小学校から付き合いのあるダウナー系幼馴染ちゃんから、湿度高めな愛情を向けられているのを僕は知っている 作:熱帯雨林
土曜日、今日僕は風間達と一緒に映画を観に都会へと足を運んでいた。場所は渋谷、若者の街であり、ハチ公という待ち合わせ知名度No.1な所で、僕らは友人が揃うまで待っていた。
「いやーずっと観たかったんだよな! メガロドン2!」
人が集まる場所で堂々と映画名を叫ぶのは風間である。
彼と僕は実はお互いかなりの映画好きだったりする。何を隠そう、中学に入って1番最初に友達になったのは彼であり、きっかけは好きな映画が一緒で意気投合した事だった。
ただ風間はB級よりが好きで、僕は分け隔てなくといったように詳細な好みが違うのだが……それでも好きなものだというのは変わらない。偶に趣味趣向が暴走したりして止まらなくなる時もあったりするが。
「風間、声でけぇ」
そんな風間を注意するのは、金髪かつ前髪を軽く上げた顔立ちの良い男――
見た目はガラ悪いが、成績も良いし性格もいいという僕の大事な友人の1人だ。
「んで……後は
そして僕は今来ていない奴を含めた友人4人組のLINEグループを確認する。来ていないのは野球部所属の
そんな彼だが、実は彼女がいる。
勝気な性格をした彼女なので、何かと衝突することが多いらしいが、それでも1年以上は続いている。つまり同年代の中でもちょっと大人な奴だったりするのだ。
「珍しいな、遅れるなんて」
風間が言った。
確かに1番後になる事は、かなり稀である。
どうしたのかな――と言う前に、改札から菅井がやってきたのが見えた。
「悪い! 普通に時間間違えてた!」
どうやら余裕持って出かけたつもりが、見間違いで遅れただけらしかった。浅黒い肌には汗を滲ませ、心底申し訳なさそうに謝ってきたが、集合時間には間に合っている。
「時間には間に合ってるから、大丈夫だよ」
「んじゃ……映画館へ行こうぜー」
僕は菅井に「気にしなくて大丈夫」と伝え、風間が先行して映画館へ向かう。今日は何も考えずに遊ぶ日だ、菅井には気分良く過ごして欲しいのだ。
* * *
「何でお前いんの」
「菅井こそ、何でいるのよ」
そして映画館に到着してすぐに、一悶着が起きた。
チケット予約は僕がしているから、先にポップコーンでも買おうとしたら、菅井の彼女――春乃さんが映画館でバイトしていたのだ。
「あれ、春乃ちゃんだ」
「風間……出たわね、我らがA組のバカ筆頭!」
「失礼だな! 筆頭じゃねえ! もうちょっとだけ……後方にいるわ!」
春乃さんは至って普通の女の子といった見た目だ。
栗色の赤みがかった髪はポニーテールに結び、運動部に所属しているおかげで細くてしなやかな印象を抱く子だ。彼女は映画館スタッフの制服を着て、絶賛接客中だったようだ。
しかし肝心の彼氏である菅井は、春乃さんがここでバイトしてるのを知らなかったらしく、出会すなり「うげ」と声を出して、僕の元に駆け寄ってきた。
「おい浅見」
「何だい」
「他の映画館にしてくれ!!」
「もう4人分予約しちゃったから無理だよ」
ここまで来て他の映画館に行くわけにはいかない。
昨今、映画館の料金はバカみたいに値上がりしてるし……4人分予約したら8000円ぐらい行くのだ。
正直8000円は痛すぎる、友達から回収したとしても1人当たり2000円だ。高校生にはあまりにもハードルが高い値段である。
「早く頼みやがれお客様〜」
「ほら春乃さんも言ってるよ」
「あんな刺々しい接客してる奴のとこなんか行けるか!」
菅井は見るからに気まずそうだ。
そこで僕は不思議に思った。春乃さんという素晴らしい彼女がいるのに、何で菅井は気まずそうにしてるのかと。
「何でそんな春乃さんと会って、逃げてるの?」
「浅見、俺はな……つい最近あいつと喧嘩したんだよ」
喧嘩……理由によるが、結構大事なのだろうか。
「最近一緒に帰ってくれないって言って――」
「おーい透、このアホ無視してさっさと買うぞ」
「わかった」
「待て待て! 荒井! 浅見! んな呆れた顔をすんなよ!」
