イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
運命は無情であり、結局どんどん差がついてジョジョの姿が見えなくなる。
彼は遅れている妾に気づかずに、先に行ってしまった。
これ以上身体能力を上げると、さては狐じゃねえなオメーになる。
捨てられるならまだ良いが、実験動物や殺処分エンドなど冗談ではない。
仕方なく周囲に人が居ないときに限り、ちょっとだけ肩の力を抜いて楽をする。
今は原付バイク並みの速度で軽快に走り、鼻を利かせて飼い主の匂いを追跡していた。
妾が子狐の演技を頑張っている間に、かなり離されたようだ。
ようやく遠くにジョジョの姿を見つけたので、急激に速度を落として何食わぬ顔で駆け寄っていく。
しかし近くには何故か知らない女の子と、彼女を泣かせている苛めっ子二人がいる。
どちらも面識がないのに、ジョナサンは困っている人を助けるために果敢に挑みかかっていた。
「止めろおッ! 人形を返してやるんだ!」
「何だお前! エリナの知り合いか!?」
「知らない子だが! 僕には戦う理由が! ある!」
苛めっ子の一人に、タックルを当てる。
おかげで人形が手から離れて地面に落ちた。
そのままジョジョは彼の腹部を殴りつけるが、残念ながら全然効いていない。
「このっ! 野郎! 女の子の前だからってっ!」
しかも逆に頭を殴られて、バランスを崩して倒れてしまう。
「何でえ! こいつ! てんで弱いぞ!」
「これ以上、惨めなことがあろうか!
助けに入って、逆にやられてやがる!」
苛めっ子たがジョジョを笑い者にしている間、妾は子狐らしく小走りに近づいていた。
そして飼い主がが血を拭くために取り出したハンカチを見て、彼らはあることに気づく。
「こいつ! ジョースター家の一人息子だ!
俺は金持ちに恨みはねえが! とにかく嫌いだ!」
そしてジョナサンに、さらに暴力を振るおうとした。
けれどようやく追いついたので、妾が強引に割って入る。
勢い良く飛びかかり、二人の足を鋭い爪で引っ掻き回した。
「きっ、狐だと!?」
「ぎえええっ!? 痛いっ! 痛いっ!?」
本来なら子狐が人間に挑みかかるなど自殺行為だ。
しかし妾には前世の経験があり、苛めっ子たちの動きが遅すぎて止まって見える。
数え切れないほど死線を越えてきたためか、余裕を持って避けられるのだ。
(巨大怪獣を相手にするより楽じゃな)
彼らは突然体を丸めて突進したり、爆発物をばら撒いたり熱戦を吐いたりはしない。
こっちの攻撃で怯んでばかりの巨大生物など、妾にとっては楽な相手だ。
ただし人外の身体能力を発揮したら、流石に怪しまれる。
なるべく抑え気味に、足元をチョロチョロしてヒットアンドアウェイを繰り返す。
現時点では爪ぐらいしか武器はないが、結果的にノーダメージで撃退してミッションコンプリートだ。
「ちくちょうっ! 金持ちはテメーの敷地内だけで遊びやがれ!」
「付き合ってられるか! 行こうぜ!」
しかし敵を撤退させる任務は、どうしてこうも時間がかかるものかと内心で溜息を吐く。
けれど自分はこの姿でも人間のつもりだし、別に戦いが好きなわけではない。
逃げてくれるならこれ以上攻撃する必要はなく、願ったり叶ったりだ。
それでもイジメっ子たちが完全に立ち去るまでは油断できず、予想外の敵の増援も前世では結構な頻度であったので、姿が消えるまで警戒を続けた。
だが特に何も起きなかったので、ホッと一安心してジョナサンに意識を向ける。
そう言えばとふと思いつき、地面に落ちた人形に近づいていく。
その間に少女はジョジョを心配そうに見つめ、おずおずと声をかける。
「あっ、あの」
「いいから放っておいて! 向こうに行けよ!
僕はキミに感謝されたくって、アイツラに向かって行ったんじゃあないぞ!」
ジョジョとエリナが話している間に、妾は人形を軽く口に咥えて駆け寄っていく。
しかし飼い主はそのことに気づかずに、大声で叫んでいた。
「僕は! 本当の紳士を目指しているからだ!
キミが女の子で! 困っていたからだ!
相手が大きい奴だからって! 負けるとわかっているからって!
