小学校から付き合いのあるダウナー系幼馴染ちゃんから、湿度高めな愛情を向けられているのを僕は知っている 作:熱帯雨林
不定期更新になります。
突然だが僕には幼馴染がいる。
小学1年生の頃から高校1年の今に至るまで約10年間、ずっと同じ学校に通い、毎日のように過ごしてきた幼馴染が。
「着いたよ――っと」
僕こと――
『次の電車で多分着く』
幼馴染から返事が来た。
次の電車は約2分後に来るから、そんな待たなくて済みそうだった。
「……一応、念のため」
幼馴染とは同じクラスのため毎日顔合わせてるが、それでも身嗜みには気を遣う。僕は駅構内にあるトイレによって、鏡越しに自分の姿を見て、寝癖がないか確認する。
相変わらず可もなく不可もなく……みたいな見た目だ。
眉までかかる長さの黒髪、身長はちょっと高めな175センチだが美形な顔付きではない。筋肉だってムキムキじゃないし、頭が凄まじく良い訳じゃない。童顔だねとはよく言われるが、それだけだ。
「よし、大丈夫」
一応変な所はないとわかった僕が改札に戻ると、そこに彼女はいた。
「あ、おはよ、透」
幼馴染――
グレーに染めたウルフカットに、首には音質がいいと評判のあるヘッドホンがかけてある。目元は二重、くっきりとしていて幼い印象を抱かせる垂れ目なのだが、顔立ちは凛々しく、可愛さとうまく同居している端正な顔だ。
簡単に言えば麗はかなり美少女の部類に入る。
ただ普段から物静かなのと、独特な重い雰囲気、落ち着いたトーンの声が何となく簡単には近寄れない何かを醸し出していた。
「おはよ、麗。ちょっとお手洗いに行ってた」
そう言って僕は軽く前髪を触る。
それで麗は何かを察したように、ニヤリとほくそ笑む。
「何何? 身嗜みチェックしてたの?」
「ん、まぁ……一応」
「へぇ、ウチの前でかっこつけたいと」
「そんな深い意味はないってば」
「またまた〜」
麗は嬉しそうにして、若干僕より前を歩いて学校へ向かう。
春の陽気が心地よい。
温暖な気温とうざったらしい花粉が飛び交うという、気持ちよさと不快さが同居する季節だ。もう何度も経験しているが、新学年に突入したという実感があるおかげで、ずっと新鮮な気持ちで迎えていた。
「あ、透! 通学路に桜咲いてるよ。春だね〜」
「めちゃくちゃ綺麗だな……」
彼女の後ろ姿を見ながら、僕は改めて彼女とずっと一緒だなと思っていた。
彼女と初めて知り合ったのは、小学校に入ってすぐのこと。
僕が入学するタイミングで麗の家族が隣に越して来たのがきっかけだった。
そうなれば当然のように、お隣さんの挨拶イベントが発生する。その過程で僕は麗と知り合ったのだ。
意外にも気が合った僕と麗は、近場の公園で遊んだり、一緒に帰ったり、お互いの家を行き来したりして親交を深めて――今に至る。
気づいた頃には、麗がいない学校生活なんてほとんど送ってこなかったぐらい、彼女は身近な存在になっていた。
そして中学になるタイミングで僕らは2人して同じ中高一貫校に入った。もうこの時点で義務教育期間どころか、青春時代はほとんど彼女と過ごす事が決定したのだ。
(あ、そうだ……用事忘れるとこだ)
と物思いに耽る場合じゃなかった。
僕はカバンの中に手を突っ込み、目的のブツを麗に渡す。
「麗、これ」
「ん? ああ! CDね」
そう言って僕は、麗から借りたCDを返した。
サブスク全盛期にある現代で、CDにこだわって曲を出すロックバンドのアルバムである。麗は良くこういったコアなバンドの曲を聴いたりするので、僕は何かおすすめの曲ないかと質問しては、ちょこちょこ借りてたりする。
最初は麗に「ウチが好きなものを、透にも好きになって欲しい」とせがまれて、渋々受け取って聞いていただけだったのだが、聞いていくうちに好きになってしまったのだ。
まぁ彼女の術中に嵌った形なのだが。
「んでさ……どうだった? 良い曲でしょ?」
首をコテンを傾げながら彼女は薄く笑う。
確かにかなり良い曲だった。普段僕があまり聞かないジャンルなのだが、それでもハマってしまうぐらいだった。
「うん、なんかこう……心にガツンと響く凄い曲だった」
「重低音がこう、身体の内側に響くんだよね。透も臓器ぶち上がったでしょ」
「なんか表現がグロいな……」
ぐふふと麗は不敵な笑みを浮かべる。
普段周りの人には見せない、僕だけに見せてくれる悪い顔だ。ほんの少しだけ優越感を覚えてしまう自分が、何だかキモいなと思ってしまった。
「にしてもさ」
「ん?」
麗がふと不安……か、あるいは疑念か。
つかみどころない顔付きで、何か聞こうとしていた。
「よくこうやって貸し借りするけど、透はウザく思ったりしてないよね?」
「何で……?」
「だって……ウチの好きなものを押しつける形だったからさ。何か自分色に無理矢理染めたみたいな感じ……しちゃうから」
最初は普通に話していた彼女だったが、最後の辺りは尻窄みになってあまり良く聞こえなかった。だけど彼女の言わんとしている事はわかる。
好きを押し付けて、引け目を感じているのだろう。
だけど僕ははなっから嫌だとは思ったことはない。
むしろ――逆だ。
「ウザく思ったことないよ、麗」
「……ほんと?」
「あまり言わなかったけどさ、こうやって貸し借りして……好きなものを共有して話す時間、大好きなんだよね」
麗は急に僕から顔を背けて、何かブツブツ言い始める。
気のせいか定かではないが「ズルい」という言葉は聞こえてきた。
「――そっか、そっか。ふふふ」
気分が落ち着いたのか、麗は噛み締めるようにして笑う。
