イナリの奇妙な冒険 作:狐っ娘の幽波紋使い
新手の
姉の仇を見つけて、確実に殺せる隙を伺っているとのことだ。
しかし子狐の姿で駆けつけたときには、復讐は既に終わっていた。
刑務所内のパイプに閉じ込めて水を流して、溺れ死なせたのだ。
「終わったのか?」
「イナリか。ああ、たった今な。
スポーツ・マックスは、排水管のナカで溺れ死んだよ」
妾は元通りに直った排水管を見ながら、確かに中には人の気配がする。
ただし、既に生命活動は停止していた。
復讐は終わったのだと理解したが、すぐに近くの部屋で何かが割れる音が響く。
エルメェスと一緒に、そちらに注意を向ける。
すると、鳥の剥製が倒れているのを見つけた。
さらに立て続けに机の上の瓶が割れたり倒れたりして、水溜りに足跡がくっきりと浮かびあがった。
「敵の
「ちいっ! スポーツ・マックスは生きてやがったのか!
だがまさか! 奴が
周囲に人は居なかったので狐っ娘に変身して、改めて感覚を研ぎ澄ませる。
すると、確かに鳥が存在していた。
目には見えないが、物凄い勢いでこちらに飛んでくるのを捉えた。
「のじゃあッ!」
目には見えなくても、気流の乱れで感知できる。
なので勢い良くぶん殴ると、確かに手応えがあった。
その際に、何故か近くの部屋の剥製が粉々に砕け散る。
当面の脅威はこれで去ったと言いたいところだが、こういうのは一回では終わらないのが定番だ。
当然のように警戒を続けていると、またもや大きな音が聞こえてきた。
二人一緒にそちらに顔を向けると、今度はワニの剥製が倒れている。
「エルメェス。少し下がっておれ」
「今度は何だっていうんだ! イナリ!」
「目には見えぬが、そこにワニがおる!
しかもどうやら、妾たちを獲物と思っておるようじゃ!」
本当に面倒なことだと、やれやれと溜息を吐く。
だが二回も似たようなことが起きれば、奴の
こういうタイプは、完全に破壊するまで動き続ける。
なので殴打よりも、こっちの攻撃のほうが効果が高いかも知れない。
妾は精神集中して呼吸を整え、目には見えないワニを気流の乱れで捉える。
そして奴が勢い良く飛びかかってくると同時に、大声で叫んだ。
さらに右腕を突き出して、生命エネルギーの波紋を流す。
「震えるぞハート! 燃えつきるほどヒート! おおおおっ! 刻むぞ血液のビート!
コオオオという擬音が出た気もするが、きっと気のせいだ。
とにかく妾の拳はワニの頭部に当たって吹き飛ばし、壁に叩きつける。
すぐに波紋が全身に伝わり、高熱でグズグズに溶けて消滅した。
「やれやれ、何とかなったか」
「いっ、イナリ! 今のは一体!?」
「波紋法。ゾンビや吸血鬼への有効な攻撃手段じゃな」
「ゾンビや吸血鬼って何だよ!? イナリは一体! 何と戦ってたんだよおーッ!?」
知りたい気持ちもわかるが、今は詳しく説明している時間はない。
また死者を蘇らせられたら面倒だし、あとで教えるからと流した。
妾はスポーツ・マックスを閉じ込めている排水管に近づき、狐耳を澄ませる。
「心臓の鼓動を感じぬ。やはり死んでおるな。……ならば!」
両手をパイプに当てて、波紋の呼吸を整える。
一気に流すと、内部で何かが崩壊していく音が聞こえた。
恐らくは死んだスポーツ・マックスが、鳥やワニと同じように屍人になっていたのだろう。
波紋に関しては効く保証は全くなかったけれど、運良く効果があって良かった。
そうでなければ、いちいちラッシュで完膚なきまでに破壊し尽くさないといけない。
それでも倒せるが面倒なのだ。
とにかく今度は、完全に死者の気配がしなくなる。
妾は念のための溶けた死体の確認とディスクを回収するために、エルメェスにパイプを二つに増やして、また穴を開けてもらうのだった。
スポーツ・マックスの記憶を読むと、厳正懲罰隔離房に居る徐倫に危険が迫っていることがわかる。
刑務所が敵地なのは百も承知だろうが、放ってはおけない。
そういうわけで元々仲の良かった、エルメェスとエフエフ。
さらに幽霊部屋の二人も、一緒に救出に向かうことになる。
ちなみにエンポリオは助けに行きたがっていたが、子供で戦闘能力がないので却下だ。
ならば協力的なウェス・ブルーマリン以外に誰が行くかというと、何とナルシソ・アナスイである。
彼はどういう理由か徐倫に惚れており、ウルトラセキュリティ懲罰房から救出したら、結婚を前提に付き合いたいらしい。
確かに今はフリーだし、同じ
まあ妾は、恋愛というのは正直に良くわからない。
なので復活した承太郎と奥さんにも許可が出たら良いんじゃないかなと、そのぐらい気楽に考えていた。
何よりも今一番に優先すべきは、危機が迫っている徐倫の救出だ。
