イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
結局ディオは最後に何をしたかったのは良くわからないが、今はそれどころではない。
急所から逸れて傷が浅いとはいえ、背中からナイフで刺されたのだ。
至急、医者を手配して救命治療が行われるなど大忙しになる。
取りあえず妾は子狐なので、邪魔にならないように見ていることしかできない。
先程の頭突きは死角からの攻撃だけど、警察から不審に思われている。
これ以上目立つのは不味いため、なおさら大人しくしておいたほうが良いだろう。
その間にジョナサンは、父親から母親の形見の指輪を受け取った。
さらにディオブランドーの父について語られたが、妾に関係があることではないので話半分に聞いておく。
何にせよ、ようやく厄介事が片付いたのだ。
きっとこれからは、思う存分に日向ぼっこができる。三度の飯よりも好きな趣味に没頭できるのは、とても幸せだろう。
そりゃまあディオが拳銃で撃たれて亡くなったのは、少しは可哀想だ。
しかし彼は根っからの悪人だし、生きてる限りジョースター家に迷惑をかけるのは目に見えていた。
なので非情ではあるが、後腐れなく終わったと考えればとにかく良しだ。
あとは父親が無事なら、言うことはない。
今は横になって治療を受けているが、妾は無事を祈るばかりだ。
「父さん、しっかり、医者が来れば助かります」
ジョナサンも同じようで無理に笑って手を握り、父を元気づけていた。
「ジョジョ、ディオを恨まないでやってくれ。私が悪かったのだ。
実の息子ゆえに、お前には厳しくしたが、ディオの気持ちからすると、かえって不平等に感じたかも知れない。
それが彼を、このようなことに仕向けたのだ」
一理ありにも思えるが、今となっては仕方がない。
しかし口に出すことで互いの心が少しでも軽くなるなら、こういって吐き出すのは必要だろう。
「ディオを、ブランドー氏の傍に、葬ってやってくれ」
「……父さん」
これから長く入院するか、もしくは屋敷で療養するので動けるようになるのは当分先だ。
その間は代理の当主として、ジョナサンが取り仕切らなければいけない。
子狐の手は貸せないので、今後の予定を伝えるのは正しはずだ。
「悪くないぞ。ジョジョ。
息子の腕の中で、死ぬことになったとしても……な」
縁起でもないことを言わないで欲しい。
これまで何とか意識を保たせていたが、とうとうジョースター家の当主は気を失う。
「「「ジョースター卿!!!」」」
元々体が弱っていたところに重症を負ったので、無理もない。
しかし簡易的だが救命治療は施されているし、あとは医者が到着するまで安静にしていれば大丈夫だろう。
とにかくジョースター卿の精神は、こうして息子に立派に受け継がれたのだ。
感動的で良いシーンで、皆もようやく一段落して少しだけ気が楽になる。
だがそのとき、スピードワゴンが割れた窓の外に顔を向けて驚愕した。
「しっ、死体が! ディオブランドーの! 死体が! ない!」
そんな馬鹿なと、妾も急ぎ駆けつけて確認する。
確かに銃で撃たれて穴だらけの死体が、忽然と消えていた。
慌てて周囲の気配を探ると、すぐ近くにディオが居ることに気づく。
「サツの旦那! 窓から離れろーッ!」
妾だけでなスピードワゴンも、危機を感じ取って大声で叫んだ。
自分も本来なら条件反射で飛び退くところだが、すぐ近くには警部が立っていた。
「のじゃあっ!!!」
彼の背中に飛び蹴りをを当てて、強引に外に押し出して横転させた。
またもや人に近い言葉が出たが、個人的にはご飯や挨拶が良かったが仕方ない。
とにかく、いつの間にか外の壁に張り付いていたディオの手刀が、危ういところで空を切る。
警部の首を切り裂く位置だったが、間一髪で回避できたようだ。
だが不味いことに、妾は警部と一緒に外に出てしまう。
銃で撃たれたはずなのに無傷なディオが地面に降り立ち、こちらを流し見る。
次に警察官の一人も同じことに気づき、驚きの声をあげた。
「なっ、何だこいつは! 生き返ってる!?」
妾も本当に一体何が起きたのやらだが、実際には自分も不思議生物なので大概である。
しかし彼は子狐は取るに足らないと判断したのか、無視して屋敷の中に入っていく。
「あんなに弾丸を食らったのに!」
「気をつけろ! 何か武器を持っているに違いない!」
「なっ、何してる! 早く狙撃しろ!」
常識的にあり得ないことが起きて、現場は大混乱だ。
しかし当の本人であるディオは、全く動じずにジョジョに向かってゆっくりを近づいていく。
だが黙って見ているはずもなく、警察の代わりにジョジョとスピードワゴンが発砲する。
お節介焼きの彼の弾が、一発だけ頭部に当たった。
しかし血が流れ出ているにも関わらず、気にすることなく歩き続けているので、どう考えても異常極まりない。
「しっ、死なねえ! 頭を打たれたのに! 俺にはわからねえ!
