イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
妾の喉を突いてきたワムウにお返しに波紋を流そうとしたら、思いっきりぶん投げられた。
両足を地面に吸着していたのに引っ剥がされたので、大した怪力である。
そしてどうやら波紋使いとの戦いには慣れているのは、嘘ではなさそうだ。
柱に叩きつけられる前に空中で体を捻って、両足で着地するように衝撃を緩和する。
普通の人間ならば潰れたカエルのようになるところだが、狐っ娘の生命エネルギーは桁違いだ。
当然のように無傷で、柱に両足を吸着して普通に立っていた。
次に
ワムウはそれを見て、面白そうに笑い始めた。
他の二人の柱の男も足を止めて、ほうっと感心して興味津々な顔に変わる。
「ふふふっ! はははっ!
お前の波紋戦士としての強さに、敬意を表すぞ! 面白くなってきた!
だから、一分! 一分だけお前に、このワムウと戦う時間をやろう!」
何だか知らないが、ワムウのお眼鏡に叶ったようだ。別に嬉しくはない。
だが妾が戦って柱の男たちの能力を引き出せば、もしシーザーとジョセフに選手交代になったら、情報を知っている分だけ有利になる。
(まあ妾は全員倒す気じゃがな)
安全策を取るなら、彼らの相手は妾がしたほうが良い。
それに油断しているなら好都合で、全力を出す前に倒してしまえるのだ。
だが、その前に言っておくことがある。
妾はワムウに向かって左手を突き出し、不敵に笑う。
「お前は妾の動脈を切ったつもりのようじゃが。……違うのう!」
傷口が開いて左手の動脈から血が流れ出す前に、回復力を高めて瞬時に治癒する。
「波紋戦士にしても早すぎる! お前は一体!」
そんなのこっちが聞きたいと、内心で思っていても黙っておく。
なので質問されても、説明はできない。
取りあえず治癒力を活性化させ傷口を塞ぎながら、大声を出してこの場を誤魔化す。
「防ぐ必要がないゆえ、あえて受けたのじゃ!
お前の自信を打ち砕くためにのう!」
さらに
それでも便利なことには違いなく、今のも掠り傷で済むのでありがたい限りである。
けれど
治癒力を活性化すれば瞬時に回復するとは言え、髪の毛を引っこ抜かれたドイツ軍人のように取り乱すのは嫌だ。
まあそれはそれとして、妾は不敵に笑ってワムウに大声で呼びかける。
「そして、傷ついたのはお前のほうじゃ!」
ワムウに投げ飛ばされる直前に、風を起こして顔を切り裂いていたのだ。
ほんの数センチで、彼らにとってはかすり傷である。
波紋が流れていないのですぐに癒えるが、一撃は一撃だ。
「あっ、あれは!? ワムウの顔に!」
「シショー! いつの間に!」
しかもまだ
ぶっつけ本番で公道を走れるだけでも大したものだと、自分で褒めてあげたい。
そんな妾の思考はともかく、ワムウのほうは何やら決意を固めたようだ。
「……よかろう! お前を真の戦士と認めよう!
これまで、このワムウの顔に傷をつけた者はいないのだから!
それが、お前にこのワムウが授ける! 死の前の名誉!」
ワムウが両腕に、力を漲らせているのがわかる。
何かとんでもない大技をぶっ放してくるのは間違いない。
これまでの経験上容易に察せるので、妾は咄嗟に飛び退いて大声で仲間に呼びかけた。
「全員! 妾から離れよ! 敵の大技が来るぞ!」
ジョセフとシーザーも嫌な汗をかいている。
そして指示に従い、急いで離れながら妾に呼びかけてきた。
「シショーは! シショーはどうすんだよ! 早く逃げねえと!」
ジョセフが全力で逃げながら心配してくれる。
なので妾は彼らを安心させるために、微笑みかけた。
「妾の心配はいらぬ! 何とか堪らえてみせる!」
「いっ、いかん! イナリは、儂らを守るために!」
「シショー!」
「イナリさん!」
皆は勝手なことを言っているが、妾は別にそんな自己犠牲精神は持っていない。
普通に耐えられると思ったので、その場に留まっているのだ。
しかし壊れるたびに、腹筋に力を入れる的な感じて回復するのは面倒だ。
ゆえに壊されないように、能力を扱うために意識を集中させる。
「飛び退いたのは、いい勘だ! 仲間を庇う判断も悪くない!
