イナリの奇妙な冒険   作:狐っ娘の幽波紋使い

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あの世とこの世

 ドブネズミの幽波紋(スタンド)使いを倒して、しばらく経ったある日のことだ。

 

 妾は娘の鈴美(れいみ)と杜王町を散策していた。

 赤ん坊の静は、事情を知る巫女に預かってもらう。

 本当に特に何ということはない、平穏な日常という感じだ。

 

「母さんと出かけるのも、久しぶりね」

「そうじゃな。お互い忙しい身じゃしのう」

 

 妾が杜王町を歩き回ることで、一応は悪の幽波紋(スタンド)使いには抑止力になっている。そう信じたいところだ。

 

 神社の運営は娘の鈴美(れいみ)に任せっぱなしだが、貯金には余裕があって生活には困っていない。

 

 しかし娘が幽波紋(スタンド)能力に目覚めたら、連れて行く約束をしたのだ。

 日帰りや短期の依頼で、渋々ながら協力を要請していた。

 

 けれど今は、新しい家族として赤ん坊の静が増えた。

 鈴美(れいみ)は任務には連れて行かずに神社に残ってもらい、留守番と子守りを任せることになる。

 

 娘は正義感が強くて、幽波紋(スタンド)の訓練にもなるので同行したがっていた。

 けれど親目線だと、危険なことはして欲しくない。

 

 それでも幽波紋(スタンド)使い同士は引かれ合って、何だかんだで勝手に巻き込まれる。内心複雑である。

 

 

 

 だがまあ今は久しぶりの親子水入らずだ。

 そんな物騒なことは考えに、杜王町のウィンドウショッピングを楽しんでいた。

 

 なお妾は色気より食い気なので、本日発売のコンビニの新作スイーツ目当てだ。

 一回目は売り切れで二回目も同じだが、こうなったらヤケである。

 

 その次のオーソンを目指して歩いていると、遠くに見知った顔を見つけて娘が口を開く。

 

「あれは露伴ちゃんと康一君ね」

「そうじゃな。珍しい組み合わせじゃのう」

 

 何やら二人で話しているようだ。

 やがてドラッグのキサラとコンビニオーソンの間にある小道に、揃って入っていく。

 

「ねえ、母さん。あの道ってまさか」

「見えておるんじゃろうな。あの二人は幽波紋(スタンド)使いじゃ」

「それって、……不味いわよね?」

「じゃろうな」

 

 もう二人は小道に入ってしまい、姿が見えなくなっている。

 妾と鈴美(れいみ)は顔を見合わせて、どうしたものかと少しだけ悩んだ。

 

 しかし結局、放ってはおけずに急ぎ後を追うのだった。

 

 

 

 やがて露伴と康一君に追いつく。

 ちょうどエコーズを空に飛ばしていたところだった。

 しかし案の定、幽波紋(スタンド)が上に行けずに地面を触って困惑している。

 

 そんな彼らの後ろから、鈴美(れいみ)がおもむろに話しかけた。

 

「露伴ちゃん、康一君。貴方たちは道に迷ったのよ。

 案内してあげようか?」

鈴美(れいみ)さん!?」

「それにイナリさんも!? どうしてここに!」

 

 余程驚いたのか、二人は汗をかきながら後ろを振り向く。

 のんびりと追いかけてきた妾たちの存在に気づたようなので、こんどは狐っ娘が口を開く。

 

「限定スイーツを買いに来たら、たまたま見かけてのう」

「ええ、せっかくだから挨拶をね」

 

 鈴美(れいみ)に顔を向けると、すぐに相槌を打ってくれた。

 

 しかし条件反射で幽波紋(スタンド)攻撃をされないのは良いが、知り合いにそこまで驚かれると、自分が何だか悪いことをした気になる。

 

「それより案内してあげようか?

 この辺り、迷う人が多いのよ。

 似たような路地が多いから」

 

 娘の鈴美(れいみ)が再度声をかける。

 露伴と康一君は顔を見合わせて、何やら考えているようだ。

 

「行き方だけ教えてくれればいいんだけどな」

「駄目駄目、説明だけじゃわからないのよ。

 案内してあげるから、付いてきて」

 

 そう言って妾たちが歩き出すと、二人は少し戸惑いながらも素直に言うことを聞いて付いて来る。

 途中でコンビニで買ったポッキーを取り出して露伴の恋の行方を占い始める娘を、妾は微笑ましく眺めていた。

 

 やがて杉本家の門の前まで来る。

 そこで鈴美(れいみ)は足を止め、真面目な表情に変わった。

 

「この家ね。15年ほど前、殺人事件があったんですって」

「さっ、殺人事件ーッ!?」

「殺人?」

 

