異世界管理局転生部所属 リリアスは苦労する   作:もちゃもち

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第三話 楽しいを仕事に!

「ちょおっと整理をさせてください…………?」

 

 職場のテーブルを3人で囲む中、女神マリーシャが放った衝撃発言はリリアスを困惑に陥れた。

 リリアスの目の前には、少しボサついた長い黒髪、光を強く反射し輝く金色の瞳、身長159cmほどの小柄な可愛い新人天使が、マリーシャに首根っこを掴まれながら立たせられている。

 

 マリーシャは彼女について、"自分が種族性別まるっきし変えて、専属天使にした元男だ"などと言うのだ。

 自身よりも身長の低い目の前の少女が元男であるという事実。言っていることは理解できても、リリアスの脳はその事実を処理しきれずフリーズしてしまう。

 

 しばしの沈黙が訪れる。

 その短い沈黙を破り、マリーシャに捕まえられていた新人天使が騒ぎ出した。

 

「このっ……いい加減離せ、離せったらっ!! ……離せ、はなしてぇ……はなしてください……」

「あぁ、ごめんね?」

 

 最初こそ強気でかかったものの、段々としおらしくなっていく彼女の訴えに答え、マリーシャが掴んでいた首根っこを離すと、彼女は部屋の隅へと駆け込んでいった。

 部屋の隅についた彼女は、その場に縮こまり震えだしてしまった。彼女の目にははっきりとした怯えの様子が伺える。

 しかしその怯えの対象は、彼を女の子にしたという張本人の女神マリーシャだけではなく、初対面であるはずのリリアスにもなぜか向けられている様にも、リリアスは感じられた。

 

「あの、彼女に何をしたんですか? 何故か私まで怯えられているんですが……?」

「それに関しては後で話すね? それより、ほら自己紹介自己紹介!」

 

 部屋の隅の彼女にマリーシャが声をかける。彼女はビクリと跳ねたあと、するすると立ち上がりゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「お、俺は……黒宮 京(くろみや けい)。おとこっ……れっきとした男だ!」

 

 黒宮京。彼女は、震える声でそう名乗った。

 

「クロミヤさんですね? ……私はリリアス・ヴェーリといいます。よろしくお願いします」

「この娘可愛いでしょ? クゥちゃんって呼んであげて!」

 

 マリーシャはそう言って黒宮の頭をポンポンとするが、その度に黒宮の口から小さな悲鳴が聞こえてくる。黒宮はその手を払い、また隅の方へよろよろと歩いていってしまった。

 なぜこんなにも我々に対し怯えているのか。そもそもどういう経緯でこの娘は天使にされてしまったのか。気になることが多すぎるリリアスは、もう一度マリーシャに聞いてみることにした。

 

「それで……マリーシャ様はどのような経緯で、なぜクロミヤさんを天使に変えたんですか?」

「あぁそれはね? 一昨日私が転生予定者対応の仕事をしてた時なんだけど……」

 

 そう言って、マリーシャは一昨日に出来事について話し始めた。

 

「私がいつも通りに転生予定者を転生させて楽しんでいた時、クゥちゃんはその転生予定者としてやってきたのよ。私よりも大きな背だったんだよ? 170cmくらいだったかなぁ」

「170cm……!? 私よりも10cmも高かったんですね……」

 

 現在の私よりも小さくなった彼女を見やり、変化前の身長とのギャップにリリアスは驚いた。

 そうなの、それでね? とマリーシャは話を続ける。

 

「いつも通りに転生の手続きをしようと面談するんだけど、なんだか様子がおかしかったの。会話中妙に突っかかってくるというか、喧嘩腰なんだけどもどこかに怯えの念があるというか? しばらく会話して分かったの、どうやらクゥちゃんって……"女性恐怖症"っていうやつらしいのよ」

「女性恐怖症……ですか? ……なるほど、マリーシャ様だけでなく私も怯えられるのはそのせいですかね……?」

 

 黒宮が初対面のリリアスにさえも怯えを示す。その理由が分かり、なるほどと納得するリリアス。しかし、それがどう黒宮を女の子に変え、さらに天使にさえ変えることに繋がるのか。リリアスの疑問はまだ完全には消えていない。

