イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
ドブネズミの
妾は娘の
赤ん坊の静は、事情を知る巫女に預かってもらう。
本当に特に何ということはない、平穏な日常という感じだ。
「母さんと出かけるのも、久しぶりね」
「そうじゃな。お互い忙しい身じゃしのう」
妾が杜王町を歩き回ることで、一応は悪の
神社の運営は娘の
しかし娘が
日帰りや短期の依頼で、渋々ながら協力を要請していた。
けれど今は、新しい家族として赤ん坊の静が増えた。
娘は正義感が強くて、
けれど親目線だと、危険なことはして欲しくない。
それでも
だがまあ今は久しぶりの親子水入らずだ。
そんな物騒なことは考えに、杜王町のウィンドウショッピングを楽しんでいた。
なお妾は色気より食い気なので、本日発売のコンビニの新作スイーツ目当てだ。
一回目は売り切れで二回目も同じだが、こうなったらヤケである。
その次のオーソンを目指して歩いていると、遠くに見知った顔を見つけて娘が口を開く。
「あれは露伴ちゃんと康一君ね」
「そうじゃな。珍しい組み合わせじゃのう」
何やら二人で話しているようだ。
やがてドラッグのキサラとコンビニオーソンの間にある小道に、揃って入っていく。
「ねえ、母さん。あの道ってまさか」
「見えておるんじゃろうな。あの二人は
「それって、……不味いわよね?」
「じゃろうな」
もう二人は小道に入ってしまい、姿が見えなくなっている。
妾と
しかし結局、放ってはおけずに急ぎ後を追うのだった。
やがて露伴と康一君に追いつく。
ちょうどエコーズを空に飛ばしていたところだった。
しかし案の定、
そんな彼らの後ろから、
「露伴ちゃん、康一君。貴方たちは道に迷ったのよ。
案内してあげようか?」
「
「それにイナリさんも!? どうしてここに!」
余程驚いたのか、二人は汗をかきながら後ろを振り向く。
のんびりと追いかけてきた妾たちの存在に気づたようなので、こんどは狐っ娘が口を開く。
「限定スイーツを買いに来たら、たまたま見かけてのう」
「ええ、せっかくだから挨拶をね」
しかし条件反射で
「それより案内してあげようか?
この辺り、迷う人が多いのよ。
似たような路地が多いから」
娘の
露伴と康一君は顔を見合わせて、何やら考えているようだ。
「行き方だけ教えてくれればいいんだけどな」
「駄目駄目、説明だけじゃわからないのよ。
案内してあげるから、付いてきて」
そう言って妾たちが歩き出すと、二人は少し戸惑いながらも素直に言うことを聞いて付いて来る。
途中でコンビニで買ったポッキーを取り出して露伴の恋の行方を占い始める娘を、妾は微笑ましく眺めていた。
やがて杉本家の門の前まで来る。
そこで
「この家ね。15年ほど前、殺人事件があったんですって」
「さっ、殺人事件ーッ!?」
「殺人?」
娘にとっては忌まわしき過去の思い出だ。
たとえ復讐を果たしても、決して忘れることはないだろう。
「今は誰も住んでないわ。
話、聞きたい?」
二人から返事はなかったけれど、その態度だけで十分に理解できた。
「これ、今の母さんから聞いた話よ」
今の母とは、つまり妾のことである。
あの日のあとに事情聴取をして、より詳しく再編集した内容だ。
「事件の日の真夜中、この家の女の子が寝室で寝てるとね。
両親の寝室の方で、ピチャリ……ピチャリって、何かが滴る音がして目が覚めんですって」
臨場感たっぷりに語る
「何の音だろう? パパ、ママと呼んだんだけど、返事がないの。
でも女の子は、そんなに怖くなかったわ。
何故なら、傍には愛犬が居たから」
今はもう天珠を全うして、娘の
それに関して、露伴が疑問を口に出す。
「愛犬?」
「ええ、大きな番犬よ。
暗闇でもベッドの下に手をやると、くくーんと甘えて、ペロペロ手を舐めてくれたの」
アーノルドは本当に忠犬で、主人である
そして一人と一匹が殺人鬼に殺されかけたところまで話が進むと、娘は真面目な顔つきになってはっきり口を開く。
「そう! その女の子ってのは、私なのよ!
