イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
薬を分析て証拠を突き止めるのは、思いの外時間がかかった。
屋敷に戻れたのは出発して三日も経ってからである。
そして、いくらジョジョが妾を受け入れてくれたとはいえ、やはり二本足で歩き回ったり超スピードで行動するわけにはいかない。
ジョースター家にも迷惑をかけることになるし、ちょっと賢い子狐っぽく振る舞うのは続行である。
まあ、それはそれとしてジョジョと一緒にようやく帰宅した。
ディオは外出しているようだったので、一先ず屋敷の者を呼び集めて事情を説明し、患者に解毒薬を飲んでもらう。
しばらくするとディオが帰ってきて、青年二人が明かりが消えた玄関ホールで対峙する。
ジョナサンが堂々した立ち振舞で、彼を叱責した。
「とうとう掴んだぞ! ディオ! キミの悪魔のような陰謀の証拠を!」
外は雷が鳴っていて、臨場感たっぷりだ。しかし、そういう演出は別にいらない。
とにかく妾は目立たない場所から、もしもの事態が起きないように成り行きを見守る。
一先ずは個室に移動し、ディオに椅子に座らせる。
観念したのか大人しくしていて、蝋燭をテーブルに置いて周りを照らす。
とても落ち着ける状況ではないが、ジョジョは紳士的に対話するつもりのようだ。
「解毒剤は手に入れたよ。さっき、父さんに飲ませた。
ディオ、僕は気が重い。兄弟同様に育ったキミを、警察に突き出さなくてはいけないなんて、残念だよ」
それに対してディオは、椅子に座ったまま沈黙を保っている。
「ディオ、わかってもらえないかも知れないが、これは本心だよ」
妾なら、さっさと警察に突き出している。
反省や悔い改める機会を与えるのが、優しいジョジョらしいと思った。
どうやらディオも、そう考えているようだ。悲しそうな顔をして訴えてくる。
「その気持ち、キミらしい優しさだ。
ジョジョ、……勝手だけど頼みがある。最後の頼みなんだ。
僕に! 時間をくれないか! 警察に自首する時間を!」
この状況で、何言ってんだコイツと呆れる。
そしてジョジョは、あまりに変わりように驚いていた。
「僕は! 悔いているんだ! 今までの人生を!
貧しい環境に生まれ育ったんで、くだらん野心を持ってしまったんだ!
馬鹿なことをしでかしたよ! 育ててもらった恩人に! 毒を盛って財産を奪おうなんて!」
妾はよく回る口だなと呆れているが、ディオはまだ喋り続けるようだ。
「その証に! 自首するために戻ってきたんだよ!
逃亡しようと思えば、外国でも何処へでも行けたはずなのに!」
それはジョジョと父親を殺して家を乗っ取る野心を諦めきれてないだけだと、妾はそう考えていた。
彼の内心をそのように読んだ妾は、表には出ずに冷めた目をディオに向ける。
しかし今は、完全に二人の世界に入っていた。
「罪の償いがしたいんだ!」
「……ディオ」
この茶番にいい加減に飽きてきたので、そろそろまーだかかりそうっすかねーと止めたほうがいいかなと考え始めた。
だが、その必要はないようだ。
後ろに控えていたスピードワゴンが、呆れたように大声をあげた。
「ジョースターさん、気をつけろ。信じるなよ。そいつの言葉を。
誰だって顔してるんで、自己紹介させてもらうがよ」
そして、自分はお節介焼きのスピードワゴンで、ジョジョが心配なのでくっついてきたことを告げらる。
だが本題はそのあとで、彼は顔つきを険してはっきりと口を開く。
「ジョースターさん。甘チャンのアンタが好きだから、一つ教えてやるぜ」
口調が穏やかったのはここまでだ。
スピードワゴンは、ゆっくりとディオに近づいていく。
「俺は生まれてからずっと暗黒街で生き、色んな悪党を見てきた!
だから、悪い人間と良い人間の区別は、匂いでわかる!」
妾は匂いではなく、本能的に感じ取ってるだけだ。
そういうのもあるのかと感心しつつ、彼の言葉に耳を傾ける。
「コイツは臭え! ゲロ以下の匂いがプンプンするぜえッ!
こんなワルには! 出会ったことがねえほどなあッ!」
自分もディオを悪党だと思っているのは同意だ。
蝋燭台を蹴っ飛ばしたスピードワゴンの、人を見る目は確かだと納得した。
「環境で悪人になっただと? 違うねえッ!
