イナリの奇妙な冒険   作:狐っ娘の幽波紋使い

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岸辺露伴

 杉本静(すぎもとしずか)を引き取ってしばらく経った。

 生後半年ほどの赤ん坊は、放っておいたらすぐに何処かにハイハイして行く。

 なので、片時も目が離せない。

 

 そして妾は、普段の業務は娘の杉本鈴美(すぎもとれいみ)に任せている。

 神事や祭事以外は表に出ずにのんびり引き籠もっているため、必然的に自分が世話をすることになった。

 

 

 

 しかし、杜王町の散策を止める気はない。

 おんぶ紐で赤ん坊を背負って、家を買って一人暮らしを始めた岸辺露伴の元に向かう。

 

 何でも大切な話があるらしく、空いている時に来て欲しいと言われたのだ。

 電話では伝えられないため、直接会って話がしたいとのことである。

 

 彼とは知らない仲ではないし、ちょっと変わっているが漫画家としての腕は本物だ。

 ピンクダークの少年もとても面白く、毎週楽しみに読ませてもらっている。

 

 

 

 それはそれとして、問題なく到着した。

 妾は玄関のインターホンを鳴らそうとしたけれど、その前に中から扉が開いて露伴が顔を覗かせる。

 

「良く来てくれたね。イナリさん。

 ああ、静ちゃんも一緒なんだ」

「静は幽波紋(スタンド)能力に目覚めておるゆえ、他の者に任せるわけにはいかんからのう」

 

 面倒を見られるのは、妾か鈴美(れいみ)のどちらかだ。

 巫女たちに任せても良いが、もしものときに対処ができない。

 

 なので今日は杜王町の散策ではなく、露伴の家に行く自分が引き受けることになる。

 それはそれとして、妾は娘に持たされた物を彼に渡す。

 

「これは鈴美(れいみ)からじゃ」

「筑前煮じゃあないか! 僕はこれが好物でね!

 おふくろの味ってやつかな! 鈴美(れいみ)さんには、今度お礼をしないとな!」

 

 神社に住んでいる杉本は、赤ん坊が増えて二人になった。

 区別するために下の名前で呼ぶようにと娘が言ったので、そっちで伝える。

 

 露伴はウキウキとタッパーを受け取り、妾を家の中にあげてくれた。

 

「昨日の晩ごはんの残りじゃから、早めに食べ切るようにな」

「ああ、いつも通りタッパーは洗って返すよ。ふむ、お礼は何がいいかな?」

 

 台所の冷蔵庫にタッパーを持っていく露伴を見送る。

 なお筑前煮を持って行くように言ったのは鈴美(れいみ)だが、晩ごはんとして作ったのは妾である。

 

 しかし彼の娘への気持ちを考えると、真実を告げるのははばかられた。

 

(じゃがあの様子じゃと、露伴も娘も自覚しておらんな)

 

 お互いに好意を持ってはいるが、幼い頃から一緒だったのだ。

 男女の関係というよりも、気心が知れた友人同士に見える。

 もしくは年の離れた姉と弟か、双方自覚してないので愛や恋に発展するかは神のみぞ知るといったところだ。

 

 

 

 やがて台所に行った露伴から紅茶を受け取り、それを飲みながら話をすることになった。

 なお、せっかくなので妾も台所を借りる。そして粉ミルクを溶かし、哺乳瓶に移す。人肌程度まで温度を下げたあとに、静に飲ませる。

 

 

 

 お互いに準備を済ませて、椅子に座って向かい合う。

 妾は静を抱っこしてミルクを飲ませつつ、紅茶に口をつける露伴に声をかける。

 

「それで、話というのは?」

「実は僕は三ヶ月ほど前、幽波紋(スタンド)の矢に射られたんだ」

「……驚きじゃな」

「ああ、僕も驚いてるよ」

 

 つまり、露伴は幽波紋(スタンド)使いということだ。

 しかし、何故今になって妾に告げるのかがわからない。

 内心では驚いているけれど、表情は平静を装う。

 

「僕が幽波紋(スタンド)に目覚めたのも、弓と矢のことを聞いたのもつい最近だからね」

「ふむ、妾も弓と矢に関しては、知らなかったからのう」

 

 露伴から苦笑気味に告げられると、妾は同意とばかりにやれやれと息を吐いて肩をすくめる。

 

 今年の四月になってから悪の幽波紋(スタンド)使いと弓と矢、その情報が表に出てきた。

 彼が幽波紋(スタンド)に覚醒したのも最近らしいし、報告しなかったのもわからなくもない。

 

「それで、わざわざ妾を呼び出したのは?」

幽波紋(スタンド)について、少し試したいことがあってね。

 今からイナリさんに使うが、黙って受けてくれないか?」

「それは露伴の、幽波紋(スタンド)能力次第じゃな」

 

 即死系のヤバい能力だったら、受けるわけにはいかない。全力で抵抗する。

 まあ彼に限ってそんな攻撃をするはずはないだろうが、心構えだけはしておく。

 

 露伴は、その場から動かない妾に礼を言い、大きな声で叫んだ。

 

「ヘブンズ・ドアー!」

「ほう、それが露伴の幽波紋(スタンド)か」

 

 ピンクダークの少年の主人公のような造形をしている。

 その幽波紋(スタンド)が、妾の左手に触れた。するとその部分が紙に本になって、ページが勝手にめくれ始める。

 

「触れた対象を本に変えて、情報を読み取る幽波紋(スタンド)能力か」

 

 幽波紋(スタンド)攻撃をあえて受けた左手が、本になっている。

 普通の人間なら、全身に影響が及んでもおかしくない気がした。

 

「正解だ。流石は最強の幽波紋(スタンド)使いだね」

「褒めても何も出ぬぞ」

 

 妾は全く動じずに、右手で静にミルクをあげながら露伴に告げる。

 

 しかし、彼はもう聞いていなかった。

 左手のページを食い入るように読んでいて、夢中になりすぎているようだ。

 こっちの言葉が、全然耳に入って来ない。

 

「ジョースター家とディオの因縁! 石仮面と柱の男! 次々と現れる新手の幽波紋(スタンド)使い!

