イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
錯乱したドイツ軍人は、気絶させて大人しくさせた。
しかし、この場で警備していた者たちを一人残らず殺した犯人が、まだこの場に居る可能性が高い。
そして微かに息遣いが聞こえるので、場所の見当はついている。
妾たちはそちらに視線を向けると、皆の表情が驚愕に変わった。
「何か潜んでいるぞ! なっ、何だ!?」
「何てことだ! こっ、コイツらは!?」
「目覚めている!」
ジョセフ、スピードワゴン、シーザーの順に各々が驚きの声をあげる。
そこには三人の大男がいて、彼らはこちらに近づいてきた。
しかし意外なことに、見えているはずの妾たちはスルーされる。
そして真っ直ぐ、出口に通じる階段を目指して歩いていった。
「やっ、奴らは! 我々を気にも留めていない!
それどこか! 何の感情も抱いていない!
人間がアリを踏んでも気づかないのと! 同じなのだ!」
スピードワゴンが冷や汗をかきながらも、冷静に状況を分析する。
思えばサンタナは人間を下等生物と見下していたが、知的好奇心を刺激すれば興味を抱く。
しかし彼らは最初から、こちらを全く気にも留めていなかった。
やがて階段近くで柱の男たちは立ち止まり、その中の角刈りの大男が膝をつく。
そしておもむろに口を開いた。
「カーズ様、これから如何なされましょう」
「当然、この世の何処かにある、エイジャの赤石を探しに行くのだ」
既にサンタナから聞いて知っているとはいえ、目の前で自分たちの計画をペラペラ喋っている。
つまり彼らは妾たちのことを、道端の羽虫程度にしか考えていないのだ。
「あと一息よ! エイジャの赤石をこれに嵌め込めば、石仮面は完成する!」
確かに自分は子狐で、人間以上に見えにくい。
気づかなかったのは仕方ないが、ジョセフたちも右に同じなのは納得できなかった。
それに警備のドイツ軍人を皆殺しにしておいて、全く気にも留めていないのだ。
この場で何があったのかは知らないけれど、血が一滴も流れていないことから抵抗する間もなく皆殺しにされたのだと想像する。
「しかしエシディシ様、人間たちの世界は相当変化している様子」
だがそんな妾たちの心境など全く気にせず、彼らは今後の計画を楽しそうに話している。
「かつて赤石はローマ皇帝が持っていると言われていましたが、その時代はもはや続いてはおらぬでしょう」
「ではまずは、赤石の行方を捜さねばならぬということか」
彼らの話はどんどん進んでいる。
それと同時に妾の怒りゲージは高まる一方で、この世界に来て初めてガチ切れそうだ。
タラレバの話をしても仕方ないが、妾たちがもう少し早くこの場に来ていれば、犠牲が出なかったかも知れない。
そんなどうにもならない憤りもある。
やはり柱の男たちは全くこちらを気にせず、楽しそうに話していた。
「ローマの皇帝を魅了したその赤石。人間たちの噂に上らぬはずはありません。
必ずや探し出して見せます」
「時間はある」
「今は取りあえず、人間世界の変化ぶり見学に、外界に出るとしよう」
妾は前世でそのような経験をしたことが、数えきれないほどある。
しかし転生してからは運良く回避し続けていたけれど、久しぶりに思い出してしまう。
だからなのか気づけば全身の毛を逆立てて、心の中で大声で叫んでいた。
「ふざけるでないぞ!」
しかしジョジョとシーザーには、どういう理由か妾の声も聞こえたようで驚きの表情を浮かべていた。
だがスピードワゴンは何が起きたかわからずに、二人と一匹の様子を困惑して見つめている。
「これは、何じゃ?」
妾はいつの間にか、自分の前方に浮遊している女性を見て疑問の声を口にする。
それを簡単に説明すると、近未来的な強化服を着用した人間。
見慣れた桜色のアーマーと翼ですぐにピンときたが、紛れもなくウイングダイバーだった。