 そしてマリーシャはパンッと手を合わせ満面の笑みを浮かべた。

 

「そう、だから! クゥちゃんを女の子にしてあげたの!」

「すみません重要なとこが全部すっ飛んでます。そこだけ聞くとあなたはただの邪神です」

「えぇ~?」

 

 突然過程をすべて消し去りぶっ飛んだ結論を述べる彼女に、リリアスは即座にツッコミを入れる。

 ただでさえ黒宮は女性恐怖症を抱えている男だというのに、彼の体をその恐怖対象の女性そのものの物に作り変えてしまう。ここだけ聞くとマリーシャのした行為は非道な行いであると感じてしまう。

 マリーシャの行為の真意は一体何なのか。もっと詳細な話を求めるリリアスに、マリーシャは面倒くさそうに説明を続けた。

 

「私は思った。この子の恐怖症の治してあげたいと! 女の体になれば最速で女の子に慣れていくことができるでしょ?」

「段階ってもの知ってます? レベル1の心を思いっきり砕きに行ってますよ?」

 

 弱火でじっくりと煮込んでいかなければならないものに対し、この女神はマグマを使い一瞬で焼き尽して時間短縮を図ろうとしている。そんなことをすれば灰も残らないほど悲惨な結果になるはずなのだが、そんなことは1ミリも考えていないであろうマリーシャの明るい笑顔に、リリアス呆れた目線を送る。

 

「あとこういう子が女の子になったらどうなるのか反応を楽しみたいよね! わたしこういうのすき!」

「そっちが本心ですね? …………やっぱり邪神じゃないですか! なにしてるんですか本当に!」

「え~?」

 

 リリアスの叫びにマリーシャは首をかしげている。純粋に自分の楽しみを語るマリーシャに少し恐怖すら感じるリリアス。笑顔を絶やさない彼女からはそこに一切の悪意を感じない。それ故に尚更タチの悪いことになってしまっている。

 そんな彼女の好奇心に巻き込まれてしまった黒宮を可哀そうに感じ、リリアスは憐みの視線を向けた。

 

 部屋の隅で丸まっている黒宮に向かって、ゆっくりとリリアスは歩み寄る。彼女の前に立ったリリアスはその場に座り目線を合わせ、手を差し出て優しく話しかけた。

 

「クロミヤさん、こちらへどうぞ」

「…………嫌だ」

 

 黒宮はリリアスを睨み警戒心を露わにし、その手を取ろうとせずに自分の手を引っ込めてしまう。リリアスはそれでも黒宮に向かって話続ける。

 

「クロミヤさん、辛いことですが天使にされてしまった以上は働かなければ職を失い路頭に迷ってしまいます。そうならないためにも、これから研修を受け天使としての仕事を覚えてもらうことになります」

「…………………………」

 

 彼女は沈黙を貫き警戒を解かない。それもそのはず、彼女はつい最近まで"人間"であり"彼"であったのだ。マリーシャの身勝手なおせっかいによって突如として存在ごと書き換えられてしまった彼女の心は、不安や恐怖に覆われ精神的に不安定な状態であるのだ。

 彼女が少しでも心を開いてくれるまでこちらが誠意をもって歩み続けるしかない。そう思いリリアスはめげずに会話を試みる。

 

「あなたの人生を大きく変えてしまったことを、ここに謝罪します。申し訳ございませんでした。……しかし、私は全力であなたをサポートします。絶対に裏切りません。」

「……………………ほんとに、裏切らないのか?」

「はい…………根拠もなしに初対面の私を信用してほしいというのは、あまりにも唐突でおこがましいかもしれませんが……それでも、絶対に私はあなたを支えます。あなたに、この手を取ってほしい」

 

 "裏切り"、黒宮からでたその言葉にリリアスは思案する。

 女性恐怖症とは、過去に女性から裏切られる、いじめを受けるなどして発症することがほとんどであったとリリアスは認識している。

 この娘は一体、過去になにがあったのか……天使の目を使い、彼女の過去を覗くという考えも頭によぎる。しかし、この目は転生予定者に対してのみ有効な能力である。天使となり転生予定者から外れた彼に使えるものなのか。

