キヴォトスに迷い込んだ怪獣王(記憶喪失)   作:ゲヘナ箱推し

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恐怖か畏怖か

 ミキがカタカタヘルメット団の隊列へ突っ込んでいく様を、ホシノ達は静観していた。誰も『加勢しよう』とは言わず、もしもの場合に備えて武器を持ちながらジッと見つめていた。

 

 銃声を聞いた彼女達は即座に迎撃に出ようとしたが、ミキに止められた。何もせず、静観していて欲しいと頼まれた。

 己がどれだけ通用するのかを試したい、目覚めたてで覚束無い肉体の操作をモノにしたい。

 

 校舎を守るという義務感、校舎を守りたいという感情に基づいて活動している彼女達には受け入れ難い申し出だった。

 そこに目覚めたてのミキを巻き込みたくは無かったし、巻き込んだことで不用意な怪我を負わせたくもなかった。

 

「……出番無し、でしたね」

 

 何処から仕入れたのか不明な戦車が放り投げられ、放たれた光の柱によって溶解される光景にセリカは引き攣った笑みを浮かべながら呟く。

 

『助けてくれた恩を返させてくれ』

 

 真っ直ぐと、そう言われてしまっては断れない。それでももしもの事があれば、と身構えていたのにアレだ。

 

「ギャガアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 規則性も何も感じさせない、文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うカタカタヘルメット団に対して威圧とも勝利宣言とも取れる大音量の咆哮をガラクタと化した戦車の山の頂きから放ち、天を仰ぐミキの姿。

 自分達よりも少し大きいくらいの肉体から放たれているとは思えないその咆哮は、およそ人が放てるような声では無い。

 

 巨大な怪物、否、怪獣を思わせる咆哮はアビドス高等学校の窓ガラスを揺るがし、周囲の空間そのものをビリビリと震わせている。

 

 ヘイローも無いのに弾丸の直撃をものともしない防御力の高さに、拳銃を切り裂いたり戦車の装甲を容易く突き破る攻撃力の高さ。

 体躯に見合わない敏捷性、攻撃に尾を用いて的確に武器だけを叩き落とす精密性、片手で人間や戦車を投げ飛ばす怪力。どれをとっても規格外の一言に尽きる。

 

 自分達が助けになるなんて夢物語も良いところであり、仮にミキが追い詰められるのであればその相手に自分達が通用するとも思えなかった。

 

「アレを受けたら……タダじゃ済みませんよ…まさか、トリニティのも彼女が……」

 

 投げ飛ばした戦車が跡形もなく焼け溶ける超高温の熱線を見てしまったアヤネがミキに向ける視線には、色濃い畏怖の感情が孕まれていた。

 あんなものが人体に向けて使用されたら、怪我で済むはずがない。問答無用で即死させられる、それだけの威力がある。

 

 そして、彼女は仮定した。

 

 トリニティ総合学園の校舎が半壊し、相当数の死傷者を出したとされる爆発事故。

 その現場にいたと思われるミキの記憶に存在する女性。

 

 つまり、ミキこそが爆発事故を引き起こした張本人なのでは無いか、と。

 トリニティ総合学園に壊滅的な被害をもたらした破壊者が、アビドス高等学校に流れ着いたのではないか、と。

 あの熱線を見てしまっては、テレビで見た惨状を作り出すに足る破壊能力をミキが有しているように思えて仕方なかった。

 

「……凄い」

 

 シロコは、ただ魅入っていた。

 元より戦闘狂的な一面を有している彼女だが、あの戦闘能力を見せ付けられてもなおその闘志には陰りが生じなかった。

 

 彼女達の方を振り向いたミキは、己の放った熱線の火力に耐え切れず右頬に火傷を負っている。白い煙が上がり、相当な激痛の筈なのに表情からは苦痛を感じさせない。

 悠々と歩いて来る。自分が勝つことが分かり切っていた、そう思っていたのだと想像させるに事足りる確かな足取りで。

 

 戦ってみたい。戦闘狂としてのサガがやかましく心のうちで騒ぎ立てる。勝ち目など見い出せないのに、その想いが静まることは無かった。

 

「ホシノ先輩……彼女、迎え入れるんですか?」

 

 隣に立っているホシノにノノミが問い掛ける。

 

 カタカタヘルメット団を追い払ってくれたことは確かにありがたい。あれだけ派手に追い払えば再度近寄ってくるとは考えにくいし、他の暴力組織にもすぐにこの話は知れ渡り強大な抑止力になるだろう。

 

 だが、ミキが抑止力として機能するのは自分達に牙を剥かない間だけだということも彼女は理解している。

 あれだけの破壊力を持つ存在が味方のうちは良いが、敵対したり機嫌を損ねるようなことになればどうなるか。

 