 娘にとっては忌まわしき過去の思い出だ。

 たとえ復讐を果たしても、決して忘れることはないだろう。

 

「今は誰も住んでないわ。

 話、聞きたい?」

 

 二人から返事はなかったけれど、その態度だけで十分に理解できた。

 

「これ、今の母さんから聞いた話よ」

 

 今の母とは、つまり妾のことである。

 あの日のあとに事情聴取をして、より詳しく再編集した内容だ。

 

「事件の日の真夜中、この家の女の子が寝室で寝てるとね。

 両親の寝室の方で、ピチャリ……ピチャリって、何かが滴る音がして目が覚めんですって」

 

 臨場感たっぷりに語る鈴美(れいみ)を見ながら、妾はちゃっかりポッキーを一本もらう。

 

「何の音だろう? パパ、ママと呼んだんだけど、返事がないの。

 でも女の子は、そんなに怖くなかったわ。

 何故なら、傍には愛犬が居たから」

 

 今はもう天珠を全うして、娘の幽波紋(スタンド)として受け継がれている。

 それに関して、露伴が疑問を口に出す。

 

「愛犬?」

「ええ、大きな番犬よ。

 暗闇でもベッドの下に手をやると、くくーんと甘えて、ペロペロ手を舐めてくれたの」

 

 アーノルドは本当に忠犬で、主人である鈴美(れいみ)を最後まで守っていた。

 そして一人と一匹が殺人鬼に殺されかけたところまで話が進むと、娘は真面目な顔つきになってはっきり口を開く。

 

「そう! その女の子ってのは、私なのよ!

 母さんに助けられたの! アーノルドと私は!」

 

 妾が間一髪で駆けつけて、波紋による治療で一命を取り留めたのだ。

 両親が間に合わなかったのは残念だけど、娘と愛犬だけでも助かって良かった。

 なおその場には岸辺露伴も居たが、幼すぎてすっかり忘れているようだ。

 

「そして貴方たちは、15年前の私の両親が死んだ場所に入り込んだのよ。

 私と波長が合ったのね。ここはあの世とこの世の境目なの」

 

 康一君が恐怖のあまり絶叫し、露伴も冷や汗をかいて今にも逃げたそうにしている。

 

 しかしその場に留まって、説明を聞くことは放棄していないようだ。

 鈴美(れいみ)は落ち着いており、続きを話していく。

 

「ここから出るには、たった一つの方法しかないのよ。……それは私が知っている。

 まあ、母さんの受け売りなんだけどね」

 

 別にネタバラシをしなくてもいいのに、二人の反応に耐えられなくなったようだ。

 緊迫した雰囲気でありながらも、鈴美(れいみ)は恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 何にせよ露伴と康一君は、顔を青くして真面目に聞いているのでさっさと説明に入る。

 

「あと言っておくけど、私が閉じ込めたんじゃあないわよ。

 ここは、あの世とこの世の境目なのよ。

 貴方たちが幽波紋(スタンド)能力を持ってるから、紛れ込んだんでしょうね」

 

 広義的に言えば、幽波紋(スタンド)とは守護霊のようなものなのだ。

 だからこのような怪異と、波長が合ってしまったのだろう。

 逆に一般人は小道が見えないため、その存在に気づくことは一生ない。

 

「でもその前に、さっきの話の続きよ。

 犯人、まだ捕まってないのよ。この杜王町の何処に居るわ

 奴はこの街に、溶け込んでいるのよ」

 

 娘は復讐を果たすことを諦めていない。

 妾も定期的に杜王町を散策しているが、あいにく殺人鬼の痕跡は見つからない。

 

「捕まえてくれとは言わないわ。

 でも、知っていて欲しいのよ。

 貴方たちの身に、危険が迫るかも知れないし」

 

 露伴にとっては物心がつく前のことだし、娘も心の奥深くに閉じ込めて滅多に表には出さない。

 彼はもう、綺麗さっぱり忘れてしまっているだろう。

 

 しかし、この街に殺人鬼が潜んでいるのは変わらない。

 たとえ遭遇する確率は限りなくゼロでも、いざという時に備えて心に留めておいて欲しい。

 

 杜王町の行方不明者は、全国平均よりも高いのだ。

 流石に八倍というデタラメな数値ではないけれど、それでも何者かが暗躍しているのは間違いない。

 

 

 

 そして妾は、このような異界は定期的に調査している。

 迷い込んだ人を外に案内したり、変異してないかを確認したりなどだ。

 

 その際に上空を殺された人の魂が良く飛んで行き、あの世に飛んで行く魂たちと話はできないけれど、殺人鬼の趣味は良くわかっていた。

 

