イナリの奇妙な冒険   作:狐っ娘の幽波紋使い

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第2部 戦闘潮流
ニューヨークのイナリ


 時は流れて1938年になり、妾はイギリスを離れてアメリカに向かった。

 スピードワゴンに呼ばれた二人の警護が目的だ。

 

 そして二人は子狐のことを良く知っていて、ジョセフには仙道の才能がある。

 生まれつき波紋の呼吸法をしていたため、特殊な力を持っていることに気づいたのだ。

 

 しかし生半可な技術では、逆に己を傷つけかねないのが波紋である。

 ゆえに人の言葉は喋れないが、妾が師匠になってジョセフに修行をつけた。

 

 ただ彼は、事あるごとにサボろうとする。

 おまけに悪知恵が働くので、どうやら真面目に修行する気はないようだ。

 

 

 けれど危険を避けたり、護身術程度に扱えれば良い。

 何も波紋戦士になって、巨悪と戦うまでは求めていないのだ。

 

 それに妾も師匠として指導するよりも、のんびり日向ぼっこするほうが好きだ。

 なのでジョセフには護身術として、波紋を正しく扱えるように教育するのだった。

 

 

 

 

 

 

 それはそれとして、1938年の秋になる。

 ニューヨークの町中を散策するジョセフの隣を、子狐の妾もチョコチョコ歩いていた。

 とても護衛をしているようには見えないが、別にPRはしていないのでどうでもいい。

 

 すると、途中の露天で瓶コーラを売っているのを見つける。

 前世を思い出して懐かしくなり、屋台の前で足を止めてちょこんと座った。

 

「コンコン!」

 

 高身長のジョセフが妾の鳴き声を聞いて振り向き、戻ってきたあとに妾をじっと見下ろして尋ねる。

 

「もしかしてシショー。こいつが飲みたいのか?」

 

 ジョセフの質問に、妾はコクコクと頷く。

 

 本来ならば、子狐がコーラを飲むなどあり得ない。

 しかし自分は普通じゃないので、人と殆ど同じ物を食べている。

 理解のある飼い主で心底助かっているが、子狐らしく極小サイズなのは言うまでもない。

 

 

 

 それはともかく、ジョセフは何故か妾のことを師匠と呼ぶ。

 名前がイナリなので、日本に倣ってそのように呼称しているらしい。

 

 取りあえず波紋を教える先生でもあるし、別にいいかと気にせずに受け入れていた。

 

「しかし、色が真っ黒だぜ?

 味は想像つかねえし、飲んだら腹を壊すんじゃあねーの?」

 

 確かに妾もコーラの味を正確には思い出せず、せいぜい瓶ボトルが懐かしいぐらいだ。

 イギリスでは売られてなかったので、ジョセフが心配する気持ちもわかる。

 

 それに対して店主は、コーラを一本手に持ってにこやかな笑顔で大声を出す。

 

「何だって! オタク! この飲み物を知らねえだと?

 兄ちゃん、そのアクセントだと、イギリス人っぽいね!」

 

 妾も衝動的に飲みたくなっただけで、深い意味はないのだ。

 それにスピードワゴン財団からの依頼を解決するたびに、専用の貯金通帳には給料が振り込まれている。

 

 子狐なので使い道がなく、貯まる一方だ。

 もし使う場合は保護者に引き出してもらうしかないので、この場合はジョセフに貯金を崩してくれても良いからとアイコンタクトを取る。

 

 その間にも店主の質問に答えていき、段々と話が進んでいく。

 

「何? 引っ越してきたばかりだと?

 ふむ、ともあれだ。飲むんなら金を払いな。

 この国の掟は金よ!」

 

 どうやら妾の願いが伝わったようだ。

 ジョセフは財布を取り出して、キンキンに冷えた瓶コーラを一本買ってくれた。

 

 しかし支払いを済ませた瞬間、通行人に紛れた黒人の少年の手が伸びてくる。

 素早く財布を盗られて、逃げられてしまった。

 

「へい! イギリスの兄ちゃん! アンタの財布だ! 追っかけなよ!」

 

 妾は注意がコーラに向いていたのもあるけど、追いかけて捕まえるぐらい容易だ。

 しかし、財布を盗られたことには変わりない。

 

 なので店主に言われた通り、裏路地に逃げ込んだ少年を追跡するのだった。

 

 

 

 

 

 

 ジョセフと一緒に路地裏に向かうと、二人組の警官が先程の少年を暴行していた。

 ニューヨークでは日常茶飯なのか、たまたまこうだったのかは不明だ。

 

 しかし財布を取り返すという目的がある以上、見て見ぬ振りなどできるはずもない。

 

「あのー」

 

 妾に似てジョセフも割りとマイペースで、呑気に警察二人に声をかけた。

 当然のように、視線が一斉にこちらに向く。

 

「何だ。財布取られた間抜けか。

 財布は証拠として、俺が預かっておくぜ」

 

 とんでもないことを言い出した太っちょ警察官に、妾は呆れて物が言えなくなる。

 しかしジョセフは相変わらずマイペースで、困った顔をして口を開く。

 