 素晴らしい! やはりイナリさんを選んで正解だった! これは漫画に活かせるぞ!」

 

 嬉しそうな露伴には申し訳ないが、やっぱり変わった人だなと再確認して少し引く。

 

 そして、あまり長々と続ける気もない。

 左手に幽波紋(スタンド)パワーを注ぎ込んで、強制的に解除する。

 

「ああっ! まだ読んでいる途中だったのに!」

 

 しかし彼の話を聞く気はない。

 妾はジト目で露伴を見つめる。

 

「露伴。お前、妾のページに妙なことを書き込もうとしておったな?」

「僕が? ははっ、それはイナリさんの勘違い!

 すっ……すまない! つい出来心で!」

 

 すぐに誤魔化しは通じないと理解し、素直に謝罪した。

 だがもし気づかなかったら、ヘブンズ・ドアーの幽波紋(スタンド)能力で、何かするつもりだったのだろう。

 

「まあ、自分の幽波紋(スタンド)を試したくなる気持ちはわかる。

 未遂に終わったし、知り合いじゃから妾は許すがのう」

「ありがとう。やはりイナリさんに相談して良かったよ」

 

 一回だけなら誤射で済むというのがある。

 露伴も初犯だし、見逃してやろうと妾はそう思った。

 

(いや、待てよ? 露伴の性格から、妾以外にも試しておるのではないか?)

 

 彼は好奇心の塊のような性格で、興味があることには何でも首を突っ込む。

 付き合いが長いので良く知っており、もしかしたら既に犠牲者が出ているのではないかと思い至って、率直に尋ねてみる。

 

「露伴よ。もしや、他の者に幽波紋(スタンド)を──」

「他人の人生を、ちょっと覗き見ただけさ!

 ちゃんと人助けもしてるし! 許してくれないかな!」

 

 他人の人生を勝手に覗き見るのは、如何なものかと思う。

 しかし一般人には気づかれないし、脚色して漫画のネタに使うだけだ。

 幽波紋(スタンド)で人助けもしているらしいから、善悪のバランスが取れている。

 

 まあ、どの程度の善行を積んでるかは知らない。

 放っておけば悪に傾くのが普通なので、中立ならまだマシなほうだ。

 

「……良かろう。

 じゃが露伴が幽波紋(スタンド)に目覚めてことは、皆に伝えておくからな」

「それぐらいなら構わないよ。僕も一応、杜王町の住民だからね」

 

 根っからの善人とは言い難いが、自分の手の届く範囲なら守ろうとする。

 好奇心の塊でちょっと変わった漫画家ではあるけれど、そこまで悪い人ではないのだ。

 

 しかし情報を得るためなら、蜘蛛を舐めて味を確かめる男である。

 もし娘の鈴美(れいみ)が将来結婚することになったら、色んな意味で波乱万丈な夫婦生活になりそうだ。

 

 現時点ではそんな日が来るかどうかも不明だが、取りあえず杜王町の幽波紋(スタンド)使いが一人増えたことを、皆に伝えないといけない。

 

 妾は漫画家の自宅からお暇させてもらうために、静をおぶって椅子から立ち上がる。

 

「そうだ、イナリさん。

 鈴美(れいみ)さんにお礼をしに行くついでに、奥の家を使わせてもらっていいかな?」

「別に構わんが、露伴は目立つからのう」

 

 今の露伴は日本を代表する漫画家だ。

 妾も有名人だがあまり神社を歩き回ったりはしない。

 

「漫画の資料を探すのに最適な環境だからね。欲を言えれば僕も、あそこに住みたかったよ」

「神社の敷地内は、関係者以外は立入禁止じゃ。

 それに、露伴は神職ではあるまい」

 

 小さな神社で山は妾の土地だ。売却する予定もないし、関係者以外の立ち入りは禁止している。

 いくら知り合いでも、家族や従業員でない者が住むのは抵抗があった。

 それにもし間違いが起きたら色々と不味いため、流石に気楽に受け入れるわけにはいかない。

 

 なお世界中のサブカルチャーを収集しているから、防犯設備も最新の物を取り入れている。

 ダメ押しに、イギーも忠犬らしくさり気なく目を光らせてくれていた。

 

 そういう理由で、露伴の言う通り漫画の資料として使うには非常に適している。

 杜王町だけでなく日本政府からも、美術品として公開して欲しいと何度もお願いされて、たまに博物館に展示したりもしていた。

 

 

 

 それはそれとして、露伴は多忙でありながら週末の波紋の修行は続けている。

 なので、来るのは問題はない。

 しかし有名人が神社の裏手にこっそり入って行くのを見られると、変な噂が立つかも知れないから、職員用の出入り口を使うようにと指示しておく。

 

 そこからなら建物内の通路を使い、離れの住居まで来られる。

 取りあえず簡単な見取り図を書いて、詳しく伝えるのだった。

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