 いや、そもそも彼女の過去はデリケートなもの。勝手に土足で踏み荒らすような真似をしてはいけないであろう。普段から仕事で人の過去を覗いている彼女は、自身の感覚がマヒしていたことに気づきその考えを改めた。

 

「分かっ……た…………」

 

 しばしの静寂を破り、黒宮はついにリリアスの手をとった。しかしその手はまだ少し震えており、彼女の不信がまだ残っていることが見て取れるであろう。

 それでも手を取ってくれた、寸分だけでも信頼を持ってくれたということは大きな一歩であるだろう。

 

「ありがとう、ございます」

「…………」

 

 リリアスはにこやかに笑い、その手を引きゆっくりと立ち上がらせる。

 顔を上げた黒宮の目には不安、不信や諦観など様々な負の感情が渦巻いているのが分かるだろう。

 これからの天使生活で、彼女は変化を受け入れて立ち直ることができるのだろうか。リリアスは彼女と信頼を築いていくことが出来るのだろうか。多い不安は拭えないが、彼女を支えると決めた以上は全力で励むしかないだろう。

 そうリリアスは改めて決心し、彼女の両手に自身の手を重ねる。彼女のこれからを信じて。

 

「…………さて」

 

 そう言ってリリアスは、マリーシャへと振り返る。

 リリアスは笑顔を保っているつもりだが、マリーシャへ向けられたその目は明らかに笑っていない。

 

「……マリーシャ様、今日の研修の後でお話しましょう? ちょ~っとだけね?」

「ヒィッ!? どったのリリアスちゃん顔怖いよぉ!?」

 

 "お話"を提案するリリアスからは、誰が見ても分かるであろう、怒りともとれる黒いオーラが笑顔から滲み出ていた。

 そんなリリアスから放たれる圧に気圧されたマリーシャは即座に踵を返し、そそくさと仕事の用意に逃げていくのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「ではクロミヤさん、これから研修を始めていきましょう」

「始めていきましょーう!」

「……しょーう」

 

 場面は変わり、転生の間。転生予定者との面談を行う真っ暗な空間に、3人は集まっていた。先ほどまでの恐れはいざ知らず。のんきに椅子に鎮座するマリーシャの下で、リリアスは黒宮へ説明を行う。

 

「いきなりですが、これから転生予定者の方を呼び出して対応を行います。簡単な受け答えをしてそのまま異世界へ送るというのがほとんどですので、まずは私たちの仕事を見て覚えるのが早いでしょう」

 

 天使の仕事として何を最初に教えるべきか。研修経験がないリリアスは迷ったが、自身がメインで行う仕事の1つである転生予定者との対面、対応を覚えてもらうことにした。

 この業務自体は、メレリアが拉致されていった例のようにイレギュラーも発生しやすい難しい仕事である。しかし、これを最初に乗り越えればあとに残るのは簡単な書類仕事がほとんど。高い山は最初に乗り越えてしまった方が後々楽であろう。そう考えたのが理由である。

 

「じゃあさっそく、転生予定者を呼ぼっかー!」

「…………」

「大丈夫です。なにかあれば私が丁寧に教えますから」

 

 不安げな表情を浮かべる黒宮にリリアスは優しく言葉をかける。

 リリアスは空間の中心にある転移陣へ向き直りそれを起動。転移陣はまばゆい光を放ったのち、今回対応する転生予定者の男をその場に呼び込んだ。

 男の髪は白く、年老いた様子が見て取れる。

 

「あぇ……ここは?」

「こんにちは。ここは死んだ魂が別世へと旅立つ門出の場、異世界管理局転生部です」

「異世界……? 転生部……?」

 

 突然の転移に戸惑う老人。そんな彼にリリアスは淡々と状況説明を述べていく。

 

 今回対応する転生者は、神の手違いなく天寿を全うした人間である。メレリアの時のように神の手違いで死んでしまった転生者とは違い、ここで行うのは魂を別世へと転生させる旨の説明がほとんど。転生者の状況に応じて、転生特典を与える相談をしたりするがあまりその頻度は多くない。一般的な転生予定者は、記憶ごとリセットして転生させることがほとんどである。

 

 そのままリリアスは彼に説明を続けていく。彼が天寿を全うし、この転生部へと呼び出されたこと。これから魂を異世界へ転生させること。それに伴い記憶が消去されること。諸々の説明を続け、老人と対話を続けた。