痺れを切らした荒井がカウンターに向かい、デカいサイズのポップコーン2つにドリンク4つを頼んだ。春乃さんは荒井に対しては普通に接客した後、キッと菅井を睨む。
「じゃあ座席に行こう」
「う、ぅ……あいつまだ怒ってるよ……」
上映時間も迫っている。
怯える菅井を無視して僕らは予約したスクリーンに入ると、菅井の珍事なんか速攻で忘れて映画に夢中になった。
ちなみに内容はあまりにも荒唐無稽すぎて、楽しかったとだけ言っておく。
* * *
映画が終わってから僕らはカラオケに寄った。
劇場から出る瞬間、菅井は接客していた春乃さんの下へ向かい、何か話していたという事態が起きていたが、それ以外は基本的にいつも通りだった。
「楽しい映画見た後に、カラオケとか最高だぜ」
「……生身で巨大サメ倒すとか無茶苦茶過ぎたしな」
風間は意気揚々と流行りの曲を入れて、荒井は映画を見て抱いた感想を呟いていた。
僕もめちゃくちゃ大好きなアクションスターが主演だったのだが、倒し方が水上バイクに乗ってから、勢いよくジャンプして爆弾付きの銛をサメに突き刺すという、一体何を食ったらそれを映像化しようと思ったんだと言いたくなる結末だった。
まぁそのバカバカしさが、たまらなく面白い要素ではある。
「――!」
風間もぶち上がったテンションで、いつも以上に熱が入っていた。次は僕も何か歌おうかなと、タブレット端末をポチポチ叩いていると、荒井が菅井を見ながら言った。
「菅井、さっき彼女と何話してたんだ?」
「え……何だ急に」
「風間はこれだし、頼んだポテトはまだ来ないから暇つぶしだよ」
「何その理由は……」
暇つぶしの肴にするなと菅井は文句を言いつつ、照れ臭そうに言った。
「こないだは悪かった。もっとお前との時間作るから――って言ったんだよ」
「離婚の危機にあった夫みたいな事言ったね」
「うるせえ透、なんか例えが生々しいわ」
はぁ……と菅井はため息を吐く。
するとドアをコンコンと叩く音が聞こえて、入った時に注文していた山盛りポテトを持った店員がやって来た。
僕を含めた男4人集は、まるで餌に群がる家畜のようにポテトを喰い漁り、また先程の話題に戻る。
「……んま、それでよ! 菅井の話なんだが」
「おい風間、今日はずっと俺を掘り下げる気か」
「1番最後に着いてたろ!」
「……くっ、文句言えねぇ」
言っていいんだよと、僕は思ったがこのままのが面白いから口には出さない。
「お前らカップル、結構喧嘩する回数多いよな。なのに一度も別れようみたいな話にならなかったのか」
「確かに喧嘩は多いな……つーか付き合う前から、反発し合う事はあったよ」
風間の疑問は尤もだった。
春乃さんとの付き合いが薄い僕でも、菅井と彼女がお互いなじり合いながら一緒に帰る瞬間を見ている。大概菅井が負けて泣きを見ているのだが、それを見てよく長続きしてるなと思った。
「まぁ性格とか違うし、考え方も被る事はあるけど……それ以上にさ」
菅井は一旦言葉を区切ると、妙に真剣な表情になった。
「春乃のこと、好きだからな。悪感情なんかより好きが強いから……結局仲直りする」
「んだよ、お前殴るぞ」
「風間から聞いてきたんだろーが!!」
お熱いことですわと風間は、反吐でも出しそうな顔をして菅井を揶揄う。確かに野球部坊主の見た目して、やけにキザな事を言いやがるとは思ってしまった。
「つーかよ! 荒井はどうなんだ!! めちゃくちゃモテるだろ!! そいつの話のがおもれぇだろ!」
と菅井が矛先をイケメンである荒井に変える。
なるほど、実に狡い戦法だ。
「俺、彼女いないからな」
「でも告白は結構されてるだろーが!」
「告白だけならな」
菅井の意見に、荒井は若干憂鬱そうに答える。
あれ、もしかして地雷踏んだかもと菅井は気まずそうな顔をするが、荒井は首を横に振る。
「皆さ、俺の事をよく知らないまま告ってんだよね」
「……イケメンだからこそ許されるセリフだな」
「茶化すな風間、俺は結構真剣に悩んだりしてるから」
そう言われたら、さすがの風間も何も言わない。
人を揶揄うのは好きだが、不機嫌にさせてまでとは思わない。たまに空気読めないとこを直せば、もっと完璧だったろう。
