イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
ある日、うちの神社の敷地に見知らぬ猫が迷い込んだ。
ブリティッシュ・ブルー種に見えるが、首輪がついてないし警戒心が強いので、きっと野良だろう。
と言うか、喉に穴が開いている。
新手の
そんなことを考えていると、実際に妾に攻撃してくる。
ここは自分の縄張りだから近寄るなと、そう主張しているのだろう。
そうは言っても神社は妾の管理しているし、日向ぼっこするのは良いが人に危害を加えたり物を壊されるのは困る。
どうやら弓と矢を使って、自分の敵になる
嫌がらせには十分な効果があった。
幸いなのは本宮ではなく、妾が普段寝泊まりしている離れた場所に建てられている倉庫、または住居に現れたことだ。
ここなら参拝客は入って来ないし、関係者しか訪れない。
けれど対処が難しいため、どうしたものかと溜息を吐く。
「人間とは、また違った意味で対処に困るのう」
犬は人、猫は家に執着するらしい。
妾は両方とも嫌いではなく、むしろ好きな部類だ。
なので波紋で治療するとはいえ、ボコボコにするのは抵抗があった。
ちょうどイギーが騒ぎを聞いて起きてきたので、そちらに顔を向けると小さく鳴く。
「ワオン」
「いや、イギーも歳じゃろう。
猫の教育は任せるが、まずは妾が身の程をわらかせてからじゃ」
しかし暴力を振るうのには抵抗があっても、獣は人間と違ってある意味では楽だ。
それは
中には忠義を尽くすタイプもいるが、大抵は人間よりも遥かに危機感や身の程を理解してくれる。
「あの猫は見た感じ、自由気ままに振る舞っておる。
現時点では敵じゃが、状況次第でどちらにもなろう」
ゆえに妾は呼吸を整えて意識を集中し、
やがて風の音がはっきり聞こえるまで強烈になるが、桜色の狐毛や巫女服は一切揺れることはない。完全に制御されていた。
「動くな」
「にゃひいッ!?」
猫は飛ばされまいと爪を立てて木にしがみついているが、それだけだった。
まるで金縛りにあったかのように動きを止めて、ガタガタと体を震わせている。
圧倒的な格の違いを理解させれば、敵対的な獣も従順になるのだ。
どうやら生存本能が働いたようで、風を止めて妾が近づき、頭を撫でても何もする気配はない。
「殺しはせぬよ。お前が大人しくしている限りはのう。
じゃが、妾の縄張りを荒らしたら、……わかっておろうな?」
にっこりと微笑みながら忠告すると、猫は全身をブルルッと震わせてコクコクと頷いた。
どうやら己の立場というものを、理解してくれたようだ。
「ここには、お前と同じ
妾が留守してる間に、好きにできると思うでないぞ」
人の言葉がわかるとは限らないが、簡単な意思疎通はできるだろう。
「では、あとのことはイギーに聞くといい」
そう言って、イギーのほうに顔を向ける。
猫は大人しくそちらに歩いて行くので、大体の内容は理解できたのだろう。
何にせよ暴力行為は駄目絶対と理解させたし、あとはイギーに任せる。
妾は他の仲間に連絡するために、まずは娘の
新しい舎弟としてブリティッシュ・ブルーが加わった。
イギーを先輩だと思っているようで、二匹でのんびり日向ぼっこをしている光景がたびたび見られる。
取りあえずは、悪さをする気はないらしい。
彼には夜間警備を任せていて、少しお高いキャットフードを与えている。
うちの神社を自分の縄張りという認識なのか、毎日定期的に巡回していた。
それはそれとして、妾は今日も杜王町を散歩する。
別に縄張りだとは思っていないが、悪の
なお過去に杜王町が宅地開発されたときに、ケーブルが地下に埋められて鉄塔が不要になったのが、放棄されたそこに住んでいる奇妙な人を見つけた。
周囲には向日葵畑が広がる中で、何となく興味を惹かれた妾は呑気に近づいていく。
良く観察すると家庭菜園で自給自足までして、しかも鉄塔の一部を変化させることができるのだ。
どう見ても新手の
向こうも妾に気づいたようで、念のために少しだけ警戒して鉄塔を見上げた。
「そこで止まれ! お前! この鉄塔に、それ以上近づくなよ!
もっと後ろに下がりなよ! 今ちょっと! 用を足したものでね!
