イナリの奇妙な冒険   作:狐っ娘の幽波紋使い

68 / 76
キング・クリムゾン

 二人が乗ったエレベーターは、やがて最上階に到着する。

 だがそこでは、妙なことが起きていた。

 

 予想はしていたが一人の男がトリッシュを抱えて、エレベーターの通路を下りているようだ。

 

 屋上に身を潜めていたようなので気づけなかったが、今はこっちに近づいているので良くわかる。

 何よりエレベーターは止まっているのに、扉をこじ開けているのだ。

 

 物陰に身を潜めている妾に気づかず、謎の人物は気絶したトリッシュを抱えて急ぎ移動していた。

 

(本来なら、すぐに助けるべきじゃが)

 

 彼がボスである可能性は、ほぼ100パーセントだ。

 しかし妾は、まだ手を出さなかった。

 

 彼は非常に用心深い性格だからだ。

 誰も気づかない脱出経路を用意している可能性は高い。

 もしそこに逃げ込まれたら、妾でも追いかけるのに苦労して最悪逃げられる可能性もある。

 

 幸いトリッシュはまだ始末されていない。

 安全な場所に移動してから、ゆっくり片付けるつもりなのだろう。

 

 これまで尻尾を掴ませなかったボスなので慎重にもなるというもので、妾は今回ばかりはガチで仕留めるつもりだ。

 やがて戸棚を開けて地下へと続く階段に飛び込む。

 

 どうやら納骨堂に続いているようで、彼は階段を降りていった。

 

(なるほど、ここを通り抜けて建物の反対側に抜けるつもりじゃな)

 

 確かに隠し通路なので気づきにくく、妾でなければこっそり逃げ出すのも可能だ。

 

 そしてこれ以上は、逃走ルートを探る必要もないと判断した。

 幽波紋(スタンド)を呼び出して、狐っ娘へと変身して音を立てずに階段を駆け下りていく。

 

 すぐに片腕を失って気絶しているトリッシュを抱え、階段を下りている謎の男に追いつく。

 続いて、後ろから声をかけた。

 

「悪いが、そこで止まってもらおうか」

 

 驚いたのか微かに身動ぎした。

 しかし彼は、指示通りに階段の途中で足を止める。

 

「一応聞いておくが、お前がパッショーネのボスで間違いはないな?」

 

 ほぼ100パーセントというだけで、確定したわけではない。

 直感を信じてぶん殴るのも良いけれど、これまで証拠を掴ませずに逃げ延びてきたのだ。

 

 捨て駒という可能性もなくはない。

 もし彼と連絡が取れなくなったら、本物のボスは警戒を強めて姿を隠すことも考えられる。

 

 そうなったらまた一から探し出さないといけない。

 なので今は少しでも情報を得るため、慎重に返事を待った。

 

「パッショーネのボス? 何のことだかわからないな」

「……そうか」

 

 彼は肩をすくめてそう言った。

 間違いなく心当たりがあるはずだが、どの程度の情報を持っているかは不明だ。

 そして妾の感情が、急速に冷えていくのが自分でもわかった。

 

「では、その娘を置いていけ。すぐに治療せねば命に関わるからな」

「その必要はない。私は良い医者を知ってるんだ。急いで連れて行くところさ」

 

 こちらを向きもせずに、堂々と答える。

 そんな彼を見ていると、やっぱり渡す気はないと判断した。

 

 そのような状況になった以上は、もはや正体がボスでなくても容赦はする気はない。

 

「ならばもう良い!

 悪いが、ここでお前を倒させてもらう!」

 

 手加減して倒し、おまけにトリッシュも助ける。両方やらないといけないのが、正義の幽波紋(スタンド)使いの辛いところだ。

 覚悟などしたくなくても、現状ではやるしかない。

 

 妾は相手の動きを注意深く観察すると、奴に動きがあった。

 

「それがお前の幽波紋(スタンド)か!」

 

 男の体から、赤い人型の幽波紋(スタンド)が現れたのだ。

 何かの能力を使おうとしていたが、そうはさせまいと妾は先手必勝で飛びかかった。

 

「何ッ!?」

 

 だが拳が当たる瞬間、男と幽波紋(スタンド)が柱の後ろに高速移動した。

 

 いきなりワープしたように消えたので、驚きの声が出てしまう。

 しかしトリッシュを抱えてはいけなかったらしく、地面に落ちる前に咄嗟に確保した。

 

 あとは彼女を守りながら奴を打ちのめすだけだが、その前にやるべきことがある。

 

「ブチャラティ! この子を守ってやってくれ!」

 

 妾は柱の影に隠れて様子を窺っていたブチャラティの元に跳躍し、ボスの娘を預けた。

 

「えっ!? あっ、ああ! わかった!」

 

 いきなり頼まれて戸惑っているようだ。

 しかし今はそれどころではないので無視して、妾は次の行動に移った。

 

「のじゃあッ!」

 

 

 妾は幽波紋(スタンド)パワーを高めて、右手を天に掲げて叫び声をあげる。

 

「この結果は!? 不味い!」

 

 何が不味いかは知らないが、今さら動いても手遅れた。

 

 妾と中心にして巨大な竜巻が発生し、サンジョルジョマッジョーレ教会が崩壊していく。

 何もかもが瓦礫に変わり、空へと吹き飛んでいく。

 

 これが決戦の合図なので、重要な文化財でもコラテラルダメージだということにしておく。

 パッショーネのボスを倒して組織に出させればいいし、修繕費など安いものだ。

 

 あとは教会内に、他に人が居ないのも幸いだった。

 

 

 

 やがて地下室の天井に、ぽっかりと穴が開いて太陽の光が差し込んでくる。

 おかげで驚愕に歪む彼の顔も良く見えた。

 

 無事なのは台風の目になっている、妾の周囲だけである。

 ブチャラティとトリッシュも傷一つないからヨシとしておく。

 

 なお、前世では周りの建物を破壊してから、戦闘を始めることが良くある。

 こっちでは色々問題になるので滅多にしないけれど、妾にとっては慣れたものだ。

 

 

 

 そして暗闇が晴れて、明らかになった奴に顔を向ける。

 

「なるほど、それはお前の本当の素顔か」

「やれやれだ。これでお前たちを、是が非でも消さねばならなくなった」

 

 柱の後ろに隠れていた男性だったが、今は殆どが瓦礫に変わっている。

 何処にも隠れられる場所などなく、素顔もバレバレであった。

 

「……イナリ! このディアボロの正体を知ったことを、後悔しながら死んでいけ!