イナリ、お前は素晴らしい戦士だ! このワムウは決して忘れぬだろう!」
どうやらワムウは妾を高く評価しているようだ。
彼を信頼しているのか、柱の男の他の二人もその場に留まったままだ。
スピードワゴンが早く止めを刺せと言っているが、そんなことをすれば即乱入されるだろう。
ゆえに妾は、確実に仕留めるチャンスを作る。
波紋の呼吸を行い生命エネルギーを全身に漲らせ、両足で強く地面を踏む。
そして右手を天に掲げて、独特な構えを取った。
すると周囲から風が集まり、螺旋を描いて高速回転が始まる。
「今の妾に何処までできるかわからぬが」
やがて、向こうの準備もできたようだ。
ワムウは限界まで力を溜めた両腕を勢い良く突き出し、関節ごと左右逆に高速回転させて真空の竜巻を起こした。
「奥義! 神砂嵐!!!」
こっちも巨大な風の手裏剣を投げつけて、真正面からぶつける。
「風遁! 螺旋手裏剣ーッ!!!」
ぶっつけ本番だったが、上手くいって良かった。
とにかく動きを封じて波紋を流せば、防御もままならずに焼かれて消滅する。
その隙を作るためにダメージを与える必要があるのだが、現状はちょっと不味いことになっていた。
「まさか、ここまでとは!
お前のような波紋戦士と出会えたこと! 生涯誇りに思うぞ!」
「ぐっ……くうううっ!」
妾が投げつけた風の手裏剣は、ワムウの神砂嵐にジリジリ押されていた。
このままでは竜巻に飲み込まれて、周囲の柱のようにズタズタに切り裂かれてしまう。
別に死にはしないが肉体を再構築するのは面倒だし、後ろのジョセフたちも無事では済まないだろう。
「ふっ、人間にしてかなり粘ったが、やはり我らには及ばぬ。ワムウの勝ちだ」
「だが、この時代の波紋戦士も、なかなかやる」
柱の男たちからも高評価されている。
しかしこっちは今忙しいし、全く嬉しくはない。
「だっ、駄目だ! 押されている!」
「シショー! このままじゃっ!」
「くそっ! 何か手はないのか!」
スピードワゴンたち三人は、大いに焦ってはいる。
妾的にもかなりやばい状況だし、内心で冷や汗をかいていた。
それでも、柱の男たちに負けるとは微塵も思っていない。
(出力を上げるのは良いが! ただでさえ、慣れておらぬ
下手をすると、やり過ぎて古代遺跡が全壊してしかねんぞ!)
柱の男たちは損害賠償をしてくれない。
ならば古代遺跡を壊した責任は妾に回ってくるのは確実で、スピードワゴンのお世話になるにしても、何とも申し訳なかった。
何しろ実際に壊したのは子狐なのだ。
彼も多額の修繕費を払うのは嫌だろうし、何処まで頼りにして良いものやらである。
なので、せめて全壊だけは避けようと苦心していた。
しかし
これがなかなか難しいのだ。
このままだと悟空の界王拳のように、出力を二倍や三倍と大雑把に上げていくことになる。
何処かの中間管理職もカツ丼を注文したとき、もっと段階を踏めと言っていた。
妾もその通りだと思うが、ぶっつけ本番でそれはちょっと難しい。
「はっ! 波紋エネルギーが足りぬ! 少しだけ足りぬ!」
遺跡全壊の損害賠償は嫌だという心の叫びが、つい口に出てしまったようだ。
どこのエルドラVだというツッコミが入らなかったのは幸いで、さらにこの言葉を聞いたジョセフとシーザーが動いてくれた。
二人はすぐに駆け寄ってきて、妾の肩に手を乗せる。
「シショー! 力を貸すぜ!」
「イナリさん! 俺の波紋を使ってください!」
「二人共! すまぬがよろしく頼む!」
波紋エネルギーを送ってくれた二人に感謝だ。
今度は逆にワムウの神砂嵐を一気に押し返していき、その勢いはどんどん強くなっていく。
「何いいいいっ!?」
「見たか! これが師弟の絆よ!」
「友人の仇だ!」
「吹き飛べえええーッ!!!」