「俺はさ、好きってどんな感じかわからない」
「……今まで好きな人はいなかったの?」
と僕が聞く。
何故かはわからないが、1番気になる話題だったからだ。
「いないんだよな、つーか好きが分からないから……どうしようもない」
「そうなんだな」
「だからさ……俺は菅井のことすごいと思う訳よ」
いきなり話題が逆戻りして、菅井は目をパチクリと見開く。
「俺……?」
「ああ、だってそんなにはっきりと言える奴がいるんだろ? 俺はさ……そう思ったことないんだよな」
ポテトをむしゃりと食べてから、荒井はまた続ける。
「だから羨ましく思う、はっきり言えるのがな」
妙にしんみりとした空気になってしまった。菅井と僕はどうしようかなと考えていると、風間がいきなり割り込む。
「そーんな考え込む事ないだろーに」
「お前なぁ……」
「まぁ聞けよ、荒井。確かにお前は今まで好きになった奴がいないからわからないかもしれない。でも好きってさ、きっと一言で言える簡単な奴じゃねーんだよ」
と風間はケラケラ笑いながら言う。
「物事を深く考えすぎだぜ。好きになったらよ……多分もうこいつ以外考えられねー! ってなるからすぐ分かるぜ!」
具体的な事は何一つ言ってないが、何となく妙な説得力がある。菅井もそれを聞いて「そうだそうだ」と、何か師匠面して頷いていた。
(こいつ以外……考えられねーか)
と……僕は自分に当てはめた。
1番最初に浮かぶのは――麗だ。
麗はずっと側にいた、小さな頃からずっとだ。
勿論人として彼女は好きだ、だけど僕は迷っていた。
(恋愛的な好き……なのかな、これ)
まだ自分の気持ちが……何もわからない。
風間の言う通り、一言じゃ言えないから
(……止めよう、なんか余計な思考の海に入り込みそうだ)
僕は彼女とどうなりたいのか、その答えはまだ出せそうになかった。まだ折り合いがついていないのだ。
「んじゃ風間は好きな人とか、なんかいるのか」
「いや生憎まだいないんだが、タイプはあるぜ」
「へぇ、どんな人が好きなんだ?」
と考え込む僕を他所に、荒井は風間に聞く。
「恥ずかしいけど、やっぱりオッパイデカい人かな」
「もっと恥じろ貴様」
おいさっきの深い発言撤回してくれ。
荒井もキャラがブレるぐらい、激しい突っ込みを入れた。
「次点でお尻が程よい大きさしてる人」
「お前身体目当てじゃねぇか」
「んで最後は顔がかわいい人だな」
「おいこいつ、ルッキズムの権化過ぎるんだけど」
やっぱり風間の言う内容は本気にしないようにしよう。
僕はさっきまで考えていた内容を綺麗さっぱり消し去って、友人達との馬鹿騒ぎに興じることにした。
* * *
その夜、友人達と遊んでから帰宅した僕は自宅にてダラダラ過ごしていた。二階建ての一軒家に暮らす僕は自室が2階にある。更に隣には姉の部屋があるのだ。
そんな僕は一階の台所にある冷蔵庫から、ちょっと高めなカップアイスを1つ取って、リビングのソファで寛ぐ姉――
「姉さん、このアイス食べていい?」
「んー? あ、それは食べていい奴よ。ストロベリーは私が食う奴だから」
「了解」
ソファで寛ぐ体勢は変えずに、顔だけ後ろを向く姉。
黒髪ロングが似合う姉は、華の大学2年生だ。悔しい事に結構名門な大学に通っており、たまに勉強を教えてもらっていたりする。
それだけならばまだいいのだが……。
「きゃはは! 何この芸人おもろ過ぎるって!」
スウェット姿を全開に、腹を出しながら姉はだらしない姿を晒していた。しかも挙句の果てにケツまで掻き始めている、もう女子ではなく、だらしがないオッサンである。
「こら涼風! 行儀悪い!」
「はぁ〜い、ごめん母さん……っと、一回屁こいていい?」
「……酷いわね」
あまりにも怠惰な姿に、母は顔を引き攣らせていた。
ちなみに父さんはまだ仕事中だ。中々忙しい立場にいるのか、帰るのは夜遅くが多い。
「……アイス食うわ……」
「私が買った奴だからねー、感謝忘れずに」
「感謝」
適当に受け流し、僕は2階へ。
自室のドアを開けて、いつものデスクに座って僕はタブレット端末を置き、動画サイトで適当に動画を見ながらアイスを食べる。