あとはホワイトスネイクの計画も阻止しないといけない。
恐らくは妾の友人の記憶ディスクも彼が持っているだろう。
運の良し悪しはともかく、バッタリ出会う可能性もあるので警戒を強めるのだった。
いつものように子狐で先行し、空腹だったのかキノコを食べていた徐倫に、スポーツ・マックスの記憶を読ませる。
最初は驚いたが逆に利用できると考えたようだ。
つまりウルトラセキュリティ懲罰房で、骨を探すということである。
確かに放置はできないし、ホワイトスネイクに繋がる貴重な手がかりだ。
しかし、向こうも当然このことに気づいている。
ゆえに確実に始末するために、強力な
だがまあ、止めるのは難しいし逃げようとして手遅れで、正直どうにもならない。
「頼りにしてるわよ。イナリ」
キノコを食べて空腹を紛らわせている徐倫に、妾は子狐の状態で胸を張る。
「大船に乗ったつもりでおるが良い。
まあ、多少の怪我はするかも知れぬがのう」
大勢の
妾は問題なくても徐倫は普通の人間だ。
それでも、降りかかる火の粉ぐらいは払ってくれるとありがたい。
やがて看守がシャワーの時間だと呼びに来て、放水ホースで徐倫に水を浴びせる。
何とも、とんでもない刑務所に来てしまったものだ。
まあここが特別なだけなのだろうが、二人の看守は呑気に賭け事をしている。
しかし、誤って同僚に水をかけたことから争いが勃発した。
そこからは、殴り合いの喧嘩にまで発展してしまう。
どう考えても異常な精神状態で、見ていた徐倫は大いに戸惑う。
「コイツラは一体! 何なんだ!」
「気をつけろ! 徐倫!
「
「うむ、そうじゃ!」
妾はそう言って
一先ず二人の看守に向けて、不意打ちで突風を浴びせる。彼らをコンクリートの壁に叩きつけた。
「恐らくサバイバーの
妾も噂でしか知らぬが、微弱な電気信号で人間の怒りを増幅し、闘争本能を誘発して理性を奪う!
そうなった者たちは、死ぬまで殺し合いをするのじゃ!」
徐倫は妾の説明を聞いて冷や汗をかいている。
攻撃能力はもたなくても、非常に恐ろしい
「どうすればいいの!」
「怒りを抑えよ! 戦いに身を投じるにせよ、常に冷静さを保つのじゃ!」
妾は徐倫に説明しながら、
そしてウルトラセキュリティ懲罰房内の水溜りを大空に吹き飛ばして床を綺麗にし、電気信号が伝わりにくい状態を作り出した。
怒らないと増幅できないため、冷静でいる者には効果はない。
ただこれも、そう簡単ではない。
あとは本体を見つけ出して倒す以外は、対処法が思い浮かばなかった。
「長所が見えるぞォ! お前らァーッ!!!」
「何と! まだ気絶しておらんかったのか!」
コンクリートの壁に叩きつけたはずなのに、黒髪の看守のほうは気を失っていなかった。
それだけではなく懲罰房内の水溜りを片付けている間に、ボタンを押して囚人を全員自由にしてしまったのだ。
驚くべきタフさである。
これも
「不味いのう! このままでは大勢の犠牲者が出るぞ!」
おまけに水溜りは減っても少しは残っているため、うっかり濡れる可能性は十分に残っている。
さらに看守は、他の囚人の闘争本能を刺激するような発言ばかり口にしていた。
妾はもはや収拾がつかないと判断して、強硬手段に出ることに決める。
「やれやれ、できれば誰が
……徐倫。少しだけそこで待っておれ!」
「イナリ、何をする気?」
「決まっておろう! 妾たち以外の全員を、再起不能にするのじゃ!」
別に誰かに恨みがあるわけではなく、申し訳ない気持ちのほうが大きい。
だが速攻で沈めなければ、被害がどんどん大きくなる。
妾は狐っ娘に変身して、独房から飛び出した。
もはや人間が認識できる速度ではなく、この場の全員を再起不能にするまで一分もかかっていない。
無関係な人も医療監房行きになるし、人が耐えられるギリギリの攻撃を繰り出しているため、加減を誤ればあっさり死んでしまう。
なので波紋で応急処置をするとはいえ、なるべくならやりたくないのだった。
何にせよ一仕事終えて徐倫の前に戻ってくる頃には、ほんの短い時間とはいえ精神的にかなり疲れていた。
「イナリって凄く強かったのね」
「そりゃあ、毎度殺さぬように手加減しておるからのう」
説明が面倒だから、いつも全力で戦ってると思ってもらったほうが都合が良い。
「それと先程、エルメェスやエフエフの顔が見えたぞ。
この懲罰房に到着したらしい」
「二人が来てくれたの!?」
二人以外にも来ていて、風が吹き荒れていたのに驚愕していた。
それは言わなくても良いので黙っておく。
とにかく全員を再起不能にしたので、あとは骨を探すだけだ。
そのことを簡単に徐倫に説明すると、やる気になった。
早速仲間と合流して、ホワイトスネイクの手がかりを探し始めるのだった。