまってあったような……少し待っててくださいね!」

 

 くれぐれも安静にしておくように!

 

 少し強く念押しして少女は駆け出していった。温厚そうな子だが、言いつけを破って怒らせると怖そうだな……じっとしておこう。

 

 さて、ヒマだ。如何せん記憶の大部分が欠落しているせいで自分の趣味が何なのかは愚か、ヒマな時にどうしていたかすらまるで分からない。

 記憶が無くなるとこうも不便か。そんな経験もしたことが無いだろうし、分からないことばかりで気分が悪いな。

 

「ふむ」

 

 カーテンを開け放つと、程よく雲が散りばめられている青空を見せてくれる窓ガラスに私の姿が映り込んでいる。

 名前は覚えているが、容姿に関する記憶もどうやら欠落しているようだ。ベッド上でボーッとしている女の姿に、まるで見覚えがなかった。

 

 立ち上がってみる。視界がぐぃーっと高くなって、窓ガラスに映る私の全身像が現れた。

 

「随分と大柄な身の丈だな」

 

 物差しとなるものがないから正確ではないだろうが、少なくとも先程の少女よりかは遥かに大柄だ。

 首筋には妙な赤い線が走っている。これが少女の言っていたものか。

 落書きかと思って擦ってみるも落ちる気配がない。随分と煌々としているが痣の類だな。

 

「フン、生意気な面だ。肉体の風体に合っている」

 

 窓ガラスに映る私の顔は顎を引き、三白眼による上目遣いで相手を睨むような凶悪な人相をしている。

 黒がかった青い瞳は顔付きに似ず大人しく穏やかさを感じさせるのに左目周辺の火傷跡、左頬の内側から爆ぜた後に塞がったような傷跡のせいで無駄に威圧感がある。

 

 これ等の傷もいつ負ったものか分からないな。これだけ残るのであればそれなりの事件に巻き込まれたはずなんだが、それすらも記憶にないか。

 胸元にも首筋同様の赤い痣が広がっていて、中央には抉られた後に塞がったような傷跡もある。

 普通に、こんな怪我をする出来事に巻き込まれたら死ぬだろうがそれすら耐えるとは。自分の肉体の頑丈さに呆れるばかりだ。

 

「それにしても……なんだ、この服」

 

 体の頑丈さに呆れているのもそうだが、私の服装にも呆れる。

 

 何だこのヒラヒラした真っ黒なドレス。幾重にも折り重なるような構造のスカートを捲ると、随分とハイレグな下着を着ている。どこかの式典にでも出席するつもりだったのか?

 

 スカートには結構ガッツリ目のスリットが両脚部の前に入り、脚部の動きを妨げない作りになっている。

 腰部には黒々とした尾が生え、これもスカート後方に入れられたスリットから顔を覗かせている。

 

 尾はかなり太く、炎のような形のヒレが尾の生え際から尾先にかけてズラっと生え揃っている。

 左右に振ってみるが、目算でも私の見た目の割りに動きやすそうなのは好印象だな。

 

 胸元と横腹がばっくりと開いて素肌をさらけ出しているデザイン。身の丈の1.数倍は有りそうな長さの割りに問題なく動く。思った通りに動かせるし、この太さと肉体の頑丈さを合わせれば十分武器として機能するだろう。

 

 こんなのが通学路に倒れているとか事件だろ。本当に私何があったんだ?

 倒れているのもそもそもおかしいし、こんな大怪我を負っても死なない私が倒れるとか何があったんだ?

 

 それこそ完璧な不意打ちで隕石を食らうとかでもしないと

 

「ッ…」

 

 隕石。この言葉を思い浮かべた瞬間、脳裏にあの少女の顔が克明に浮かび上がって来るのと同時に頭痛を感じた。

 目眩もする。頭を抱え、ふらつきを耐える為に目の前の窓ガラスにもたれ掛かると……ミシリ、と嫌な音がした。

 

 あ、ヤバい音した。

 慌てて手を引いたが、時既に遅し。窓ガラスは耐えられなかったらしい。

 

 バリンッ!とけたたましい音を立てながら窓ガラスが砕け散った。そんなに力んだつもりも、体重をかけたつもりも無かったんだが。

 