 

「……私はもう天寿を全うした故、未練は残ってはおりませぬ。どうぞこの身、異世界へとお送りしてくださいませ」

「ご理解、ありがとうございます。では早速――」

「あぁ! 待って待って!」

 

 老人との話も終わり、いつものように転生陣を起動しようとしたその時、マリーシャが慌てた様子で静止に入った。

 あとは彼を転生させるだけなのだが、何を待つのだろうかとリリアスは少し疑問を持った様子でマリーシャへと振り返る。

 

「譲れない……これだけは譲れないんだよ……!」

 

 マリーシャはそういうと椅子から降り、老人の前へと歩き出す。何やら嫌な予感を感じた黒宮は、サッとリリアスの背後へと隠れる。

 老人の前に立ったマリーシャは背中の翼を大きく広げ、神々しくもある風格を漂わせながら老人へ1つの質問をした。

 

「そうだねぇ……好きな動物、何?」

「え……?」

 

 ぽかんと口を開けるリリアスと老人。唐突に投げかけられたその質問の意図が理解できず固まる二人。そんな彼女らを気にせず、マリーシャは言葉を続ける。

 

「好きな動物だよ? 犬や猫でも、あなたの世界で実在しなかった動物でもいいよ?」

「はぁ……」

 

 答えを今か今かと待つマリーシャに、老人は困惑しながらも考え込む。

 彼女は何をしようとしているのだろうか、心理テストの類だろうかとリリアスは悩む。

 メレリアと一緒に業務をこなしていたときはこのまま転生させて終わりだったが、それはメレリアのやり方の話。今回担当する管理神はメレリアではなく代理のマリーシャである。自分たちとのやり方とは違うが、代理を頼んでいる以上は意図こそは分からないが、彼女の世界でのやり方に合わせた方がいいのかもしれない。そうリリアスは結論付け、静観することにした。

 

「……強いて言うなら"龍"でしょうか。あの気高くも美しくある姿が、私は好きでございます」

「おっけー! 龍ね!」

 

 答えを聞いたマリーシャは、背中の翼を大きくはためかせる。強い風圧があたり一帯を支配し、あたり一帯が一瞬で彼女の独壇場と化した。

 彼女は小さく呪文を唱える。それが何の呪文であったか、リリアス達にも聞き取ることはできなかった。

 

「あ――――」

 

 何かに気づいた黒宮が、リリアスの後ろで小さく声を上げた。何か心当たりがあるのか。そうリリアスが彼女に訪ねようとした途端、質問に答えた老人の体がじわじわと白い光を帯び始めていく。

 

「え、えぇ? なんですか?」

「私の体が……これは一体……?」

 

 突如として光りだした体に、リリアスと老人が驚いた束の間のことであった。

 老人が急に胸を押さえ、苦しみながら胸を押さえてうずくまった。

 

「ぐぁっ……ぁ……がぁっ……!? うぁ……いだ……い"ぃ"っ!?」

「っ!? 一体何が……!?」

 

 聞いてるだけで気の毒にな思える程の痛々しい悲鳴が空間に響く。全身の激痛を老人は訴えるが、そんなことは気にも留めずにマリーシャは呪文の影響を続ける。

 

「ぐっ……! 風が強くて近づけないっ……!」

「ぁあ"っ……! ぁ"あ"あ"あ"! い"っ……だぁい"ぃ"い"っ……だぁ"っ!?」

 

 心配したリリアスが止めに入ろうともするが、マリーシャの翼から放たれる強い風圧に駆け寄ることすらままならない。

 目の前で老人が苦しむさまを眺めることしかできない中、老人を包んでいた白い光がさらにまばゆく光始めた。

 

 リリアスは目の前の光景に驚愕し目を見開く。

 彼女の目の先、喘ぐ老人の体に急激な変化が表れ始めていたのだ。

 

「……いぎっ……っ……!たぁっ……!ぃたあ"っ!? ……いっ!? あ"あ"ぁ"っ……あ"ぁ!?」

 