何気ない日常の一コマ、たったこれだけなのにめちゃくちゃ幸せを感じる辺り、僕はきっとあまり欲張りな方じゃないのだろう。
――好きってどんな感じ――
ふと荒井が悩まし気に言った言葉が過ぎる。
僕は食べ進めていたのをやめて、ぼーっとしてしまった。
「……」
何故かはわからない。
だけどどうしても……麗と話したくなった。
「まだ起きてるよな、夜9時だし」
僕はスマホを取り出し、麗にチャットを送る。
『起きてる?』
送ってから2秒で既読が付いて、すぐに返事が来た。
『勿論、どうしたの透。寂しくなった?』
麗らしい返答に、僕はクスリと笑う。
『そうかも、暇になったら何となく誰かと話したくならない?』
『わかる、ウチも毎日そう思っちゃうかも』
『ゆーて毎日チャットとかで話すじゃん』
『てへ』
『てへとか使うんだ、麗』
中身のない会話だ、でも楽しい。
ただ向こうは、僕の様子がおかしいかもと何となく察していたかもしれない。
『どうかしたの?』
麗からのチャットは、僕をドキリとさせた。
好きな人……麗にはいるのだろうか。
聞きたい、けどどうしてか怖さを覚えていた。
(……ええい、ままよ……だな)
まあ深い意味はない。
ないったらないと思い込んで、僕は送信した。
『今日友達と遊んでたんだけどさ』
『うん』
『恋愛の話になってさ』
『ふむ』
麗は好きな人いるのか――と打とうとしたが、やめた。
『風間が好きなタイプを語ってて、それがめちゃくちゃ最低だった』
『詳しく聞きたいな、それは』
すまん風間、犠牲になれ。
僕は風間が、好きなタイプがルッキズム極まった内容だと伝えると、麗はすぐに返してきた。
『男の子らしい素直な意見だと思います』
『本音は?』
『わかりやすく最低だった』
風間を出汁に使ってしまったことに、罪悪感を覚えたが仕方ない。いつかあいつには購買でパンでも奢ってやろうと決めていると、麗が続けて送ってきた。
『でも素直に好きと言えるのは羨ましいかも』
荒井と同じ事を言い始めた。
僕は気付けば画面に釘付けになっていた。
『好きって……何だと思うんだ、麗は』
勇気を出して送ってみた。
既読が付いて……1分ぐらいが経った。
短い時間なのに、永遠にさえ感じる時間が流れていた。
『ウチの持論だけど、その人の全てをモノにしたいって思う事かな』
いやなんか重いな。
スマホがズッシリ重くなった気がした。
『身も心も、ウチは全部欲しい』
『2度と手放したくない』
『それ以外、要らないって思える人がいいかな』
だけど何故だろうか。
僕も……同じかもしれないと思ってしまった。彼女から来る淡白な文章から伝わってくる感情。ドロリとしていて、踏み出したら抜け出せない底なし沼みたいな思い。
嵌ってみたいと思うのは、気のせいだろうか。
『なんてね』
『え』
そんな陰鬱とした感情は、麗から送られてきた言葉によって一気に覚めてしまった。
『ウチもまだはっきりわからないかな』
『そうなんだ』
『一般的な感情とはかけ離れてるだろうからね』
一度重くなった空気は、段々と雲散していき正常化していく。良かった、平和になったかなと思っていると今度は麗から攻めてきた。
『透はどう?』
『え?』
『好きって透はどんな感情だと思う?』
同じだよと言ったら――なんかやばい気がした。
そう答えたら、何かがやばい。
本能が訴えてきたから、僕は嘘を言った。
『風間と同じかもよ』
麗から電話がかかってきた。
怖い――だけどほったらかす方が洒落にならない。
僕は恐る恐る電話に出ると。
《透、まだ起きれるよね》
「あ、ああ……」
《Switch、付けて》
「え」
何故ゲーム機を――と聞く前に、麗は楽しそうに言った。
《君をボコボコにする。現実世界じゃ無理だから、格闘ゲームで君を殴る》
「遊びたかったのか……?」
《はやく電源つけて》
「わかりました!」
結果的に、僕はそのまま夜通しゲームでボコボコにされた。
電話越しに話す彼女は、この時いつも以上に気迫が凄まじかった。
ちなみに盛り上がりすぎて、翌日2人ともギリギリの時間に登校する羽目になった。
3/21追記 今週末に4話目投稿