妾以外は各々が全力を尽くして押し返していくと、ワムウの後ろの二人も焦り始める。
だが時既に遅しだ。
人間を見下して油断しきっていた彼らに、尻尾を巻いて逃げるという選択肢はない。
いや、もう少し時間があれば撤退を選んでいた可能性もある。
だがその前に神砂嵐を押し返し、柱の男たちを飲み込んだ。
さらに、全身をズタズタに切り裂いていく。
そして一時的に身動きが取れなくなったところで、足元から波紋をたっぷりと流し込んだ。
彼らは絶叫と共に、灰も残らず消滅したのだった。
しかし当然のようにワムウの神砂嵐を押し返した風の手裏剣は、古代遺跡をぶっ壊して突き進んでしまった。
階段部分とその周辺を、跡形もなく吹き飛ばす。
とにかく柱の男たちが消し飛んだのは、妾がしっかり見届けた。
色んな意味で甚大な被害が出たと言わざるを得ないが、とにかく良しだ。
(じゃが、他の二人はともかく、ワムウは満足した顔じゃったな)
戦いの誇りを重んじる武人がワムウだ。
より強い者に生まれて初めて敗北ししたのだから、彼にとっては本望なのだろう。
何だか試合に勝って、勝負に負けた気分である。
妾とワムウが同じ風使いないのも奇妙な縁だ。
自分が脳筋なのもあって、ああいうタイプは嫌いではない。
「かっ、……勝った! のか?」
「ヒャッホウ! やったぜ!」
「ああ、妾たちの勝利じゃ。
二人共、良くやってくれた」
取りあえずは一段落ということで、妾は大きく息を吐いて協力してくれた二人を労う。
続いてスピードワゴンに顔を向けて、申し訳なさそうに謝罪する。
「スピードワゴン、悪いのう。遺跡を壊してしもうた」
「えっ!? あー……まあ、イナリのおかげで世界が救われたのだ。
誰もキミを責めたりはしないよ」
そう言ってもらえると助かる。
本当にあのまま出力を上げていたら、周辺被害はもっと大きくなっていただろう。
今回の件でジョセフとシーザーにも助けられたし、彼らにもしっかり感謝を伝えておくのだった。
けれど次の目的地に向かう前に、一つやることが残っている。
妾は少し用があると言って別れ、匂いを辿って瓦礫の山を撤去していくと、やがて目的のモノを見つけた。
取りあえずそれをじっと見下ろして、おもむろに口を開く。
「さっきぶりじゃのう。ワムウ」
「……イナリか」
そこには顔以外を波紋に焼かれ、息も絶え絶えなワムウが力なく横たわっていた。
他の二人は完全消滅を見届けたが、彼だけは殺すのが惜しいと思って少しだけ手を抜いたのだ。
ただし、ここでの対応次第で容赦なくトドメを刺す。
だがその前に、彼と少しだけ話しをしたかった。
「妾が勝ったわけだが、何か言い残すことはあるか?」
「……ない。お前のような強い波紋戦士と戦えたことは、生涯の誇りだ。
このまま朽ち果てようと、悔いはない」
妾は、ふむと静かに頷いた。
そして次の瞬間には、風の刃で彼の喉元を一刀両断する。
「なっ、何を!?」
「騒ぐでない。波紋の回っていない頭部のみを残し、他の部位を切り捨てただけじゃ」
ワムウの驚異的な生命力なら、頭部だけになってもしばらくは生きられる。
そして生物をたくさん捕食すれば、時間はかかるが元通りに復活できるはずだ。
闇の一族ってやっぱりチートじゃないかと思うが、妾も人のことを言えない。
「お前は妾に敗れて、一度は死んだ身じゃ。
ゆえにそれをどう扱おうと、勝者である妾の勝手じゃろうが」
妾は彼の顔を真っ直ぐに見つめ、ワムウも動けない。
しばらく二人は無言で見つめ合った。
だがやがて根負けしたのか、彼は大きく息を吐く。
「……わかった。イナリ、お前に従おう」
「うむ、そうこなくてはのう」
妾は満足そうに頷く。
とにかく話がついたので、自分を心配して遠くからこっそり様子を伺っているジョセフとシーザー、さらにはスピードワゴンに大声で呼びかけるのだった。