 校舎の存続がどうのという低次元な話ではなくなってしまう。

 逃げねば、自分たちも殺される。そんな存在を迎え入れるのかと、対策委員会の委員長でもあるホシノに判断を委ねた。

 

「そうだねぇ……お願いねって言った手前、少し申し訳ないけど…仕方ないかぁ……」

 

 話を振られたホシノの反応は普段と変わらないおっとりしたものだが、その目付きは覚悟を決めて据わっていた。

 折り畳み式のシールドを展開し、得物であるEyes of Horusを構える。その姿だけでも、彼女がミキにどう出るのかは簡単に読み取れた。

 

 カタカタヘルメット団を迎撃するとミキが述べた際、真っ先に許可をしたのはホシノだ。

 恩を返したいという言葉に嘘偽りが無かったから、というのも認めた理由の一つだが本当の目的は異なる。

 

 保健室から落下した彼女が空に向けて放った熱線。あれを見た瞬間、彼女はミキを『危険人物』として認識していた。

 並の銃火器を凌駕する攻撃を武器ではなく、純粋な身体能力として繰り出せる存在を大切な母校に入れるなんて、彼女には到底認可出来なかった。

 

 その為、彼女は確かめたかった。

 カタカタヘルメット団と交戦させて、戦闘能力を見定めたかった。無躊躇に熱線を吐き散らす危険人物では無いか、熱線にかまけて他が疎かな搦手の通じ得る相手か。

 

「ごめん、止まって」

 

 自分達の前へ立ったミキに、ホシノが銃口を向ける。

 

「謝らせて、おじさんは君を試した」

 

 熱線をやたら滅多に吐くような人物では無いが、それが逆に危険度を高めてしまうことに繋がった。

 威嚇の道具として使う利口さも併せ持ち、身体能力の高さも『熱線にかまけている』とは言えないもの。

 

 水波瀬ミキは危険だ。アビドス高等学校には入れさせられない、迎え入れられない。ホシノの判断はこうだった。

 

「ウソを吐いたみたいで…汚い真似をして、本当に悪いと思っているよ。でも、ごめん。やっぱり、君をアビドス高等学校に近付けさせる訳には」

 

「知っている。こうなる事も、無論予期していた」

 

 俯きながら、悔しそうに手を握り締めつつ謝罪するホシノの言葉にミキは苛立っているとも困惑しているとも思えない、自然体な返事を返してきた。

 

 驚きのあまり声を出せずに、弾かれたような勢いで顔を上げたホシノが見たミキの表情は、まさかの微笑みだった。

 

「予期していたって……」

 

「お前達が此の学校に強い思い入れが有るのは理解している。保健室の壁を破壊したと話した時の、皆から沸き起こる怒りを感じて居た。私がカタメット団の迎撃を申し出た時、仮に私と敵対関係となった場合に対処する方法を模索するのも兼ねて許可していたのも理解していた」

 

 ましてや、許可を下したのが目敏いホシノともなれば尚更だ。

 そう言いつつ砂の上だというのに、ドレスが汚れることも気にせずドカッと地面に座り込んだミキは笑いかけてくる。

 

「私は恐ろしかろう。アレが、アレこそが私、水波瀬ミキの在り方。圧倒的な暴力と理不尽で相手を制し、捩じ伏せ、身の安全と気に入った環境の安全を守る存在」

 

「拒絶されるのが分かっていて……それでも暴れたってこと? 助けても貰った人たちに好都合に扱われるってわかっていながら暴力組織に対する抑止力になろうとしたの?」

 

 有り得ない。目眩を感じ、ホシノはその場に崩れ落ちた。

 

 自分の思惑を知りながらも、ミキはカタカタヘルメット団と激突した?

 そこに何のメリットがある? 拒絶されるかもしれないのに、それすら受け入れて己の在るがままに振る舞って自分たちを脅かす存在を追い払ってくれた?

 

 そんなもの、ミキが『理解出来ない』と言っていたお人好しと変わりないでは無いか。

 

「お前達に受け入れられようが拒絶されようが、そんな物はどうでも良い。私にとって大切なのは此処、私を助けてくれた者達が守ろうとするアビドス高等学校が私にとって快不快の何方に属する物か見定める事……それを終えずに奪われるなど、見過ごせる筈が無い」

 

 拒絶されようと知ったことか、あっさりとそう言い切る姿に何も言えなかった。

 

「そして、分かった。お前達は身の安全を、アビドス高等学校という身の回りの安全を優先して私を拒絶する選択をした。相手が誰であっても怯まず、戦うという選択肢を取った。私と変わらん。ならば、この地は私が守りたいと思える環境の一つだ。そこに私を拒む者が居ようと知るものか。守ると決めた以上、私はこの地を脅かさせない」

 

 目を見開く。これしか、今のホシノにできることはなかった。

 