紳士は! 勇気を持って戦わなくてはならないときが、あるからだぞ!」
まだ渡していないのに、ジョジョが背を向けて歩き出してしまった。
妾はやれやれと内心で溜息を吐き、取りあえず彼女の足元に人形を置く。
そして可愛らしい靴を前足でポンポンと軽く叩き、一応合図を送っておいた。
「でもいつか、勝てるようになってやる!」
エリナに気づいてもらってお礼も言われた妾は、言葉は喋れないがどういたしましてとさり気なく返し、ふらつきながら屋敷に戻っていくジョジョのあとを追う。
イジメっ子に殴られたのは痛くて大変なことだ。
しかし帰りは歩きだったので、子狐的には少しだけ負担が軽くなったのだった。
ジョジョと一緒に屋敷に戻って来ると、一台の馬車がちょうど入ってきたところだった。
噴水の前で止まって扉が開くと、中から一人の少年が変わった降り方で地面に着地する。
(今何故、鞄を投げ捨てて飛び降りたのじゃ?)
全く理解不能な行動に、妾ははてと首を傾げる。
さらに金髪の少年がジョジョに顔を向けたときに、バァーンという効果音が見えた気がした。
まあ絶対に気のせいだろうが、とにかく変わった子だなと呑気に思っていた。
ジョナサンも同い年ぐらいの少年は珍しいため、少し嬉しそうに声をかける。
「キミは、ディオ・ブランドーだね?」
「そういうキミは、ジョナサン・ジョースター」
そう言えば何日か前、ジョジョの父親がディオ・ブランドーという客が来ると、日向ぼっこしているときに聞いていたことを思い出す。
「皆、ジョジョって呼んでるよ! これからよろしく!」
ジョジョが元気よく挨拶をすると、次に飼い主は妾を見た。
何となく嫌な気配がするけれど、子狐の妾に拒否権はないので、こんにちわと大きな声で鳴いた。
「コンコン!」
「紹介するよ。イナリって言うんだ」
積極的に関わらなければ大丈夫だろう。
それに全く挨拶をしないのも失礼なので、ジョナサンが詳しく紹介してくれる。
「僕の愛狐でね。心配ないよ。決して人は噛まない。
いや……見知らぬ人にはたまに引っ掻くかな?
とにかく、賢い子狐だから」
中身は元人間なので、賢くて当然である。
ただし実は結構脳筋なため、飼い主に危機が迫った場合は暴力で解決することも珍しくはない。
だがまあ、そんなことはめったにないから大丈夫だ。
しかしそのように紹介された妾に、ディオは見下すような視線を向ける。
「……ふん!」
何か気に障ることでもしたかなと困惑していると、次の瞬間にはいきなり蹴り飛ばされた。
しかし妾は余裕を持って後ろに飛んで、衝撃を受け流す。
「コンッ!」
木の葉のように空中を浮遊して、クルリと一回転したあとに危なげなく着地する。
この程度は前世で慣れっこなので体が勝手に反応し、緊急回避からの起き上がりをついやってしまった。
なのでつい四つん這いではなく、二本の足で直立したので慌てて地面に前足をつける。
流石に子狐がオリンピックなら十点満点が出るほど見事な着地を決めるはずがなく、恐る恐る顔を上げて二人の少年を見た。
「なっ、何をするだァーッ!!!」
普通の子狐なら、大怪我を負って動物病院行きなのは間違いない。
思いっきり蹴ったディオも、そう信じて疑っていなかった。
だが幸い十点の着地に関しては見られておらず、ジョジョとディオが睨み合ったまま動かない。
しかし双方がファイティングポーズを取っていることから、このままでは喧嘩になるのは明らかだ。
けれど妾はこの通り、傷一つなくピンピンしている。
特に言い訳は思い浮かばないが、運が良かったと納得できないものかとあれこれ考えてしまう。
コンコン鳴いて訴えても、ジョジョは完全に頭に血が上っている。
ディオも含めて、止まる気配はなかった。
どう考えても穏やかではない状況に、子狐の妾は飼い主の周囲をチョロチョロすることしかできない。
だがここで唐突に、第三者の大声が響く。
「どうしたんだね!」
一触即発の事態に飛び込んできたのは、ジョジョの父親である。
彼は屋敷が出てきて、大きな声で叫ぶ。
「一体、何事かね!」
「すみません! 急に狐が飛びかかってきたので!」
「えっ!?」
「コン!?」
妾は何言ってんだコイツとばかりに、チベットスナギツネのようなジト目をディオに向ける。
ジョジョも急に態度が変わった少年に戸惑っている。
正直、面倒になる予感しかしない。
頼むから妾の平穏な日常を壊さないで欲しいと、心底そう思うのだった。