いっ今、何が起こっているのか! さっぱりわからねえ!」
スピードワゴンの言う通り、妾にもさっぱりである。
一つだけ明らかなのは、今のディオは普通ではないということだ。
ディオも得意気になっており、笑いながら大声で宣言する。
「ジョジョ! 俺は! こんなに素晴らしい力を手に入れたぞ!
石仮面から! お前の父親の力を!」
次に人間離れした跳躍力で、部屋の天井近くまで飛んだ。
そして警察隊に襲いかかろうしたので、妾はまたもや勢い良く跳躍した。
「のじゃあああ!!!」
ディオの横っ腹に頭突きを叩き込む。
「ぐはああっ!?」
どうやら自分なりに気合を入れる掛け声のようだ。
だから何だと言う気がするが、段々と上手に発音できるようになっている。
そのうち普通の子狐のように、コンコン言えなくなったらどうしようと若干不安に思う。
とにかく何故か完治した肋骨を再び数本へし折り、ディオは耐えきれずに吹き飛んで壁を壊し、姿を消した。
妾は空中で一回転して部屋の床に華麗に着地すると、興奮気味のジョナサンが呼びかけてくる。
「イナリ!」
「コンコン!」
今はそれどころではないので、アレは普通の人間が敵う相手ではない。早く逃げるように大声で叫ぶが、悲しいかな妾は子狐である。
こんな状況でも心配してくれるジョジョは、とてもありがたく思う。
「コ~ンッ!」
しかし、やはり人の言葉は喋れないようで、がっくりを肩を落としてしまう。
取りあえず警察の人たちはヤベえ子狐だとは思っているが、命を救われたので一番の脅威はディオだ。
こっちは二の次だと割り切って、壁に空いた穴の向こうに注意を払っている。
「しっしかし! ディオは一体! 何者になってしまったんだ!」
ジョジョはそう言って、妾をじっと見てくる。
そんなん言われても自分も知らんしと、言葉は喋れないが露骨に顔をそらした。
どれだけ問い詰めても、獣が答えられるはずはない。
どうやらわかってくれたようで、ジョナサンは何やら覚悟を決めたようだ。
騎士鎧に向かって歩いていき、鉄の槍を取り外し始める。
それを見たスピードワゴンが、足を震わせながら警告した。
「やっ、やめろー! アンタに勝ち目はねえ! あんな化物! 見たことねえ!
あんな力を超えた! 力を持つ! 魔物はよう!」
ついでにちらりとコッチも見てくるが、不思議生物は何も語らなくても一応は味方だと認識しているようだ。
今さら遅いけれど、この場は何も知らない子狐のフリをして、呑気に毛づくろいをしておく。
その間にジョナサンは貴族としての決意を、大きな声で宣言する。
「ああ、正直……僕も怖い。
だがディオを、この世にいさせちゃいけない! 僕の責任だ! 片をつける!
イナリ! 手伝って欲しい!」
「コン!」
呼ばれてやって来たわけではないが、ディオは壊れた壁から部屋の中に戻ってきた。
あばら骨が治ったかは知らないけれど、天井に張り付くように移動しているので戦闘に師匠はないようだ。
そして妾は、飼い主からの頼みなら仕方ないと引き受ける。
あとで実験動物として施設送りにならないように、各方面への言い訳よろしく頼まないと、実は内心では結構焦っていた。
しかし散々世話になった恩人を見捨てて逃げるという選択肢はなく、化物になったディオに真っ直ぐ見据える。
「やっ、やめろ! 殺されるだけだ!」
スピードワゴンの言うことは正しい。
いくら武器を持っても、ジョジョは生身の人間だ。
超パワーなどないし、きっとすぐに殺されてしまう。
あとは警察も拳銃を構えて震えているから、正直邪魔だ。
ここは自分に一任してもらったほうが、断然気が楽であった。
しかしジョナサンは、貴族としての務めを果たすという目的がある。
周囲が何を言っても決して引かないし、あんな化物に正面から挑めるだけでも大したものだ。
「怪物とはいえ! 辛い!
