小学校から付き合いのあるダウナー系幼馴染ちゃんから、湿度高めな愛情を向けられているのを僕は知っている   作:熱帯雨林

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小テスト

「先週やった漢字小テスト返してくぞ〜」

 

 3時間目、丁度この日は現代文の時間だった。

 先週末辺りにやった全20問の漢字小テストの結果が返ってくると、現代文の教師が言った瞬間――皆は「うわぁ……」とバチバチに嫌そうな声を出した。

 

 不定期に行われる小テストは、言わずもがな成績に直結する。また同時に中間や期末テストにおける漢字問題は、小テストで行われた範囲内からランダムに出るのだ。

 つまり小テスト対策をしっかりとこなせば、現代文における漢字問題の点数は確保出来る。

 

「バード先生、小テスト好き過ぎんだよなぁ」

 

 何て文句を言う風間は、馬鹿でかいため息を吐く。

 彼の言う通り、先生はかなりの小テストフェチだ。何かと僕らを試したがるのは、熱心に教育したい証かもしれないが、生徒の立場からすると、要らない優しさだと思われるのが大半だろう。

 

「バードって……かなり特殊なあだ名だよな」

「だってよ、見てみろ……あの高い鼻を」

 

 そう言って風間は、こっそり現代文の先生を指差す。

 バード先生こと、高橋先生は鷲鼻が特徴的な男の先生だ。いつ頃言い始めたのか知らないが、高すぎる鼻を見て「バード」というあだ名をつけたとか。

 

「めちゃくちゃ見た目を揶揄してるよな」

「あだ名ってそんなもんじゃね、それにここでしか言わんしな。広めてなかったら何でも良いよ」

 

 まぁそれは確かに言えている。

 あだ名はほとんどの場合、見た目や特徴から来る。僕の場合はこれといって目立つ何かがないから、率直に下の名前で呼ばれるだけが多い。

 その方が助かるから、構わないのだが味気なさも感じるなぁというのが本音だったりする。

 

「――っとテスト来たわ、ほい」

「ありがと」

 

 前から回ってきた小テストの答案を渡された僕は、すぐに裏返す必要もなく点数がわかり、ほっと一安心する。前にいた風間はというと恐る恐るといった様子で、自信無いんだろうなと一眼でわかった。

 

「さて……どう……だ」

 

 風間はぺらりと答案用紙を表にして、満面の笑みを浮かべた。

 

「良かったー、まだマシだったわ」

「何点?」

「9点」

 

 半分以下じゃねえか――と言う前に、風間はジト目でこちらを見ていた。

 

「お前、今バカにしただろ」

「バカにはしてない、ただ突っ込んでいいか迷ったんだよ」

「うるせーなー、これでも奮闘したんだよっ! まだマシなんだよ!」

「頑張ったな」

「ありがとう!」

 

 まぁ基準は人それぞれだと切り替えて、僕は目を逸らす。何をどう言い訳しても、絶対的に悪い部類なのだと言わないでおくほうが良いだろう。

 

「つーか透こそ何点だよ、お前低かったら――」

「20点、満点だよ。風間より11点も高い」

「生きててすみませんした」

「いや重いよ」

 

 そしてすぐ頭下げるなんて……。

 ここまで高速で掌を返す男はそうはいないだろう。ある意味……大物になれるかもしれない。

 

 余談だが僕は別に特別頭がいい訳じゃない。

 全部で一学年で5クラスある中、全体では約250人いる。

 僕は全体で上から90位ぐらいと、まぁ中よりは上をフラフラしている。

 

 赤点は出さないように、かつ置いてかれないようにこまめに予習する癖を付けているからこそ、今の順位に落ち着いていると言えた。

 

 ただ僕の事は別にどうだっていい。

 問題は僕なんかより()()の方にある。

 

「……」

 

 麗は目元に皺を寄せて、いつも以上に闇を纏っている。側から見たらガラの悪いヤンキーの如く、近寄り難い雰囲気マックスだった。

 しまいの果てには可視化される勢いでドス黒いオーラが噴き出て、周囲にいる女子や男子をびくつかせていた。

 

「――そ、や――じゃ」

 

 しかも何やらブツブツと呪詛みたいに呟いている。余波が僕まで飛んで来ているから、控えて欲しい。

 

(まぁ……予想はしてたけど)

 

 そう考えながら僕はこっそりとスマホを取り出す。

 本来なら授業時間中に使うなんてと、お叱りが飛んで来るのだがバレないように使う奴は、僕以外にも沢山いた。

 

(麗、大丈夫か――と)

 