 自分達は拒絶すると面と向かって伝えたのに、そんなもの知るかとミキは歩み寄って来た。

 恩を返したいという気持ちに対して不純な気持ちを持ち込んでしまい、間に生じてしまったと思っていた溝を容易く踏破し、目の前に立っている。

 

「なに、それ……ねぇ、分かってるの? おじさんは君を拒絶しようとしたんだよ? 助けてくれたのに、銃を向けているんだよ?」

 

 声が震える。

 

 怖いと思う程の寛大さと、そんな相手に恐怖を抱いて銃を向けてしまっている罪悪感に、ホシノは潰されかけていた。

 

 そんな彼女にミキは落ち着かせようという思惑を感じさせる微笑みではなく、思惑など感じさせない自然体な笑みを浮かべるのみに留めた。

 

「知らん。拒絶されようと、私はお前達を守ると決めた。其れは今後、私が死ぬまで覆る事は無い。例え背後から撃たれようが、罠にかけられようが、絶対に変わりはしない」

 

 持っていた武器を、ホシノは落としてしまった。

 

 シロコとのやり取りで、ミキの中に『善意』という概念が無いことは分かっていた。演技では無いことも見抜いている。

 良かれて思って、なんて行動を彼女はしない。彼女が行動を起こす時、それは彼女が言っていた『後悔なんてしない真の選択肢』を選んだ時だ。

 

 今回、その選択肢がアビドス高等学校の保護だった。

 ただそれだけである。保護すると決めた学校の生徒に拒絶されようとも、銃を向けられようと、それすら気にせずに校舎を守ると決めている。

 

「……ズルいよ、そんなの。これじゃ我が身可愛さで動いたのが、バカみたいじゃないか…」

 

 頭を抱えてしまう。自分の行為が恥ずかしくてたまらない。

 

 善意と悪意、人間なら誰しもが望まずとも得てしまうものを超越しているとも言える、我儘の極致とも言える姿に自分達は守られたのだと痛感し、何も言い返せない。

 

 騙して悪い、なんて罪悪感を抱くことすら目の前に座る女性の尊大さによって烏滸がましく思えてしまう。

 

 圧倒的な力に恐怖を抱くことすら愚かしいと思わされてしまった。

 恐れは変わらず存在するが、それはただ恐ろしいのでは無い。

 

 守ってくれている事実、守ったのに裏切られたと知っても、拒絶すら受け入れ守るという人間らしさとはどこかかけ離れているとすら思える寛大さ。

 これらが入り交じることで恐れは敬いを帯び、畏怖へと転じた。

 

「さて、では私はこれで失礼させて貰うとする。極短時間ではあったが、世話になった」

 

 ミキは立ち上がり、頭を抱えているホシノと彼女を心配して駆け寄ってきた対策委員会の面々に背を向ける。

 

 あれだけの壊滅的敗北を喫せば、アビドス高等学校がとてつもない戦力を手に入れたという話は瞬く間に周囲の暴力組織に伝わる事だろう。

 

 不用意に手を出せば自分たちが壊滅させられる。

 弾丸が効かず、戦車の装甲を生身で破壊する力を持つというだけで恐怖の対象になるには十分事足りた。

 

 当分、アビドス高等学校が暴力組織の魔の手に晒されることは無いだろう。そう判断したミキは早速、己の記憶を取り戻す為に行動を起こそうとした。

 

「もう…行かれるのですか?」

 

 アヤネの声は何とか捻り出されたような、苦しみを感じさせる沈痛な声色を帯びている。

 

 ノノミも、シロコも、セリカも、沈黙して見つめている。

 持ち前の戦闘狂具合で恐怖を感じていなかったシロコを除き、皆もホシノ同様に恐れが畏怖へと変容している。

 

 ただ怖いのとは違う分、逆に彼女達は苦しかった。ただ怖いのであれば追い払ってしまえば済む。姿が見えなくなった所で『怖かったね』『嫌だったね』と言い合えば癒される。

 

 だが畏怖となれば変わってきてしまう。怖いのは事実、だがその怖さが一言に怖いと片付けられるものではなくて偉大さに似た物を内包している。

 それを見て見ぬふりは出来なかった。

 

「記憶を取り戻す切っ掛けと成り得る物を得た以上、立ち止まっても居られない。目指すべきモノが有るのならば歩み続ける。海を越え、国を超え、土地を超え、山を超え……そんな風に歩んで来た、そう感じるんだ」

 

 背を向けたミキは振り返ることもなく、そう残して歩き始めた。

 

 悠々と、凱旋するような堂々とした後ろ姿で。

 

 歩みにつられて振られる尾がまるで手を振っているように見え、ホシノ達は誰かが言うまでもなく手を振りミキを見送っていた。




4話目のネタ明かし
・ホシノのセリフ「手詰まり感が出てきた」→シン・ゴジラの登場人物 森文哉のセリフ

4話目のネタはこれしかありません。話によってネタの密度おかしくないか?
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