そしてどんな危機的状況でも決して諦めず、侵略者から地球を守り抜いた英雄でもある。
「……と言うか! 妾ではないか!?」
だが完全に前世の妾ではなく、何やらあちこちデフォルメされているようだ。
それでも特徴を掴んでいるので、かつての自分の姿を見間違えるはずがない。
けどまあそんなモノが急に現れるわけがないし、オーラっぽい何かも見えるしで、普通な悪霊だと大騒ぎになって発狂待ったなしだ。
しかし前世は脳派誘導装置を装備して、サイオニックリンクに適合して飛行や兵器を自在に扱っていた。
感覚を共有しているそれについて何となくだが理解し、これは己の意志で動かせる守護霊的な存在なのだろう。
そこまでわかると、何だか懐かしくなって軽く体をほぐしてみる。
「ううむ、不思議な感覚じゃのう」
やはり自在に動かせて、能力についても感覚的には理解できる。
それでもまだ完全に扱えるとは言い難く、先程から子狐ではなく妾のヴィジョンが喋っていて、今も驚きっぱなしの二人にはそれが聞こえているようだ。
「しっ、シショー!? そいつは一体!?」
「イナリさん!? なっ、何が起きているんですか!?」
自分でもはっきりとはわからない。
だがそれでも、一つだけわかることがある。
「コイツは妾の守護霊で、自在に動かせるようじゃ。
傍に立つ者の意味を込めて、
妾の呼びかけに応じて実体化した
他にも不明な点も多いが、この状況を切り抜けるための役には立ちそうである。
「とにかく二人共! 奴らを地上に出すわけにはいかん! ここで倒すぞ!」
「おっ、おうっ!」
「もちろんです!」
サンタナと違って、彼らは話し合いでの解決は無理そうだ。
二千年も前の大量虐殺は時効だとしても、既に多くの犠牲者が出てしまっている。
柱の男たちを裁く法律もないし、外に出たら間違いなくさらに酷いことになってしまう。
だがここでジョセフがふと思いついたのか、疑問を口にする。
「ところでシショー!
そいつに名前はあるのかよ! 女の姿をしてるし、誰なんだ! そいつはよお!」
「誰じゃと? そうか……名前か」
まさか考えなかったとは、恥ずかしく言えない。
しかしジョセフに代わりに付けてもらうわけにはいかないし、妾は能力をある程度把握しているので、近未来的な戦闘服を着用している
そして一瞬で姿を変えて、こう叫んだ。
「
前世の地球を救った人類の英雄ではない。
こっちの妾と
ゆえに、
それに能力的にも合っているので、これで良い。
紅白巫女服まで標準装備とは至れり尽くせりだけど、全裸でないだけ断然マシだ。
しかし桜色の髪や狐耳と尻尾が生えていてり、紫色の瞳で人間になりきれていないのは、
それで動きやすくなったことに違いはないので、取りあえず良しとしておく。
「ふむ、妙な気分じゃのう」
感覚を確かめるために、何度から両手を握ったり開いたりを繰り返す。
そして近くにいたスピードワゴンが思いっきり驚いていることから、ジョセフとシーザー以外にも姿が見えて声も聞こえるようになっているようだ。
「いっ、イナリなのか!? しかし、その姿は!?」
桜色の艷やかな髪、狐耳と尻尾と紫の瞳は変わらないが、見た感じは八歳ほどの人間の少女である。
何となく手で耳を隠してみても、やはり隠しきれるものではない。
とても目立つので、この状態で外を出歩くのは止めたほうが良さそうだ。
まあ今気にすることでもないし、溜息を吐いて首を横に振る。
「とにかく話はあとじゃ。スピードワゴンよ。
妾はこれから、奴らを倒すぞ」
妾たちを無視して話していた柱の男たちは、今後の計画が一段落したようだ。
こちらを見もせずに、外に続く階段に向かって歩いて行く。
「とても危険ゆえ、スピードワゴンはそのドイツ軍人を連れて下がっておれ!」
「りっ、理解が追いつかんが! とにかくわかった!