 LINEで軽くジャブを入れる――が、視線で気付いたのか麗はこっちに目を向けて薄く笑う。何故笑ったのかわからない……と思っていると、麗はポチポチと返信してきた。

 

『授業中にウチと話したくなった?』

 

 視線をスマホ画面から麗へ移す。

 

「ふふん」

 

 何やら艶やかな笑みを浮かべてご満悦と言った様子。

 しかしこちとら幼馴染歴は10年、騙されないぞと鋼の精神で次弾を装填して送信ボタンを押す。

 

『麗、小テスト悪かったろ』

 

 笑っていた麗は一瞬にして真顔になり、ちょっとして何かを悟ったような感じにキリっとした表情になる。そして最終的には――

 

『南無三』

 

 何故か菩薩のような神々しい笑みを顔に貼り付けて、解脱してしまった。間違いなく麗の小テストは終わっている。

 

(昔から成績悪いしな……)

 

 そう、麗はお世辞にも勉強が出来るタイプじゃない。

 本人曰く、つまらない事に集中して取り組めないらしく、勉強時間が長く取れないらしい。興味深い内容なら、彼女はずば抜けた集中力を発揮してくれるのだが……勉強に対する苦手意識が彼女には染み付いている。

 

 中学時代にも補習を食らった麗を見た僕は、頑張ろうよと言ってみたものの――効果は今ひとつ。

 

 あまりにもやばいので、僕は彼女と一緒に勉強して成績を引き上げたのだ。

 

(まぁあくまでも小テストだ、次で挽回すれば――)

 

 これで全てが決まるわけじゃない――と思っていたのだが。

 

「先生は悲しい、君らのクラスの平均点数は下がっている」

 

 空気が若干変わりつつある。

 バード先生は彫りが深いから尚更シリアスな空気が蔓延していた。

 

「だから今回のテストで10点以下の生徒には課題を課す」

「っ!!?」

 

 麗は目をカッと見開いて、裏切りにあったカエサルさながらの衝撃を味わっていた。

 

「期限は明後日まで、詳細は授業の最後に伝えるからなー」

 

 これはまずい。

 何がまずいって、我が幼馴染の生命の危機だ。いきなり課題だなんて、拷問にも等しい所業だ。

 

(麗……)

 

 僕は恐る恐る麗の方を見る。

 

「――――」

 

 彼女は真っ白になっていた。

 ガタガタと手を震わせて、スマホ画面を必死でタップしていた。僕まで緊張感が伝わってきてしまい、ハラハラしながら何が来るか見守っていると。

 

『ばすけて』

 

 多分助けての打ち間違いだ。

 

『バスケ得意じゃないよ』

 

 麗は闇を宿した目を向けて画面をタップ。

 

『助けろください』

 

 悪かったよ、ちょっと揶揄っただけだよ――と僕は思いながらまたチャットを送る。

 

『放課後、一緒に図書室で勉強しようか』

『うん』

 

 そっと僕は麗を見ると。

 

「ふふ、結果的にはラッキーかな」

 

 ちょっと幸せそうに笑っていた。

 いややばい状況なのは何も変わってないぞ。

 

 

    *   *   *

 

 

 そして全授業が終わり、放課後。

 僕は麗と一緒に図書館へと向かっていた。

 

「図書館に行くの久々」

「そうだったのか」

「透は良く使うの?」

 

 と言われたが、実際僕も頻繁には使ってなかった。一応図書委員の子とは友達になるぐらい、一時期は使っていたのだがここ最近はめっきり使ってなかった。

 

「最近は……ないかな」

「透は本より、漫画を読んでるイメージあるなぁ」

「活字読むの疲れちゃうんだよな、でも嫌いじゃないよ」

「じゃあどんな本なら読む?」

 

 麗は如何にも興味津々といった様子で聞いてきた。

 

「そうだなぁ、ファンタジー小説とか……冒険ものとか」

「ほぅ〜」

「意外だった?」

「うん、ウチが知らない透をちょっと知れたからね」

 

 確かにこんな話はしていなかった。

 麗と話す内容は、ほとんど中身がないものばかり。偶に真面目な話はするが、そんな話をすると何だか恥ずかしくなって出来ないでいた。

 

「――っと、図書室だ」

 

 そんなことを考えている内に、僕らは図書室の扉前に着いていた。僕らは無断で本を持ってかれないよう、万引き防止に使われる識別機器によって出来たゲートを潜んで静謐な空間に入り込むと、辺りを見渡す。

 

 既に何人か、課題やら自習で勉強する生徒がいた。

 ただ大半は借りた本を静かに読んでいた。

 

