イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
暗殺チームは複数の拠点を持っており、まだボスが知らない場所がある。
そこに今後に関わる重要な話があるとチームを呼び出した。
敵はまだ動いていないか、
何にせよ、ほんの僅かでも時間的な猶予があるのはありがたかった。
狐っ娘は目立つので、変装してソルベとジェラートに確保してもらった軽自動車に乗り込む。
そのまま、待ち合わせの場所に向かう。
やがて道が狭くなった裏路地の近くの駐車場で停めて、薄暗い道の奥へと入っていく。
色んな人がたむろしているので十分に周囲を警戒しつつ、二人に案内してもらう。
やがてある建物の前で止まったので、どうやらここが彼らの仮拠点らしい。
もう一度このあとの流れを確認してから、慎重に中に入っていく。
廊下を歩いた先には大きな扉があり、二人に開いてもらうと広々とした空間があった。
そこには複数のソファーが置かれていて、人数を確認すると妾たちを入れて10人居ることから、既に全員揃っているようだ。
「おい、ソルベ! ジェラート! そのガキは誰だよ!」
「返答によっては、タダじゃあ済ませねえぞ!」
大部屋の扉を開いたあとに、妾に一斉に視線が集まる。
同時に警戒や不快感といった、負の感情を向けられた。
しかし、時間がないのでいちいち付き合ってられない。
妾は変装のために羽織っていたコートを脱ぎ捨て、さっさと正体をバラした。
「テメエはイナリ!? 俺たちを殺しに来やがったのか!」
「ソルベ! ジェラート! お前ら裏切りやがったな!」
「ちくしょうが! 仲間を売るとはなんて奴らだ!」
「落ち着け! こっちは七人! 向こうは三人! 有利なのは俺たちのほうだ!」
彼らは大慌てで妾たちから距離を取り、部屋の端に寄る。
だが別にこっちから攻撃をする気はなく、殺すつもりなら入った瞬間に全員の首を風の刃で落としている。
なので緊迫した状況でありながら、マイペースは崩さない。
妾は向こうから攻撃される前に、呑気に口を開いた。
「お前たちと戦う意志はない。妾は交渉に来たのじゃ」
「こっ、交渉だと!?」
リーダーのリゾット・ネエロは、警戒しつつも冷静なようだ。
仲間に
すると彼らは、少しだけ前に出た。
わざわざ持ってきた重いスーツケースを、机の上に置いて順番に開いていく。
「すっ、凄え! 金塊だ! それに、こんなにたくさん!?」
暗殺チームの一人が驚きの声をあげるが、周りも口は開かないが圧倒されている。
「紙幣は嵩張るのでな。金塊を用意させてもらった。
それでも一度に持ち運べる量には限度があるが、少なくとも100億リラはあるはずじゃ」
いきなりの金塊で度肝を抜かれたのか、彼らの敵意は少しだけ和らいだようだ。
なので妾は、ここに来た目的を単刀直入に告げる。
「妾はこの金塊で、お前たちは雇いたい」
「俺たちを、雇うだと?」
リーダーが怪訝な表情で妾を見ているが、構わずに続ける。
「うむ、殺害対象はパッショーネのボスじゃ」
「ボスだと!? 俺たちに組織を裏切れと言うのか!」
「そうじゃ」
またもや険悪ムードになってきた。
だがまあ待てと、手で制して続きを話す。
「お前たちが現状に不満を抱いておることは、ゾルべとジェラートから聞いておる。
ゆえにパッショーネを裏切り、今後は妾に忠誠を誓うのじゃ」
情報は得ているので説得は可能だと判断したが、別にずっと忠誠を誓う必要はない。
取りあえずボスを倒すまで、協力関係を維持できれば良かった。
「各々の能力に見合った報酬を用意しよう。この金塊は、お前たちにくれやろう」
こう見えて妾は稼いでいるので、100億リラぐらい大した出費ではない。
「あとは単刀直入に言うが、ボスにゾルべとジェラートのスパイ活動がバレた。
彼らだけで済む保証はなく、このままでは暗殺チームは全員殺されるやも知れぬな」
最悪そうなる可能性があって、運が良ければ助かるが冷遇はされるだろう。
今でも報酬をケチられまくってるのに、これ以上になると生きていくのも苦労しそうだ。
彼らのそのことに気づいたのか、一斉に渋い顔になる。
妾に文句を言おうと口を開きかけたが、結局何も言えずに金塊を受け取って自分の懐に収めていく。
「お前たちが、どうしても組織に残りたいと言うなら──」
「イナリ、お前に雇われよう」
「決断が早い!」
もしどうしても無理だったら、手切れ金は渡したのであとは野となれ山となれだ。
やるだけやったので、妾の精神的な負担は軽くなる。助けられなかったのは残念だが仕方ないと諦められた。
しかし暗殺チームのリーダー、リゾット・ネエロは、即断即決で承諾する。
思わず天狗のお面をつけた人の台詞が、条件反射で出てしまった。
「俺たちはまだ、死にたくないんでな。
それに最強の
何よりパッショーネのボスを殺して組織を丸ごと乗っ取れると聞けば、乗らない手はない」
リーダーだけあって色々考えているんだなと感心するが、妾ははっきりと告げる。
「まだお前たちに組織を任せるとは、言っておらぬのじゃがな」
妾は困った顔をして頬を掻き、不敵に笑うリゾット・ネエロに妥協案を示す。
「それにお前たちに組織運営が務まるのか?
暗殺に特化しておる分、そっちは苦手じゃろう?」
今のパッショーネのボスは、強力な
そして隠れるのは得意でも、組織運営は苦手なようだ。少なくとも暗殺チームのような戦闘能力の高い人材の忠誠心は、あまり高くはなさそうだった。
きっと探せば、まだまだ待遇に不満を持つ者はいるだろう。
しかし恐怖によって縛りつけているので、反旗を翻すのは難しそうだ。
とにかくリゾット・ネエロや他の者は、互いに顔を見合わせて今後について相談を始める。
けれど、あまり長々と話している時間はない。
「まあその辺りは、ボスを消してから考えれば良かろう。
今は一刻も早く、この場を去ることじゃ。
いくら秘密の拠点とはいえ、誰も知らぬとは考えられぬ。
多少は時間が稼げても、遅かれ早かれ見つかるじゃろうしのう」
そう言って妾は再び、ソルベとジェラートに合図を送る。
彼らは今度は机の上に地図を置いた。
そこには建物を赤い丸で囲んであり、道路にも線が引いてある。
「スピードワゴン財団に用意させた新しい拠点じゃ。
車も手配済みで、この道を通っていけばパッショーネの目を掻い潜れるじゃろう」
「……用意周到だな」
リゾット・ネエロや他の仲間たちが、感心したように地図を眺める。
そんな中で、妾は疲れたように大きく息を吐く。
「ボスの暗殺とは関係なく一応は雇用主になったのじゃし、お前たちには死んで欲しくないからのう」
本当にそれ以上でも以下でもなく、一度守ると決めた者は絶対に守り抜きたい。
せっかく苦労して計画を立てたのに、死んでしまったら悲しかった。
「イナリが組織の新しいボスなら──」
「妾はボスにはならんよ。口は出すかも知れぬがのう」
自分はギャング組織のボスになりたくない。
日本で待たせている娘も居るし、神社の巫女として務めもある。
あとは闇系の仕事など嫌で、それをするぐらいならのんびり日向ぼっこしていたい。
とにかくその辺りはボスを倒してから、ゆっくり話し合って決めてもらいたい。
だがその前に敵が来るから痕跡を念入りに消して、拠点から急ぎ撤収するのだった。