 悶え苦しむ彼の、老いた肌のハリが段々と戻っていく。

 しゃがれた老人の叫びは甲高い女の子の声色に。

 短い髪は急激に伸びを見せ、一気に床へと脚を。

 見開いた目の瞳孔は縦に長く。

 

「ぐぅっ……ぇ"あ"っ……! ぁ"あ"あ"ぁ"っ!? ぎぃっ……ぃいあ"ぁ"っ……!」

 

 その体つきはしなやかになり、胸部は小さく膨らみ始める。

 そこまでの変化でようやくリリアスは、彼の身体に何が起こっているのかを理解した。

 

「……っ! これはっ……!」

 

 彼の体は今――――女体へと作り変えられているのだ。

 それと同時に、リリアスは自身の背中に当たる過剰な吐息に気づく。

 

「はぁーっ……ぁ、はぁっ……ぁ、はぁ、はぁー……!」

「クロミヤさんっ……!」

 

 その正体は先ほど彼女の背後に身を潜めた黒宮であった。目の前の老人の変化を目の当たりにして、彼女の瞳は見開かれ、その体からは震えが止まらず、鼓動も早まり呼吸のコントロールすらままならない。

 

「はぁーあっ……ぁはっ!、はぁ、はぁっ……はぁ!、はぁ、はぁー……!」

「これは……まさかPTSDっ……! 完全にトラウマになってるじゃないですかっ……!」

 

 つい最近、全く同じ経験をしたのであろう。黒宮の脳には同じようにして体を作り変えられたあのときの記憶が鮮明に再生されていく。真っ黒な恐怖が彼の全身を支配していく。思考の自由すらその黒に奪われた彼女はその場に崩れ落ちてしまった。

 まずいと思ったリリアスはとっさに彼女の目を両手で覆い、彼女に寄り添い落ち着かせようと試みる。

 

「ぎぃ"っ……ぐぅあ"ぁ"あ"あ"ぁ"っ……! あ"ぇぁ……!」

 

 そうしている内にも老人の変化は続く。ほぼ完全に女体の体を成した彼の変身は未だに止まらなかった。

 透き通るように白いその背中からは厳かな翼が。

 前頭部からは黒く鋭い角、尾てい骨の位置からは鱗を携えた太い尾が。

 彼の……いや、もう彼女であろうか。悲鳴が鳴り響く部屋の中、彼女の体には人間という種族にはありえないであろう部位が、止まることなく生成されていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「はぁー…………はぁー…………」

「うん! 終わった!」

 

 悲鳴が部屋を埋めてから数分後、完全に変身を終えた人間であった者の焦燥しきった息遣いが響く。呪文の詠唱を終え、満足した笑みを浮かべたマリーシャは、開いていた翼を閉じてその場に立ち直った。

 先ほどまで過呼吸を起こしていた黒宮も落ち着きを取り戻し、そのことに安心したリリアスは立ち上がる。そしてマリーシャに向き直り、彼女のもとへと走っていく。

 

「一体何してるんですか! クロミヤさんがトラウマ起こしてたんですよ!?」

「まぁまぁ、これがないと仕事したって感じがしないのよ」

「あ、ちょっと!」

 

 リリアスの小言を気にもせず跳ねのけ、疲れ切っている元老人にマリーシャはうすく笑みを浮かべながら近寄っていく。

 うつむいた顔を上げ、汗を流しながら元老人は何をされるのかと怯えながらもマリーシャを睨む。

 

「ほら、これが今のあなただよ!」

 

 そう口を開けると、マリーシャは大きな鏡を目の前に出現させた。

 人間であった彼に向けられたその鏡の中には、光を乱反射させる艶のある深紅の髪、トパーズを連想させる美しい黄色の目、うねるようにせわしなく動く太い尻尾、そして何よりも整った顔立ち、それらすべてを内包した美少女の龍娘がぽかんと口を開け鋭い牙を見せていた。

 

「ぇ……ぇえぁ!? これ…………今の私ですかっ!?」

 

 自身の動きをそのままトレースする目の前の龍娘に、彼女は驚愕の表情を見せた。

 そんな馬鹿なと、自分で放った言葉が信じられずに彼女は自身の股間に手をやる。そこにあるべき自分の物を探して。

 

「あ……ぁあ……あああっ! ないっ! なくなっている!」

「あぁ良いねっ! その顔がっ! その反応が見たかったのっ! 癒されるぅ~っ!」

 