「……今日ラッキーだったかも」

「……?」

 

 麗が小声で何か言ったが、はっきり聞こえなかった。

 ただ頬を少しだけ赤らめてる辺り、嬉しい何かがあったのだろう。

 

「ほら、空いてる席座ろ」

「あ、うん、そうだな」

 

 催促する彼女の横顔を見ながら僕は思う。

 今思い返せば現代文の授業が終わりを迎えるタイミングで麗は何故か明るい表情をしていた。バード先生はまるで宇宙猫みたいな顔をしていたが、気のせいだと割り切ったのか「頑張れよ」と課題内容を伝えていた。

 

(課題なんて貰いたくなさすぎて、一周回って頭が混乱したのかな)

 

 時々、麗の考えが分からなくなる瞬間がある。

 今日は特にそう思った。

 

「あ、浅見くん」

「ん……?」

 

 麗と共に席を探していると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると其処にいたのは、眼鏡をかけたお淑やかな雰囲気を醸し出している女の子がいた。

 

「月城さん」

「久しぶり……になるかな、最近図書室来ないから浅見くん」

 

 静かに声をかけてきたのは、図書委員をやっている月城美咲さんだった。黒髪ボブカットに黒縁眼鏡、身長は女子の中では高めで160代半ばはある。

 彼女は実にゆるふわな可愛さを併せ持つ事から、密かにファンがいたりする。決して胸が大きいからとか、そんな理由じゃない筈だ。

 

 多分、きっと、メイビー。

 

「中々行く機会がなかったんだよね」

「そうなのね〜。まぁ浅見くん……本好きなイメージあまりなかったし」

「……偶には読むよ」

「嘘だ〜」

 

 僕はちょっとだけ罪悪感を滲ませつつ言った。

 月城さんは確かE組の子だ。対する僕と麗はA組、クラスの教室は離れているし、僕自身の交友関係は広くない。

 それは月城さんにも言える話で、彼女も友人は決して多いタイプじゃない。

 

 お互いの連絡先も知らないし、図書室に行かなくなったら必然的に会う機会はなくなっていくのだ。だからこそ、こうして再び顔合わせ出来て良かったと心底思えた。

 

「でも来たのは丁度良いタイミングだったかも、ほら新刊が入ったんだけど、浅見くんが好きなファンタジー小説が入ってきたから」

「お、それは興味深いかも」

「だから――って、ひぅ!?」

 

 話を続けようとした月城さんは、僕の後方を見てビビった顔を晒す。何事かと思って――肩に麗の手が乗る。

 めちゃくちゃゆっくり乗っかっただけなのに、凄まじく重く感じた。

 

 もう振り返らなくても分かる。

 麗はめちゃくちゃキレている。

 

「ね……透」

「は、はい」

「その月城さんって人と仲良いね? どうして?」

 

 ミシィ……と肩が軋む。特に力が込められた訳でもないし、本当に乗っかっているだけ。なのに僕はただ震えながら口を開く事しか出来ない。

 

「い、いや……普通の知り合いだから」

「の割には、ウチが知らない事を知ってるけどな」

「た、偶々だ」

「ふぅぅん」

 

 こんなに怖いふぅぅんは初めてだ。

 脳裏にしょぼい走馬灯が走りかけた瞬間、月城さんは恐怖に立ち向かうように、かつ小声で言った。

 

「あ、あの……私、別に浅見くんと特別な関係じゃないので……!」

「……!」

 

 月城さんがそう言った瞬間、麗の手から重圧が抜けていく。もう振り返っても大丈夫だろうと僕は横目で麗を見ると、いつも通りの落ちついた様子でいる彼女がいた。

 

「ん……ごめんなさい、感じ悪くて」

「い、いや……大丈夫なので」

「ウチ、氷川麗って言うんだ。透の幼馴染やってるよ」

「あ、そうなんですね……!」

「うん、ただ透はちょーっと怪しい部分あるからね、月城さんも気をつけて」

「おい」

 

 怪しいってなんだ――と文句すら言わせないと言わんばかりに、麗は僕の手を掴んでぐんぐん引っ張っていく。

 

「ちょ、麗っ。ごめんね月城さん……また今度本とか教えて」

「ふふふ、わかりました。浅見くんは氷川さんを手放さないようにね」

「なんか誤解してないか……」

 

 とまぁ……あれよあれよと月城さんから引き離された僕は、ズンズンと先行する麗に向かって言う。

 

「どうしたんだよ麗」

「別にー……」

「……何もない訳じゃないでしょ」

「今日はせっかくの勉強会なんだよ? 透」

 