「いえ、何て言うか。……あのですね」

 

 頭をボリボリかきながら、慎重に言葉を選んでいく。

 

「その財布は、私が彼にあげたものですよ。お巡りさん」

 

 脳筋の妾と違って、ジョセフは頭がいい。

 まあ自分は本能型であり、戦いになれば別だ。

 それでも今のように機転が利くかと聞かれると、首を傾げてしまう。

 

 そんな妾の心境はともかく、話はどんどん進んでいく。

 

「だからー、そのー。財布も彼も、離してもらわんと困る」

 

 妾なら問答無用で警察官二人組をボコボコにし、財布を取り戻して少年を助けていた。

 ジョセフも似たりよったりだが、諸事情があって話し合いでの解決を目指している。

 

「確かにあげたんですよ。友人なんすよ。彼は。離してやってください」

 

 すんなり解決すれば良いけど、多分そうはならないだろうなと考える。

 取りあえずジョセフの横にちょこんと座って、溜息を吐く。

 

「はぁん! 友人だと?」

 

 警察官が暴行していた少年を地面に叩きつけて、ジョセフの近くに歩いてくる。

 その間に妾はこっそり移動し、殴られて倒れている彼に波紋治療を行う。

 

「それじゃ、友人の名を言ってみろ! 嘘つくんじゃねえ!

 ブタ箱に入りてえのかあ! ああ! ウスノロよお!」

 

 ジョセフに詰め寄った太っちょ警察官は、あろうことかハナクソをくっつけてきた。

 妾は治療を続けながら、この後に起こるであろう光景を想像して気が重くなった。

 

 当然のように長身の青年は困惑して、頭を抱えながら警官に尋ねる。

 

「聞いていいか? わからんのだ。

 何だってこんなことする?

 この行為に、どんな意味があるって言うんだ?」

 

 まだ紳士を装っているのが、奇跡としか言いようがない。

 妾はいつ爆発するか気が気でないけれど、警官は笑いながら大声で叫ぶ。

 

「意味なんてねえ!

 スカッとするからしてるだけなんだよ! このボケえええッ!!!

 右の頬にハナクソツケられたら! 左の頬にも──」

 

 太っちょ警察官が喋れたのは、そこまでだった。

 ジョセフの拳が勢い良く顔面に入り、鼻の骨を容赦なく砕く。

 

「図に乗るんじゃあ! ない! このポリ公があ!」

「うっがあああっ!!?」

 

 鼻だけでなく、歯もいくつか抜け落ちている。

 まさに人を殴ることに、一切の容赦がなかった。

 

 黒人の少年は傷が癒えて痛みが消えたことを不思議に思ってはいるが、目の前で起きていることが衝撃的すぎて、それどころではない。

 

「てっ、抵抗する気かーッ!」

 

 もう一人の警察官が拳銃を構えて、ジョセフに向ける。

 彼はそれを見て唾を地面に吐き捨てたので、抵抗する気満々であった。

 

「けっ! 撃ってみろ! だが、覚悟がいるぜ!

 撃鉄を起こした瞬間! テメーの指をへし折る! マッチみてえになあ!」

 

 だが警察官は、構わず拳銃を撃つ気のようだ。

 しかもジョセフが瓶コーラの角度を調整しているのを見て、何をするのか察してしまい、内心で大いに慌てる。

 

(止めよ! ジョセフ! それは妾のコーラじゃぞ!)

 

 コーラの一本ぐらい、大した出費ではない。

 だからと言って無駄にするのも違うし、また買いに行くのは面倒だ。

 

 もう野生ではないし、地面に溢れた飲料水を舐め取るのは抵抗があった。

 

 だが、焦ったところで時すでに遅しだ。

 コーラの蓋が勢い良く吹っ飛んで、警察官の指に当たって肉を弾き飛ばした。

 

 

 

 無駄にするのは勿体ないと思ったのか、ジョセフはすぐに溢れ出るコーラを傾けて一気飲みする。

 そして一滴残らず飲み干したあと、ようやく自分のやらかしに気づいたようだ。

 

「はっ!? カッとなってまたやっちまった!

 まっ、参ったなぁ! エリナばあちゃんに叱られるぜ!」

 

 妾もトコトコと彼の元に近づいて、ゲシゲシとジョセフの足を蹴りつける。

 

「痛い痛い! シショー! わざとじゃねえんだ!

 なっ? 勘弁してくれよ? それにほら、まだ残って……あっ」

 

 平謝りしながら、完全に空っぽになった瓶を妾の目の前に置いた。

 こっちはチベットスナギツネのように、ジト目でじーっと見つめる。

 

「わかったよ! もう一本買ってやるから、機嫌直してくださいって!」

 

 まあジョセフの事情もわかるし、妾も少々大人気なかった。

 彼のお金でもう一本買ってくれるなら、取りあえず良しとしておく。

 

「おい! そこのひったくり! 早いとこずらかろうぜ!

 シショーが怪我を治したから、問題なく走れるはずだ!」

 

 そして倒れていた黒人の少年に声をかけ、ここに残っていると面倒になるので、二人と一匹は急いで逃げ出すのだった。

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