 だからこそ、杜王町に潜んでいる証拠になる。

 娘が、そう露伴と康一君に説明していく。

 

 

 

 やがて一通り語り終わると、二人は殺人鬼を捕まえるのに協力してくれることになる。

 あまり無理はして欲しくはないけれど、やる気に水を指すのも悪いと思った。

 

 なので静かに見守り、小道からの脱出方法を教える。

 

「出口はポストの先を左に回るとすぐよ」

 

 娘の説明を聞いた二人は、余程早く脱出したかったのか、喜び勇んで走り出す。

 

「慌てないで! その先を通るには、ちょいとしたルールがあるの!」

「ルール?」

 

 すぐに足を止めてこちらに向き直った。

 鈴美(れいみ)は簡単に説明していく。

 

「あのポストを越えて曲がったあと、20メートルぐらい先に出口が見えるわ。

 そこまで何が起ころうと、決して後ろを振り向かないと約束して」

「何故? 何のために?」

「この世とあの世の決まりなのよ」

 

 異界のルールというやつで、場所によって異なるので一概には言えない。

 この小道では、そういう決まりというやつだ。

 イザナギとイザナミでも似たようなことをしていたし、後ろを振り向いてはいけないルールはかなり多い。

 

「もし、振り向いたら、どうなるんだい?」

「私たちの魂が、あの世に引っ張られてしまうわよ。

 つまり、死ぬってことよ」

 

 露伴と康一君が驚いて硬直するが、鈴美(れいみ)は不味いことを言ったと思ったのか、少しおどけて続きを話していく。

 

「あっ、ああー! 怖がらないで!

 振り向かなければいいのよ! 簡単でしょ!

 大丈夫よ! 私と母さんも居るし!」

「妾もそろそろ限定スイーツが買いたいし、さっさと帰りたいところじゃな」

 

 コンビニの限定スイーツを買いに来たのに、何であの世とこの世の狭間に居るやらだ。

 用は済んだし現世に戻ろうと、鈴美(れいみ)と一緒にのんびり歩き出す。

 

 勝手知ったる何とやらだが、初めて異界に足を踏み入れた二人は思いっきりビビっていた。

 

 しかし振り向いてはいけないというルールを守って、妾たちの後ろを付いてくる。

 

「気にしないで、いつも何かが振り向かせようとしてくるの。

 でも、振り向いて見ない限り、決して触ることはできないから、気をしっかり持ってね」

 

 簡単に言ってくれるが、それは鈴美(れいみ)が黄金の精神を持っているからだ。

 心臓に毛が生えているのではないかと思うぐらい、彼女は覚悟が決まっている。

 

 なお露伴と康一君はというと、振り向きはしないが気流を読んで判断する限り、ガチガチに緊張していた。

 こんな有様で、無事に出口に辿り着けるか不安になるほどだ。

 

「こっ、この! 首筋に何か! 生温かい! 液体のようなものがあ!」

 

 どうやら康一君は、そういう存在に好かれやすいようだ。

 彼だけ、明らかに当たりが強い。

 

「もう少しよ。あの光が出口よ」

「出口! でも! 我慢できない!

 露伴先生! 走りましょう!」

 

 とうとう我慢の限界になったようで、恐怖のあまり走り出した。

 そんな康一君に露伴もあとに続く。

 

「慌てないで! 転ばされるわよ!」

 

 鈴美(れいみ)が慌てて静止するが、二人に止まる気配はない。

 やがて、出口まであと数歩という距離になる。

 

「もう大丈夫よ。乗り越えたわ。そこからは振り向いてもいいわよ」

 

 だがここで、鈴美(れいみ)が喋ってもいないのに、康一君に語りかけているように聞こえてきた。

 

「はあー、恐ろしかったよー。安心したー」

「嘘よ! 康一君! 今の声! 私の声じゃあないわ!」

「えっ!?」

 

 安堵の表情が、たちまち絶望に変わる。

 露伴も驚いて足が止まった。

 

「馬鹿な!?」

「まだよ! まだ! 振り向いちゃあ駄目!

 私とお母さんの時には、こんなことされなかった! 騙すなんて!」

 

 あの世の住人は、余程康一君が気に入ったようだ。

 何としても連れて行きたいようで、絶対に逃さないといった感じだろう。

 

「やれやれじゃな! 嵐の狐(ストーム・フォックス)!」

 

 だが康一君もあの世には行きたくないだろうし、妾は背後から強烈な突風を吹かせる。

 奴らが触れる前に吹き飛ばして、強引に小道から外に脱出させた。

 

 呼び出した幽波紋(スタンド)が、やれやれだぜと肩をすくめている。

 本当に見た目だけなので、現実には何の影響も及ぼしていないのだった

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