「…やってしまった」

 

 助けて貰っておいて窓ガラスを破壊するとか、迷惑かけまくるにも程がある。

 

 破壊してしまったものは元に戻せないし、コレはあの少女が戻ってきたら地図を持って来てくれと頼んだ分も合わせて謝罪しないとならないな。

 ガラスの破片は殆どが外へと吹き飛んで行ったが、大丈夫だろうか。この保健室、外の眺めから察するに2階か3階辺りにある部屋だ。

 

 下を誰か歩いていたとすれば、そこに割れた窓ガラスの破片が空爆よろしく降り注いでいることになる。

 悲鳴の類は聞こえなかったが不安だ。確認してみないと

 

「うおっ」

 

 ガクッと視界が下がり、体が前につんのめる。

 

 馬鹿な。少し寄りかかっただけだぞ。

 

 下を覗き込む為に窓枠に手を置き、少し体重を掛けただけなのに窓枠がひの字型にひん曲がり、その下にあった壁がバラバラに砕けてしまった。

 

 なんだ私、凄い怪力だな。或いは恐ろしく重いのか?

 って感心している場合か。

 

 この高さから落ちたとて死にはしないが痛いだろう……いや痛いのか? 胸元にあんな大きな傷をこさえてもなお死なない私が?

 

 取り敢えず、何か掴めるものは

 

ベキ、バキバキバキ、バリィッ!

 

 

「ウソだろ」

 

 咄嗟に振り向いた、それがいけなかった。

 体の動きに従って振るわれた尾が、窓際の壁を粉微塵に吹き飛ばしてしまった。

 

 名前しか己に関する記憶がないせいで、自分の肉体のはずなのに取り扱いが壊滅的にヘタクソだ。

 

 掴めるものなんて何も無い。重力に引っ張られるのを食い止める術がない。

 体が宙へと投げ出され、見下ろしていた地面が肉薄してくる。

 

 割れた窓ガラスに襲われて怪我をした生徒も、落下してくる私に押し潰される生徒も居ないのが不幸中の幸いか。

 この高さなら死にはしないだろう。崩落した高層建築物に押し潰されても死なない私だ。

 

「んんん?」

 

 ばちん、と体が硬い材質の地面に叩き付けられる。読み通り死にもしていないし怪我も無い。

 うつ伏せで着地した姿勢のまま、湧き上がった疑問に首を捻る。

 

 高層建築物に押し潰されても死なない、数秒前の私はそう考えたな。

 妙じゃないか。記憶の九割近くを消失し、覚えている光景も限られている。

 

 それなのに、私はなんでそんな考えに至った?

 

「経験があるのか、私には」

 

 忘れてしまっているだけで、私にはおそらく高層建築物に押し潰された経験があるのだろう。

 押し潰され、なお生還した。

 

 そう仮定して、ならば次の疑問。

 何故今になって、その光景を私は思い出した?

 

 忘れていたはずのものを思い出すのなら、そこには何かしらの理由があるはずだ。

 誰かに指摘される、過去を記した日記類を偶然目にする、感情の強い動きが掘り起こす、その他理由は多々考えられた。

 

「今のか」

 

 複数思い浮かべた要因の候補の中に、腑に落ちるものがあった。

 感情の動き。今回の場合、立て続いた驚きが思い出すのに一躍買った存在だろう。

 

 意図せずに窓ガラスを割ってしまい、意図せずに窓枠と壁を破壊してしまい、意図せずに尾で薙ぎ払って粉砕してしまい、意図せず落下した。

 

 一つ一つの驚きは小さいものだが塵も積もればなんとやら。微細な刺激が重なることで、忘れていたはずのものを思い出させてくれたのだと仮定する。

 

「記憶の再発掘には、感情への刺激が必要だな」

 

 他に検討材料がない為、そう結論付けて推測を締め括る。

 

 体を起こす。床に腹這う姿勢は不思議と落ち着くものだが、ゴテゴテのドレスを着込んだ人物が床に倒れているという絵面はあまりよろしいとは言えない。

 