僕は一瞬だが、ちょっと見惚れてしまった。
「ね、透」
「何?」
「ウチもね、透と話す時間……全部好きだよ」
「っ」
思わずドキリとした直後、彼女は歩く速度を落として僕の隣に並ぶと、艶やかな笑みを浮かべて言った。
「だからこれからも、ウチのを沢山借りていいからね」
「……麗、お前」
「他の誰かから借りるのは、やだよ?」
「あ、ああ……」
一瞬だけ彼女の瞳の光が弱まり、ドロリとした何かが僕の姿を捉えた。もう離さない――そんな強い意思さえ、感じてしまっていると、麗は僕の前にまた踊り出た。
「――さ、行こ」
そう言って笑う彼女は、さっきの闇を帯びた目をしていたとは思えないぐらい、明るい笑顔を浮かべていた。
本来ならもうちょっとビビるぐらいしても、全くおかしくない場面なのだろう。
でも僕自身としては、麗になら囚われてもいいかなと思っていた。決して口には出さないが。
◆
昼休み――僕は教室にて、母さんが朝早くから準備してくれた弁当を食べていた。決して陽キャな訳じゃない僕だが、友達はチラホラいたりする。
「はぁ〜……彼女欲しい〜」
現に目の前で、前の座席にいる男友達が欲望を垂れ流している。
「いっつもそればっかだな……風間」
男友達の中で1番親しい友人――
茶色に染めた髪を軽くワックスで整えている辺り、見た目に気を使う奴だと一眼で分かる。顔立ちは悪くは無いがずば抜けてイケメンという訳じゃない。
見た目的にチャラそうだと思われがちだが、性格はかなりよくて友人も多い。あまり交友関係が広くない僕でさえ、仲良くしてくれるのだから当たり前なのだが。
「だってもう高校生だぜ!? 欲しくなるのは当たり前だろ!」
「わかったわかった、デカい声出すなよ」
萎えてるのかー? などと風間は言うが、実際の所僕は彼女の存在について深く考えたことがない。恋愛に全く興味ない訳じゃないが、
「欲しいならさ、行動に移すしかないじゃん? ほら……欲しけりゃ自分で探せ! って誰かが言ってたし」
「んだそれ、トレジャーハンターかよ。まあ一理あるよな……待ってちゃ出会いなんてこないよな」
はぁ〜……彼女欲しいと、何度目かわからないため息を吐いた風間は、まるでスライムのように机にだらりとへばり付く。風間は悪い奴ではないのだが、若干がっつき過ぎる節がある。
もう少し落ち着きがあれば、可能性は無くはない筈だ。だって性格はいいし、かなり気さくで楽しい奴なのだ。
好かれる要素は、僕よりあるだろう。
「透はいいよなー」
「え? 何が」
急に話が僕も話になった。
何故だ。
「だってよ、お前には氷川さんがいるじゃねえか」
「あー……」
僕はチラリと左隣の座席にいる麗に目を向ける。
「だからさ――」
「えー! そうなの――」
「ウチもあれが――」
麗は絶賛女友達と談笑中だった。
3人ぐらいの女子に囲まれて、ニコニコ笑う彼女は心底楽しそうにしていた。
「知ってるぜー? 今日だって一緒に登校してきたろ」
「まぁね……」
いやらしい笑みを浮かべて迫る風間。
さっき思ったいい奴認定撤回して、一発拳骨食らわせたくなった。
「幼馴染なんだろ? 今までそんな話なかったのかよ」
「んー……」
正直……中学時代に意識したことはある。お互い中々会えない時間があってから、自覚していなかった気持ちにも気付いた瞬間もあった。
だけど時間が経つにつれて、そんな考えは希釈していった。
目を向けようとしたけど、今の関係性に居心地の良さを感じている自分がいて、このままで良いと思ってしまったからだ。
「……幼馴染ってさ、もう結構完成された関係なんだよね」
「あー……逆に恋人になったら、関係性が壊れるかもしれないから――とか?」
「まぁ……ね」
そう、一度意識してしまって一歩踏み出したら、全部壊れてしまいそうになるのだ。もう二度とこの絶妙な関係が戻れない。一緒に居る時間が長過ぎてこのままにしておきたかったりする。
「親しい関係性も……中々難しいな」
「本当そうだよ」
「フラれたりしたら、一気に気まずくなるもんな」
と……風間は申し訳なさそうに眉を顰めて言った。
気を遣ってくれたのだろう、もっとその優しさを前面に出せばきっとすぐ出来るぞとアドバイスを送りながら、僕は心の中で1つ訂正を加える。
多分……フラれたりはしない。
むしろ逆かもしれないのだ。
「……多分、もう二度と出れないぐらい、深みに嵌ってしまうんだよ」
麗の感情の中身。
それは多分……恋とか愛とか、あらゆる想いを全てごっちゃに混ぜて、10年という長い期間を経て熟成された劇薬に等しいものだから。
◆
「起立、気をつけ〜……ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました」」」
終了のHRが終わり放課後、生徒達は各々の予定に沿ってばらけていった。部活に勤しむ者は準備を始めたり、特に何かの部活に入っていない者は帰宅したり、友達とどこか行ったりする時間帯だ。
「やっと終わった……」
僕は重いため息を吐いて、横にいる麗を一瞥すると――丁度目があった。
彼女は全ての授業を終えて、帰りのHRが終わった瞬間には教科書やノートをカバンに詰め込んで準備を済ませていたようだ。
「一緒に帰ろ、透」
「うん」
「んじゃ、遠慮なく」
「うお」
麗はそう言って僕の袖を掴んで、教室の外へと連れ出していく。
「そんな急がなくてもいいのに、麗」
「だって今日は部活ないんだよ? そしたらさ――」
――あとは2人だけの時間じゃん?