 巻き込まれたブチャラティもな! 私を知る者は、誰であろうと始末する!」

 

 これはもう、組織のボス確定でいいだろう。

 しかし、妾はそう簡単にやられるつもりはない。

 

 危険なので巻き込まないようにと、ブチャラティとトリッシュから離れる。

 そしてディアボロと距離を詰めていき、改めて対峙した。

 

「時間を停止、もしくは飛ばす幽波紋(スタンド)じゃな?」

「ほう、流石はイナリだな! キング・クリムゾンの能力を見破るとは!

 だが帝王は、このディアボロだッ!! 依然変わりなくッ!」

 

 やけに強気だなと思いつつ、妾とディアボロは互いに少しずつ前に歩いて行く。

 きっと、それだけ幽波紋(スタンド)バトルに自信があるのだろう。

 

 確かに時間を操る能力は強力無比で、大抵の相手なら勝負にもならずに叩きのめせる。

 妾もディアブロは脅威だと思うし、だからこそ隠れる場所のない今が最大の好機であり、確実に倒しておきたい。

 

 やがて十分に接近して、お互いに能力の有効射程範囲に入った。

 

「キング・クリムゾン!」

嵐の狐(ストーム・フォックス)!」

 

 先に動いたのはディアブロだ。

 時間をふっ飛ばして、己が望む未来を引き寄せた。

 

 しかし、妾には彼の動きがしっかり見えている。

 焦らず落ち着いて、気流の乱れを読んで対処した。

 

 自分の幽波紋(スタンド)が迫真の格好良いポーズをしているけれど、実際に攻撃するのは妾のほうだ。

 

「のじゃあッ!」

 

 再び時間が動き出した瞬間に、双方の拳が衝突する。

 

「ぐはああっ!? まっ、まさか! 見えているのか!?」

 

 ディアブロの腕がパワー負けして砕けて、勢い良く吹き飛んだ。

 だが、立ち直る隙を与える気はない。

 

 妾はすぐに追撃に移る。

 そしてご機嫌なBGMが流れ始めたことから、トドメを刺せと運命が言っているのだろう。

 

「こっ、この結果は! この結果だけは! 避け──」

「これがお前の運命じゃ! 甘んじて受け入れよ!」

 

 ディアブロが能力を使う前に、容赦なく殴りつける。

 どれだけ強力な幽波紋(スタンド)でも、発動前に潰せば問題はない。

 

「のじゃのじゃのじゃのじゃあッ!!!」

 

 彼が時間をふっ飛ばして逃げても、妾は一瞬で追いつく。

 そして、何度でもラッシュを叩き込む。

 

 すぐに幽波紋(スタンド)を使うだけの力もなくなり、まだ残っていたヒビだらけの柱に叩きつけられた。

 さらにずり落ちるように、下にあるゴミ集積場に落下する。

 

 だがどうやら、柱は崩れる寸前だったようだ。

 ヒビが広がって崩壊していき、ディアボロ瓦礫で押し潰す。

 

 彼は満身創痍ながら、気を失っていなかったようだ。

 今日の断末魔の悲鳴が辺りに響いた。

 

 しかし妾は当然の報いだと判断し、助けようとはしない。

 負傷者の治療を行うため黙って背を向けて、クールに去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、スピードワゴン財団が手配した援軍が到着する。

 ブチャラティとジョルノは事情を知っていたので、ボスが死んだあとに戦闘が始まることはなかった。

 

 それはそれとして着陸したヘリから大勢の幽波紋(スタンド)使いが降りてきて、渋さが増した花京院が一仕事終えた妾に尋ねてくる。

 

「イナリさん。まだ何か残っていますか?」

「いいや、死体だけじゃ」

 

 五感を研ぎ澄ませても、この場に居る者たち以外は感じ取れなかった。多分他には、誰も居ないと思われる。

 

 なのでコマンドー的に返事をしたけれど、もちろん何処かに隠れ潜んでいる可能性もゼロではない。

 

 ゆえにしばらくは待機で、現場検証を進めたりパッショーネの再編成や後処理が山積みである。

 

 取りあえず落ち着くまでは、当分イタリアから帰れそうにないのだった。

 

 

 

 それはそれとして、トリッシュは妾が引き取って面倒を見ることになった。

 彼女は元々一般人で、道中はギャングに守られていたが襲撃は八百長だ。

 比較的安全な旅だったので、生まれこそ複雑だが限りなく普通の人間と言える。

 

 さらに、ヨーロッパには辛い思い出が多すぎた。

 遠い異国で心機一転も悪くはないし、幸いうちの神社も同じような境遇の人が多く働いている。

 

 パッショーネは男所帯なので付き合い辛いだろうし、ボスの娘なので報復として命を狙われる危険はゼロではない。

 

 他にも色々と理由があるけれど、妾が保護者になったほうが安全なのだ。

 

 そういった諸々の事情により、トリッシュ・ウナは自分の新しい養女となったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。