 土埃を払い落とす。落下の衝撃で破けたかと思ったが、不思議なことに穴すら開いていない。

 何で出来ているんだこの服。試しに引っ張ってみたが千切れもしない。軽く押しただけで窓ガラスを割り、窓枠を破壊して壁を粉砕する力に耐えている。

 

 分からないことだらけだ。私の名前以外、何も分からない。

 何故記憶が無い。何故倒れていた。

 

 頭に残っている光景も意味不明だ。

 あの少女は誰だ。何故炎に囲まれている。

 

 自分のことなのに、何も分からない。生まれ育った土地も、生みの親の顔も、何もかもが分からない。なんて虚しいことか。

 そして何よりも、腹立たしい。解せない。不愉快で堪らない。

 

 腹の奥底から熱いものが込み上げてくる。怒りの感情なのか、それとも記憶を掘り返すきっかけを得た喜びによるものなのか、その判別すら付かない程に熱い。

 

「アツい…何だ、これは」

 

 熱はみるみるうちに温度を増していき、素肌から白い湯気がたち始める。

 胸元の赤い痣が輝きを増す。

 

 嗚呼、熱い。

 でも不快感は無く、どこか懐かしさすら感じる。

 

 本能的に、空を見上げた。地面を見ていても、まっすぐ前を見ていてもダメな気がした。

 そのままだったら記憶に残る少女を取り囲む火の海のように周囲が炎に飲まれるような気がして、海のように青い空を見上げていた。

 

 自然と足が肩幅に開かれる。尾が振り上げられ、振り下ろされて地面に埋没する。

 意図してそうした訳では無い。体が勝手にそうしていた。

 

「ッ」

 

 開いていた口から、光の柱が昇った。

 

 赤い柱にうっすらピンクじみた線が纏わり付くような柱が空へと立ち上り、雲を撃ち抜き吹き飛ばす。

 

 時間にしてわずか数秒ではあったが、奥底で湧き上がった熱がサッと引いた。虚しさも腹立たしさも不快感も、全てあの柱に混ざって私の中から抜けていったようだ。

 

 今のも、感情が刺激されたことで肉体が思い出した私の力なのだろう。放つ寸前、感情の動きがあった。

 二度の体感。推測を締め括らせた結論は確信へと変わる。

 

 記憶を掘り返すにはやはり、感情への刺激が必要だ。

 

「今の、なに?」

 

 背後から声を掛けられ、振り返る。色々と考えに耽り過ぎたらしく、まるで気が付かなかった。

 

 灰色の髪に獣の耳を生やす少女が、興味深そうな顔をして私を見ていた。

 

「さぁ、私にも分からん。何せ私に関する記憶を何もかも失っているからな」

 

「ん、そうなんだ。それは可哀想だけど…でも、元気そうでよかった」

 

 元気そうでよかった、その口ぶりから彼女が私を保健室に運び込んでくれたのではと推測する。

 

 それを裏付けるように「重かったけど、いいウェイトトレーニングになった」と彼女は話しながら手を差し伸べてきた。重いは余計だ。

 

「私は、砂狼シロコ。ここ、アビドス高等学校所属の2年生。よろしく」

 

 相手に手を差し伸べる行為。

 対象が座り込んでいたり転倒している場合なら起きる手助けだが、直立している相手にする場合は意味合いが変わる。

 

 握手。手を握り交わし、親交の証とする。

 記憶が多数消えている私でも、それくらいは覚えていた。

 

「私は水波瀬(みなはぜ)ミキ。所属している学園もどこか分からないが、こちらこそよろしく」

 

 差し伸べられた手は年相応の可愛らしさをしていた。

 

 その手に触れる私の手は、やけにゴツゴツしていて可愛らしさとは無縁だった。




1話目のネタ明かし
三白眼→84年版ゴジラ
深い青色の瞳、森の老鉄人→アニゴジ
ハイレグ→VSメカゴジラ(スーツ造形の関係でスタッフからハイレグゴジラと呼ばれていた)
口移しでの水分摂取→ムートーを仕留めたゲロをまともにした感じ
「水は点滴よりも飲むのに限るぞ、先生」→薬は注射より飲むのに限るぜ、ゴジラさん!(VSビオランテに登場する権藤吾郎一佐の台詞)
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