と麗はニヒリスティックな笑みを浮かべて僕を見る。
時々、彼女はこうやって美少女ムーブをかます。端正な顔は時々凶器になると教えたくなるぐらいだが、見てみたい欲もあって言えないままだった。
「わかった、わかった……。ただ走ると転ぶからゆっくり行こう」
「え〜……」
「その方が長くまったり帰れるよ」
そう言うと麗はいきなり何か考え込む仕草をして、次の瞬間にはヘラヘラと笑う。
「そうだね、へへ」
お気に召したようで何よりだ。
◆
「あそこ、あんなビル立ってたんだね」
「再開発じゃないかな」
学校を出て、最寄り駅へ向かう道中。
僕は麗と中身のない会話を交わす。都心部に近い高校に通っているため、ちょっと通学路を外れていくとすぐにデカいビル群を目にすることが出来る。
「ふふ、死んだ顔をした社会人達が歩いている」
麗が不気味な笑みを浮かべて、この世の終わりみたいなことを言い出した。
「楽しいか、それ?」
「言ってみただけだよ〜」
もう5〜6年経ったら仲間入りするぞ、何て無粋な一言は胸の内にしまう。言ったら最後、自分にまで跳ね返って来そうまであるからだ。そんな現実からは逃避するに限る。
「ね、透」
「ん……?」
人混みから少し離れて、麗は勢いよく振り返って僕の方を見た。ちょっとだけ翻ったスカートは、何だか優雅な動きをしていた。
「昔さ、早く大人になりたいみたいな話をしたよね」
「……いつの話だっけか」
「小学生かな? いや……中学の時だったかも」
「正確に覚えてないのかよ」
「だって昔の事だもん、ウチはそこまで記憶力良くないから」
僕は必死に海馬の奥に潜む記憶を探る――が、該当の場面は出てこない。麗との思い出なら沢山ある事にはあるが、ありすぎて引き出しの中がグッチャグッチャになっているようだ。
「昔は早く大人になりたかった。何でか知らないけど……大人になれば面倒な学校行かなくて済むし、勉強しなくていいんじゃないかなって変な理由で」
「あるあるだな」
「でもさ、大人になったら……今大切なものも全部置き去りにしていくって知ってから、子供のままでいたくなったんだ」
大人になったら、きっと今みたいな時間は無くなる。
今までずっと麗がいる日常を過ごしてきたが、それすら無くなると考えたら怖くなってしまった。
「大人になったら……今みたいな時間も無くなるのかな」
「……そんな事はない」
勝手に口が開いて、僕も麗も驚いていた。
「あ、いや……環境変わってもさ、僕らなら大丈夫だよ」
「本当?」
「うん」
僕は彼女の瞳の奥まで見る。
取り込まれて離れなくなりそうな、不思議な魔力を帯びた瞳。僕はすっかり目が離せなくなるぐらい、虜になっているかもしれない。
「麗……僕は」
「じゃあさ、透っ」
妙に上擦ったような声で麗は僕の手をいきなり掴んだ。
「大人になっても、ずっっと一緒にいようね」
「……っ」
「約束だよ」
ふふんと麗は流し目を送ると、パッと手を離して「行くよ、ほら」と声をかける。正直めちゃくちゃ心臓に悪いから勘弁して欲しかったりするが、嬉しさのが勝っていた。
「ああ、わかったよ……麗、約束だ」
「よろしい、それでこそ透だ」
たった一言で不安が飛ぶなんて我ながら単純だなと思いながら、僕はゆっくりと彼女の後を追う。
これは僕とずっと一緒に過ごしてきた幼馴染との、何気ない日々の話だ。