父さん! もっと強い意志を与えてください!」
ジョジョは天井のディオに槍を向け、恐怖に打ち勝とうと大声で叫ぶ。
だが彼はそれを待つつもりはなく、妙な声をあげて飛びかかってきた。
ジョナサンは、完璧なタイミングでの打ち込みだ。
しかし残念ながら一歩及ばず、ディオは左手を犠牲にして槍を受け止める。
しかも先程の銃痕まで消えてしまっていて、もしかしたら彼は完全なる不死身の化物かも知れない。
「貧弱貧弱うううーーッ!!!」
おまけにジョジョが放った槍を腕力で捻じ曲げた。
とんでもない化物だが、妾も負けてはいないし黙って見ているつもりはない。
一瞬とはいえ動きが止まったディオを、今度はぶっ殺すつもりで頭突きではなく前足から爪を出し、凄まじい速度で突っ込んだ。
「のじゃあっ!!!」
「狐ええええーッ!!!」
ディオは自由な右拳で殴ってきた。
しかし妾は弾き飛ばされることはなく、拮抗したのはほんの少しだけだ。
その程度では勢いは止まらない。
「何いいいいッ! このっ! 俺の拳があああッ!!!
いっ、いやっ!? 衝撃が全身に!?」
こっちは街を破壊し尽くす宇宙人と戦い続けてきたのだ。
たかが鉄の槍をへし折ったぐらいで、いい気にならないで欲しい。
ゆえに妾は金属よりも頑丈な剛腕を、一瞬のうちに複雑骨折させてやった。
右手のあちこちから血が流れ出るだけでなく、衝撃を受け止めきれずに全身に伝わり、ディオの絶叫が響き渡る。
しかし加減に失敗すると天井を突き破って空高く舞い上がってしまうため、妾は彼の右腕をズタズタにしたあと、一旦床に着地する。
だが休んでいる暇はなく再び跳躍して、今度は両腕が使えずに無防備になった腹部に狙いを定めた。
「のじゃあっ!!!」
弾丸のように回転しながら勢い良く貫いた。
「ごふううっ!!?」
先程よりも深刻なダメージを与えたのは間違いない。
しかし、この技は失敗したと後悔する。
何故ならディオの体を貫通したあとに、天井に前足と頭部がめり込んで、抜けなくなってしまったのだ。
流石にこれ以上、器物損壊するわけにはいかない。
どうに壊さないで済むように、色んな角度からグイグイ引っ張る。
だがそんな呑気な妾とは違ってディオは流石に堪らず、叫び声をあげている。
「おのれええええっ!!!
もう少し……もう少し、この素晴らしい力を楽しませてもらうつもりだったが!
自分でも何処までできるか、まだわからないのに!」
妾が何とか引っこ抜ぬいて地面に着地するより先に、ディオは壁の穴に飛び込んで後退してしまった。
しばらく、また戻って来るかもと警戒する。
しかしディオの気配は遠ざかる一方で、やがては完全に消えてしまった。
しばらく待っても現れず、再び視線がこちらに集まる。
そう言われても自分にもわからないので、困った顔をして首を振った。
それを見たジョジョが大きく息を吐き、スピードワゴンに声をかける。
「逃げたのか?」
「奴は心底他人を見下しているが、引き際は見誤らない男だ。
どうしても勝てないと判断したら、逃げだしても不思議はないさ」
スピードワゴンなりの分析を聞くと、妾もなるほどと頷く。
とにかく死の恐怖が去ったことで、震えていた警官隊が次々と床に崩れ落ちる。
人を容易く殺せて銃でも、どうにもできない怪物を逃したのは失策だ。
それでも自分たちが死なずに、命が助かったことに安堵したのだろう。
(じゃが、妙に臭うのう)
何となくだが焦げ臭いように思えて、妾は鼻を利かせてジョジョの足にポンポンと合図を送る。
その様子を見て周囲の人たちも、妙だと思い始めたようだ。
「ジョースターさん! 何か焦げ臭くないか!」
「まさかっ!」
慌てて扉を開けると、屋敷のあちこちから火の手があがっていた。
しかも油をばら撒いたのか消火は困難で、もはや全焼は避けられないだろう。
この場に残ったら焼け死ぬので、急いで逃げなければいけない。
だが怪我人や家財道具を置いてはいけないため、焦らず落ち着いてだ。
「あの野郎! 屋敷に火を放って逃げやがったな!
俺たちを焼き殺す気だ!」
スピードワゴンの発言で大慌てだ。
しかし警察隊も化物を相手にするより、火事のほうがまだマシだろう。
代理当主になったジョジョの指示を受けて、時間の許す限り家財道具や形見の品。
それに怪我人を外に運び出して、危ういところで難を逃れるのだった。