イナリたちに任せよう!」
そう言ってスピードワゴンは、気絶した若い兵士を担いで急いで妾たちから離れる。
取りあえず、これで最低限だが準備ができた。
なので妾は堂々とした態度で、去りゆく彼らに大声で呼びかける。
「そこの者たち! 待てい!」
先程の彼らも言葉を喋っていたし、通じるはずだ。
しかし一向に止まる気配がなく、無視して階段を歩いている。
「仕方ないのう!」
妾は地面に落ちている適当な小石を拾い、波紋を流す。
そして最後尾を歩いているワムウとかいう男に、軽く投げつけた。
どうやら彼は背後の気配に反撃するようで、飛んでくる小石も手で払おうとした。
「むうっ!?」
しかし波紋が込められた小石に触れたことで、指先の一部が高熱で火傷した。
大したダメージではないが、柱の男たちの足を止めることに成功する。
「……波紋の一族」
「二千年前に我らが全滅させたはずの奴らが、このローマの地で、我らが目覚めるのを待っていたとは」
どうやら彼らと波紋使いは、既に会っていたようだ。
つまり妾たちが扱う技は、知り尽くされている言っても過言ではない。
だがそれが何だとばかりに、妾は一歩踏み出して大声で叫ぶ。
「お前たちは、多くの人の命を奪った!
黙って見逃すわけにはいかぬ!」
ただし、無条件降伏するならその限りではない。
不可抗力の可能もなきにしもあらず、反省するならサンタナと同じようにスピードワゴン財団で保護してもらう。
そこで人類共存路線に進み、余生を過ごす道もなくはないのだ。
しかし柱の男たちは何がおかしいのか、三人揃って笑い始める。
「ふふふっ、波紋の一族はいつも同じ台詞を吐く。
我々が初めて西の果ての大陸から、海を越えてきた二千年前も、今も」
この時点で嫌な予感がしたが、彼らの主張は最後まで聞かないといけない。
「腕の一本や、目が見えぬぐらいでへこたれるか。
よくも友の命を奪ってくれたなと。
……だから笑ったのだ」
それを聞いた妾は理解した。
この男たちはサンタナと違って、人間との共存は不可能だ。
たとえこの場は妾が仲介して丸く収めても、いつかまた争いが起きる。
互いに認め合って共に栄えることは不可能だと、やれやれと溜息を吐く。
「きっ、貴様らーッ!」
知り合いのドイツ軍人たちを殺されたシーザーが、思いっきり激怒していた。
妾は取りあえず全員、この場で始末したほうが面倒がなくて良いと判断する。
「行くぞ。エイジャの赤石を求めに」
そして、どうやらカーズという男がリーダーらしい。
号令に従って、これ以上は付き合ってられないと三人は背を向ける。
もう説得しても無駄だろう。
いつ堪忍袋の緒が切れたシーザーが飛び出すかわからないが、まだ相手がどんな能力を持っているかわからない。
無策の突撃は非常に危険である。
ただし妾は例外というか、それ意外の手段を知らない脳筋だ。
ゆえに甘寧一番乗りのように、先陣を切って突っ込ませてもらう。
「待てと言うておろうが!」
相変わらずのマイペースだが、口調は少々苛立っている妾が走ってワムウに近づく。
すると彼はそれを読んでいたようだ。
振り向きながら、こちらの喉をめがけて勢い良く指で突いてくる。
「貴様らの弱点は、喉か肺だ!」
しかし妾にとってはアクビが出るほどスローな動きだったので、寸前で受け止めてやった。
「呼吸できなくさせれば波紋が使え……何っ!?」
いくら柱の男たちの身体能力が高かろうと、それを遥かに上回る狐っ娘には関係ない。
「ほう、わざわざ教えてくれるのか」
ただし、八歳ほどの体格なので、こっそり波紋を流して両足を地面に吸着している。
そうでないと軽いので、簡単にふっ飛ばされてしまう。
しかし本来ならば手痛い反撃を受けても、妾は余裕綽々だ。
それを見て最初は驚いたワムウは、何故かすぐに楽しそうな表情に変わるのだった。