 麗はぎゅっと手を握りながら、静かに言う。

 

「他の子じゃなくて、ウチを見てよ」

「……」

 

 どうしてこいつは恥ずかしげもなく、こんなことを――と思ったが、良く見たら耳が真っ赤になっている。それが何だかおかしくて、僕は彼女にバレないようにクスリと笑った。

 

(悪い事したな……)

 

 ならお望み通り、麗をしっかり見てやらねば。

 

 

    *   *   *

 

 

「――あのさ」

「なんだ麗」

「……本当に見つめながらやられると……やりにくいんだけど」

 

 麗は顔を一切此方に向けず、ずっと俯いたまま言った。

 理由は至極単純で、僕がじっと見ているからだ。

 麗には予め課題と次の範囲を、テスト範囲に指定された参考書を元に、ひたすらノートに書きながら覚えさせていた。

 

 その際に僕はさっき言われた「ウチを見てよ」という指示に従って、食い入るように彼女を見ていたのだ。これはちょっとした悪ふざけだったりするのだが、さっきプレッシャーをかけてきた麗への細やかな仕返しとして見ていた。

 

「麗、ここ間違えてるよ」

「あ……本当だ。だから身を乗り出して近づかなくていいよ、うん」

「失礼な……僕は麗の為を思ってやってるのに」

「……なんでこういうときだけ」

「ん?」

「何でもないからっ、だから普通にして」

 

 麗はツンとした態度を取ると、軽く僕の脛を蹴る。

 ちょっとやりすぎたようだ、僕はもうこれ以上はしつこいなと判断して、普通に戻る。

 

「あとここはこう読むから、バード先生は結構読み方もちゃんと問題に入れてくるからね」

「ん、ありがと」

 

 何度かやり取りが続き、麗がわからない事があれば僕が答える。釣られて僕も自習していく中で、いつも以上にあっという間に勉強が進んでいく感覚を味わっていた。

 

 とても居心地が良い――良すぎて時間なんて忘れてしまうほどだ。

 

 (麗もちゃんとやれば出来るんだよな)

 

 テストの点数が悪い彼女だが、別にバカな訳じゃない。

 教えたらちゃんと理解するし、それを上手く落とし込んで回答してくれるのだ。いわゆる地頭が良いタイプという事だろう、教える立場としてはとても助かる。

 

 助かる――のだが、初めから出来るならちゃんとやって欲しいまである。

 

「麗、ちゃんと出来るんだからさ。もうちょっと勉強時間増やしたら?」

「え〜……気が乗らないなぁ」

「学生なんだからそう言う訳にもいかんでしょーに」

 

 今思えば中学時代も、こんな風につきっきりで教える機会が多かった。テストが悪かったら泣きついて、僕も彼女を助けようと必死に勉強する。その過程で僕は成績が上がったが、彼女はそのまま。

 

 全くもって意味がわからない現象が多発していたなと、僕は思い出していた。

 

「ウチはとりあえず留年しない程度の成績があればいいの」

「……そうかい」

「あとさ……」

 

 麗は上目遣いで此方を見てきた。

 吸い込まれそうな瞳は、キラキラと輝いていて星空みたいだった。

 

「優秀な先生と一緒に勉強出来るじゃん?」

 

 正直ドキリとしたが、僕は表情を変えない。

 デレたら負けた気がするからだ。

 

「あ、透。顔赤いよ」

「な……」

 

 急いで頬に手を当てた瞬間、麗はニヤリとした。

 

「嘘〜、騙された〜」

「……勉強しろ」

「あ、そっぽ向かなくていいじゃん」

 

 これさえ無ければ、もっと素直に褒めてやれたのにな。

 そんなことを思いながら、僕と麗は閉館時間ギリギリまで一緒に居た。

 

 

   *   *   *

 

 

 ちなみに後日――小テストが行われた結果。

 

「見てみて透」

「ん……?」

 

 そこにはデカデカと書かれた20点の文字。

 点数が書かれた下の方には、やれば出来るじゃないかとバード先生が一言書いていた。

 

「やったな」

「ふふ、ウチの才能が開花してしまった」

 

 誇らしげにドヤ顔を披露する麗。

 本来ならば「最初からやれよ」と突っ込みを入れてやりたいとこだが、今回ばかりは気色を変えてみよう。

 

「ああ、知ってるよ。麗が出来る子なのは」

「……く」

 

 麗は再び顔を背ける。

 

「次はもっと困らせてやるから……覚悟して透」

「やめてくれ」

 

 ずっとこんなやり取りしてたら、色々と保たない気がする。

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