母さんに助けられたの! アーノルドと私は!」
妾が間一髪で駆けつけて、波紋による治療で一命を取り留めたのだ。
両親が間に合わなかったのは残念だけど、娘と愛犬だけでも助かって良かった。
なおその場には岸辺露伴も居たが、幼すぎてすっかり忘れているようだ。
「そして貴方たちは、15年前の私の両親が死んだ場所に入り込んだのよ。
私と波長が合ったのね。ここはあの世とこの世の境目なの」
康一君が恐怖のあまり絶叫し、露伴も冷や汗をかいて今にも逃げたそうにしている。
しかしその場に留まって、説明を聞くことは放棄していないようだ。
「ここから出るには、たった一つの方法しかないのよ。……それは私が知っている。
まあ、母さんの受け売りなんだけどね」
別にネタバラシをしなくてもいいのに、二人の反応に耐えられなくなったようだ。
緊迫した雰囲気でありながらも、
何にせよ露伴と康一君は、顔を青くして真面目に聞いているのでさっさと説明に入る。
「あと言っておくけど、私が閉じ込めたんじゃあないわよ。
ここは、あの世とこの世の境目なのよ。
貴方たちが
広義的に言えば、
だからこのような怪異と、波長が合ってしまったのだろう。
逆に一般人は小道が見えないため、その存在に気づくことは一生ない。
「でもその前に、さっきの話の続きよ。
犯人、まだ捕まってないのよ。この杜王町の何処に居るわ
奴はこの街に、溶け込んでいるのよ」
娘は復讐を果たすことを諦めていない。
妾も定期的に杜王町を散策しているが、あいにく殺人鬼の痕跡は見つからない。
「捕まえてくれとは言わないわ。
でも、知っていて欲しいのよ。
貴方たちの身に、危険が迫るかも知れないし」
露伴にとっては物心がつく前のことだし、娘も心の奥深くに閉じ込めて滅多に表には出さない。
彼はもう、綺麗さっぱり忘れてしまっているだろう。
しかし、この街に殺人鬼が潜んでいるのは変わらない。
たとえ遭遇する確率は限りなくゼロでも、いざという時に備えて心に留めておいて欲しい。
杜王町の行方不明者は、全国平均よりも高いのだ。
流石に八倍というデタラメな数値ではないけれど、それでも何者かが暗躍しているのは間違いない。
そして妾は、このような異界は定期的に調査している。
迷い込んだ人を外に案内したり、変異してないかを確認したりなどだ。
その際に上空を殺された人の魂が良く飛んで行き、あの世に飛んで行く魂たちと話はできないけれど、殺人鬼の趣味は良くわかっていた。
だからこそ、杜王町に潜んでいる証拠になる。
娘が、そう露伴と康一君に説明していく。
やがて一通り語り終わると、二人は殺人鬼を捕まえるのに協力してくれることになる。
あまり無理はして欲しくはないけれど、やる気に水を指すのも悪いと思った。
なので静かに見守り、小道からの脱出方法を教える。
「出口はポストの先を左に回るとすぐよ」
娘の説明を聞いた二人は、余程早く脱出したかったのか、喜び勇んで走り出す。
「慌てないで! その先を通るには、ちょいとしたルールがあるの!」
「ルール?」
すぐに足を止めてこちらに向き直った。
「あのポストを越えて曲がったあと、20メートルぐらい先に出口が見えるわ。
そこまで何が起ころうと、決して後ろを振り向かないと約束して」
「何故? 何のために?」
「この世とあの世の決まりなのよ」
異界のルールというやつで、場所によって異なるので一概には言えない。
この小道では、そういう決まりというやつだ。
イザナギとイザナミでも似たようなことをしていたし、後ろを振り向いてはいけないルールはかなり多い。
「もし、振り向いたら、どうなるんだい?」
「私たちの魂が、あの世に引っ張られてしまうわよ。
つまり、死ぬってことよ」
露伴と康一君が驚いて硬直するが、
「あっ、ああー! 怖がらないで!
振り向かなければいいのよ! 簡単でしょ!
大丈夫よ! 私と母さんも居るし!」
「妾もそろそろ限定スイーツが買いたいし、さっさと帰りたいところじゃな」
コンビニの限定スイーツを買いに来たのに、何であの世とこの世の狭間に居るやらだ。
用は済んだし現世に戻ろうと、
勝手知ったる何とやらだが、初めて異界に足を踏み入れた二人は思いっきりビビっていた。
しかし振り向いてはいけないというルールを守って、妾たちの後ろを付いてくる。
「気にしないで、いつも何かが振り向かせようとしてくるの。
でも、振り向いて見ない限り、決して触ることはできないから、気をしっかり持ってね」
簡単に言ってくれるが、それは
心臓に毛が生えているのではないかと思うぐらい、彼女は覚悟が決まっている。
なお露伴と康一君はというと、振り向きはしないが気流を読んで判断する限り、ガチガチに緊張していた。
こんな有様で、無事に出口に辿り着けるか不安になるほどだ。
「こっ、この! 首筋に何か! 生温かい! 液体のようなものがあ!」
どうやら康一君は、そういう存在に好かれやすいようだ。
彼だけ、明らかに当たりが強い。
「もう少しよ。あの光が出口よ」
「出口! でも! 我慢できない!
露伴先生! 走りましょう!」
とうとう我慢の限界になったようで、恐怖のあまり走り出した。
そんな康一君に露伴もあとに続く。
「慌てないで! 転ばされるわよ!」
やがて、出口まであと数歩という距離になる。
「もう大丈夫よ。乗り越えたわ。そこからは振り向いてもいいわよ」
だがここで、
「はあー、恐ろしかったよー。安心したー」
「嘘よ! 康一君! 今の声! 私の声じゃあないわ!」
「えっ!?」
安堵の表情が、たちまち絶望に変わる。
露伴も驚いて足が止まった。
「馬鹿な!?」
「まだよ! まだ! 振り向いちゃあ駄目!
私とお母さんの時には、こんなことされなかった! 騙すなんて!」
あの世の住人は、余程康一君が気に入ったようだ。
何としても連れて行きたいようで、絶対に逃さないといった感じだろう。
「やれやれじゃな!
だが康一君もあの世には行きたくないだろうし、妾は背後から強烈な突風を吹かせる。
奴らが触れる前に吹き飛ばして、強引に小道から外に脱出させた。
呼び出した
本当に見た目だけなので、現実には何の影響も及ぼしていないのだった