もうちょっと下がらないと、危ないよ!」
すると近くのパイプから糞尿が出てくる気配を感じ取る。
被害を受ける前に、後方に飛び退いて回避した。
「しかし、良くできておるのう」
「だから言ったじゃないあないか。糞尿がぶっかかるよお?」
虹がかかって清々しさをアピールしても、汚いことに変わりない。
完璧に避けたが若干嫌そうな顔になる。
「そこらに植わっている野草に肥料としてやるために、わざと撒くように作ったんだ。
私は無駄のないリサイクルが好きでねえ」
良く見ると、小さな畑には全て食べられる野草が植わっている。
それ目当てでやって来る野ウサギを、捕まえるための罠も仕掛けてあった。
「ふむ、やっぱりお前はここで生活しておるのか?
ここは電力会社の鉄塔ではないのか?」
「何を言ってるんだい。
ちゃんと金を払って買った家だよ」
彼はロープを使って器用に鉄塔を下りてきながら、ここは自分の家であると妾にそう主張した。
しかしわざわざ10万円で買って、理想的な自給自足の家に作り変えるとは常軌を逸している。
おまけに住み始めて三年で、一ヶ月も地面に下りずに生活していると言うのだ。
自分で言うのも何だが、つくづく
何にせよ今回は敵ではないと判断して別の場所を見回りに行こうと思ったとき、彼のポケットから一枚の写真が落ちてくる。
それは報告で聞いていた吉良吉影の写真だ。
何故ここに居るかは後回しで、とにかくすぐに確保しなければいけない。
妾は急ぎ、鉄塔に向かって走っていく。
「やっと入ってくれたか。入るのを待ってたよ」
「何じゃと?」
鉄塔に住んでいる男がロープにぶら下がりながら、勝ち誇った笑みを浮かべて妾にそう言った。
「人は入れと言うと用心して入らない! 入るなと言うとムキになって入ってくる!
スーパーフライの中に、ついに入ったな! イナリ!」
すると落ちてきた写真が、意地の悪い笑顔を浮かべて喋りだす。
「良くやったぞ!
良くぞ! 間抜けイナリを! このスーパーフライの中に招き入れたあ! 褒めてやる!」
どうやら敵の罠にかかったようで、こういうパターンは別に珍しくはない。
そして何の自慢にもならないが、こと戦闘においては妾はいつも冷静沈着だ。
まずは状況を把握するために、最優先目標である吉良吉影の父親と矢を回収するために手を伸ばす。
「何と!?」
しかし写真を捕まえるために鉄塔の外に伸ばした手が、金属に変わっていく。
このままでは不味いと判断して慌てて引っ込めると、すぐに元に戻った。
「この鉄塔はな! 一人入ると次の誰かが入ってくるまで! そいつを鉄塔の外には出さないのさ!
無理に出ようとすると! そいつは鉄塔の一部になってしまう!
それが俺の
何とも厄介な
気合を入れれば平気だろうが、驚いて一瞬引っ込めたことで吉良吉影の父親は逃げてしまった。
ならば今回は仕方ないと諦めて、気持ちを切り替えた。
「俺の
スーパーフライは俺の手に負える
独り歩きしてる
つまり守護霊ではなく、地縛霊や悪霊の類だろう。
しかし先程の説明から、彼の行動は大体読めた。
「お前が来て、やっと出れたよ!
本体の俺自身、今までスーパーフライに囚われていたんだ!
まあ、俺の代わりに頑張って生活してくれよ!」
そして本体である彼を再起不能にしたところで、独り歩きしている
なので妾は、あっさり敵を倒すことを放棄した。
精神を集中させ、彼の周囲の風を操る。
「
大声で叫ぶことで、特に意味のない
現実に影響を及ぼさないため、巨大ロボットの起動時の効果音や目が光るぐらい無意味ではある。
しかし、敵をビビらせるぐらいはできたようだ。
「何ッ!? お前! まさか俺を引き寄せて!?
しっ、しまった! 再び鉄塔の中にーッ!?」
彼はロープにぶら下がって逃げようとしていたが、強引に引き寄せさせてもらう。
そして妾は、入れ替わるように悠々と外に出る。
「……よっと。問題なく出られたのう」
しかし風を操る
それとも脳筋の妾なら
だがあいにく彼の読みは外れたようで、無事に鉄塔の外に出られた。
けれど、これで一件落着とはいかない。
再び囚われの身になった
しかし吉良吉影の父親に妾をここに閉じ込めたら、外の世界で生活する面倒を見てやると言われ、ついその気になってしまったのだ。
だが妾が彼に吉良吉影やその父親のことを詳しく話すと、自分が悪人に騙されて良いように利用されていたことを知って、余計に人間不信になってしまう。
もう一生鉄塔から出たくないと言い出す有様で、もはや手の施しようがない。
しかも少しでも手がかりを得ようとあれこれ尋ねると、あの写真の男が新手の
こうしてはいられない。
彼が悪の
残念ながら出てくれないが、とにかく急ぎその場をあとにするのだった。