コイツは生まれついてのワルだッ!」
そして次に、スピードワゴンは暗黒街から連れてきた男の首根っこを掴む。
そいつを、ディオの前に引っ張り出した。
「この顔に! 見覚えがあるだろ!」
ディオはこれまで冷や汗をかいていたが、無表情を保っていた。
しかし彼を見た瞬間、明らかに動揺する。やはり情報通り、心当たりがあるようだ。
「この東洋人が、キミに毒薬を売った証言は取ってある」
さらにジョジョが言葉を続けて、外に待機していた父親と警察隊が扉を開けて入ってきた。
実はここでの会話は最初からずっと聞かれており、ディオの逮捕は確定事項なのだ。
「キミには、息子と同じぐらいの愛情と期待を込めたつもりだったが」
本当に心底残念だったのか、辛そうな表情を浮かべている。
しかしまだ病気は完治していないため、立っているのも大変そうだ。
ジョジョもそのことに気づいており、寝室に行って安静にしているようにと身を案じていた。
「……息子が捕まるのを見たくはない。ジョジョ、あとは頼む」
そう言って背を向けて去っていく。
しかしここでディオが椅子から立ち上がり、投げやりな口調で呟く。
「流石にもう、お終いか」
しかし、その顔は諦めたようには見えない。
どちらかと言うと覚悟を決めた表情だと、妾にはそう見えた。
「あの男は、捕まりやせんよ」
暗黒街から連れて来た男が、ポツリと呟いた。
「耳の三つのホクロに顔の相。奴は強運の元に生まれついとる」
彼の占いを信じるわけではないけれど、妾はディオがまだ諦めていないと考えている。
絶体絶命の大ピンチではあるが、この危機から逃れる策を持っているように思えてならない。
「ジョジョ、せめてキミの手で手錠をかけて欲しい。七年間の付き合いで」
「……わかった」
しかし、普通に考えれば逃げようがない。
妾の杞憂に違いないと、そう思いたかった。
とにかくジョジョも、兄弟同然に育ったディオの最後の頼みを承諾する。
警察に手錠を渡してもらい、ディオにゆっくり近づいていく。
「ジョジョ、人間ってのは、能力に限界があるな。
俺が短い人生に学んだことは、人間は策を弄すれば弄するほど、予期せぬ事態で策が崩れ去るってことだ」
何が言いたいのかいまいち見えてこないのは、妾だけではなくジョジョや周囲の人たちも同じだ。
ただただ困惑するばかりだが、ディオは違いらしい。
不敵な笑みを浮かべて、大声で叫ぶ。
「人間を超える者にならねばな!」
「何のことだ! 何を言っている!」
ジョジョがディオに尋ねるのと彼が懐から何かを取り出すのは、ほぼ同時だった。
「俺は! 人間をやめるぞー! ジョジョーッ!!!」
声高に叫ぶディオは、右手に石仮面を持っていた。
そして左手でナイフを握り、ジョジョを刺そう振りかぶる。
「俺は人間を超越する! お前の血でなあああーッ!!!」
警戒していた妾は、慌てて間に入ろうとする。
しかしの前に大きな黒い影が前を横切り、ジョジョの盾になった。
やむを得ず、ナイフを奪い取るのは中断する。
ディオを頭突きで吹き飛ばし、少しでもダメージを軽くした。
しかし自分以外は突然の暴行に咄嗟に動けずに、驚愕に目を見開いている。
「父さあああああんーーーッ!!!」
ジョジョの代わりに父親が刺され、力なく崩れ落ちる体を息子が支える。
悲しみの叫びが屋敷中に響き渡った。
だが、妾に吹き飛ばされたディオも無事ではない。
腹部を押さえてよろめきながらも立ち上がったが、かなり勢い良く突進したのでアバラの二、三本は折れているはずだ。
しかし彼は何がおかしいのか、高笑いをしながら石仮面を被る。
さらに返り血で赤く染めると、途端に眩いばかりの輝きを放った。
それによって正気に戻った警察隊が、犯人に向けて一斉に発砲する。
狙いは寸分違わず命中し、背後のガラス窓を突き破って地面に仰向けに倒れる。
兄弟同然に育てられたディオは、雨に打たれながら血を吐き息絶えるのだった。