 結果は非情。彼女の手は空を切るのみであった。自身の物がなくなった事実を自身の手で証明してしまい、どうしようもなく彼女はその場で呆然としへたり込んでしまう。

 驚愕や困惑、慌てふためく彼女のその反応をみて、マリーシャは両腕を抱えて体をくねらせながら悦に浸っていた。

 

「この瞬間が楽しみなの! これだけは本当に譲れないんだよっ! 仕事の楽しみっ!」

「随分異常な癖をお持ちでっ……!」

 

 リリアスは呆れかえる。

 男が女に転換した際の慌てふためく反応。これこそがマリーシャ最大の癖であり、彼女が管理神の仕事を苦に思わず、むしろ好きであると言わせる理由なのである。彼女は転生予定者との対面で毎回この行為を行い、その楽しみを享受しているのである。

 

「まぁ転生させたら記憶は消えて新たな世界で人生スタート! 本人に問題は生じないから全然無問題でしょ?」

「それは……そうなってしまうんですがっ……! クロミヤさんのことも考えてくださいよっ!」

 

 そう言われると咄嗟に反論が思い浮かばない。煮え切らない悔しさを浮かべつつ、もう早く終わらせてしまおうと両手を広げ転生陣を起動させる。

 

「じゃあ……はい、転生させますね……いやすみませんほんと」

「へ?」

 

 事態に追いつけず、呆気にとられる龍娘を、また白い光が包み始める。

 唐突に体を作り変えられた挙句に即転生までさせられる彼女は、もはや完全に魂を弄ばされた被害者である。そんな彼を申し訳なく思いながら、リリアスは彼女の転生を進めていくのだった。

 光はまた強さを増していき、既に彼女の魂は半分ほど異世界へと送られていた。

 

「えっえぇっ……ちょ、ちょっと!? 待っ――――」

 

 静止の言葉も言い切らぬうちに、彼女の体は光の粒子とともに消えていってしまった。

 

「とりあえず今日の業務はこれで終わりですね。……大丈夫ですかクロミヤさん」

「…………あっ、おぅ、ありがとう……ございます……」

 

 完全に消えたことを確認し、一息ついたリリアスは、先ほどまで放置していた黒宮へと心配そうに駆け寄った。黒宮は口では大丈夫というが、その手にはまだ少しの震えがみられる。

 マリーシャが毎回このようなことをやらかすなら、黒宮のトラウマのこともあり彼女の精神衛生上大変よろしくない。彼女に転生予定者の対応を任せるのは難しいであろう。そう思ったリリアスはマリーシャへと向き直り、ずかずかと足音を鳴らしながら近づいていく。

 

「クロミヤさん、先にデスクの方に戻っていてください。後で私も行きますから」

「えっはい……」

 

 リリアスからにじみ出るその圧に、気まずさを感じた黒宮はそそくさとその場から離れていく。

 

「さて…………マリーシャ様、"お話"の時間ですよ? さっきはちょっとと言いましたが、だいぶ延長させていただきましょう」

「ひぃやぁ!? さっきよりも怖い顔っ!! いやだクゥちゃん助けてっ!!」

 

 マリーシャの助けを求める叫び声。黒宮の耳には届いているが彼女は無視を決め込んだ。自分の体を作り変えられた恨みで、復讐の意もあるのであろう。このままこってりとリリアスに絞られてしまえばいいのだ。そう黒宮は思いながら背を向けて小走りで部屋へと戻っていった。

 そうして黒宮が去り、部屋に残ったのはリリアスとマリーシャ二人のみ。

 

「クゥちゃんそんなぁ!?」

「さぁ1on1ですよマリーシャ様、助けはもう誰も来ませんねぇ。ゆ~っくり、お話ししましょうね……?」

「い……いやぁぁああぁぁあぁ!!」

 

 にじり寄るリリアスに対し、涙目で悲鳴を上げるマリーシャ。

 お話という名の説教は、二人が戻るのを待った黒宮がそのうち熟睡してしまうほどに長いものになっていくのだった…………。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――――――魔法文明の世界アレスラフトに、炎龍の異端が誕生した。

 

 

 

 

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